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ティル・アン・テイル せっかく生まれ変わったんだから今度こそ人生を謳歌したい!  作者: 三澤いづみ
第二部 第一章 出会いはいつも突然

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第38話 『窮鼠』のテイル

第二部

第一章 出会いはいつも突然



 朝の大通りで、少年がひとり楽しげな顔をして歩いている。


 秋口のまだ少し冷たい空気と、透明な光がだんだんと街を明るくするなか、石畳の敷き詰められた道がまっすぐ向こうの方へと続いている。


 あちこちから上がり始めた威勢の良い呼び込みの声は、冒険者向けに朝飯を提供している屋台からのものだろう。

 通りの向かい側では、無言で品物を並べだした露店商人たちの影も、せわしなく動き出している。


 ある者は店先で立ち止まり、ある者は一瞥もせず歩を進める。

 様々な格好をした冒険者たちが石畳の大通りを踏みしめて、そろって同じ方向に進んでゆく。

 道沿いの教会前で説法が始まったが、立ち止まる者はいない。これが炊き出しになるとみな経験な信者の顔をして集まるのだから現金なものだ。


 ここサルカーニャは、ウルバーン男爵領でもっとも栄えた街である。

 そして、この街の唯一にして最大の特色は、街の中心部にデカデカと居座っているダンジョンの存在であった。


 ダンジョンがあれば、王国各地からひとが集まってくるものだ。

 サルカーニャの街には、余所より大規模な冒険者ギルドが設置されている。


 楽な仕事を狙って逸る冒険者が一番乗りを目指し、あるいは少しでも稼ぎたい冒険者見習いの子どもたちが、巨大な建物へとひっきりなしに吸い込まれてゆく。


 今日は天気に恵まれている。見上げれば青空もまぶしく、真っ白な雲も穏やかに流れている。

 掃き清められた街並みはいつでも美しく、冒険者たちは毎日やかましく、日中の通りは雑多な活気に満ちている。


「おはようございます、ミリーさん。今日もお美しいですね!」

「テイルくんおはよう。今日も早いわね。それに……ふふっ、お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわねえ」


