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ロキは散り、ジグルドは花開く  作者: 胡椒
ロキとジグルドは散る
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第13話 「覚醒」

アスは自身を『大罪人』と名乗るスイに疑いの感情を向けた。


――おいアス!今すぐその場から立ち去れ!来るぞ!


「全部台無しだ、僕がもっと早く辿り着けてたなら、もっと早くシイナの異変に気づいてたなら、もっと、もっと早く、動き出してさえいればこんなことには……」


少年は膝崩れ落ちた。


『大罪人』の忠告に耳を傾けることもせず、自身の行いを悔いた。


その時、森の木々が少し揺れた。


静寂に包まれた森、そこで待ち受けていたのはこの世の理不尽を具現化したような存在――


自身の五倍近くはある巨体に大きな爪、そして口元から滴り落ちる血が目に入った。


少年は嗤う。


この世界の理不尽を、不条理を、不平等を、全てを嗤う――


狂人じみた笑みが静寂な森に静かに響いて消えていく。


そのままこの世の理不尽を前に、アス・フェルムンドは散った。


***


その世界には何度も来たことがあった。


生まれてから何度も何度も訪れてきた。


虚空の世界、そこで待ち受けていた影にアスはどこか懐かしさを感じる。


「あなたは……。」


視線の先、その世界に居座っていたのは紛れもない、『大罪人』だった。


「てか、俺の忠告聞かずに何やってんだよ!お前はよぉ!」


不機嫌な顔でそう言いながらアスを責める『大罪人』、その言葉には何も言い返せない。


俯くアスを横目に、『大罪人』、スイはため息をつきながら立ち上がる。


「今のお前、見てられねえな……。」


「すみません……、スイさん。」


彼の名を呼んだ時、どこか寂しそうな顔をしたスイは調子を狂わされたことに頭を掻きながらアスをまっすぐ見つめた。


「アス、」


スイはいつもとはどことなく違う雰囲気で名を呼んだ。


「はい、」


その呼びかけにアスは短く返事をする。


「もう俺には時間がねぇ、だからお前に全部を”見せる”。」


そうして握れと言わんばかりにスイは左手をアスの前に差し出した。


そっと手を取り、目を閉じた。


そして、そこに映し出された光景にアスは息を呑んだ。


「これは……、」


映し出されたのは恐らく彼の過去だろう。


彼の今までの苦悩、葛藤が手に取るようにわかる。


生まれてすぐ両親から捨てられ、育ての親も冤罪によって虐殺され、何も持たない自分を好きになってくれた子も目の前で息絶え、最期には親友を手にかけた……。


そんな彼の人生がまるで自身に起きたことのように鮮明に語られる。


「アス、お前に言わなきゃならないことがある。」


それはスイの弱みを見せるときの声だった。


「ううん、言わなくてもわかる。君は僕の親友だったんだね。」


それはずっと囚われてきたスイの大きな枷が外れる瞬間だった――


***


アスが生まれた時、スイという一人の男の記憶は眠りにつき囚われた。


なにもかも全て投げ出したかったスイにとってそれは好都合なものだと、最初はそう思っていた。


自分の殺した親友に生まれ変わり、全てを持って生まれてきたのだから、自分のような邪魔な過去は消え去るべきだと、最初はそう思っていた。


だが、事情が変わった。


アスという規格外の理不尽は自身の眠り場に辿り着き、そして幸せそうな顔をしていた。


「俺自身、最初はそれでいいと思ってた。だけどそれじゃ駄目だったんだ。」


そう、スイは気づいてしまった。


アスとしてもう一度生を受けたその意味を。


スイがアスとして生きる意味、それはいずれ起こる悲劇を未然に防ぐ鍵となることに……


「何度も憎んできたこの世界で俺がもう一度生きる意味……、もしそんなものがあるなら、それはあいつらへの、そしてこいつ(アス)への償いなんじゃないか……?」


セシリアを、アスを、何より自分自身を救うべく、スイは再びこの世界で生きることを決意した。


「今度こそ全部守ってみせる……。」


それは覚悟だった。


最期には自身の決断で親友と自身の生を終わらせたスイ自身への報い……、そのためにこんなズルのような現象が起こったのだと、そう確信した。


