第29話 叫びはもはや届かない
「男爵」
「……は、はい」
「何が起こった?」
ゲイリオスは重ねて問いかけた。男爵はまだ混乱した表情のままであった。
夫人が代わりに机の上の封筒を手にして、ゲイリオスへと差し出した。中には手紙が二枚入っている。
手紙の一枚目は、ラグラン男爵宛ての内容であった。
時候の挨拶もそこそこに、子爵位にある他領の領主からの、お悔やみの言葉が並んでいる。
重要な情報は書いてないと見極め、適当に読み飛ばす。
大事なのは二枚目だ。これは報告書で、部下が書いたものの写しだろう。
回りくどい儀礼的な文章ではなく、実務的な言葉が並んでいた。
その子爵領から、ここラグラン領までの距離を考える。なんらかの大事が起こり事態を把握したあと、速やかに冒険者を動かしたはずである。
ゲイリオスはその子爵のことを詳しく知らない。
おそらく有能なのだろう。
最低限の調査からラグラン領への連絡を考慮、実行するまでが相当早い。
優秀な部下が揃っているのか、領主の判断が早いのか、その両方か。
そもそもの話、ティベリウスの旅程や事情は秘密にしていた。
事情を理解していた全員が、道中でティベリウス・ラグランの名を出してはいないはずだった。
そんなティルの死の一報が、どうしてこうも速やかに届けられたのか。
あらかじめ子爵が詳細を把握していたとは考えにくい。であれば、変事が発生したのち、護衛の騎士や御者が何らかの説明をしたのかもしれない。
他領に所属している騎士や貴族の関係者が、ただ通り抜けるならともかく、自分の領地内で事件を起こしたり、あるいは事件に巻き込まれた場合に放置などできるはずもない。
拿捕され、取り調べにまで発展すれば、多少の事情説明はやむをえまい。
では、手練れの野盗に襲われたか、山道で落盤事故にでも遭ったのか。
いや、そうした偶然による悲劇であることが明白だったならば、ティベリウス・ラグランの名前は伏せたままにするだろう。
ことの発端である次男ルキウスを守るためのはかりごとが破綻しかねない。
御者も騎士も身内と考えれば、ラグラン男爵の意向を優先するはずだ。
であれば、主の非業の死を受けて、あのメイドが情報を漏らしたか。
復讐心の代行を考えたなら、ありえなくはない。
しかし彼女の主であるティルは、弟ルキウスの危難や苦悩を決して望んではいなかったし、それをもっとも間近で見てきた専属メイドである。
遠因が男爵や夫人、弟にあると思い込み、怒りに駆られたとして、生前の主の望みに反するような真似をするだろうか。
最初から最後まで丁寧に文字を追い、首を傾げ、また最初から読み直した。
二度、三度と読み返しても、ゲイリオスには納得がいかなかった。
ゲイリオスの剣呑な視線に射抜かれた男爵が、ビクッと震えた。
そのまま夫人を見やると、彼女は竦みこそしなかったが、どう答えて良いものかと悩んでいるのが伝わってきた。
あらためて男爵に視線を戻し、報告書の後半に書かれた一文を突きつける。
「周辺をくまなく捜索したものの、子供の遺体は発見されなかった。しかし、かかる状況から、馬車に同乗していた少女同様に殺害されたものと推認される」
「……ゲイリオス様」
「一応聞くが、男爵。貴様の仕業ではなかろうな」
「まっ、まさか……そんなわけ、ありませぬ……」
「そうか」
ゲイリオスは、息を漏らした。
「この記載が事実であれば、確かにティベリウスの生存は絶望的だな。死体ごと消し飛ばされた可能性が高い」
せめて痛みも感じずに亡くなっていればまだ救いがある。と、ゲイリオスは弟子のむごたらしい最期が苦痛に満ちたものでなかったことを願った。
「全員の死、か」
報告書から読み取れる内容はいくつかあった。
まず、どうして子爵家から連絡があったかについてだ。
遺体の格好や散らばった所持品、事件現場近くに残されていた馬車などを入念に検めた結果、三人の職業はすぐに判明したらしい。
御者と騎士とメイドである。
さらに、その一行がラグラン男爵家ゆかりの人物であることも分かった。
足取りを追って泊まった宿などに聞き込みをしたところ、馬車にはもう一人乗っていたことが判明する。
少年である。
年齢は分からなかったが、泊まった宿の女将が四人の会話をなんとはなしに聞いていた感じ、ティベリウスは十歳以上に思われていたようだ。
四人目の存在を初めて知った子爵家の調査員は、あらためて事件現場の近くを捜索することにした。
しかし十代前後の子供と見られる遺体は、その一部すら見当たらなかった、と締めくくられている。
「最低でも上級魔術……あるいは、最上級。しかし、だが、これほどの威力の魔術を使える魔術師が、《炎獄》の……いや、宮廷魔術師団の他にいるのか? 王国内にまだ吾輩の知らぬ使い手がいる可能性はありうるが」
発見された死体は三つ。四人目の子供の姿は見当たらない。
普通であれば生存の可能性を信じて、大規模な捜索を続ける場面であろう。
この報告書を書いた人間は三人と行動をともにしていた少年も、同時に死んだものと考えている。
少なくともこの人物には、それを疑わないだけの理由があった。
三つの死体はどれも凄まじい高熱によって炭化しており、かろうじて背格好や性別は判別可能であるが、人相その他の情報はほとんど分からなくなっていた。
彼らは何らかの理由で馬車から降りた。