 そこは、この街でもっとも大人数の出入りする建物である。

 街の最高権力者サルカーニャ市長の豪奢だがセンスがない大邸宅より、大通りに面していて便利な位置にあり、且つ街でもっとも威容ある建造物なのだ。


「お世辞なんかじゃありませんよ! ミリーさんは美人ですからね!」

「うーん、いい子! でもごめんね、ひいきはしてあげられないのよ」


 日の出より少し遅いくらい時間に、冒険者ギルドの巨大な扉は開かれる。

 開け放たれた扉の近くには、剣と羽の意匠を刻まれた看板が掲げられている。

 街で生まれた、あるいは余所から居着いた冒険者は、一日の初めにまずここに立ち寄り、それから街の中央にあるダンジョンへ向かうことになる。


 テイルと呼ばれた少年は隣の行列に並んだ強面の冒険者たちと違って武器を持っていないし、頑丈そうな防具を身につけてもいない。

 街中にいる同年代の子供と同じような、良く言えば動きやすい軽装、悪く言えば防御力がほぼなさそうな普通の服を着ている。


 ただ、同じタイミングで建物内に足を踏み入れた他の子供たちとは、何かが違っているようだ。

 まっさきに目に入る、というかひときわ目立つのは頭髪の色だ。

 道行く老人の白髪ほど真っ白ではなく、どこか灰を被ったような色合いの頭。

 くすんだ銀からさらに輝きを抜き取ったみたいな曇天の色だった。


 それから彼の顔を見ると、案外整っていることに気づく。目鼻立ち、顔の形もさることながら、楽しげな表情が似合っているのが大きい。

 正面から目を覗き込めば、奥底に深い理知の煌めきを覗けるだろう。


 これら外見の特徴をまとめると、歳の割にやたらと頭の良さそうな、ダークグレーの髪色の、冒険者ギルドにはあまり似つかわしくない感じの子供、となる。


 声の印象も決して悪くはない。子どもの声というものは、先のことを考え気が立っている大人には、それも喧嘩っ早い冒険者連中にはひどく耳障りなものだ。

 なのに、けっこうな大声でミリーに挨拶をするテイルの声はよく通るが、どういうわけか近くの誰も顔をしかめてない。


 子どもの声なのに、普通に聞けるのだ。


 甲高くもなく、変なイントネーションもなく、たとえば口のうまい商人が世間話をしているうちに商品を買わせるような自然さで、邪魔にならない。


 ちなみに常設の受付窓口は三つほどある。しかしテイルは、ほぼ毎日、真っ先にミリーという名の受付嬢の窓口へと向かっていた。


「分かってますって。僕はただミリーさんの綺麗さを正直に言っただけで、なにか便宜を図ってもらおうなんて思ったわけじゃないです」

「便宜だなんて難しい言葉を知ってるのね……で、今日はスライム? それともコウモリが狙い?」

「そうですね。今日は兎の尻尾を狙ってみようかな、と」


 スライムの水袋、あるいはコウモリの羽集めの仕事は、戦闘に自信のない冒険者や、討伐依頼を受ける資格をまだ持っていない見習い向けのクエストだ。

 低層の魔物から手に入る素材の大半は、ギルドが安価で買い上げている。


 もちろんこれを扱う商人や、専門の加工業者も買い取ってはくれるのだが、取引相手が個人、安価な素材、少量では断られることも多いからだ。

 スライムやコウモリは最低ランクのモンスターであり、兎は、それよりは少しだけ手強いとされている。


「他の子なら止めるところだけど、テイルくんなら大丈夫かな? じゃあ行ってらっしゃい! 怪我しないようにね。戻ってきたらすぐ報告すること」

「はい、分かってます! ミリーさん、いつも心配してくれて嬉しいです」

「ふふっ」 


 テイルがこの街で暮らすようになってからはまだ二か月ほどだ。

 どういうわけか、ミリーからはすこぶる気に入られている。

 彼女がほがらかに対応する姿に驚いて二度見をする他の冒険者は少なくなかった。


 ギルド内にクエスト用の窓口は三つある。それぞれの窓口に常駐する受付嬢も同じく三人だ。


 左側には笑顔も清らかなカレンが、クエストを受注しにきた男性冒険者の顔をいつも朱くさせている。

 彼女の受付に来る男性冒険者には生傷が絶えない。

 誰も彼も強い男であるとアピールしたいのか、あるいは実力に見合わない階層にまで踏み込んでしまうのか。


 彼女から上目遣いで心配そうに『頑張ってるのは分かりますけど無理はしないでくださいね』と言ってもらうのが癖になっている困った連中もいる。

 さらに彼女は担当冒険者向けに、色んな情報を調べてはその都度あれこれ伝えてくれるから、よくプライベートなことまで相談もされる。

 だから進みが遅く、列がなかなかさばけないという問題があった。


 真ん中の窓口では元気いっぱいの可愛らしいティティーナが、デートの誘いを「あはは、ごめんなさい決まりなんで無理ですー!」と一蹴している。

 彼女はいつも表情が明るく、誰に対してもほがらかに応対してくれるのだが、その誰に対しても距離感が近い言葉や気安い態度が原因となって、年齢の近い冒険者たちは自分に好意があると思い込むことが多かった。


 このあいだなど、窓口の前で青銅級《ブロンズランク》同士が殴り合い寸前までいった。

 たまたま近くにいた高ランク冒険者が割って入って彼らをギルド前に放り出したから良かったが、その直後、銀級《シルバーランク》冒険者も今度一緒に飲みに行かないかと誘っていた。周囲からのブーイングがすごかった。


 ティティーナはただ楽しく仕事をしているだけであるのに、魔性の女のように女性冒険者からは恐れられている。

 たぶん、女ながらに冒険者を志すタイプとは性格も雰囲気もまったく異なっているために、日々に疲れた男たちが癒しを求めて群がるのかもしれない。



 右端では、素材売却時の査定も厳しく、そのくせちょっとした違反も見逃してくれないミリーが、静かに書類仕事をする姿がよく見られる。


 おおむねいつも彼女の窓口に並ぶ人数は少なかったが、単純に仕事が早いこと、他二人ほど雑談に時間を取られていないこともある。

 とはいえ、そんな空いている窓口があっても、横の行列に並んだ冒険者たちはほとんど浮気をしない。


 やはり馴染みがある受付嬢、気心のしれた担当者に受付なり、クエスト達成の報告や査定を頼むし、報酬の授受の前後の小粋なやり取りを挟みたいのが人の常で、だからミリーの窓口を積極的に選ぶのは、そのあと用事があって急ぎの冒険者だとか、混雑を嫌っていて誰が受付でも気にしないもの、そして仕事の話しかしたくない、みたいな顔をしている冒険者が多かった。


 三者三様、これが普段の受付窓口の日常であった。


 そんなクールビューティーとして知られていたミリーが、あの十歳くらいのガキには天使のような笑顔を向けている。

 最近になってよく見る光景ではあったが、初見の者もまだいたらしい。

 毎日訪れる熱心な冒険者もいれば、週一で顔を出すような余裕ある者もいる。


「なんだよあれ……なんなんだあいつ」

「知らねえのか、『窮鼠』のテイルだよ。最近この街に棲み着いたんだ」

「窮鼠?」

「二つ名みてえなもんだよ。なんでそう呼ばれるようになったのか、誰が言い出したのかも知らんが、まあ普通のガキじゃないことだけは間違いねえ。あのミリーちゃんの態度を見ろよ。あんなにまっすぐ褒め言葉言えるか? 俺には無理だぜ」


 とはいえ、「窮鼠」は本物の二つ名ではない。

 高位冒険者や宮廷魔術師のような実力者であれば、王侯貴族から二つ名を授けられたり、あるいはすでにある呼び名を、公的な二つ名として認定したりする。


 ここサルカーニャの冒険者ギルドにも『剣風』や『金剛』と呼ばれるベテラン冒険者が在籍しているが、戦闘スタイルや生き様から周囲が勝手に呼んでいたものが、いつの間にか敬称代わりに使われるようになった、という次第である。


 自称ではないし、本人も我こそ剣風でござい、などとは名乗らない。

 だから王宮に召し上げられるような正しい意味での二つ名とは扱われない。


 同業者が勝手に、特徴や業績などを端的に呼び表しただけのものだった。


「チッ、なんであんなガキが……冒険者じゃねえだろ? あの歳じゃ」

「どうだろうな。登録できるのは十二歳からってことになってるが、確かめようもないぜ。お前だって年齢誤魔化して登録したクチだろ」

「うるせえよ」




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