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ティル・アン・テイル せっかく生まれ変わったんだから今度こそ人生を謳歌したい!  作者: 三澤いづみ
第一部 第三章 Tale untill , till un tale .

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第31話 五つの死体

第一部

第三章 Tale untill , till un tale .



 ティルはもはや笑うしかなかった。これが、こんなものが、自分の選択の結果だとは思いたくもなかった。

 だって、さっき聞かされた話が本当なのであれば、どうあがいても自分に未来はなかったからだ。


 最初から詰んでいた。

 いつかこんな終わりが訪れることは決まっていた。

 それがいくぶん早まっただけだった。


「ねえ、パテル」


 すでに物言わぬ骸となった、この世界に自分が生まれ落ちた瞬間からの付き合いであった自分の専属メイドの、可愛らしい顔を見下ろして語りかける。


「大好きだったよ」


 家族のように思っていた。姉のように慕っていた。

 そして少しだけ想いを寄せていた。

 結ばれることはないと分かっていたから、それは淡い感情ではあった。

 そのとき一番親しい他人につい抱いてしまうような儚い気持ちだ。


「パテルからしたら、僕は弟みたいなものだったと思うし、それで良かった。本当に感謝してるんだ。あの家で、ルキウス以外に僕に本音で語ってくれる相手は存在しなかった。……ああ、先生もおためごかしは嫌うタイプだったけどさ」


 パテルの方にその気がないことも知っていた。ずっと一緒にいたから、それくらいは分かる。


「パテルが将来、僕の愛人とか妾になったら今よりお金もらえるかもみたいに言ってたときも、僕の方はけっこう本気にしてたんだけどな……。もちろん冗談だってことは分かってたよ。でもさ、可愛くて、優しくて、気心が知れてるパテルみたいな女の子が身近にいたら、好きになっちゃうよ」


 彼女のことならなんでも知っているつもりだった。

 でも知らない部分もあった。たぶんずっと感じていたであろう彼女の苦悩には気づいてあげられなかった。


「初恋は実らないもの。幼馴染は結ばれないもの。そういうものだって、頭の中のどこかに知識がこびりついていたけどさ。それってこういう意味じゃないだろ。こんな形で死別するなんて、まるで想定してなかった」


 最期までティルのためにほほえもうとしたのかもしれない。その微笑めいた表情がよりいっそう悲しく見えた。

 呼吸は止まっている。心臓は動いていない。

 それを再び確かめて、自分の膝の上で眠るように亡くなったパテルの体を、そっと地面に横たえた。


 こんなにも悲しいのに、こんなにも寂しいのに、なぜか涙は出なかった。

 ゆっくりと立ち上がって、ティルは姉代わりのメイドの遺体を見下ろした。

 もしかしたら自分はひどく薄情な人間だったのかもしれない。


 違うと思いたかったが、青白いパテルの死に顔をどれだけ眺めていても、涙が流れそうな気配はなかった。


「そんなことはございません、って、いつもみたいに否定してよ……」


 それから周囲を見回した。少し離れた場所には、血走った目を見開いて、こちらを睨みつけたまま死んでいる御者サルコルの死体が転がっていた。

 それと対峙する位置には、うつ伏せの騎士コンプリスの遺体があった。

 最期まで剣を握り締めたまま息絶えたらしく、地面に剣を突き立てて、身を起こそうとしている姿のまま絶命していた。


 その少し先に、さらに死体がもう一つ。

 顔も名前も知らなかったが、どうやら殺し屋であったらしい、行商人らしき格好をした男。

 長旅に疲れた商人めいた服装に見えたが、実際には荒事専門の魔術師であったようだ。

 ティルが荷馬車の違和感に気づいたおかげで、騎士コンプリスが警戒できた。

 そのおかげで奇襲されることはなかったが、被害は甚大だった。


 いくつかの偶然のおかげで、ティルはこうして生き残った。

 ある意味、不幸中の幸いといえる。

 これを類まれな幸運と呼ぶのなら、そうなのだろう。


 一時的にではあるが弟に名を譲り、そのために生家から追い出され、デルタモア伯爵領という故郷から遠く離れた地で、目立たぬように、騒がぬように、つつましやかに二年ほど暮らす予定であったティベリウス・ラグランであったが、名前すらおぼろげな子爵領を通り抜けている最中に、暗殺者から殺されかけた。


