第25話 お披露目会
お披露目会と言いつつ、正式な式典めいているこの儀式の進行にゲイリオスはほとんど関与していない。
ただ、事前のチェックが必要だったから、数日前ルキウス相手におおまかな指導は済ませている。
魔術の教導と呼ぶほど仰々しいものでなく、それこそ貴族学院で行われる初等教育、手ほどきの程度である。
兄と違い、ルキウスは魔術に愛された子であった。
誰もが最初に習う魔術として知られる『灯火』を一発で成功させたのを皮切りに、そこから基本四属性すべての初級魔術を苦もなく発動させた。
詠唱はたどたどしく、呪文は不慣れさを感じさせる発音であった。
しかしゲイリオスをして舌を巻くほどに魔力の運用に淀みがなかった。
その後、ルキウス少年は教えられたままに光魔術を使い、成功させた。
天才であると認めざるを得なかった。
たまにいる早熟なだけの秀才、あるいは幼い頃から練習させられた人間の慣れによる魔術の発動ではなかった。
自然に、自由に、かくあれかしと魔術を行使できるだけの才能を持っている。それがルキウスに対する彼の評価だった。
ティルの魔力不全症を調べるにあたり、弟の高い魔力量についても父親から聞き及んではいたのだ。
魔力の保有量の大小と、魔術行使の感覚の精度は比例しない。
もちろん上級魔術を使おうとすれば、一定量の魔力がないと話にならないが、魔力をいっぱい持っていれば魔術が上手いかといえば、別にそんなことはないのだ。
むしろ感覚を掴んだり、精度を高める点では、魔力が多ければ多いほど難易度が高くなる傾向があるとすら言われている。
ルキウスはどちらにも才能があった。
ゲイリオスはそう判断した。
地水火風の基本四属性すべてに不得手がなく、そして失われた光属性に適性を持っている。
彼はまだ五才なのだから、魔力はまだ成長途上だろう。
魔術について才能の一点のみで比べるならば、ルキウスは《無欠》のゲイリオスの上位互換としか言いようがない。
嫉妬心は一切湧かなかった。ただ、ゲイリオスは嘆息した。
選ばれた人間。
目の前の少年に限らず、いるところにはいるものだ。
そして天才とはいわば台風の目であり、当人以外がそれに巻き込まれて舞い上がりがちだった。
周囲で見守っていた男爵夫人やその取り巻き、父親であるラグラン男爵が我がことのように喜んだり褒め称える。
手放しの賞賛にはにかむ少年の無邪気な様子を前にして、ゲイリオスは渋面を崩さなかった。
ラグラン男爵が慌てて表情を隠した。
男爵夫人も気づいたようだが、取り繕うこともなく穏やかな微笑を続けた。
内心ラグラン男爵への失望が強くなっていたが、ゲイリオスは式典用の帽子を被り直すにとどめた。
そうした事前チェックを経て今、集められた観衆――領民たちの前で神々しい光を放つ魔術を行使してみせた。
魔術は貴族の寡占技術である。
平民にとってはあまり身近なものではない。
が、一切見たことがないようなものでもないのだ。
地魔術を開拓や土木工事に用いる魔術師もいるし、何よりラグラン男爵領には魔の森というモンスターのはびこる危険地帯がある。
冒険者パーティーに混ざったモグリの魔術師が、魔物退治のために攻撃魔術を使う場面と遭遇した農民も一人や二人ではないはずだ。
目の前で魔術を見たことがある領民たちにも、ルキウスが使ってみせた「それ」が普通でないことは理解できたらしい。
進行役の司会はそれを光属性と明示しなかった。領主の御子息が特別な属性の魔術を行使すると説明した。
詠唱と呪文のあと、光が、ルキウスの手から放たれた。
それは目を灼くような強烈な光ではなく、どこか神秘的な輝きだった。
そして、用意された的――魔の森からわざわざ生きたまま捕まえてきた、檻の中から人間を憎悪の目で睨みつけるブラッディベア――は、悲鳴すら挙げられず、存在を許されなかったかのように消し飛んだ。
燃えたとか、破裂した、吹き飛んだのではなく、その光線があたった部分から全身まですべてが塵になって消えたのだ。
あとには何も残らなかった。その塵すらも。
一瞬その場の全員が、何が起こったのか理解できなかったかのように黙り込んでしまった。
沈黙。静寂。それから誰かが拍手を始めた。
さらに歓声が、少しずつ観衆の中から湧き上がって、最後には大歓声によって練兵場が満たされた。
サクラでも仕込んでいたのだろう、とゲイリオスは冷めた目で、興奮冷めやらぬ聴衆たちを眺めた。
ルキウスに再び目を向けた。
何度見ても理解が及ばない。
光魔術には他の属性と違う何かがある。
だからこそ特別だった。
光属性の使い手を王と担いだのは、その特別さゆえだったのだろう。
それがこんな子供の手によって復活したことも、それが今であることにも、運命的な理由があるのかもしれないと感じた。
運命なんぞクソくらえだ。ゲイリオスは舌打ちをした。
真横にいた男爵には聞こえたのだろう。一瞬だけ不安げに横目でゲイリオスの様子を覗き見てきた。だが、何も口にしなかった。
ルキウスは四属性の初級魔術も披露した。
これも素晴らしい手際でこなしてみせた。
見た目にも分かりやすい、魔術らしい魔術である。
ラグラン男爵領は後継者に恵まれた。
それをはっきりと示したのだ。
次代はもっと栄えるだろう。そんな前向きな空気が広まることで、会場が再び沸いた。
あの聡明そうな若様がいらっしゃるなら、このラグランは安泰だなあ。
そんな素朴な声がそこかしこから漏れ出た。
最初に後列からした声はまたも農民に扮したサクラによるものとゲイリオスは看破したが、それを指摘はしなかった。
手慣れているな、と単に呆れただけである。
満足か、とゲイリオスは、男爵に視線だけで問いかけてみた。
すぐそばで見守っていた男爵は、次男へのさらなる期待と、安心と、いくばくかの安堵の混ざった表情を晒していた。
分かりやすい感情は隠せと助言したことがあるゲイリオスだったが、自身の白けた顔を隠そうとはしなかった。
男爵が気づいて真面目な顔を作った。それから司会から求められるままに、ルキウスを褒める言葉を口にした。
両親の期待に満ちた眼差しは、次男が独り占めしている。集まった観衆たちもそれに倣っている。
もし、この場にティルが呼ばれていたら、どんな目で見られていたか。
それでも伝えておくべきだったかもしれないと、ゲイリオスは一瞬考えた。
どのみちすぐに知ることになる。
せめて、このどうしようもない現実を早く見せておくことが、彼のためになったのではないか。
今更か、と彼は自嘲した。
まだやるべきことが残っている。
これから館に戻ってティルに伝えなければいけない事項もある。
最後に領主からとして振舞われた酒に湧く大量の歓声を背に、ゲイリオスは会場をあとにした。
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