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3章4‐2 分かっている。分かっていても――。

 無事パシリを完遂した俺は、黄谷達が稽古をしている隣の空き教室で、一緒に購入していた菓子を貪りながらくつろいでいた。

 何故ここにいるのかというと、辺りをウロウロする宮本を観測できるからだ。

 あんなの観測してどうなるんだ、という話だが、かといって無警戒という訳にもいかないし、そもそも動きにも違和感がある。

 いくら宮本とはいえ、あんなバレバレな偵察をするだろうかと思うし、そもそも外から眺めて得れる物はなんなのか、という話だ。まるで気付いてくれと主張しているようにすら思える。なにか偵察ではない目的があるのだろうか…………ああ、成程。そういうことか。

 だとしたら警戒する必要はなさそうだな。後で声でも掛けてやろう。


 さてそうなると本当に暇だな……。土日は平田さん休みだから気まぐれおやつもないし、ひょもーにゃも寝てる時間だし、かといって帰れもしない。稽古を終えた後に軽いシュミレーション的なのを行うことになっているからな。

 だったら銀行強盗でもして荒稼ぎするかぁ……なんて考えていると、スマホからチャット音が鳴る。

 ……珍しいな、柴崎からか。基本自分から送ってくることがないし、返事も変なスタンプだけで、会話の発生すら珍しいイベントだ。

 内容は――『あいつタバコ吸いに行った』

 ……だからどうした? あれから1時間くらい経過してるし休憩くらいさせてやってもいいと思うが。

 意図を探っていると更に――『チョコパイなくなった』と。

 いや、だからどうしたんだよ? 差し入れ用に買ったやつだが、好評だったようだ。まぁ確かにあれ美味しいし中毒性あるけども。おかわりが欲しいのだろうか? 別にまた買うのは構わないが、柴崎が一々そんなことでメッセージを送ってくるだろうか。違和感が凄い。

 まぁ、隣の教室にいる訳だし、本当におかわり目当てならとりあえず俺の分に買ったやつがまだ2個あるから、それをあげればいいか。

 身体を起こし、黄谷達がいる教室の扉を開けると、柴崎がビクッとしこちらを見る。……まさかこんなすぐ来るとは思わなかったんだろう。

 そして、意図はすぐに理解できた。近くにいる黄谷が椅子の上で体育座りをしながら俯いていた。……あのおっさんに何か言われたな。

 読めていた展開だ。あの言葉を選ばない、いや選べないおっさん相手ではこうなることは必然。

 それを分かってた上で任せた。黄谷にとって必要な過程だから。耐性を付ける必要がある。黄谷がこれから進む道では、配慮のない言葉を向けられる場面は幾度となく訪れるだろう。なので、本道に乗る前にできるだけ耐性を付けておきたい。その機会が訪れるのは寧ろ好機とポジティブに解釈すべきだ。

 無論、その度にメンタルケアを行う。こうして少しづつ抗体を作っていく。


 でもその前に、柴崎にチョコパイを渡し、1つ聞いておくべきことがある。


「あのおっさんどうだ?」


 任せるとはいっても、度が過ぎているようなら強制帰還させる他ないので確認を取る必要がある。


「…………まぁまぁ」


「そうか。まぁまぁか」


 柴崎にまぁまぁとまで言わせるか。あいつに何か吸収したいものを見出したのか……。

 言動の方を問いたかったのだが、結局そうなると帰還させる線はもうないな。気が重いが、黄谷には数日間頑張ってもらうしかなさそうだ。手腕は間違いないそうだから収穫はあるはずだしな。

