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開演前のお知らせ。 

前に柴崎が親から虐待されてるみたいな描写をしてしまいましたが、そんなことはなく普通に優しい父母です。ただ母がお金の誘惑と芸能界は厳しいという風習を都合よく捉えてしまっていて、そこから自分は愛されていないんじゃないかという誤解を生んでしまい、それが原因で時折見るようになった悪夢での体験が演技に反映されている、という感じです。

 いよいよ舞台当日。ようやくこの日が来た――というよりは学期末テストから解放され、いよいよ夏休みに突入する喜びの気持ちの方が大きい。

 7月12日。期末テスト終了直後。ここの生徒からすれば、テスト後のご褒美のようなものだろうが。自分が考えた話。その舞台が客に見られる訳だから緊張しないなんてことはないが、テスト勉強期間はアイドル科校舎にはほぼ立ち寄らず、大して貢献ができなかったのもあり、緊張するのが烏滸がましく感じてしまうから、別の感情に浸りたいっていうのもあるだろう。

 舞台は役者だけで成立するものではない。様々な技能を有した人達が裏方で支えてくれて成り立つもの。今回もその例に漏れず多くの人が携わっている。この舞台は特殊な手法を用いていることから、事前練習にも時間を割かせてしまったに違いない。

 俺は言いだしっぺ。今回もテスト勉強はしていないし、何か協力をしたかったが、黄谷は来るなというし、期間中は部活動もなく、全校生徒一斉下校だからアイドル科に行くのは目に付きやすいのもあり、自粛せざるをえなかった。こういった状況で無理矢理行ったとしても、周囲からの目が気になってしまい位心地がとんでもなく悪い。そもそも俺が貢献できる部分というのは、ほぼチャットで済んでしまうから尚、出向く意味がない。

 そんな訳でフラストレーションだけは沢山貯め込んだ状態だ。無事舞台が終わればきっと発散されるはずだ。


 今いる場所はアイドルホール。流創学園の有する最上位の会場。去年に何十億もの予算を注ぎ込み最新鋭の設備へ改装され、全国で見ても屈指と呼べる程となったこの会場。ここのアイドルでさえたまにしか立つことができず、スケジュールも二年先まで埋まっている程の大人気。

 今回はそんな会場での舞台となる。本当に豪華な景品と言えよう。いざ直面すると、汚い手を使って勝ち取ったことに罪悪感が湧いてきてしまうが、その度に、いや、これは実力で勝ち取った。と言い聞かせるようにしている。

 ちなみに、この豪華会場の機材の一部を破壊した罰当たりな生徒がいるらしい。という寝も葉もない噂が流れているが、真意は定かではない。

 俺が今座っているのは、一般席より物理的にも上。関係者席となる場所だ。2階の横の席に辺る位置にあり、個室で他の席よりもグレードが上となっていて……なんというか、優越感が凄い。椅子はリクライニングできるし、個別の小型テーブルもある。おまけになんか高級そうなコーヒーメーカーまで置いてある。飲んでみたさもあるが、カフェインに弱いし、そもそもコーヒーは好きでもないが、またここに座る機会があるかも分からないので、一杯だけ飲んでみるとするか。

 席を立つと、周りには同級生アイドルに限らず、全員ではないが先輩後輩アイドルも座っている。上下の人望というやつだろうか。

 ……うーむ、やはりあの先輩、まだ俺を睨んでいるな。最近あの人からの視線をよく感じていて、テスト期間でほとぼりが冷めていてくれたら嬉しかったんだが。

 おおよそ原因は、俺のせいで舞台を体育館でやることになったのに、お前らはここでやるなんていいご身分やなぁ。といったところだろうか。……怖いから気付かぬふりしとこ。

 コーヒーメーカーまで到達するが、なんか色々ボタンがあってよく分からんな……。


「ここは初めてかい?」


「あ、はい」


 高咲か。なんでお前まで見に来てんだよ。

 急に来たかと思えば、割り込んで慣れた手付きで機械の操作を始める。丁度いい、俺も真似しよう。


「……台本。君が描いたんだってね」


「ええ、まぁ手加えられまくってるでしょうけど」


「そりゃ、16歳で満足な台本を描ける訳ないだろうからね。でも、ここの人間が根本を覆すような、尊厳を踏みにじるような真似はしない。――楽しみにしてるよ」


「……あ、ありがとうございます」


 俺にコーヒーを渡すなり高咲は自分の席へ戻る。親切心か。それとも……。


 砂糖とミルクを入れ、席へ戻る。熱いからまだ飲まないが、とてもいい香りだ。きっと高級な物に違いない。楽しみだ。

 会場では軽快な音楽が流れていることから、風情を感じれる。実に落ち着く……。でも、舞台裏にいるであろう本番を前にした黄谷はかなり緊張してそうだな。

 前日にチャットした時は自信ありげだったが、いざ本番を前にした時の緊張は計り知れない。大丈夫だろうか。


 着々と一般生徒も席に付き、刻一刻と本番の時は近付く。

 ここのキャパは約2000人と言われており、それに対し一般生徒の人数は約180人。その他関係者を含めて200人ちょいとスカスカな会場。

 しかし、そこには200以上もの意思がある。これからその意思が俺が考案したものに大してそれぞれ感想を抱く。俺だけが持つ視点。ピリッと背筋に嫌な電流が流れるような感覚。

