56. 追跡者①
依頼を受けてシスイの王都を出てから一週間ほどが過ぎた。
これまでの道中で、逃げた奴隷を何人か捕まえてその都度奴隷商人に渡して王都へと連れて行かせたが、依頼達成には後3人ほど足りない。
いくら逃げたところで、奴隷の枷には追跡の呪紋が刻まれている。
逃げ切ることなど不可能なのに、無駄なことをするものだ。
もっとも、そういう奴がいるから俺達みたいな輩の仕事が無くならないのだろう。
クラウスは手元の地図を見ながら自嘲気味に笑った。
手元の地図に先ほどかけた探知の魔法は、眼前の大河のさらにその先を指し示している。
普通の人間が手と足に枷がかけられた状態で大河を渡れるとは思えない。しかし、探知の魔法が大河の先を指し示している以上、大河を渡って確認しに行かないわけにもいかなかった。
「なぁ、クラウス。もしかして河の向こう側も探すつもりか?」
横に佇んでいた筋骨隆々なひげ面の男が、渋い顔でこちらを向いた。
相棒のガイアだ。長年俺の右腕として冒険者をやっているが、こいつがこういう表情をするのは珍しい。
目の前に広がる大河は、人の住む世界と魔の巣くう世界を分けるものだ。
普段は勇敢なこの男も、こんな仕事で魔の領域にまで足を運びたくないのだろう。
「半端な仕事はしない主義だ。念のため死の都までいくぞ」
「・・・まじかよ。どう考えても、もうモンスターの腹の中だと思うがな」
ガイアがやれやれと首を振ると、近くで俺達のやり取りを見ていた残りの仲間が同時にため息をついたようだった。
どうやらガイアに俺を説得してもらおうという魂胆だったらしい。
残りの奴隷が既に死んでいるという考えに異論はない。
むしろ生きている可能性はほとんど無いと思っているぐらいだ。
地図上に青く光る点は奴隷の3人を示しているが、2日前にこの辺りから死の都まで一気に移動した。
そしてその後は、ここ2日間ずっと死の都内の同じ地点からほとんど動いていない。
おそらくだが、河を渡る際に鳥か何かの魔物に襲われ枷ごと食われたのだろう。
しかし、生きている可能性が低いからといって、確かめもせず憶測で任務を終えるのはクラウスの主義ではなかった。
気が進まないとはいえ仕事は仕事である。
それに主義云々の以前に、残りの奴隷はたぶん死んでいるという中途半端な報告をあげようものなら、今回の依頼主は激怒するのは目に見えている。
そしてその後、激怒した依頼主がクラウス達に対して何をするか分からなかった。
今回の依頼の主は、それだけ厄介で危険な相手なのだ。
とりあえず、できれば枷の破片を回収したいところだ。それができなくても、最悪どんな魔物が奴隷を襲ったのかだけでも確認しておく必要があった。
元々は奴隷を連れ戻すだけの簡単な任務だったが、飛行能力を持っているだろう魔物を遠目にでも確認しなければならなくなったわけだ。
しかも悪名高き死の都まで行ってだ。
今回の任務の難易度は、格段に上がったとみていい。
「そろそろ行くぞ。日が暮れる前に河を渡っておきたい」
クラウスの言葉にパーティーメンバーはそれぞれ返事をしたが、どれもが気乗りしない感じのものだった。
クラウスは眼前の大河をあらためて眺め、そして心の中で嘆息するのだった。