 何者かに襲撃される。ここまではよい。

 師のはからいもあって、あるいは利用価値を十分に下げたことで確率は低くなってはいたが、自分の暗殺はありえなくはないとティル自身は覚悟していた。

 父であるラグラン男爵も、師であるゲイリオスも、その心配が消え失せたかのように語っていたが、なんのことはない。

 積極的に殺す理由はなくても、消極的になら死んでかまわないとするだけの理由は残っていたのである。


 ティベリウス・ラグランはラグラン家の屋敷にいて、宮廷魔術師として名高いゲイリオスの指導を現在も受けている。

 ここにいるティルは貴族ではなく、誰でもないただのティルにすぎない。

 運悪く事故に遭うなり、どこかの落ちぶれた冒険者崩れや山賊に襲われる可能性だってあった。


 デルタモア伯爵領に到着してしまえば、貴族の面子の問題になりうる。手を出しにくくはなるだろう。

 ラグラン領にいるうちに殺すのは、それこそはかりごとへどんな悪影響が出るか分からないし、ゲイリオスの庇護も厚い時期である。


 だから政治的にも肉体的にも無防備である旅の途中こそが、もっとも適したタイミングなのだ。

 ティルを消す。ティベリウス・ラグランという八歳の子供を、この世から存在したことごと抹消したい人間にとっては、むしろこれが最後のチャンスだった。


 ルキウスの栄達を考えれば、兄であるティルは邪魔な存在になりうる。

 かねてより母がそう考えていたであろうことは明白であった。


 一年ほど前、ティルに魔力不全症という貴族として、あるいは領主の後継者として致命的な欠陥が発覚したこと。

 さらに、ルキウスが光属性に適性あり、それが宮廷にまで伝わったこと。

 そのうえでティベリウスの名と立場とを弟に奪わせ、ラグラン領からも遠ざけたことで、長男ティベリウスは脅威にはなりえなくなった。


 これにより母は自分の手を汚す必要すら消えた。

 父もゲイリオスも、母がなんらかの強硬策に出る必然性を失った。そう考えていだあろう。

 ルキウスのため。

 この理由であれば、ティルを手に掛ける必要はない。

 むしろ暗殺など狙ったところで、自分やルキウスのリスクが増える結果にしかならない。

 それが理解できないほど愚かでないことは、ティルに負担をすべて押し付ける非道の策を臆面もなく実行したことで、いくらか担保されている。


 少しでも盤面が理解できる人間はそんな愚行は犯さない。

 それは正しい。

 正しいのだが、人間はそこまで合理的でないこともある。


 男爵夫人である、母エリザベートが次男ルキウスにのみ深い愛情を向けていることは間違いない。

 しかしそれは、長男ティベリウスへの愛がないこと、あるいは興味がなかったであろうことと連動してはいない。


 順番が逆なら分かるのだ。

 もしルキウスが長男で、それに己の愛情をすべて傾けていたとしたら、そしてそのルキウスを脅かす次男が出てきたら、必死になって排除しようと考えるのは理解できなくもない。