そして少しだけ離れた場所で、大規模な攻撃魔術によって消し炭にされた。
馬車は爆風か衝撃によりバラバラに砕け散ったし、三人の遺体も原型を留めているのが奇跡的なほど悲惨な状態になっていた。
「この調査を行ったものには魔術の心得があるようだ。あるいは子爵に近しいものが指揮を取ったのかもしれん。しかし、それ以上は何も分かっていないと。大規模魔術による破壊の痕跡だけが残っていると」
そして、その爆発の中心部にもし人間がいたのなら、跡形もなく消し飛んでいたに違いない。
そんな率直な見解が、報告書には記載されていた。
少年はおそらくもっとも被害が大きかった地点にいたであろうこと、それを示すような少年の遺品がその場所で発見されている。
これも宿の女将の目撃談からだが、少年は小さくて細い杖を、少し年上の少女相手に見せびらかしていたそうだ。
ことあるごとに懐から取り出しては、ひどく大切そうに握りしめたり、矯めつ眇めつしては、少女からたしなめられていたと。
「……ああ、ティベリウスよ」
その、平民では決して手に入らない、まさに魔術師のための、それこそ王都でも人気の杖職人が特注で作ったような高価そうな短杖が、巨大な爆発の中心だったであろう地点の、すさまじい高温にさらされて地面がガラス状に融解したであろう場所から発見された、らしい。
子供の肉体は消し飛んだ。彼の持っていた杖だけが残った。
そう推測されていた。
ゲイリオスはかつて冒険者として活動していた。戦闘巧者な宮廷魔術師としても長らく働いていた。
だから知人の死と無縁ではなかった。
実践派の魔術師であればこそ、危険な場所に足を踏み入れることも多く、鉄火場に望んで乗り込むこともたびたびあった。
人間は死ぬ。
善悪であるとか、老若男女といった属性とは無関係に死はやってくる。たまに逃れることはできても、人間であればいつか必ず死ぬ日が来る。
若き日の父の横死は唐突だった。冒険者仲間の訃報は、その地を訪れて誰かから教えてもらった。
同僚が戦場に斃れたときも、敵を自らの魔術で討った日も、死はずっと近くにありつづけた。
「なぜ」
分かっている。分かっていた。
分かっていたつもりだった。
別に、自分より若い者の死が初めてだったわけではない。
深く言葉をかわした相手がある日突然いなくなり、そして二度と話すことが出来なくなることは、今までだって何度もあった。
だが、それでも。
「どうして、こんなにも早く」
ゲイリオスは手紙の一文を見つめたまま、動かなかった。ぽたりぽたりと大粒の雫が紙の上に落ちた。
男爵宛ての手紙だ。
文字が滲んでしまってはまずい。
なのに、握りしめた腕を動かすだけのことが、できなかった。
しばらくして落ち着いたゲイリオスは、表面上は平静な顔をして、ラグラン男爵へと向き直った。
ゲイリオスの頭の中には大量の言葉が渦巻いていた。しかし、聞くべきことはたったひとつに集約された。
「誰の仕業か。心当たりはあるか」
「いえ……」
「ほう。これまでただの一度として恨みを買ったことはないとでも?」
「それなら、ゲイリオス様も条件は同じでしょう」
「……吾輩か」
沈思黙考の時間が長かったおかげで、うろたえていた男爵も落ち着きを取り戻しつつあった。
さっきまでの男爵なら言い返すだけの気力もなかっただろうが、無言の時間のおかげで混乱や動揺も収まってきたらしい。
返された手紙を一瞥し、そのまま机の上に置いた。
彼は領主として有能とは言い難い男であったが、それでも一男爵としての能力は有している。
危険地帯である魔の森を抱えるラグラン領で生まれ育ち、戦場では暴れまわる貴族の顔を持っているのだ。
社交や政治は苦手だが、一方的に言われて反撃しないほど惰弱な性質ではない。
反論されたゲイリオスは、一理あると頷いた。
やり取りのあいだ、ゲイリオスは横目で夫人をちらと盗み見たが、彼女は彼女で険しい表情をしている。
想定外の事態を受けて、何かを真剣に考えているようだった。
しかし、それは我が子を失って悲嘆に暮れている母の顔ではない。最初からそんな期待はしていなかったが、直に見ると怒りより呆れが勝った。
少なくとも彼女が平静ではないことは分かった。
あるいはすべてが演技である可能性も残っているが、必要以上に疑う意味はなさそうである。
「吾輩の教え子であるから狙われた可能性か。たしかに怨恨が理由であれば、吾輩を直接狙うより、子供を狙ったほうが簡単ではあるな」
「でしょう」
「報復されるゆえんが一切ない、とは言わぬ」
過去の冒険者時代も、宮廷魔術師として任じられたあとも、それなりに他人と衝突したことはある。
仕事上のトラブルで命のやり取りをしたことや、誰かの利益を奪ったり損なわせたことも一度や二度ではない。
だが、ゲイリオスが記憶を遡れるだけ遡っても、そこまでの憎悪を持たれるほど悪辣な行動をした覚えがない。
やった本人には、やられた方の気持ちなど理解できないのだ、と言われてしまえば彼自身には反論のしようもないのだが、本当に心当たりがないのだ。
「しかし、だ。分かっているだろう? ラグラン男爵」
「……ええ」
「どうにも道理が噛み合っておらん」
先が気になったり、面白かったなら、この下にある【☆☆☆☆☆】を押して、
【★★★★★】にしていただけると嬉しいです。
あと、ブックマーク追加もしていただけると作者はさらに喜びます。




