僕と隊長と僕の実家
魔法士団の宿舎に実家からの手紙が届いた。姉の結婚式に出席するために帰ってこいというものだ。姉には婚約者がいたから、正直、やっとかと思う。
けれど。さすがに日帰りというわけにはいかない。数日は留守にすることになるだろう。迎えの馬車が来るというし、ステラは大人しく賢いから連れて帰っても問題ないだろうが。
僕が気にしているのはマーカス隊長だ。あの人を放っておけるか。ディアンは抑止力にならないし、他の隊員も悪乗りするやつらが多い。レスターに『問題を起こさせるな』と頼んでおくつもりだけれど、留守中に何がどうなるかわかったものではない。とはいえ。姉の結婚式だ。行かないという選択肢は元からなかった。
正装は実家にあるはずだ。体型は大きく変わっていないと思うけど。一応魔法士団の制服を持ち帰ることにした。どうしても着られなかった時にはこれが正装の代わりになる。大きなバスケットに毛布を敷いて、ステラにはそこに入ってもらう。相変わらず、猫とは思えないくらいに聞き分けがいい。本当は隊の誰かに世話を頼むのがいいのだろうが、ステラは今のところ僕以外の人間に懐かない。ステラのことに気を取られていたせいもあるけれど、この時僕は忘れていた。姉の交友関係を。
***
迎えの馬車と落ち合う予定の場所に、何故か、マーカス隊長とレベッカ班長がいた。
「……すみません、もう一度言ってください」
「だから。俺も招待されてるんだよ」
「なんで隊長が!? どうしてうちの姉の結婚式に!?」
「正確には招待されているのはレベッカ班長で、俺はその付き添いだな」
一瞬頭が真っ白になった。そして、姉とレベッカ班長が魔法学校の同級生であることを思い出す。
「なんでレベッカ班長の付き添いがマーカス隊長なんですか!」
「私が頼んだのよ。エスコート役が必要でしょう?」
エスコートならなら僕が……と言いたいところだけれど、きっと実家に帰れば僕はそれどころではない。
「隊は大丈夫なんですか?」
僕だけでなく隊長がいなくなるのだ。仕事がつつがなく回るだろうか。
「あら」
レベッカ班長が笑みを浮かべる。
「この人がいない方が落ち着いて仕事ができるのではなくて?」
マーカス隊長が嫌そうな顔をするが、正直否定できない。隊長がいなければトラブルが減らせる可能性は確かにあるから。
「ねぇ。そのバスケットの中にいるのがステラちゃん? ちょこっとだけ見せてくれない?」
レベッカ班長の頼みだ。応えたいのはやまやまだった。けれど、ステラは賢くても猫である。
「ここでもし逃げられたら面倒ですから、今はちょっと」
「そっか、残念」
「馬車に乗ってからなら大丈夫かも……」
「それは楽しみね」
馬車での移動は快適とは言い難い。けれど目の前にレベッカ班長がいて、僕は少しだけ気分が良かった。試しにステラをバスケットから出すと、いつものように僕の膝の上に落ち着いた。
「本当に大人しいわね」
「そうなんですよ。猫とは思えないくらいで」
だけどステラは撫でようとするレベッカ班長の手を避けて迷惑そうな顔をした。
「はいはい、わかったわよ。無理には触らないわ」
「にゃあん」
実家についたのは翌日の昼過ぎだった。馬車の中で固まった体を伸ばす。何度も休憩しながらの移動だったが、それでも疲れる。
「ウォーレン」
マーカス隊長が戸惑いの表情で僕を呼んだ。
「なんです?」
「本当に、ここがお前の実家なのか?」
「そうですけど」
マーカス隊長の隣でレベッカ班長がくすくすと笑った。
「何よ、マーカス。あなた知らなかったの?」
レベッカ班長がくるりと回って、目の前の庭園を指し示した。
「ここがハズラム子爵邸よ。この子はウォーレン・ハズラム子爵令息。この家の三男ね」
「ウォーレン、お前……貴族だったのか?」
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてねぇ」
そうだったかなぁ……一応書類に本名は書いたはずだけど。
そこへ弟たちが出迎えに来た。
「兄上! 到着してたんですね!」
「ただいま、エリック。少し背が伸びたか?」
「ウォーレン兄様。エリックももう十歳ですよ」
腰に手を当て僕を見上げるのはフィンだ。
「そうか。早いな」
「たまにしか帰ってこないからでしょう」
「仕方ないだろう。遠いんだ」
「そんなことだから知らない間に弟や妹が増えるんです」
「手紙で連絡くれたらいいよ」
呆れた顔でため息をついたフィンの足に、赤毛の幼児がしがみついていた。
「この子がレイニーかな?」
「ええ、そうです」
僕はレイニーの前に屈んで、話しかけた。
「はじめまして、レイニー。僕はウォーレン。君の兄様だよ」
レイニーがふいっと顔を逸らす。人見知りしているらしい。まあ、そのうち慣れるだろう。
「ちょっと待て、ウォーレン」
「なんですか、マーカス隊長」
「その子らは、お前の弟なのか?」
「はい。弟たちです」
「その……なんと言うか……年が離れすぎていないか」
レベッカ班長がプッと吹き出した。
「本当に知らないのね、マーカス」
「何がだ」
「ハズラム子爵家のことよ」
「僕たちは養子なんです」
エリックが言った。
「父上は魔法の素質がある子供を引き取っては勉強させてくれているのです」
「そうだったのか……」
隊長が何か聞きたそうに僕を見る。ああ、気にする人は気にするんだよな。
「僕は実子ですよ。うちではあまり区別しませんけど」
「マーカス、あなたも魔法士ならハズラムの名前は覚えておきなさいな」
「ああ、そうしよう」
「ところで、ウォーレン」
レベッカ班長に名前を呼ばれて、どきりとする。
「あなた今、何人きょうだいがいるの?」
「十七人です」
「そんなにか!?」
「また増えたのねぇ」
「ええ。今日は賑やかだと思います」




