僕と隊長と子猫
「……なんですか、これ」
僕は毛布が敷かれた箱の中を見て言った。
箱の中では毛皮のある小さな生き物が丸まって眠っていた。両手に乗る程度の小さな黒い毛玉が、呼吸に合わせて体を上下させている。問題は、ここが魔法士団本部であり、動物を飼うような場所ではないということだ。
マーカス隊長はいたずらを知られた子供のように首をすくめた。
「仕方ねぇだろう、拾っちまったもんは面倒見ないと」
「拾ったのはまあ、いいでしょう。問題はここで飼うのか飼えるのかってことなんですよ」
「腹を減らしてそうだったし……」
「だからって、子猫なんて誰が世話するんです!?」
「まあまあ。そう怒るなよウォーレン」
ディアンが呑気な声で言う。
「そのうち里親でも見つかるかもしれないしさ」
「それで? 何か食べさせたんですか?」
「今、フレッドがヤギの乳をもらいに行ってる」
黒い毛玉がもそりと動いた。金色の目でじっとこちらを見上げてくる。僕はそっと抱き上げて、状態を確認した。目ヤニがないのは良い兆候だ。瘦せすぎている感じはない。ちゃんと健康そうな子猫である。良かった。野良猫の子なんてうっかりするとすぐに死んでしまう。そうなったらマーカス隊長はかなり落ち込むだろう。子猫を箱に戻して、聞く。
「夜はどうするんです。ここに置いてはおけないでしょう」
「そりゃあ、俺が連れて帰って――」
「隊長」
僕はマーカス隊長の言葉を遮った。
「動物を飼ったことはありますか。子猫か子犬の世話をした経験は?」
マーカス隊長は一瞬むっとして、口ごもった。
「……経験がないと駄目か?」
「あった方がいいでしょうね」
「お前はあるのか、ウォーレン」
「あります。昔、妹が子猫を拾ってきたことがあって」
マーカス隊長がしょんぼりと肩を落とした。
「……まあ、どうしても世話をしたいなら、しばらくは手伝いますよ」
けれど。子猫はマーカス隊長の膝の上を異様に嫌がり、隊長の手に乗せると身をよじって逃げようとする。
「あ、こら」
「なんか隊長、嫌われてますね」
そう言ったディアンが子猫に触れようと手を伸ばすと、子猫は子猫なりに牙を見せて「フシャー」と唸った。
「お前の方が嫌われてそうだな」
「俺何もしてないのに!」
フレッドが持ち帰ってきたミルクは冷えていた。保存のために保冷の魔導具か氷を使っていたのだろう。そのまま与えるわけにはいかない。僕はそれを適温に温めた。火魔法はディアンが得意だが、加減がわからないというので僕がやった。治癒と比べると攻撃系の属性魔法は苦手なんだけどね。
子猫がもっと小さければ、布をミルクに浸して飲ませるという方法もある。けれど、そこまでしなくても良さそうに見えた。フレッドが食堂から借りてきた皿に温めたミルクを入れてやったら、それだけでちゃんと飲んでくれた。まあ……顎や口の周りがびしょびしょなのは仕方がない。
顔を拭いてやって、子猫を箱に戻した。
「へぇ……本当に猫の扱いに慣れてるんだな」
ディアンが感心したような声を上げ、隊長がちょっと不満そうにしていた。子猫に触りたかったのかもしれない。
子猫はミャーミャー鳴いて箱から出ようとする。実際に、細く鋭い爪を使って、出てきてしまう。
「そのうち誰かが踏みそうで怖いです」
と、レスターが言った。確かに事故は防がなきゃならない。僕は子猫の箱を自分の席の近くに置いた。せめて見張ろうと。
子猫は何度箱に戻しても出てきてしまう。仕方がないので好きにさせると、僕の膝の上に落ち着いて、そのまま眠ってしまった。
「懐かれたな」
「懐かれましたね」
「なんでウォーレンばかり……」
「猫が安心するような匂いでもするんじゃないのか」
「ディアン。僕がにおうみたいに言うな」
「隊長。この猫、名前を付けませんか」
ディアンが言った。
「待て、里親を探すんじゃなかったか?」
「仮の名前ですよ。ここにいる間の」
隊長は子猫を見てしばらく考えていた。
「ミケとかタマとかでいいんじゃないか?」
「隊長。黒猫ですよ。三毛猫でもないのに『ミケ』はないでしょう」
「じゃあお前も考えてみろ、ディアン」
「そうですねぇ、クッキーなんてどうです? それか、チーズとか、マカロンとか、ベーコン……いや、バゲットとか」
ディアンの腹がくうっと鳴った。
「ディアン。アンタそれ、腹が減ってるだけだろ」
僕が呆れて指摘すると、ディアンがむすっとして言った。
「もうお前が決めろよ、ウォーレン。懐かれてるんだし」
僕は膝の上の子猫を撫でた。金色の目をした黒猫だ。額のあたりにほんの少しだけ、白い毛がある。ぽつんと、星のように。
「……ステラ」
僕がつぶやくと、子猫が目を覚まして「ニャア」と鳴いた。
「お。返事した」
「ステラか、良いんじゃないか」
「ミャア」
こうして、子猫の仮名は『ステラ』となった。
魔法士団本部で猫を飼うことについては、仕事の邪魔にならないならと、あっさり許可が出た。絵心のある隊員が『里親募集中』の張り紙を作ってくれた。僕はステラを宿舎に連れて帰ったが、隊長も隊員たちもステラの様子を気にするので、朝はステラと共に出勤した。
ステラは僕にべったりで、とりあえずは膝の上でよく眠っていた。普通の子猫の振る舞いと少し違う気がする。が、ただの個体差なのかもしれない。
数日が経っても里親は見つからず。いつの間にか、マーカス隊には黒猫がいるのが当たり前になっていった。
すっかり、僕がステラの『飼い主』である。僕は猫が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。懐かれてもいる。宿舎の部屋に自分以外の『体温を持つ生き物』がいるのは悪くなかった。でも。
「猫を飼う気はなかったのになぁ……」




