第16話 討伐クエスト「災厄の死竜」
宮廷魔術師とは、王国最高峰の魔術師に与えられる称号でもある。
多くは魔術学園を優秀な成績で卒業し、その後も研鑽を続け、何らかの形で著しく頭角を現したもの、輝かんばかりの才能を示し続けたものが推挙される。
名誉職ではない。無能や雑魚には務まらないのだ。
知性と戦闘力と実務能力すべてを兼ね備えた、王国の守護者たらんとする二十余名の求道者たち。
それこそが宮廷魔術師である。
さて、在野の冒険者ながら賞金首とされる凶悪な魔物討伐の成功、あるいは各地にある迷宮の踏破成功者として名を挙げたゲイリオスだったが、宮廷魔術師として任命――招聘されたのは齢にして四十を過ぎたころであった。
宮仕えは性に合わないと自覚していたこともあり、彼は丁重に断った。
しかし彼を推薦する声は数多く、根強かった。
これはゲイリオスが迂闊だったのだが、彼は名声を高めすぎたのだ。
現役の宮廷魔術師団長よりも、冒険者ゲイリオスこそが強いと噂されることもあった。
それが一度や二度の話であれば、捨て置くこともできただろう。
あるいは一年や二年の話であれば、世代が変われば一時的なものとして忘れ去られることもありえた。
しかし王国各地で、しかも十年単位でまことしやかに語られるようになると、宮廷魔術師団のみならず、王国の体面の問題になりつつあった。
この王国において魔術師であることは、貴族出身とほぼ同義である。
一部の例外こそあるが、魔術を体系的に学べる、その教育については魔術学園が一手に担っている。
魔術学園は、貴族のための学校でもある。
だが、貴族でありながら、ひとつの職業として、あるいは職能として自らは魔術師であると名乗ることあまりない。
王国貴族において魔術が使えるのは当然のことだからだ。
ゆえに魔術師を気後れせず名乗れるのは、たとえば宮廷魔術師、王軍の魔術部隊に所属している練達、もしくは高名な研究者といった一握りの俊英が主である。
一般的な貴族は魔術を扱えるだけだが、前述した彼らは魔術の師と呼ばれるにふさわしい能力と実績を持っている。
だからこそ誰もが大なり小なり魔術を使える貴族社会のなかで、肩書きとして魔術師を用いることになる。
貴族社会の外側にも魔術師を名乗るものがいる。
たとえば爵位を継げなかった次男や三男が家を出されて、あるいは温情により教育を受ける機会に恵まれた非嫡出子が家のために魔術を身につけるなどして、その後何らかの理由で冒険者に身をやつした場合が分かりやすい。
こうした貴族崩れ、出奔したもの、貴族らしい生活には縁遠いものが、冒険者相手に魔術師と自称することが多い。
依頼人に対して魔術師と名乗ることもある。
庶民平民にとっては、彼らこそが魔術師なのである。
どちらも間違ってはいない。ただ、捉え方と、呼称の広さのせいである。
巨大な怪物を恐ろしげな魔術で屠る異能者たち。
その実力はピンキリで、風貌や態度から区別することは難しい。
とにかく、魔物退治や迷宮探索で食い扶持を稼ぐ冒険者のなかには、貴族社会から弾き出された元貴族やその係累が、攻撃魔術の使い手として活動するケースが少なくなかったのである。
しかし冒険者になるしか道がなかった落伍者、あるいは魔力持ちの平民が見様見真似や聞きかじりで使えるようになった魔術では大したことはできない。
魔術を日に数回使えれば強力な武器になりうるが、それ以上ではないのだ。
たとえば魔の森の奥に潜むと言われる身長五メートル近くある化け物熊、ブラッディベア相手に、初級魔術を十発当てたところで怯ませるのがせいぜいだろう。
とはいえ、例外のなかにも、さらに異物は生まれうる。
ゲイリオスがまさに外れ値であった。
彼は四属性の魔術を使いこなし、あらゆる魔物を屠ってきた。
巨大な毒竜退治は、若き日のゲイリオスの冒険譚における最大の実績だ。
とある領地の山の麓にあった洞窟に、グロテスクな姿の竜が棲み着いた。
それは周囲に毒を撒き散らす最悪のモンスターであった。
近隣の村の住民たちは次々に倒れた。他の村に逃げた者もいれば、動けずそのまま亡くなったものもいた。
数カ月経たずして、ふたつの村が滅びた。
事態を重く見た領主により、毒竜討伐には多額の賞金がかけられた。
当初金貨百枚から始まった依頼は、犠牲者が増えるたび倍になり、いつしか五倍になり、最終的には報奨金が金貨千枚にもなる大仕事となった。
