第18話 名残
ゲイリオスが与えられた宮廷魔術師の地位は、役職であり、称号でもあった。
自由に辞めることもできない面倒な位階、という見方もできる。
無期限の謹慎処分を受けたゲイリオスは、王宮を去ることとなった。
実質的な王都への出禁であり、追放処分と言い換えても良い。
この失態に、年下の同僚たちからは恨み節と嘆きとをぶつけられたが、ゲイリオスはどこ吹く風で聞き流した。
出立直前、前師団長が見送りに来た。
どこか申し訳なさそうな顔をしていたが、ゲイリオスは鼻で笑った。
「《無欠》の。もう少し、やりようがあったんじゃないかのう」
「吾輩なりの恩返しだが?」
お前たちのためだった、とゲイリオスは繰り返した。
不向きな、あるいは相応しくない人間を、宮廷魔術師団長などという国王直下の権力者に祭り上げようなどと画策するほうが悪い、と。
耄碌したな、とゲイリオスは、眼の前にいる老人に遠慮なく言い放った。
老人は怒らなかった。小さく笑い、そのとおりだ、と認めた。
「次の師団長は《蒼玉》と決まった。陛下のご意向じゃよ」
「それはめでたい。吾輩の代わりに祝いの品と言葉を贈っておいてくれ」
「《無欠》よ。お主なら、もっと上手くやれたはずじゃがな……」
「二度も言わせるな。恩は返した」
眼前の年老いた男への意趣返しの気持ちは一切ないとは言わない。
しかし、宮廷魔術師団は十年働いた職場でもある。同僚への仲間意識や、仕事への愛着がないわけではなかった。
最初に顔を合わせたときは化け物みたいに見えた師団長の姿だったが、こうして正面から相対すると、随分と小さく見える。
ただ、その怪物的な政治力は健在だろう。
普段なら通行人が行き交う王宮近くの路地なのに、通りすがりの者の姿も声もなく、二人きりの時間が続いている。
ゲイリオスは老人に背を向けた。
「話は終わりだ。吾輩にはゆくべき場所ができた」
「ほう。いずこへかの?」
「教える義理はない」
「長い謹慎なだけで、お主は変わらず宮廷魔術師団の所属じゃぞ。もはや儂がお主の上司ではないから伝える義務がない、というのならそのとおりじゃが」
聞えよがしに舌打ちひとつして、ゲイリオスは答えた。
「……ラグラン領だ」
「ほ? あんな不毛の地に、今のお主がなんの用がある? いや、魔の森の奥に潜む魔物目当てならまだ分からんでもないが……」
返事もなく、ゲイリオスは歩き出した。
遠ざかる彼を見送りながら、老人は最後に、小声でぼやくにとどめた。
「無欠のゲイリオス、か。決して皮肉でつけたわけではなかったんじゃが……言っても詮無きことよな」
そうして謹慎中の宮廷魔術師ゲイリオスは、かねてより相談されていたラグラン男爵の長男、ティベリウス・ラグランの家庭教師を引き受けようかと考えた。
王都からラグラン領へ向かう場合、街道を使うとひどい遠回りになる。
直通馬車の定期便なども存在しない。領地の状況報告や、その武威ゆえに、ラグラン男爵はなにかと王宮に召喚されることが多い。
自前の馬車を使い最短距離で他領を突っ切ることで遅参を防いでいるようだが、移動だけでもご苦労なことだ、というのがゲイリオスの感想だった。
一応、王命による召喚であるので、他領の通行許可を取りやすいのがせめてもの慰めなのだが、彼の体はひとつしかない。
領土防衛のために毎日のように領内を巡回したり、魔の森からの魔物の流入を防ぐことにくわえて、王宮への報告も頻繁に求められるせいで、月に何度かしか自宅へと帰れない、と手紙にはあった。
そのせいで二人の息子からは隔意を感じるとかなんとか。
上の息子は賢く、状況がわかっているため理解を示してくれるのだが、たまにしか会えないせいで、下の息子は他人を見るような目で父を見る。
それがひどく辛く寂しいのだと、戦場では頼りになるラグラン男爵の泣き言がつづられている。
ゲイリオスがラグラン男爵と知り合ったのは、二十数年前になる。
まだ若かったころのラグラン男爵が、自領に溢れかえった魔物の群れを相手に必死で戦っているところに、一冒険者として助けに入ったのが最初だった。
先代であるラグラン男爵を亡くしたばかりで、しかも領地が荒廃し、間が悪く借金を重ねるしかなかった頃の、領民を守るために必死だった若者。
その当時からの付き合いなのだ。
それからゲイリオスはたびたびラグラン領を訪ねるようになった。
魔の森の強靱な魔物相手に魔術を試したいといった私欲もあったが、かつて助けた恩義をいつまでも忘れない当代の人柄も、親交を続ける理由になった。
そのうちに彼は子爵令嬢と結婚することになり、気楽な冒険者をしていたはずのゲイリオスも、あれよあれよのうちに宮廷魔術師に祭り上げられてしまった。
お互いに出会った頃とはまったく違う環境、立場になった。しばらくのあいだ酒を酌み交わすことも出来ない多忙っぷりを極めた。
といっても、ラグラン男爵は頻繁に王宮に呼ばれるし、宮廷魔術師は何人かが護衛や警備、相談役も兼ねて王宮に常駐している。顔を合わせれば、近況報告をするくらいの時間は取れた。
そうして一年が過ぎ、五年が過ぎ、気づけば十年が経っていた。
ゲイリオスが謹慎処分を受け、王都を離れるとなったとき、真っ先に思い出したのがラグラン男爵からの相談だったのだ。
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