第7話 「メイドの少女と名家の長男」
おかしな夢を見なくなって四年が過ぎた。
そもそもあれがただの夢だったのか、はたまた何らかの予知夢だったのか、その答えは定かではないが四年という年月が経った今でも覚えているということは、それだけ生まれたばかりの赤子だった自身には衝撃的だったのであろうと少年となったアスは思う。
「まあそんなこと、今更考えたって仕方ないよな……」
四年という年月は赤子であったアスにとってとてつもない変化を見出した。
言葉をしっかりと喋れるようになり、人とのコミニケーション手段も大幅に広がり、今となっては次期フェルナンド家長男としても問題のない程度には成長したと言えよう。
「何が‘‘そんなこと‘‘、ですか?」
「ああ、いえお気になさらず。こっちの問題ですので!」
背後から現れた安心感のあるその声にアスはただ、そう返した。
「何がこっちの問題ですかっ!」
いきなりのげんこつに反応する間もなく「あ痛っ、」と声を漏らす。
凛とした金色の瞳に揺れ動く緑髪の少女、メイド服も様になったシイナはそのしたたかな見た目と裏腹に強烈な一発をアスにお見舞いしたのだった。
「もう、いきなり殴ることないじゃないですか!」
頭を押さえたままの状態でアスはシイナを睨みつける。
だが、これだけは譲れないとばかりに呆れた表情でシイナは屈んだアスにため息を一つ、
「はあ、いいですか?アス様はこの年でもうかなりの知識と武術の才を持っておいでです。」
唐突な誉め言葉に頬が緩んだのも束の間、彼女は追い打ちをかける様ににやけるアスの頭にもう一発をお見舞いし、そして「ですが、」と続けた。
「それは英雄様と彗星様いてこそな面もないわけではありません。そこはアス様自身もご存じでしょう?」
そう言われると何も言い返せない、なんせアスは親がいてこその今の環境だ。
シイナ自身もそれを自覚させるためわざと父と母の名ではなく、その与えられし異名を出したのだ。
「うっ……、ですがこうして僕が才能を咲かせたのは僕自身によるところも大きいのでは?」
「それは否定しませんが今、こうして私がアス様を指導しているのも全部アルベルド様の計らいなんですから。」
そう、全てはアルベルドの気遣いと配慮あってこそ実現したアスに施された英才教育。
というのも、もともとアスへの武術と学問の教育というのは行う予定がなかったものであった。
そこを三歳の誕生日の時、アスが無理やり頼み込んで実現したのが今のアスとシイナの関係、それはアスにとって主従という関係である以前に最も大切にしなければならない関係であった。
もとより、アルベルド自身もアスがそれを望むのであればそうさせた方が良いと考えていたのだろうが、
「しかし驚きましたよ、あの怠け者のアス様がまさか武と知識を望むとは……。」
酷い言われようではあるがそう言われても仕方のないような行いを行ってきたのは自身なのだから仕方ないとその言葉を心に留める。
「そういえば何故あの時、私を選んだのですか?」
シイナのそれは単純な疑問であった。
武術、学問、それは何もシイナが指導しなければならないというわけではない。
そもそも、『英雄』の頼みとあればもっと優秀な指導者をアスに付けることだってできる。
その中でシイナという普段メイドの仕事に勤しんでいる少女を指導者に選んだのは他でもないアス自身だったのだ。
正直に答えるのであれば夢での一見以来、シイナのことを知りたくなったのもある。
だが、それ以上に彼女を選んだ理由があるとするのであれば――
「シイナが僕のことを一番理解してくれていると思ったからです。なんせシイナは僕がまだ言葉を喋るのすらままならない時からずっと一緒に暮らしてきた家族なんですから。」
純粋な笑顔で発したその一言はシイナにとって生涯忘れられない一言となった。
口に手を当て微笑む少女は一言、
「アス様は本当に手のかかる人ですねっ、」
アスの頭に今度は優しく手を置きそう言うのであった。




