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ティル・アン・テイル せっかく生まれ変わったんだから今度こそ人生を謳歌したい!  作者: 三澤いづみ
第一部 第三章 Tale untill , till un tale .

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第37話 そして誰もいなくなった  (第一部最終話)



 おかしなこと、分からないことが多すぎる。

 たとえばこの世界について。


 地球人、日本人であった前世の感覚が、今のティルにも色濃く影響を及ぼしている。

 不可解だった。

 ここは地球ではない。けれど太陽も月もある。


 夜空を眺めて星座が同じかどうかまでは確かめていない。だが、これまで違和感を覚えたことがなかった。

 同じか、良く似ているのだろう。


 少なくとも、月が二つあるだとか、空や太陽の色が違うなんて、あからさまな食い違いはなかった。


 あるいは過去の地球である可能性についても想定する。


 魔力がある。魔術が実在している。

 これだけで、中世だか近世ヨーロッパのような文化圏であるだけの、似て非なる世界であることが証明されている。


 自分の前世の地球でも魔力は魔術はあったのか? そしてそれらは歴史の闇に葬られて、すべての痕跡ごと消えて物語にのみ語られるものとなったのか?

 一瞬のうちに、そんな夢想をする。


 だけど、それもありえない。

 魔力であるとか、魔術といったファンタジーの産物そのものが実在していたら、それらは悪く言えば爪痕を、良く言えば文化や社会や歴史に凄まじい影響を及ぼし、彼の知識の中の地球とは違う社会を形成するはずだ。


 あるいはここが古代や神代であれば、たとえば失われた奇跡や神秘が実在したと主張してもよかった。

 だが、ティルの生活や日常で見た景色は、どう見てもヨーロッパ大陸っぽい空気感であった。

 もちろんイギリスかドイツかフランスか、あるいはその他の国々でそれぞれ特色や差異はある。

 ティルの前世は、そうした違いについて詳しくなかったようだから、この王政国家がどれに近いのかは断言できない。

 どれとも似通っていて、どれとも違う、いわゆるナーロッパと呼び習わすのがもっとも正直で誠実なのかもしれない。


 逆に、未来である可能性についても考える。猿の惑星、あるいは一巡した世界かもしれない。

 見た目は同じだが、実際にはまるで違うもの。

 あまりにも違うものなのに、本質的には同じもの。


 充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。

 著名なSF作家が残した言葉だ。


 たとえば、この世界において、魔力と呼ばれている目に見えない力が、現在の人間には理解できていないだけで超古代の科学技術の産物、あるいは既存の物理法則の結果でないことは、今のところティルには否定できない。

