第2話 「そしてジグルドは散る」
「お前なら守れたんだろう?アス。教えてくれ……」
その声の主は縋っていた。
この世界に、自身の弱さ、愚かさに、そして目前の理不尽に――
その掠れた声に‘‘理不尽‘‘はそっと口を開く。
紺瞳がわずかに揺れる。
「すまない、さすがの僕でもすべてを救うことはできなかった……、これも全部僕の力不足と怠惰が招いた結果だ。」
――どうして……
一体、何故、そんな言葉で頭がいっぱいになる。
どうして自身の力量のせいにするんだ、いっそのこと自分のせいだとはっきりと言ってくれれば……
「俺の……せいだろ……?」
――掠れた声で訴えかける
「俺さえいなけりゃ……」
――それは一番自分が望まないことだとしても
「あいつの隣が俺じゃなくお前だったなら――!」
「――ぁ」
言い切ってしまったことへの後悔と静寂だけがその場に残った。
***
――もうっ、いい加減にしてっ!
ふと耳元に響いた懐かしい声は、厳しくスイを叱りつけるような、そんな声だった。
一体なぜそんなことを言われたのか。彼女は自分のことを突き放そうとでもしたのだろうか?疑問だけが頭を巡っていく。
――俺が悪いんだ……俺が、俺が俺が俺が俺がおれが……おれが…………。
彼女が好きだった、好きだったのに、守りたかったのに、守ると誓ったのに……
「会いたいよ、セシリア……」
掠れた声で青年はひとり呟く。その場にいる‘‘理不尽‘‘には目もくれず、ただ先ほどの発言を、彼女への冒涜を悔やむように、そっと一呼吸置き、そうして青年は顔を上げた。
「スイ……」
青年のやるべきことはもう絞られた。
――たった一つ、あの英雄を、この手で終わらせるしか道はない……
この運命は恐らくずっと前から決まっていたのだろう。
ずっとずっと前――青年の生まれ落ちた、その瞬間から。
***
俺はいつも‘‘持たざる側‘‘にいた。それは今に始まったわけじゃない、この世界に生まれ落ちた瞬間からきっと決まっていたんだ。
そう、多分それはあいつと一緒に生まれてきたその瞬間から……
「君の名前を教えてはくれないか?」
――最初の印象は躾のなった子供というだけだった。
鮮やかな水色の髪に思わず誰もが見惚れるほど整った容姿。
それらを持ち合わせた少年が名家の生まれだと知ったのはもう少し後のことだった。
「スイ……僕の名前はスイ……」
朧げに覚えているそいつとの初めてのやり取りはとても些細なものだった。
後に後悔することなど知らない俺はその時、一度目の過ちを犯したのだった。
――もし一度だけ人生の選択をやり直せるならあなたは何をやり直しますか?
ある時唐突に聞かれた。
多くの人間はこう聞かれると主に人間関係や進路、キャリアの選択を挙げるらしい。
「俺は……」
その当時の自分には難しい質問だった、それだけはわかる。
「どうしたの?おーい、聞こえてないのかしら……?」
透き通った甘い声、甘い香りの少女の手が視界を行ったり来たりしている。
「そうか……僕は、いや、俺は……」
「……?」
「セシリア、ありがとう。最期に話せたのが君でよかった。」
「それってどういう――」
その瞬間、ようやく自分の中でのモヤが晴れた気がした。
***
「スイ、君は一体……どうしてそんなに辛そうなんだい……?」
本当に憎たらしいほどにそいつはどこまでいっても『英雄』だった。そんな憎くて憎くて仕方のない存在の心配する顔が最後に見れただけでもよかったと、そう思う。
「俺は何も持たずに生まれてきた訳じゃないって分かったからだよ。」
「……?」
その回答に『英雄』は戸惑っている。
無論、自身を何も持たざる者だなんて思っているのはスイ本人だけなのだから伝わらなくとも仕方がないことだろう。でもそれがスイにはおかしく感じた。
おかしく、不思議で、理解不能。
なんせスイが唯一持って生まれたもの、今もまだそこにあるのは――
「アス、お前がいた……ずっと、出来の悪い俺の側にはいつもお前が……」
スイから笑みが零れた。こんなに近くにいながら、こんなに親しい間柄でありながら……
「だからこそか……」
ずっと持たざる者だと思っていた青年の側にはいつも『英雄』がいた。その事実が、嬉しいようで虚しいような曖昧な感情となって消化されていく。
アスの柔らかな笑みを見つめながらスイは一歩、また一歩と『英雄』へと近づいていく。
一歩一歩踏みしめながらゆっくりとスイはアスの前に立った。
「僕も君がいたからここまでこれたんだ、ありがとう。」
感謝を述べたアスの瞳が揺れ動くのを感じた。
「ああ、こちらこそありがとう。」
――もし一度だけ人生の選択をやり直せるならあなたは何をやり直しますか?
今ならその問いに迷いなく答えられる自信があった。
「じゃあな、『英雄』」
「ありがとう……スイ。」
アスの呼吸が次第に荒くなっていく。
「どうして……」
「僕を殺してくれたのが君でよかった……」
「なんでっ……、なんで避けなかったんだよ……」
スイからの問いを答えることなく、『英雄』は最期の言葉を遺した。
「――スイ、次は……君の番だ……」
その瞬間、アスは腹部から血を流しながらスイの胸へ力なく倒れこんだ。
スイに抱きかかえられながら、すべてを悟っていたかのような表情のまま『英雄』アス・フェルムンドは散った。