問題はすぐに訪れた。


アスとスイ、その二人の存在はアスが生まれた時点でもう完全に分離していた。


唯一二人がつながることの出来た空間は一面まっさらな虚空の世界のみ。


そこでスイは何度も何度もアスを呼んだ。


そうして自身の存在をアスが確信した時、スイはとうとう彼の目の前に現れることができた。


そうして初顔合わせの時、スイが自身の正体を明かそうとしたその時、問題は起こった。


何者かの手によってその世界は崩壊寸前のところまで追いやられ、その瞬間、アスとスイという二つの人格が完全な別の存在へと変化した。


***


「じゃあなんでまたこの世界でスイと会うことが出来るようになったんですか?」


アスはスイのこの世界での出来事をすべて見た時、そう疑問を溢した。


「それはお前が俺と同じで大切な何かを失ったという感情を知ってしまったからだ。」


「……?」


スイの返答はあまりに大雑把で理解に悩むものだった。


その様子にスイは少し考えてから言い直す。


「つまり、お前は俺が過去に味わった悲しみを知ってしまった。だから俺とお前を結ぶ糸がまた強く結ばれたんだよ!」


「そう……、だったんですね!」


アスの意外にも明るい受け答えにスイは驚いた。


「お前……、悲しくなかったのか?」


先程まで酷くやつれていた様子だったアスのその返答には、スイも困惑するしかなかった。


だがそんなスイに首を横に振ったアスは胸に手を当てた。


「いえ、先程までは本当にシイナが死んでしまったのかと思って本当に怖かったし悲しかった……。けど、スイが見せてくれた過去、あそこにシイナは居ました。僕の死を悲しんでいるシイナが、確かにそこに……。」


スイのことに気を遣いながらもアスは、そう嬉しそうに言った。


「そうか、よかったよ、生まれ変われて……、本当に良かった……。」


多分、生まれ変わることがなければこの先もスイはずっとアスのことを知らずに、ただ妬むだけの日々を送ってきたことだろう。


そういう意味でも本当に生まれ変われて、アスを知ることができてよかったと、そう思った。


「スイ……?」


「ごめんな……。大丈夫だ、心配かけてすまなかった。」


スイはまだ胸の内に秘めた疑問がある。


それをアスは知っていた。


だからこそ、スイが囚われる過去と決別させる意味でも、


「きっと、未来の僕はスイのことを嫌いになったことはありませんよ。」


「へ……?」


「そりゃ多分、殺そうとした動機は気になっているかもしれませんが、大丈夫です。僕はあなたを許します。」


スイは救いを求めていた。


ずっと前から、犯した過ちに対しての救いを、長年と、待ち続けていたのだ。


だから、アスはそうしてスイを抱きしめ、そして許しを与えた。


スイもそれを拒絶しなかった、違う、できなかったのだ。


どれだけ言い訳を重ねても自身の発言の数々、過ちの数々は払拭されない。


他人以外には払拭などできないのだ。


泣きそうになる、でも泣けない、泣くわけにはいかない。


これから先は二度と同じ轍を踏まないように、そして踏ませないように、スイはそう新たな決意心に決めた。


「アス、もうすぐ時間だ。」


「ですが……。」


自信なさげなアスの肩を叩く。


「相手は魔獣、しかも上級の異形、『熊王(グルガンベアー)』……。確かに今のお前じゃ勝てないかもしれない。でも今は俺がいる。」


そう、スイは知っているのだ。


「俺は知ってる。お前の強さも、弱さも、そして初恋の人もなっ!」


スイの言葉に、アスの緊張が解ける。


「最後のは余計ですよ……。」


瞳に光を灯し、アスは歩み始める。


――そうか、ずっと前から僕は……、俺は……、


***


目を覚ます。


目の前にはこの世の理不尽を具現化したような大型の魔獣。


そして理不尽の眼前に立ち上がったのは――


「シイナ、再会はまたいつか別の機会に……、」


そう言いながら近くに置いてあった木の棒を拾う。


「ガァァ!」


野生の勘か先程までと雰囲気がまるで違う獲物に魔獣は困惑して吠える。


「俺の名前は次代『英雄』、アス・フェルムンド。シイナの仇は取らせてもらいます。」


この世で最も理不尽な存在は目の前の理不尽にそう宣言した。

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