26. 死闘④ ~剣聖~
いつの間にか、視点が高くなっていた。
今では、フォルテの背の半分ぐらいの位置に視線を合わせることができる。
俺は思わず右手を見た。
肌色をした人の右手。その手首には傷があり、赤い血が滴り落ちている。
・・・これは、人化の術か?
かつての記憶が、技が、経験が。その全てが一気に、人と化した脳みそから体中を駆け巡って行くような感覚に襲われる。
どうやら人化したおかげで、前世の記憶をだいぶ思い出せたようだ。
俺はさっそく、前世ぶりに本気で殺気を放ってみた。
フォルテを含め、周りにいたコボルト達に動揺が走った。
「・・・なん、だ、これは。貴様、今まで本気を出していなかったとでも言うのか。つくづく我も嘗められたものだな」
なんとか平静を装いつつも、フォルテは必死の形相でこちらを見据えてくる。
俺はそんなフォルテを無視し、ゆったりとした所作でアンジュの亡骸、その腰に差された短剣を抜き取った。
「悪いな。ちょっと借りるぜ」
俺は、物言わなくなったアンジュに一言そう詫びを入れると、ゆっくりとフォルテに向き直った。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
恐怖を吹き飛ばそうとするかのようなフォルテの咆哮が、再び山間に響き渡った。
しかし、既にその時には勝負はついていた。
両腕を根元から切り落とされたフォルテが、呆けた顔で両ひざを地面についた。
そして俺がさしだした短剣、その刃がフォルテの首にぴたりとついている。
「選べフォルテ。このまま一族郎党仲良く刺身となるか、それともアンジュの亡骸に謝罪し魔狐族と和解するか。2つに1つだ」
有無を言わさぬ迫力で、俺はフォルテを見据えた。
一呼吸遅れて、地面に物が、フォルテの切り離された両腕が落ちる音が聞こえた。
フォルテは、ぴくりとも動くことができず、口を半開きにしてこちらを見ている。
「答えないならば、前者を選んだものとする。一族まとめて滅びるがいい」
「ま、待てっ!待ってくれ!我の負けだ。頼む、我が命差しだす故、どうか他の者は助けてくれ」
「・・・これは吃驚。コボルト族は、降伏は許さないのではないのか?」
「虫のいい話だという事は重々承知だ。しかしどうかっ!」
誇り高き狼王とやらは、動揺を隠そうともせず喚きちらした。
「お館様っ!」
「それはなりませぬっ!」
「我らの命差しだします故、どうかお館様だけは!」
周りのコボルト兵たちが同じく喚きながら俺とフォルテの間に割って入り、俺に向かって土下座をしだした。
「・・・降伏するなら命まではとらない。魔狐族と和議を結ぶか?」
「ああ、降伏する。魔狐族と和議も結ぼう。どうか我らを貴殿が配下に加えてほしい」
俺が短剣を引くと、フォルテは両腕が無い状態で深々と頭を下げた。
周りのコボルト達も、フォルテに背後に回ると再び俺に向かって土下座をする。
俺自身に、コボルト達に対する恨みは無い。
実際、俺の横やりがなければ彼らは長年の努力の結果として、宿敵である魔狐族を打ち破ることができただろう。
逆に言えば、俺がいなければ妖孤達は今日絶滅していた。
アンジュとは短い付き合いだったが、身を挺して俺を助けてくれた恩がある。
しかし、だからと言って降伏してきた相手を殺すつもりは俺にはなかった。
「・・・分かった。降伏を受け入れよう。アミはそれでいいか?」
「それは困るにゃ~」
声はアミからではなく、俺達の頭上から降ってきた。