 そうと決まれば黄谷の元へ――


「……ねぇ」


「ん、なんだ?」


「これで何が変わるの……?」


 成程。確かにその疑問はごもっともだな。こんな演劇一本で現状が変わると思えないのは当然だ。勿論狙いはあるが――


「……これはいうなら前座だ。だから真面目に取り組んでほしい」


 意図は話せないので、柴崎の目を見つめ誠意を示す。


「……わかった」


 伝わったかは定かではないが、視線を落としチョコパイの封を開けだしたので、会話の終了を悟り黄谷の方へ向かう。

 依然として俯く黄谷に視線を合わせ声を掛ける。


「どうしたんだ?」


「…………いえ、分かってはいました。才能がないことくらい……。でも、直接言われちゃうと……」


 心では理解できていても、身体はそれを受け入れられない。

 人間というのは面倒で、外部からのショックでその2つの反りが合わなくなることが度々ある。黄谷は今そんな状態にあるようだ。

 そうなってしまうと、どちらか正常な方へ同調させる必要があり、これがまた手間を要する。

 そんな手間を短縮させる方法があり、それが再び外部からヒーリングを行う、メンタルケアである。

 精神の治療なんてそう簡単にできることじゃない。だからこそ、こんな時の為の秘策を用意してある。それは――猫動画だ。猫は全てを解決するらしい。かわいい猫を見れば、きっと黄谷の精神も回復するはず。なのでさっそく動画を見せようとスマホを取り出すが、その時、更なる最適解。いわゆる渡り船が往来する。――これだ!!

 左側の扉で見かけたので、小走りで右側の扉を開け捕獲に移る。


「――ひゃッ!?」


「よう宮本」


「……な、なんですか?」


「さっきからここをうろついているが、なんの用だ?」


「なっ……そ、それは……て、偵察ですよ。敵ですからね!」


 そういや敵扱いされていたな。


「そうだったな。……ところで、なんで刀を携えてるんだ?」


 ちゃんと腰に2刀を揃えている。再現に抜かりはないようだ。


「これがあると落ち着くんです。悪いですか?」


「そうか……」


 それ段々と人格を吸われ始めてないか?

 そこまで好きなら今度刃牙道でも貸してやるか。宮本武蔵が現代に転生するからな。母親が単行本集めてて、それ家に置いたままなんだよな。……いや、でも漫画って重いよな。持ち運ぶの面倒だし、電子版をアイドル共有本棚にでも落としといてやるか。

 ……って、今はそんなことより。


「で、話を戻すが、俺はてっきり監督に会ってみたいのかと思ってたんだが……違うのか?」


「えっ、いや、あのそれは――」


 宮本は演技の道を進む者。そうなれば有名監督(審議の余地あり)に会ってみたい。あわよくば認知されたい。その先の恩恵にあやかりたい。と思うのが普通だろう。

 しかし、宮本に声を掛けに行くような行動力、コミュ力があるとは思えない。だから、ここをうろついていればなんかワンチャンスあるんじゃないか、と期待しているのだろう。俺と黄谷は一応の知合いでもあるしな。


「会ってみたいならいいぞ」


「うえっ!? ……ほ、本当ですか?」


「ああ。普通に取り合ってくれると思うぞ」


 ……なんせ報酬が懸っているからな。何故あんな奴が外側の演技だとか、真面目な指導をするのか。その理由は明白。報酬の額が成果に応じたものだからだ。でなきゃ仕事なんて適当でいいからな。だから成果が表に現れ易いような指導を選んだ。

