隊長のおごり
「はぁ……」
魔石を磨きながら、フレッドがため息をついた。何かあったのかとは思うが、あまり踏み込むのも気が引ける。フレッドは真面目な常識人だ。このマーカス隊の面々はいい加減な人物が多いから、無駄に気を遣って疲れているのかもしれない。あと、単純に若い。悩みがあるのも仕方がない。
「あー……」
本人は無意識なのか、フレッドの小さく嘆く声を聞き流しながら、僕は魔導カンテラの点検をしていた。夜道を照らす魔導具は魔法士にとっては必須ではないが、騎士には必需品である。そして修理や整備は騎士にはできない。
「ふう……」
フレッドが何度目かのため息をついた時だった。街の見回りに行っていたディアンとレスターが帰ってきて、マーカス隊の執務室は急に騒がしくなった。
「お。魔石磨きか。地味だけど大事な仕事だよな!」
「ディアン先輩……お疲れ様です」
「んー? どうしたフレッド。元気ねぇなあ」
「いえ、別に」
空気が読めないと思われがちなディアンだけれど、それは違う。読めないのではなく読まないのだ。あえて踏み込む。相手との距離を詰める。それがディアンの人付き合いの仕方だった。
「あんまり陰気な顔してると幸運が逃げるぞ?」
「ディアン」
僕は見かねて口を挟んだ。フレッドは落ち込んでいるようだが、その理由は言いたくなさそうに見えた。
「そろそろ、昼飯の時間じゃないか?」
「ああ。そうだな。どうする、ウォーレン。食堂行くか?」
「食堂か……」
僕はちょっと考えた。魔法士団本部に不満があるとしたら、昼食が割高で量が少ないことだ。宿舎に戻れば、夕食には文句はないんだけど。
「どこか、外で食べたいな。ジャックの店とか――」
「いいな。ジャックの店。フレッドも来るだろ?」
「え、僕ですか」
フレッドは困ったような顔をした。
「いや、ちょっと。食欲がなくて」
「なんだよ、食わないつもりか? 食事はちゃんとしないと、いざという時に魔力切れより先に空腹で何もできなくなるぞ。ねぇ、隊長? そうですよね」
いきなり話題を振られたマーカス隊長は、書類の束から視線を上げて「そうだな」と言った。
「魔法は魔力だけで使えるもんじゃない。食事は大事だぞ、フレッド」
「でも……」
「そうだ、みんなで『止まり木亭』に行きましょう!」
ディアンがいいことを思いついたとばかりに立ち上がった。
「隊長、奢ってくださいよー」
「俺がか……?」
マーカス隊長が戸惑う。まあ、当然だろう。話が急すぎる。
「ディアン。勝手に決めるな。隊長の都合もあるだろう」
「だって、可愛い部下が落ち込んでるんだぞ? こういう時はみんなでパーッと賑やかに飯でも行った方がいいって」
「だからって会計を隊長に押し付けるな」
「えー。半分仕事みたいなもんだろ? 部下の状態を把握して健やかに保つっていうのは」
「お前は見るからに健やかだろう。便乗するんじゃない」
「ウォーレンは『止まり木亭』のランチ食いたくないの? ケーキが付くんだぞ、ケーキが!」
「それは……」
魔法を使うと腹が減る。だからだろうか、魔法士というものはほぼ例外なく、甘いものに目がない。
「仕方ねぇなあ」
マーカス隊長が大きく伸びをした。体の大きな隊長にはデスクワークが窮屈そうだ。
「奢ってやるよ。今日は」
「隊長、ディアン先輩を甘やかしすぎですよ」
レスターが苦笑している。
「全員に奢るとは言ってねぇぞ? 半分はここに残れよ。仕事あるんだからな」
隊員たちの間から不満の声が漏れた。
「別の日に連れてってやるから」
ひとまず今日は誰が同行するか。ディアンとフレッドを除く隊員たちで、急遽、くじ引き大会が開催された。
***
「結局お前も来たんだなあ、ウォーレン」
「当たりくじを引いたからな」
「それでー? フレディは何落ち込んでんの?」
「やめろって」
茶化すように聞くディアンを止める。
「言いたくないことくらい、誰にでもあるだろ」
「でも、話してみたら大したことじゃなかったっていうのも、よくあることだぞ?」
「それを決めるのはアンタじゃなくてフレッドだろう」
「そうだけどさぁ」
「ディアン。そっとしておいてやれ」
マーカス隊長に言われて、ディアンは黙った。
止まり木亭はこの辺りでは比較的良心的な価格の大衆食堂である。とはいえ、とにかく『安い、早い』が売りのジャックの店と比べるとちょっと高い。僕やディアンのような下っ端魔法士にとっては、たまに自分への褒美として来る店という位置づけだ。
大皿で肉料理を頼み、野菜のグリルを押し付け合い、チーズをつまんで「酒が欲しい」とわめく。賑やかな食事だった。デザートのケーキにはつやつやした果物が乗っていて、しっかり甘くておいしかった。
「うまい。最高。隊長、ありがとうございます!」
ディアンがにこにこと笑うので、その遠慮のなさにいっそ感心してしまう。
ひとしきり食べて、騒いで。フレッドの顔色もほんの少し良くなったみたいに見えた。カラ元気かもしれないが。
そうして店を出ようとした時だ。隊服のポケットに手を入れた隊長が、短く「あ」とつぶやいた。嫌な予感がした。
「ウォーレン」
「なんですか、マーカス隊長」
「お前、懐に余裕はあるか」
「どういう意味です?」
隊長はしょんぼりと眉を下げて、申し訳なさそうに言った。
「……財布を忘れてきた」
ああもう、ああもう! そんなことだろうと思った!
「わかりました。立て替えます。本部に戻ったら清算してください」
「ああ……すまない。本当に」
「今回だけですからね」
「ああ」
僕は隊長の代わりに支払いをし、小金貨二枚を店員に渡した。
魔法士団本部に戻ると、マーカス隊長はすぐに立て替えた金を返してくれた。
そして、その翌日。
出勤した僕の机の上には几帳面な文字で『ありがとうございました』とだけ書かれたカードと共にクッキーの袋が置かれていた。誰の文字かは確認するまでもなかった。何かが解決したのか、吹っ切れたのか。フレッドが晴れやかな顔をしていた。




