僕と隊長と僕の家族
ハズラム家に滞在中も隊長は隊長だった。僕の兄弟の中でも比較的幼い数人が、マーカス隊長にすっかり懐いて膝に座ったりしている。レイニーなんて兄である僕よりもマーカス隊長の方に気を許したように見えた。僕の妹のひとりに「魔法を見せて」とねだられて、隊長は幻影の小鳥を作り出し、子供たちを喜ばせていた。子供だけじゃない。ステラが幻影の小鳥に飛びついてはすり抜けて、顔中に疑問符を浮かべている。
「あの人、普段あまり魔法を使いたがらないのに、使うと案外器用なのよね」
レベッカ班長が半分呆れ、半分感心している。
「隊長の魔法属性は闇が強いですからね。周囲を怯えさせる魔法は使いたくないと言っていました」
「気にすることないと思うのだけれど」
「僕もそう思います」
現に今も、子供たちが夢中になっている小鳥を作り出したのは、闇属性の魔法だ。不気味なものには見えない。あの小鳥がいなければ子供たちがステラを構い倒して引っかかれるのは目に見えていた。弟妹の気を引いてくれた隊長には感謝だ。
「レベッカ! 来てくれたのね!」
僕の姉、結婚式の花嫁であるマーシアが小走りにやってきてレベッカ班長に抱き着いた。
「マーシア。久しぶりね。結婚おめでとう」
「ありがとう」
「婚約してから長かったでしょう。もうずっとこのままでいるつもりかって、やきもきしてたのよ」
「彼の商売が軌道に乗るまで待つって約束していたから」
「知ってるわ。今は上手くいってるのね?」
「ええ!」
僕はそっとふたりのそばから離れた。仲が良かった同級生同士、話したいことがたくさんあるだろう。
夕食は本当に賑やかになった。久しぶりに会った父は少し老けて、でもとても元気そうに見えた。
「なるほど。この方が『あの』隊長殿か」
父がそんなふうに言って、僕は首を傾げた。
「ウォーレンがいつもお世話になって……」
母はそう言うけど、果たして本当に世話をしているのはどちらなのか。大いに疑問である。
「父上も母上もマーカス隊長のことをご存じなのですか?」
思わず僕がそう尋ねると、兄が驚いた顔をした。
「ウォル、それは本気で言っているのか?」
「え?」
「お前がうちに寄こす手紙は、いつも隊長殿のことばかりだろう。農家の手伝いをしたとか、迷子を助けたとか、いつもきっかけは隊長殿じゃないか。お前の手紙は自分のことよりも隊長殿について書かれているぞ」
僕の手紙を見ていれば、マーカス隊長がどんな人物なのかは想像がつくと言われて、なんだか無性に気恥ずかしくなった。
***
マーシア姉上の結婚式は、穏やかな雰囲気で、久しぶりに会った義兄も緊張はしていたが幸せそうだった。騒ぐかと思われた子供たちは、まあ、騒がなかったわけではないが、マーカス隊長がいるので僕が直接受ける被害はぐっと減った。隊長が魔法士団の制服で出席したので、僕もそれに合わせた。何故ここにこの人がいるのか、ハズラムの三男とのつながりを示せば説明になると思ったから。
「なあ、ウォーレン」
子供たちが遊び疲れて寝室に連れていかれた後、マーカス隊長が僕の前に座って言った。
「あの花嫁は、この家の養子……なんだよな?」
僕は明るい金髪で両親も兄も髪の色はよく似ている。しかし、マーシアは黒髪で肌の色も僕より浅黒い。きれいな自慢の姉。でも、似てはいない。
「養子のためにあんな立派な式を挙げるんだな、この家は」
「言ったでしょう。うちではあまり実子と養子を区別しないって」
「そうだったな。それが十七人、か」
「そうですよ」
「全員結婚させたら、挙式の費用だけで相当だな」
僕は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「隊長、気にするのはそこですか」
「資産家なのだなと、つい、そう思った」
なんだか一気に脱力してしまった。こういう話をしたがる人は、僕が養子と同じ扱いをされていることに不満がないのかとか、本当のきょうだいではないだろうとか、そういうことばかり言うのに。
「身内に優秀な魔法士がたくさんいますからね」
「お前もか」
「どうでしょう。僕はどちらかというと落ちこぼれです」
攻撃魔法が苦手で、治癒もそれを専門にするほどではなかった。中途半端なのだ、僕は。この家には魔法を使えるのが当たり前の子供たちが何人もいて、中にはとんでもない才能の持ち主もいる。ねたむことはしない。ただ、僕とは立つべき場所が違うだけ。
魔法士の仕事としては、街の見回りというのは決して花形ではない。やはり派手な魔法を使う機会が多い魔物討伐部隊の方が、何かと注目されるのだ。けれど治安維持も大事な仕事だし、見回りを衛兵だけに任せていては対処できない場面がある。僕は自分の今の仕事が嫌いじゃない。マーカス隊長が近くにいることも含めて。もちろん、本当に必要な時には戦場に立つ覚悟もしているが。
「そいつ、本当に大人しいな」
マーカス隊長の視線の先には、僕の膝の上で眠るステラがいる。
「そうですね。知らない場所をもっと嫌がるかと思ったんですけど」
「眠ってばかりいるが、大丈夫なのか?」
「猫はよく寝る生き物ですよ。まあ、少し寝すぎかなとは思います」
あたたかな毛並みをそっと撫でる。ステラがごろごろと喉を鳴らした。
「明日にはまた馬車の中です。窮屈で嫌になりますね」
「仕方ねぇ。遠征の行軍よりはマシだ」
「そりゃそうですけど」
「その、ウォーレン」
「なんですか、隊長」
「服装、俺に合わせてくれただろう。助かった。ありがとう」
「……いえ」
やはり平民のこの人に何かを言った者がいたか。
レベッカ班長は貴族の出身だ。男爵家の令嬢である。しかし、マーカス隊長は庶民。子爵家の結婚式に何故、と思う親類縁者がいるだろうとは思っていた。
「まあ、僕も着慣れた服の方が楽ですからね」
恩に着せたいわけじゃない。とりあえずは、そう言っておく。ステラが膝の上でもぞもぞと動いた。