 だが、実際にはティルが先に生まれた。そして愛は与えられなかった。

 母エリザベートにとって、ティベリウス・ラグランは最初から拒絶すべき存在であった。

 今になってそう考えてみると、いくらかの齟齬に説明がつくのである。


 とはいえ、ティルにしても、ことここにいたるまで母が自分に殺意すら抱いているとは知らなかった。

 ルキウスの保護のために名を貸し与え、屋敷から外に出た時点でひとまず確執は回避できたと信じていたのである。


 だから襲撃があるにしても、それが母の手のものとは思わなかった。

 ありうる危険のなかで、もっともありそうだったのは誘拐である。


 ラグラン家の、そして家族の事情について詳しいものならば、ルキウスが兄を慕っていることも調べただろう。


 ティルは、ルキウスに対して、人質としての価値が認められる。

 外から見ているだけでは知り得ない情報であるが、館の中、あるいは両親の周辺にいる人間が漏らしたならば、十分に使える情報と言える。

 ここまで考えた時点で、ティルは自分が殺される可能性が再浮上したことに気がついてしまった。


 ティルの身柄が奪われたり、あるいは脅迫の材料にされた場合、いつかルキウスの足かせになりうる。

 これに気がついたとき、母はどう思ったのだろう。排除すべき理由が一度は視界から外れたのに、どういうわけか一巡して戻ってきてしまった。


 目の届かない場所に追いやれば、それだけで良かったはずなのに、ティルの存在そのものが邪魔と気づいた。

 死んでくれたほうが都合の良い存在。

 リスクや可能性、ルキウスへの感情その他を天秤にかけたとき、ティルの死はデメリットよりメリットが勝るかもしれない。

 本当にそれが正しいかは、この際関係がなかった。


 暗殺を企む人間にとっては、そう思えた。それが真実になった。

 そんなところだろう。


 あるいは、消すべき理由があったら、もっと早いうちに消したかった。

 ずっとそんな思いを抱かれたまま、彼女は自分と接していたのかもしれない。


 ティルには、母の心情については想像するしかない。

 そこまで存在を疎まれているとは思いたくはなかったが、事実、ティルは暗殺されかけた。



 今日の昼あたりまで、旅は順調だった。宿で絡まれたり、スケジュールに遅れが出たりはしたが、おおむね大きなトラブル無く旅程は進んでいた。

 子爵領に入ってから二日後、馬車は初めて予定のルートを外れた。本来使うべき道が落石によって通行止めになっていたとして、脇道へと誘導されたのだ。


 歩き旅であれば回り道をせずに済んだのだが、横幅のある馬車では見るからに厳しい山道であった。

 万が一、逆方向から馬車が来てしまえば立ち往生してしまう。地元民の忠告もあったため、素直に違う道へと向かった。


 時間的なものか、あるいは馬車で通る者も少なかったのか、その脇道では他の旅人と出逢うこともなかった。

 最初に使うはずだった山道は片側が崖で滑落の危険があったことを考えると、木々によって視界は悪いが馬が足をすべらせて馬車ごと落下したりはしない分だけマシかもしれない。


 日頃から整備されている道ではなかったため、足場は悪い。

 御者が馬の機嫌を取りながら進んでいるうちに、背後から付かず離れず着いてくる一台の荷馬車がいることに気がついた。


 ティルはその違和感を伝え、騎士コンプリスが危険を察知し、御者サルコルに開けた場所でいったん馬車を停めるように命じた。

 広場ほど人工的ではないが、丁度良い空間があった。そこは鬱蒼とした森めいた場所の奥にあった。

 木々が遮蔽となって、余人の目が届かない位置になる。


 ティルたちが馬車を停め休息を取っているあいだ、怪しげな馬車が横を通り過ぎるならよし。

 そうでない動きをしたなら、相応の対処をする。

 警戒を強めたコンプリスがそう説明してくれた。


 二台目の馬車が通り抜けるには十分なスペースを作った。

 こんなにもあからさまに先にいかせようとしているのだ。

 悪意や害意がなければ、あるいは常識があれば馬車を止めたりはしないだろう。


 ティルはそのとき、煽り運転への対処みたいだ、と頭の何処かによぎったが、口にするほどのことでもないと首を横に振った。

 

 そして行商人は正体を表した。

 目深にターバンめいた帽子を被っており、口元は布で隠している怪しげな風貌であることは接近するまで分からなかったが、ある程度まで近づいた瞬間、こちらの馬車に向けて腕を指し示したのだ。


「魔術で攻撃される!」


 気づいたティルが叫ぶと、コンプリスが何かを投擲した。煌めきが見えたから、おそらく短刀だろう。

 先手を取られた暗殺者は詠唱を諦めたか、飛来する何かの到達より早く馬から飛び降りた。

 判断が早い。素人でないことは明白だった。


 馬は衝突すると分かっていて正面から突っ込んできたりはしない。

 それは思い込みであった。

 ティルたちが乗る馬車に、荷馬車ごと馬がまっすぐ直進してきた。このままでは間違いなくひどいことになる。


 速度が緩まることはない。

 むしろ、馬はますます興奮したようにいなないて、何も見ていない茫洋とした目のまま、何度も首を振りつつ走り続けている。

 何らかの手段で正気を失っているのかもしれなかった。


 御者サルコルは悲鳴を上げながら先に逃げ出した。

 騎士コンプリスは迎え撃つべきかを一瞬迷ったようで、「退避を!」と叫ぶまでに一拍遅れた。


 その瞬間、ティルの顔はやわらかいものに圧迫された。

 パテルが事態を把握して、まずティルを抱きしめたらしかった。


 ティルは抱きかかえられたまま、馬車の外へと飛び降りたらしかった。 




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