 ……俺は落ち着きたかったんだな。……人の心配なんてできるたちじゃないな。

 とりあえずコーヒーでも飲んで気持ちを整えよう。高級そうなカップに指を通し、啜る…………うっわ!? なんだこれ、苦すぎだろ……。砂糖三本にミルクも入れたんだぞ。なんというか、甘味では掻き消えないような苦味というか、高級なコーヒーって凄いんだな。

 これ全部飲まなきゃいけないのか……。なんて考えながらカップを眺めていると。


「よっ、久々だな。名前は……なんだったか?」


「……田辺です」


「そうそうそれ」


 何故隣に座る……。厳密には一つ席を開けているが、他にも沢山席はあるだろうに。

 タバコ臭そうだから近くに座ってほしくなかったが、特に何か匂いというものは感じなかった。注意されたんだろうな。よかった。……いや、よくないが。


「わざわざ見に来たんですね」


「そら、自分が監督した作品なんだから見るだろ。……それに面白れぇモンも見れるらしいしな」


「……喜んで貰えるといいんですが」


 今日も付き人の槙島さんの姿はない。結局初日だけしか見なかったな。なんだったんだあの人。


「おっ、始まるみたいだな。ナ~イスタイミ~ン」


 会場は暗くなり、舞台がライトアップされる。とうとうか。



『は~い皆さんこんにちわ~。みんなの花山ちゃんだよ~!』


「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」


「うっせーなぁ……なんだよコイツら」


 ここの生徒ならば見慣れた光景だが、部外者ならば不快に感じるのも無理はない。

 という訳で便利枠、花山先生の登場だ。この人には事前説明、舞台のナレーションと今日も便利枠に恥じない活躍をして貰うこととなっている。


『今日は舞台を見るに当たって、皆さんにお伝えしときたいことがあるので、その説明をさせてもらいます。まず注意喚起を。私語、座席の移動は禁止。トイレに行く時はしゃがんで移動すること。それと、舞台の撮影、録音の禁止。発覚した場合、退学、または罰金500万円を私に収めることになります。分かりましたか?』


「「「はーーーい!!!」」」


 さりげなく懐を温めようとするな。

 そして、重要なのはここから――


『相変わらずいい返事ですね~。はい。そして、今回の舞台は、特殊な形での舞台となっております。事前に告知しておきましたが、アイフォンアプリ『ファナリーエ』のインストールはお済みでしょうか~?』


「「「はーーーい!!!」」」


 この会場の舞台後方は全面フルモニターとなっており、そこにアプリについての説明が表示がされる。

 ファナリーエ。これはフランス語で『熱狂を繋ぐ』という意味が込められている。何故フランス語なのかというと、作中の専門用語を考える時に使ったからその名残だ。フランス語を使うとどんな言葉でもカッコよくなるからオススメだぞ。

 ちなみに、ファナという言葉は『オタク』という意味でも使われ、本当はどっちの意味なのかは皆の想像に任せるとしよう。


『大丈夫みたいですねー。それでは動作テストとしまして、アプリを開きまして、エールを送る! で何か送ってみてください。このモニターに表示されますので――あ、そうそう。ここで下品な言葉や悪口を書いた方は退学して私に一生お金を貢ぐことになるので、私の奴隷になりたい人以外はやめましょうねー』


 今回の舞台においてエールという概念はないが、今後何かに使えるであろうということからそうなった。

 次第に生徒が書いたコメントがモニターに表示される。横に流れるタイプのやつは著作権の関係上よくないらしいから普通に表示されるだけだ。


『もう~、かわいいだなんて~、知ってる知ってる! うんうん。だから知って――ああっ!? おい、誰だ。昔の芸名書いてる奴は。おうこら出てこいや! んあっ!? おい、誰だババアって書いた奴! わてはまだ25だぞおい? ……おうおう止まんねぇなぁ? 書いた奴全員舞台上がれや。殺戮ショーの始まりや!』


 舞台が始まる前にステージを血で汚さないでください。


『……まま、ええわ。言いとらんかったけど、誰が書いたかこっちで分かんやからな。……おう、今更かわいいとか書き込んでも遅いで。何が女子高生かと思ったやねん。覚悟せぇや。戦争や!』


 別の人に任せるんだったよ。


『――はーい、冗談はさておきまして、動作確認も無事に済んだので、これから舞台が始まります。舞台、魔女の心根。どうぞ最後までお楽しみくださ~い!』

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