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4章4‐3 日々の憂い。 

 物語は幕を閉じ、会場に明かりが灯る。

 同時に積荷を降したかのような解放感が訪れ、背筋を伸ばし大きく欠伸をする。…………ふぅ、上手くいったと言えるんじゃないだろうか。

 舞台の完成度はかなり高いものだったと言えよう。まず役者。黄谷の適応力、柴崎の経験だけに留まらない滲み出る才能。素人目線だが、とても10日ちょっとで仕上げたとは思えないクオリティだった。裏方の人達もそれに呼応するよう、最大限の力を発揮し、それらが合さって一つの作品となり、客を引き込んでいた。

 台本の方は、基本的な話の流れこそ俺が書いた時のままだが、キャラのセリフ、掛け合いなどは怒涛の加筆ラッシュだった。作品のキャラ達もまたその世界に生きる人間なんだと思い知らされた。もし次があるなら、そういった背景も考慮して書こうと思った。


 そして、柴崎にこれからどういった変化が訪れるのか――。この舞台が良き影響となったかどうか分かるのは、まだ先となるだろう。


 ……さて、本来であれば真っ先にすたこら会場を去りたいとこだが、今回はそうはいくまい。言い出しっぺ。黄谷や柴崎、裏方の人らに挨拶しに行くべきだろう。

 それにもう一つのお楽しみもあるしな……。



「チッ……そういうことかよ。ほんっと餓鬼だなぁ……」


 どうだ? 面白かっただろ。さぁ、もっと吠えてくれ。


「はっ、よかったじゃねぇか。グミ野郎め」


 ん……?


「お前の意図は理解したぜ。まさか、こんな回りくどいやり方をするとはな。……でも、残念だったな。今や俺は……黄谷かこむ派だ」


「はい?」


 なんかおかしいぞ。


「アイツは“光”そのものだ。ひっさびさに笑ったよ……。お前がアイツに付いた理由がよく解かったぜ。アイツといるだけで自分まで真人間になれた気になれちまう」


「別に俺は……」


 違う。とは言い切れない。道を外れておきながら、それでも正道を行きたいという矛盾なる本能。恐らく誰にでも秘めている。自分は正しい生き方をしているんだ、という主張。

 黄谷はそんな俺にも更生の希望を与えてくれる。それを光か……。まさか、こんな堕ち切った人間まで照らしてしまうとはな。


「……負かすんじゃねぇぞ。責任重大だぜ」


「え、えぇ勿論です……」


 それより、本当に何があったんだ。


「らしくねぇな……。ちと毒を浴びすぎちまった。外で吐き出さねぇとな。――じゃあな。もう二度と会うことはねぇだろうが。ひょも野郎に言っといてくれ。元気でな、って。……頼んだぜ“文空君”」


「あ、はい」


 ……腑に落ちないな。最後にいい奴感出すのやめてくれよ。自分が小さく感じるじゃねぇか。もっと前のままでいてくれよ。そのせいか、“寂しい”という感情が湧き出てしまっている。

 監督は立ち上がると、誰かを発見したようで、その人物の元へと向かった。


「よっ、いたんだな」


「あぁ、途中から見させてもらったよ」


 理事長。わざわざ来たんだな。


「……どうだったよ?」


「面白い化学反応が見れてよかったよ」


「へっ、俺を道化にするか。ありゃ一本取られたぜ。――でも、面白くねぇモンも見せられたんじゃねぇか?」


「……さぁ、なんのことかな」


「はっ、言っときやがれ」


「それで、どうする?」


「――投資(Bet)だ」


「ほう……それはまた面白いことが起きそうだね」


「俺で遊んだんだ。弾みやがれよな」


「ああ、面白そうなことに投資を惜しむつもりはないよ」


「そうか。期待してんぜ。それじゃあな。これからも御贔屓に――」


 二本指で軽いハンドサインをし、監督は立ち去っていった。……俺も一言声を掛けておくべきだろう。色々と噛んで貰った訳だしな。

 席を立ち上がり向かおうとすると。



「とても楽しめたよ。鹿誠文空」


 そういえばいたな……。


「俺は大したことしてませんよ。台本も弄られまくってましたしね。役者や裏方の人らが優秀だっただけですよ」


「……その言動には軽蔑せざるを得ないね。君はまだ能力を隠しているだろう。何故? 理解に苦しむよ」


「俺に隠す程の力なんてありませんよ。買い被らないでください」


 特にそんなつもりはなかったが、強いて言うならお前のせいだろうな。ここの機材を壊したことが意図的だと悟られない為。そして、これからする俺の攻撃を奇襲とする為にもな。


「マネージャーに選ばれる時点で君に特別な力があることはもう割れてるんだよ。後は君が何をできるか。僕はそれを見たい」


「……そう言われましても」


「許されないんだよ。優れた能力を持っておきながらそれを発揮しないなんて。――僕が絶対に許さない。才能は正しい場で、正しく発揮されるべきだ」


「誰にだって自由に生きる権利があるのでは?」


「ないね。そうでなきゃ示しが付かない」


「……示し?」


「君は知らないだろうが、この世の中の人達は皆、懸命に、誠実に生きているんだよ。そんな人達からした君のような存在は“冒涜”でしかないんだよ。しかし、皮肉なことにその君の力は、そんな人達を豊かにする。導きにすらなる。君がいて許されるのは、その力を発揮している時だけなんだよ」