命知らずの冒険者たちは歓喜した。
跳ね上がった賞金のために高ランクがこぞって参加し、二十人がかりで挑む竜殺しのクエストになった。
そして、半分が洞窟から二度と帰れなかった。
残りの半分はなんとか生きたまま町に戻ってこれたが、後日、さらに半分に減ってしまった。
当時、その竜の撒き散らした毒に有効な解毒剤が存在しなかったのだ。
生き残りはわずか五人だけ。
その五人も長らく後遺症に苦しんだ。
彼らの証言により、近接戦闘力しか持たない人間には太刀打ちできないことが確定した。
竜の武器は毒だけではなく、その圧倒的な防御力でもあった。
討伐隊には腕自慢が複数混じっていたが、彼らの剣は竜に通じなかった。
それから何度も討伐隊が組まれ、大勢が毒竜に挑んだ。
一年が経ち、二年が経ち、五年が過ぎた。
死地から生還した冒険者たちの証言のおかげで、少しずつ情報は集まってゆく。
毒竜はテリトリーとした洞窟から動くつもりはないらしく、毒の及ぶ範囲も滅んだ村のあたりまでで、近寄りさえしなければ被害は抑えられると分かった。
賞金額はそれ以上増えなくなり、挑む冒険者の数は年々減っていった。
あるとき、被害の拡大を懸念した王国から宮廷魔術師が派遣されたが、彼らは調査だけして戦わなかった。
調査に向かった王国随一の実力者たちですら毒竜に臆したのだと、口さがなく批難されても、彼らは否定しなかった。
彼らは堅実だった。確実に勝てる保障もなく戦うことはできなかった。
有効な手段か、特別な解毒剤が用意できるまで放置するしかない。熟慮の末、そんな結論になったらしい。
十年間、毒竜は安穏と過ごした。
いつしかその毒の怪物は、災厄の死竜と呼ばれるようになっていた。
そうして酒場に貼り付けられた紙に、証言から描かれた毒竜の絵姿と、金貨二千枚という法外な討伐報酬が記された。
紙は黄ばむほどに古びていたが、壁から剥がされる日は来そうになかった。
今となっては、もはや挑むものはいなかった。
今日もまた、冒険者たちはその賞金首の絵から目を逸らし、酒を飲んでは、小さな冒険で小銭を稼ぐ。
毒竜の住処の近くには、他のモンスターも近寄らない。
仕事は少なく、古株からは決して手を出してはならない化け物の話はさんざん聞かされ脅されている。
近隣の町村はいつしか寂れていた。誰が好き好んで毒竜の住処に近いこの街に今更住み着こうというのか。
昔からの住民たちも、だんだんと別の土地へと去ってゆくばかりだ。
ある日、小柄で、気難しそうな若者が酒場に立ち寄った。
若者は毒竜の生態について、酒場の主人にあれこれ尋ねた。
周囲の顔を赤くした冒険者たちが囃し立てる。
やめとけ、やめとけ。
まだ若いお前みたいなやつがわざわざ死にに行くことはねえ。
彼は素手だった。少なくとも、剣であるとか、槍、斧といった武器を身につけてはいなかった。
だが、どういうわけか、冒険者たちは無言で見返してきた若い男にそれ以上何も言えなくなった。
気圧されたのだろう。
若者はそれから町で何かを調べだした。
好奇心に駆られた冒険者のひとりが後をつけ、何を求めたのかを探った。
資料を集めていた。また、かつて討伐隊に参加した者たちに会い、毒竜についての詳細を尋ねて回っていたのだ。
町の冒険者たちは勇敢な若者の無謀な挑戦を制止した。
若者は、吾輩には倒せる、と尊大に言い放った。
心配してやったのに無碍にされたと感じたか、彼らは、だったら好きにしろと彼の背中に怒鳴りつけ、テーブルに戻って酒を煽った。
翌日、若者が毒竜退治に向かった。
酒場に集まった彼らは賭けをした。
若者が二度と帰ってこないか、それとも、竜に相対し、それでも無事に逃げてくることができるかを。
戦う前に怖気づいて町に戻って来るのでは、と誰かが言った。
あんだけ大口を叩いたんだから、怪我のひとつもしなけりゃ諦めないんじゃないかと別の席から声が上がった。
酒場の主人はグラスを磨きながら、心の内だけで領主への愚痴をこぼした。
ああした魔物退治は領主主導のもと行うものなのに、十年もの長い間、手をこまねいているだけで、ちっとも解決できてはいない。
だからまた、若い命が無惨に散っていくのだ。
まったくもって嫌な話だ。
いいかげん、誰かこの町を元の姿に戻してくれんもんかね。
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