 かつて風邪を引き起こすものは、古代中国や日本では邪気と呼ばれていた。

 当時の人間には見ることが叶わなかっただけで、極小サイズのウイルスが悪さをしていたのは変わらないはずだった。


 目に見えないことは、実在しないこととイコールではない。

 同時に、いま知っていることも、未来においても正しいとは限らない。


 魔力は、血脈に依存している。遺伝的要素が大きい。

 たとえばピロリ菌のような家族間で感染するものかもしれないし、遺伝子的に魔力の有無や多寡を定める要素があるのかもしれない。


 ティルには、何も分かっていないのだ。


 魔術といえば、どうしてティルには使えなかったのか。

 魔力不全症とは何か。

 そして死の間際、あるいは死んでから、どうしてこれまで一度として使えなかったはずの魔術が発動してくれたのか。


 それも不明瞭である。

 もちろん、考察するだけの材料はいくらかある。


 可能であればゲイリオスと連絡を取って、この現象を詳しく検討したいところではあった。

 だが、現状ではそれはかなわない。


 分からないといえば、予言の存在もそうだ。そんな魔術があるなんてこと、ゲイリオスは教えてくれなかった。

 魔術に造詣の深い彼があえて語らなかったか、それとも存在すら知らなかったのだろうか。

 魔術以外の技術や能力だとすれば、これもまた厄介であり危険である。

 そんな権能を扱える人間を擁する集団に納得しがたい理由で命を狙われているのだ。

 わけがわからない。


 さらにそれとは別に、間諜サルコルにティルの暗殺指令を出した人間もいる。

 複数の正体不明の集団だか組織、派閥からティルの死を願われていることが判明した以上、まっすぐ実家に戻ることはありえない。


 信用できる相手は誰か。

 これからどうすべきか。どう動き、どうやって生き延びるか。


 ひとつだけ言えるのは、少なくともゲイリオスは、この一連の暗殺計画にはまったく関わっていないだろう、ということくらいか。


 ティルを殺そうと思えば、彼にはあまりにも簡単だったからだ。

 たとえば魔術の練習中の事故に見せかけるでもよし、講義中に正面から魔術で殺すのもたやすかった。

 魔力が回復するという怪しげなポーションを飲まされたこともあるし、冒険者の保存食を試食させられたこともあった。

 ティルが無防備な瞬間、毒殺のチャンスも山ほどあったわけだ。


 しかし、あくまで信用に足るのはゲイリオスだけだ。彼の周囲にいる人間が、それらとつながっていない保証はない。


 そもそも、どうして異世界転生をしたのだろう。

 その手の小説の冒頭にあるような、転生をさせてくれる神様だの、天使だの女神だのと会話をした記憶はない。

 もちろん死んだ理由、死に際の記憶などは一切ないのだから、そういった超越存在と顔を合わせた記憶すら失われている可能性もある。

 あるいは、あらゆる人間は誰しも例外無く転生をするもので、ただその行先が地球の輪廻ではなく異世界であった、みたいな理屈もありうるのだろう。


 魔術や魔力が実在すると、物理法則や科学的見地からの否定が難しくなる。

 たとえば、人間の記憶は脳に蓄積されるはずだ。転生があるとしても記憶が転生先にコピーされたり、あるいはその知識が継続したりはありえない。


 ありえないけれど、ティルの知識は、前世の誰かから引き継いだものだ。

 我思う、故に我在り。それに似て、知るはずのない記憶の存在が、ティルになる前の誰かだった日常の実在を証明している。


 魔力、あるいは魔術。

 この世界には存在し、地球には存在しなかったそれらが、ありえざる奇跡を引き起こした要因なのかもしれない。


 と、状況にかまわず延々と考えてしまうのはティルの癖である。パテルにもよく小言をいわれたものだ。

 叱ってくれる姉のような、幼馴染のようなパテルはもういない。そう考えた瞬間にまた強烈な悲しみが襲ってくるが、叫び出したい気持ちをこらえた。


 さびしい。むなしい。ゆるせない。

 これを感じているのは昨日までの自分か、それとも今この瞬間の己か。


 あるいはこの悪癖こそ、前世からの影響かもしれない。

 だとしたら前世の自分についての情報があろうとなかろうと同じで、魂がもとからこういう気質なのだろう。


 疑問は山ほどある。だが、そうしたことは、後でゆっくり考えれば良い。

 ここを生き残れば、ここから生き延びれば、使える時間はたっぷりある。


 それからのティルの動きは迅速だった。

 まず周辺に散乱した大量の荷物、あるいは騎士や御者の死体の懐から、必要なものだけを探した。

 着替えの服や路銀、これから必要になりそうなもののうち、半分ほどを袋に詰めた。


 全部は持てないし、持たないほうが良い。それは勘ではなく理屈だった。