 冒涜……? 被害妄想も甚だしいな。俺はただ今あるものを使って好きに生きているだけだ。

 皆そうだ。与えられたもので生きていくしかない。その中で自分だけしか見ることのできない映像を楽しむ。それが人生。他を気にしたとこで仕方がない。

 これが俺の自己正当。だが、コイツのように主張することもなければ、押し付けることもない。他を受け入れる気もない。そんな権利は誰にもないからな。……本当に鬱陶しい。


「言っていることがよく分かりませんが、自分はこれでも精一杯やっているつもりですよ」


「僕の目は欺けない。沢山見ているからね。――流創学園(ここ)は本当に素晴らしい場所だ。才能が自由に羽を伸ばすことのできる夢のような場所だ。なのに、そんな楽園で君は羽を隠して生きている。実に愚かだよ。思い上がりもいいところだ」


 さっきから何を必死になっているんだ、コイツは…………。あぁ、そうか。俺がコイツを低く見ている理由が分かった。根本的に価値観が違うんだ。持っている物に差があるからこそ生まれる齟齬。

 例えるなら金が分かり易い。多く金を持った者と一般人では生活に差が出る訳で、そこで物の見え方に明確に差が生まれる。それと同じだ。実力という資産に差があるから見え方が違うんだ。だから無意識の内に下に置いた。


「その目、彼女と同じ……。やはり、正式にルールとしよう。前にも言ったけど、次のゲームで僕が指定したノルマに達することができなかったら、マネージャー(その椅子)を降りてもらう。――いいですよね、理事長先生」


「ああ、構わないよ」


「ありがとうございます。……さて、言質も取れたね。ノルマはかなり厳しく設定するつもりだから、手を抜いてなんてられないよ」


 白々しいな。元よりそのつもりだったろうに。……でも折角だ。吹っ掛けてみるか。


「……そんな。困りますよ。それに不平等じゃないですか?」


「不平等……?」


「こちらはリスクを背負っているのに、先輩には何もないですよね」


「だったら、どうしてほしい」


「ノルマを達成できたら先輩が何か報酬をくださいよ。――だったら、先輩に勝つことができたら。でもいいですよ」


「ほぅ……僕に勝つか。いいねその野心。面白い。挑戦はいつでも受けて立つよ。……ただこのゲームで僕に勝つのは無理だと思うけど」


「あ、やっぱりノルマ達成で……」


「ノルマ達成の報酬。僕への勝利で多大なる報酬。――どっちがいい?」


 考えるまでもない。ただその振りだけはする。


「…………。じゃあ、先輩への……勝利で」


「それでいい。悪いけど、容赦をするつもりはないから全力を出してくれよ。その上で差を示して、その思い上がりを正してあげるから」


「はい。全力で望みます」


「楽しみだよ……。それじゃあね」


 去りゆく高咲を見送る。……簡単じゃないだろうな。まだイベントの全貌も明らかにはなってないし、なんせ勝利の条件も、能力を隠して偶然やまぐれを演出する必要がある。だが、コイツにとっては高い目標らしいからか、負けのデメリットはない。そんなのとりあえず乗っておくに越したことはない。

 それに考えてなかったが、負けたら負けたで能力はその程度と片付けられる。それもまたこちらにとっては好都合。我ながら実に都合のいい提案をしたものだ。


 さて、厄介も去ったことだ。理事長に声を掛けていくとしよう。


「こんにちは。見に来てくれたんですね」


「……大変なことになってしまったね。大丈夫そうかい?」


「別に……」


「そうか。どうでもいいか。――それより、駄目じゃないか。最後やつ。言っといてあげないと。沢山お金を使ったんだよ。後々に売るんだからさ、あれじゃあ撮り直しだよ」


「――っ!?」


 …………そうだったな。そういえばお前は“黄谷だけ”だったな。

 その薄情さがこの学園をここまで大きくしたんだもんな。だからこそ正しさとなった。


 ――偉いと思う。なのに俺を立たせてくれることを。

 正しさを主張するのは簡単だ。言い張るだけでいいのだから。でも、かといって反する存在をただ否定するだけでは、それは逃げでしかない。

 だからあえて俺を自由に歩かせ、最終的に同じ場所に向かうと願う。こうして自分は正しかったと証明したい。――分かってんだろ。無理だって。だから、自分ではなく俺に黄谷を託したんだ。

 分かっていながらも筋を通す割り切り。感謝するよ。礼に俺は黄谷を導いてみせる。俺なりの正しさでな。……それと、周りのちょっとの人間くらいも、守ろうと思ったよ。





 この短時間でまた一つ気付きを得ることができた。俺が日々感じていた憂い。それは孤独からだったんだと。

 理事長や高咲なんかでは到底足りてないんだ。鎌田や北島監督のような、俺を突き動かしてくれる存在がいない。……ただ感情的にさせられただけ? 違う。至っているからこそ揺るがされたんだ。


 気付きたくなかったな。――俺はもう流創学園(ここ)じゃ本気になれない。




          ☆




 ――東村山駅にて。



「監督、なんか気持ち悪くなりました?」


「はっ、お前を見ると帰って来たって感じするぜ。……で、休暇は満喫できたか?」


「ええ、お陰様で」


「そうか、そいつはよかったな」


「それより台本の方は進みましたか?」


「あぁ、あれお釈迦にしたわ」


「はいっ!? 何言ってるですか。もう既に融資は募ってるんですよ?」


「なもん返しゃいいだけだろうが」


「前に追い込むためとか言って、競馬に注ぎ込みましたよね?」


「まぁどーにかなんだろ」


「あーもう、どうして急にそんなこと言い出すんですか?」


「……つまんねぇモン見せられたかんな。本当におもしれぇモンを作りたくなった」


「はぁ……なんですかその理由。ほんと、アナタといると帰って来たって感じします」


「分かったならさっさと行くぜ。――っと、そん前にコンビニ寄ってこーぜ。お前の面見たら久々に一本吸いたくなったわ」


「はいはい、お供しますよ」 


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