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四十七歳、現役ラノベ作家。オリコンランカーだけれど生活はまだ会社員のままだ  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第69話 会議を通すための直しと、自分を守るための嘘はよく似ている

 金曜の夜、私は書斎の机に肘をつきながら、同じ一文を十分以上見つめていた。


 文章そのものが悪いわけではない。

 むしろ、単体で見ればよくできていると思う。

 主人公の状況も感情も整理されていて、ホテルの夜から会社の朝へ戻ってくる流れも自然だ。高梨の赤を受けて直した入口はかなり機能しているし、本城由来の女の距離感も、少なくとも前よりは“便利な察しのよさ”から離れた。


 だからこそ、そこに残っている一行が気になっていた。


 彼は昔から、期待しすぎないことで自分を守ってきた。


 文章としては成立している。

 読みやすい。

 親切でもある。

 でも、その親切さが、いまの私には少しだけ嘘くさく感じられた。


 期待しすぎないことで自分を守ってきた。

 たしかに、その通りなのだ。

 会社でもそうだし、創作でもそうだし、生活でもそうだろう。

 だが、いまのこの企画でその一行をあまりに早く置いてしまうと、主人公が急に“分かっている人”になりすぎる。


 分かっている人は、読者にとって安心できる。

 でも、安心できるぶんだけ、少しだけ目を離しやすくもなる。


 私はそこをもう一度考え直していた。


 会議を通すための直しと、

 自分を守るための嘘は、

 時々よく似ている。


 どちらも“少し丸くする”方向へ行きやすいからだ。


     ◇


 その日は会社でも、妙にそういうことばかり考えていた。


 営業管理課の朝は、相変わらず普段通りに始まる。

 榎本が見込み表の数字を見て無言で嫌な顔をし、三浦は先方への返信に“恐れ入りますが”を入れすぎて文面を自分で重たくし、本城は一覧を整えながらこちらの顔を一度だけ見る。