 それを逆手に取らない手はない。あんな奴に配慮は不要。とことん利用するに尽きる。


「……わ、私なんかを観てくれますかね……?」


「自信を持てよ! お前には才能がある。俺はそう思うぞ!」


 片目を閉じ、親指を立てて更なる自己肯定感アップを促す。


「あっ、ありがとうございます! 鹿誠先輩!」


 キラキラと輝く瞳で俺を見つめる宮本。本当にちょろいな。他人ながら将来が心配になるぞ……。

 さて、高感度もかなり上がったことだろう。なのでさっそくその貯金を切り崩す。


「ほら、じゃあさっそく中入れよ」


「は、はい!」


「こっちだ」


 目的の場所まで宮本を誘導する。

 だが、後少しのとこで宮本が違和感を察知する。


「……あ、あの、監督はどこに?」


 逃げられる前に両肩を持ち、その場所へ強制送還する。


「タダで会わせるだなんて……そんな虫のいい話がある訳ないだろ」


「え?」


「――ほら黄谷。好きにしていいぞ」


「ふぁあああああああ、さつきちゃああああああああああ!!!」


「ぎゃああああああああああッ!!!」


 よし、メンタルケア完了。

 これであいつのとこに向かえる。2人がいないとこで聞きたいことがある。


 向かう最中、扉を閉めても尚、宮本の『鹿誠文空てき!』なんて叫び声が響いていたが、これはきっと『素敵!』と叫んでいるのだろう。照れるな。 




          ☆




 アイドル科校舎内に喫煙所はない。一番近いのは裏口校門の喫煙所なんだが、そこにいた。過去にも何回か来てるそうだからまぁ知ってるか。

 意外なことに、おっさんだけじゃく槙島さんまで一緒に吸ってた。腕を組み壁に寄り掛かっている。人目に付かない場所だからか、完全にオフモードって感じだな。

 そんな槙島さんは俺の接近に気付いたようで、急いでタバコを灰皿に捨て、体勢を直立にする。なんて早さだ。思いっきり見てしまったから手遅れだというのに。

 一方で構わず吸っているおっさんのタバコもぶん取って灰皿にインする。有難い配慮だ。

 俺はおっさんの前に立ち、


「……すみません。一つ聞きたいことがあるんですが、いいでしょうか?」


「はぁ……なんだよ?」


 喫煙タイムを邪魔され不機嫌になっているようだが、構わずに問う。


「あなたから見た黄谷って、どうですか?」


「……どうってなんだよ?」


「有力者から見た、客観的な意見を知りたいんです。配慮なしの素直なやつでお願いします」


 内側にいるとどうしても外側の目は鈍ってしまうもの。なので客観的意見というのは是非とも取り入れたい。腐っても有力者だしな。


「んなこと言われてもよぉ…………。まっ、光る物がなんもねぇわな。なんでアレが流創アイドルになれんだよ。……まぁ強いて言うなら、解像度が年齢にしちゃ異様に高けぇくらいか。なんかあったんだろうな。興味湧かねーけど。……まっ、見てくれはいいから、せめて使い易いようにしとけよ。後は流創のブランドでなんとかなんだろ」


「……そうですか。ご意見ありがとうございます」


 分かってはいたが、手厳しい意見だ。仕方がない。こんな奴に黄谷を理解できる訳がない。


「それよりだ。お前がなんでアレに付いてんだよ。あの理事長のお眼鏡なんて、俺級の逸材だぞ。滅多にねぇ。なのに、それがなんであれを選ぶ?」


「好きでやってることですから」


「はーん。まっ、どうでもいいわ。――でもよ、柴崎らいなの方。あれは逸材だな」


「……まぁ柴崎は奇才と言われてますからね」


「なぁお前。いい演技ができる奴ってどんな奴だと思う?」


 出た。こういう意識高い話したがるおっさん。こういうのって一度スイッチが入るとベラベラ喋り出して面倒なんだよな……。

 付き合うつもりはない。適当に流してしまおう。


「自己愛性が強い奴」


「正解だ!」


 合ってんのかよ。随分浅い答えだな。


「疑わねぇ奴がつえーって話なんだが、そこはどうでもいい。――真逆の奴は始めて見たぜ! あいつよぉ、自分のことが嫌いすぎて、与えられた役に縋るように要り浸ってやんの。どんな境遇で生きてたらあーなんだよ? なぁ、お前マネージャーなんだろ。知ってることあったら教えてくれよ」


 ……………………。

 悪気はないんだろうな。こいつは理解しているんだ。才能ある者は人の輪に入る資格がないと。生まれ持ったものだけでいい思いをしているのだから、世の中の発展を優先として生きるのが責務と。

 それを都合よく捉え、配慮を捨ててしまった人外。


「すみませんが、なにも知りません」


「ちっ、そうかい……」


 期待外れといった様子で溜息を付き、2本目のタバコに手を掛けようとする。


「そろそろ戻った方がいいんじゃないでしょうか」


「そうですよ監督。もう戻りませんと」


「ちっ……しゃーねぇなぁ」


 理解されない。仕方がないんだ。そもそもこいつ人じゃないしな。ならばせめてそいつにある役割を全うさせる。それが有意義というもの。そうすれば利が生まれる。その過程で生まれる情なんてものは邪魔にしかならない。ただ割り切って受け流せばいい。それで丸く収まる。


 心ではそう理解している。でも身体は――。


「この舞台。あなたにとって、とても…………面白いものになるでしょうね」


「はぁ? …………そうか。そりゃ楽しみだな」



 そのスかした顔……コかしてやるよ。

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