 ティルは自分がどうすべきかを決めた。


 覚悟さえ決めてしまえば、あとはひたすら動くだけだった。


「ごめん」


 ティルは、パテルの服をためらいつつもはぎとった。それを近くに転がっていた弓使いの死体に着せた。

 下着姿になったパテルの亡骸を馬車の残骸近くから拾ってきた毛布にくるんで、いったん脇によけておく。


 ティルは、淡々と作業を進めた。


 この木々に囲まれた山麓からの遠回りルートが目的地へつながっていることは間違いない。

 事前の準備中に覚えていた地図や、それまで進んできた方角と照らし合わせても正しい。

 脇道へ向かうことを推奨されたとき、サルコルは面倒くさそうにはしたが疑わなかった。

 最初の予定の山道が落石で通行止めになることも、この横道をまれに使うことがあることも彼の長い御者生活においては不思議ではなかったのだろう。


 正規の道順は分かりやすいが危険だ。

 馬車の轍もあるから迷うことはない。しかしこの地面の硬さでは自分の足跡も残ってしまいそうで、使えない。


 太陽の位置、あるいは点在する切り株から、向かうべき方角はわかる。

 鬱蒼とした木々に囲まれている風景ではあるが、ここはラグラン領ではない。

 あの剣呑な森と違って、凶悪な魔物が跋扈する危険地帯ではないのだ。


 もちろん八歳の子供がひとりで準備もなく抜けられるほど容易くはないが、それをする必要がある。

 窮地を抜けたら死地、それを乗り越えたらまた難題が降りかかる。

 こんなに波乱万丈な人生になるとは、一ヶ月ほど前のティルには思いもよらないことであった。


 さて、着替えも済ませた。靴に布も巻いし、背負う荷物も選り分けた。逃げるための準備はおおむね終わった。

 最後に大事なことが残っている。


 ティベリウス・ラグランを殺すのだ。

 生存の可能性を、痕跡を、その疑いの一切を消し切る必要がある。


 ティルはここで死なねばならない。死んだと誰もが信じなければ、永遠に狙われ続ける人生が待っている。そんなことにならないように、今ここで、一世一代の大芝居を打たねばならない。


 自分の前世は役者か、それとも詐欺師だったのか。あるいは大冒険を夢見る一般人であったかもしれず、もしかしたら売れない作家だったのかもしれない。


 とにかく、ティルは大急ぎで全員を騙すための大仕掛けを作った。

 子どもの体力、子どもの腕力ではたいへんだったが、状況はこしらえた。


 重要なのは、ここでティルが間違いなく死んだと――一切の容赦なく、疑問の余地もなく、跡形もなく消し飛ばされたと、そう思ってもらえること。


 そのために、まず消すべきものと残すべきものとを選別した。

 隠すべきものと、見つけてほしいものとをより分けた。

 やれることと、やれないはずのことを、意図的に混同させた。


 やるべきこと、やってはいけないことを正しく判断する必要があった。


 ティルは師から教わった詠唱を、暗澹たる気分で口にする。

 こんな気分で、あれほど使いたかった魔術を使う日が来るなんて。


 使い方は知っている。これが、魔力を運用するということなのだろう。

 この感覚は、確かに分かっていなければどうしようもない。

 見えざる手。

 体内に存在する己の魔力を火種とし、燃料とし、外界に放出する。足を動かすように、手を伸ばすように、耳をそばだてるように、肉体の外に魔力を拡げる。


 ティルはゆったりとした動きで、短杖で一点を指し示した。


「狂える炎よ、逆巻く渦よ。我の指し示したるその場所を、焦熱の地獄へと引きずり込まん。熔けよ、焦がれよ、焼き払え――《獄炎《インフェイラ》》」


 一呼吸置いて、おぞましい暗く巨大な火柱が燃え盛って、蒼天を焼いた。

 不必要なものすべてを集めたその区画が一切合切消し飛んだ。

 二台目の馬車、馬の死骸、行商人の格好をした襲撃者の首と胴体、その他残っていると不都合なすべてが、凄まじい高温によって数分も経たずに焼却された。


 近くの木々も高温にさらされたせいで変色したり炭化している。

 丁度良い距離を狙って置いた死体三つも、面相が分からないくらいには焼け焦げている。


 かつて師であるゲイリオスに、いずれ役立つ日があるかもしれないからと、やり方だけを見せられた魔術だった。

 現役の宮廷魔術師である《炎獄》が得意とする、火属性でも使い手が限られる最上級魔術のひとつ。

 制御しなければ、炎熱の嵐によって周囲一体すべてを巻き込んで燃やし尽くす大規模破壊の術式。


 今の自分なら使えると思った。実際に、使えてしまった。先刻、弓使いを打倒した一回が奇跡であった可能性も視野に入れていたが、意識を取り戻したあとに《灯火《リルトーラ》》も試して使えたのだから、たぶん大丈夫と楽観していた。

