3章 エピローグ
――控室に向かう途中、
「文空っ! 文空っ!」
「なんだ? なん――うおっ!?」
ドレスを着たままの柴崎が飛び込んできた。
「……言えた。ありがとうって。……気付かなかった。ありがとうって、言いたかったなんて……」
だろうな。無理だと判断してしまった以上、苦しむ要員になるだけ。防衛本能がそれを隠した。
「よかったな。……それより、アイドルが男に抱き付くのはマズいんじゃないか」
「――あっ、ごめん……」
どうやら感情のまま動いていたようだ。そこまで喜んでくれたなら、やり甲斐があったというもの。
「……これから見つけるんだ。自分なりのやり方を。自分でできないなら、誰かを頼る。……人との繋がりは、大切にすべきだと、思う」
「……うん。分かった。でも、もう平気。……だって、私には優しく導いてくれる人がいるから」
「え、それって――」
「ねぇ、次は何をさせてくれるの? なんでもするよ! ……私のマネージャーさん♪」
断れる訳がなかった。キラキラと輝く宝石のような瞳を向けられてしまっては……。俺にその輝きを奪うことなんてできない。
☆
「……お疲れ様」
「あ、ありがとうございます」
アイドル科ロビーのベンチにて腰を降ろす黄谷に水を渡す。大役をこなし終え、本当はもっと黄谷の好きなジュースなどで労いたいとこだが、この後に役者達での打ち上げがあるので、その時までジュースはお預けだ。
舞台終了後も、一部シーンの撮り直しや、後に販売する時用の特典ブックレットのオフショットなどをこなし今に至る。ドレスは簡単に着たり脱いだりができないので、一度に終わらせる必要があった。
結構な負担。しかしそこは流創アイドル。疲れは見受けられなかった……のだが。
「浮かないな。なんかあったのか?」
「えっ……別に、何も…………。いえ、まぁ……はい」
「……柴崎とまたなんかあったのか?」
「いえ、らいなちゃんとの関係は前より良好になりました。呼び方もかこむさんになりましたし……」
「そうなのか」
関係が戻るのまだ先になりそうだ。
「……凄かったですよね、らいなちゃん。特に最後の方……。沢山引き出しを用意していたんでしょうね。ただでさえ演技力が上なのに、私以上に頑張ってたんです」
稽古が始まった辺りから鬼のようにメッセージが飛んできたからな。様々なシチュエーションで魔女ならどうするかを考えさせられたな。
「そうか、だったらそれを糧に次から――」
「問題はそれより、らいなちゃんが“頑張った”ってことです。突飛なお話でしたし、最初はやる気をそこまで感じられませんでした。でも、台本に……文空君の思想に触れて、至らぬ部分を知覚して、その力を今以上に引き出したんです……。そう起こることじゃありません。才能がある者同士だから起きたんです。……私では……起きたことが……ないのに……」
俯く黄谷から、一滴の涙が頬を伝う。
「黄谷……?」
「私は……文空君に相応しくないんじゃないかって……。文空君の能力はもっと、才能のある人に振るわれるべきなんじゃないか……って…………思っちゃって……」
なんだそんなことか。と言いたいとこだが、黄谷は本気で悩んでいる。それを軽くあしらう訳にもいくまい。だが、こんな時に気の利いた言葉を掛けれる程俺は人間性に優れてはいない。
……仕方ない。これは恥ずかしいから、もう少し後にしたかったが、黄谷も明かしてくれたんだ。どうせいつかは伝えるつもりだった。……ならば、俺も打ち明かすとしよう。
「……俺は、自分のしたことで人が笑顔になるのが好きなんだ」
「えっ、それって……」
「でも、俺には叶えられないから、託した。――黄谷は俺の夢なんだ。……だから、黄谷には笑っていてほしい。人を笑顔にするなら、まずは自分からだろう」
最適かどうかなんて知ったことではない。自分のやりたいことをやるだけ。俺は人間なんだから。
……それに俺は信じている。黄谷には、突出した才能は無くとも、打って変わる強みがある。その強みがやがて栄光の景色を見せてくれると。
「――っ! わ、分かりました!」
他人に後ろめたい気持ちなんて湧かない。人よりいい思いをしてるなんて思ってないからだ。それでも認めざるを得ない時がある。……これを、俺しか見れないんだもんな。
「……なんて顔してんだよ」
「だって、急に笑えなんて言うから――」
そう、それだ。……その笑顔の為に、俺は頑張れる。