「おはようございます」


「おはよう」


 私はそう返し、自席へ座った。

 今日の自分の顔がどの分類に入るのか、本城ならきっと何か言葉をつけられるのだろうと思った。

 だが、朝の彼女は特に何も言わない。

 その沈黙が、かえってありがたい日もある。


 仕事を始めて一時間もしないうちに、営業部からまた少し強気な見込みが戻ってきた。


「係長、これまた“かなり有望”になってます」


 榎本が資料を持ってくる。

 私は見て、すぐに首を振った。


「“かなり”はいらない」


「ですよね」


「有望、もまだ早い。“継続協議中”で十分」


 三浦が横から苦笑する。

「それだと夢がないんですよねえ」


「夢がないんじゃなくて、夢を混ぜないだけだよ」


 私がそう言うと、三浦は肩をすくめる。

「似たようなもんじゃないですか」


「似てるけど違う」


 私は資料へ赤を入れながら続けた。


「期待を育てすぎると、後で回収のために余計な言葉を使うことになる。最初から必要以上に膨らませないほうが、結局ちゃんと届く」


 言ってから、私は少しだけ止まった。


 まさにそれだ、と思ったからだ。


 期待を育てすぎると、

 後で回収のために余計な言葉を使うことになる。


 それは営業資料の話でもある。

 だが、主人公の独白や心情説明にも、そのまま当てはまる。


 いま私が気になっているあの一行、

 期待しすぎないことで自分を守ってきた、

 あれはまさに“回収のために余計な言葉を使っている”感じに近いのかもしれない。


 主人公がまだそこまで言語化していない段階で、

 作者の側が先回りして“この人はこういう人です”と説明しすぎている。

 それは読者の期待を管理するには便利だ。

 でも、便利であるぶんだけ少し弱い。


 私はその感覚を忘れないよう、会議メモの端へ小さく書いた。


 最初から必要以上に膨らませない。


     ◇


 昼休み、本城が一覧を持ってきた。


「午前版、共有済みです」


「助かる」


 私は受け取る。

 紙の並びは相変わらずきれいだ。


 本城はそのまま戻りかけて、少しだけ立ち止まった。


「今日は、少し考えすぎてる顔ですね」


 私は顔を上げた。

「仕事のことじゃなくて?」


「たぶん半分違います」


 半分。

 この人は、そういう曖昧な言い方がうまい。

 断定しない。

 でも、外しもしない。


「何を考えてる顔に見える」


 私が聞くと、本城は少しだけ考えた。


「言わなくてもいいことを、言葉にするかどうかで迷ってる時の顔です」


 私はそこで、本気で一拍止まった。


 言わなくてもいいことを、言葉にするかどうかで迷ってる時。


 やはり、この人は見すぎる。

 そして、見すぎるからこそ、時々こちらの核心へかなり近いところまで来る。


「それ、便利なのか不便なのか、やっぱり分からないな」


 私が言うと、本城は少しだけ口元をやわらげた。

「係長にとっては、たぶんまた不便なほうです」


 私は思わず笑った。

「だろうな」


 本城はそのまま自席へ戻る。

 私は彼女の後ろ姿を見ながら、今の言葉を頭の中で繰り返した。


 言わなくてもいいことを、言葉にするかどうかで迷ってる時の顔。


 これだ。

 まさにいまの私がやっていることだ。


 主人公の説明を、どこまで言うか。

 親切にしてしまうか。

 それとも読者へ少しだけ委ねるか。


 会議を通すための直しとしては、説明を足すほうが安全に見える。

 でも、それが主人公の危うさを守るためには逆効果かもしれない。


 本城の一言で、私はようやくその迷いへちゃんと名前をつけられた気がした。


     ◇


 夜、書斎へ戻ると、私は迷わずその一行を消した。


 彼は昔から、期待しすぎないことで自分を守ってきた。


 カーソルでなぞる。

 Deleteを押す。

 画面から消える。


 それだけなのに、少しだけ怖い。

 説明を一つ減らすというのは、読者を信じることでもあるからだ。

 そして同時に、自分が主人公を少し裸にすることでもある。


 私は削ったあとで、しばらく画面を見ていた。


 いまのほうが、強い。

 間違いなく強い。

 主人公の行動と言葉だけが残り、その裏にある防御の癖はまだ説明されない。

 だが、読者はたぶん感じ取れる。

 感じ取れるからこそ、次を押す理由になる。


 私はさらに、同じ種類の“少し親切すぎる説明”を数か所だけ見つけて、位置を後ろへずらした。

 削る。

 遅らせる。

 言い切らない。


 すると、文章の空気が少しだけ変わった。

 すっきりしたというより、ざらつきが残る。

 でも、そのざらつきのほうが、この企画には合っている。


 会議を通すための直しは必要だ。

 入口も整えなければいけない。

 だが、整えすぎて主人公の毒まで丸くしたら、たぶんまた前の“悪くないけど弱い”ところへ戻る。


 その境目を、私は今夜ようやく少しだけ掴んだ気がした。


     ◇


 高梨へ送る前に、私は最後に一文だけ足した。


 主人公が、自分でもまだうまく整理できていないまま、仕事の資料の文言へ赤を入れている場面だ。


 期待を混ぜないふりをしているだけで、期待していないわけじゃない。

 そういう大人を、彼は仕事で何人も見てきたし、自分もたぶんその一人だった。


 私はその一文を置いてから、深く息を吐いた。


 これならいい。

 説明しすぎない。

 でも、主人公の防御の癖はちゃんと見える。

 しかも仕事の文脈から自然に立ち上がる。


 親切すぎる一文で“守る”のではなく、

 行動と少し遅れた独白で“残す”。


 たぶん、それが今回の直しで一番大事なことだったのだろう。


 私は高梨へ改稿版を送った。


『説明を少し削りました。

 主人公を守りすぎていた感じがあったので、読者へ委ねるほうへ少し寄せてみました』


 送信してから、少しだけ肩の力が抜けた。


 会議を通すための直しは必要だ。

 でも、自分を守るための嘘まで一緒に残してはいけない。


 その違いを、今夜はたぶん少しだけ分かれた。


 私はメモ帳へ最後に短く残した。


 読者に伝わらないものは削るべきだ。

 でも、自分を守るために足している説明は、もっと先に削るべきなのかもしれない。


 そこまで書いて、パソコンを閉じた。


 今日はかなりいい夜だった。

 悪い疲れでもなく、

 無理な高揚でもなく、

 ただ少しだけ、作品の芯へ近づけた感じがある。

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