 もしこれが使えなければ、どのみち計画は失敗に終わるのだから、深く考える必要はなかった。

 最初から最後まで、あらゆる場所が落ちたら即死の綱渡りなのだ。駄目だった場合のことを考えている暇はない。


 偽装工作としては十分だろう。

 火力調整だけが不安だったが、悪くない仕上がりだ。

 これで形の残った死体が三つ出来上がった。体型から、ティルに同行していた御者と騎士とメイドと判断されるだろう。

 そして中心には、一切合切をこの世界から消滅させられた何かの痕跡。


 ありうる可能性を減らしていけば、最後には輪郭だけが残る。

 その輪郭に当てはまるのは、ティベリウス・ラグランの影だけだ。


 最上級魔術による火炎旋風の柱はひどく目立ったことだろう。

 領内のどこからでも異変を察知できたはずだ。

 到着するのはどの勢力が一番早いのか。関わったものも、無関係の人間も、それぞれの思惑で現地の様子を確認しに来るはずである。

 できれば、襲撃者たちの一味が一番乗りだとありがたい。余計な混乱と隠蔽とが上塗りされることを期待できるからである。


 やるべきことはやった。やるだけのことはやった。

 あとは自分がここから消えるだけ。

 方角だけ最後に確かめて、整った道を外れて、なるべく視界の悪い方へと向かうことにする。


 これで遭難したら目も当てられないが、そもそも遭難はしているか、とティルは吹き出した。

 暗殺されることも遭難と呼ぶのだと、どこかで見聞きした覚えがあったのだ。 


 そして誰もいなくなった。

 なるほど、口をついて出たときには、すでに脳内で一連の後始末について考え始めていたわけだ。自分の無意識の不躾さ、無遠慮さに反吐が出そうだった。


 あるいは。

 ゲイリオスならば、ティルの偽装工作に気づくかもしれない。

 時間が足りなかった。状況が切迫していた。だからティルの動きや考えには何かしらの不足があったはずだ。

 考えつく限りの手は打ったが、人間である以上は死角や盲点を一人の力で消すことは出来ない。


 そして誰もいなくなった。ABC殺人事件。アクロイド殺し。

 どれもクリスティの名作ミステリのタイトルで、そこから着想を得た。


 ティルは皮肉げに笑った。

 最後には探偵に真相を見抜かれる結末が待っている。

 それでもよかった。

 いつまでも暴かれない真実があるだなんて、ティルには到底信じられなかったから。


「ああ、忘れるところだった」


 ティルはいま自分が持っているなかで一番価値があり、そして自らの意思で手放すはずがない大事なものを、この場に残していくと決めた。


 唇を噛み締めつつも、眼前にて燃え盛る巨大な炎の中へと師からの贈り物をなげうった。

 何より惜しむべきこの短杖こそ、彼の名前と命が失われたことを示すのにもっともふさわしいものでもあったからである。



(第一部 完)



 これにて第一部『輝かしい未来のために』編は終わりです。

 一応ですが第二部もありますので、このまま続けて楽しんでいたければ幸いです。


 さて、ここまでのお話、面白かったと思っていただけたなら、


 ここからちょいと下にあります【☆☆☆☆☆】を押して、

【★★★★★】にしていただければ、作者としては嬉しい限り。


 ブックマークにも追加していただけると作者はなおのこと喜びます。


 ではここより先、

 次章、第二部『冒険者テイルのままならぬ日々』編をお楽しみください。

 (第二部は10月中旬あたり開始で予約投稿設定してます)


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