川と落とし物と隊長
嘆くような悲しげな悲鳴が聞こえたのは、マーカス隊長との見回り中だった。見れば橋の上で女の子がひとり、今にも泣きだしそうな顔をしている。僕は思わず隊長を見た。隊長は小さくうなずいて、まっすぐ橋を目指す。
「どうしました、何事ですか?」
大柄でいかつい隊長よりも僕が声をかけた方が警戒されないだろうと、少女に近づいた。
「ペンダント落としちゃったの」
「ペンダント?」
女の子が見ているのは橋の下。
「おばあちゃんにもらって……形見なのよ」
「わかりました。俺が拾ってきます」
「ちょっと、隊長!」
止める暇もなかった。マーカス隊長は清掃や整備のためにある梯子を下りると、何のためらいもなく水に入っていった。
「隊長、そんな。やみくもに探しても見つかりませんよ!」
どんなデザインなのか、色すら聞いていないというのに。
「もたもたしてたら流されちまうだろう!」
「そりゃそうですけど」
水は大して深くない。深い場所でも隊長のすねにも届かないくらいだ。けれど流れが速く、石もごろごろしている。小さなアクセサリーを探すのは困難に違いない。
とりあえず、僕は持ち主からペンダントの特徴を聴き出した。
「銀色で、紫の石がついているの。あまり大きくなくて、鎖も細くて……」
「それは見つけにくそうですね」
僕が言うと、少女はますます心細そうな顔になってしまった。
「細い銀の鎖に紫の石がついているそうです!」
「石は普通の宝石か? 魔石の加工品じゃないんだな?」
水の音が邪魔で、お互いに声が大きくなる。
「そのようです。魔力では探せそうにないですね」
マーカス隊長が渋い顔をした。
「ウォーレン。お前、ひとっ走り魔法士団本部に行って、レスターかフレッド呼んで来い」
人選に嫌な予感がした。
「なんでですか!」
「川をせき止める! できればレスターに頼みてぇ!」
フレッドが得意なのは土魔法で、レスターが得意なのは氷魔法だ。確かに水の流れを止めることはできるだろうが……。
「そんなことして、上から怒られませんか!?」
「責任は俺が持つ!」
「なら、いいですけどね!」
僕は魔法士団本部まで走った。
***
「アイスウォール!」
ちょっと嫌そうな顔をしたレスターが魔法を使うと、川の水がパキパキと凍り付き、壁となって立ち上がった。せき止められ、水が減って、川底が見える。同時に現れた様々なもの。誰かの落し物の財布、何かの瓶、板切れに割れた食器、ぬいぐるみだったのか、正体不明の古そうな布の塊。そしてぬるりと苔むした石と、木の枝と、水草、それにびちびち跳ねる魚。
「この川、こんなに魚がいたんですね」
「魚にかまってないでウォーレン先輩も探してくださいよ!」
レスターに言われて、あまり踏みたくない川底の石の上を歩く。
「あっ! 今なんか光った!」
何故かついてきていたディアンが声を上げた。服の裾を気にしながら屈んで、何かを拾う。
「……って、クズ魔石かよ! 川に捨てんな!」
「取っておいて磨けば使えるんじゃないか?」
「こんなちっちゃい魔石、ランプの点火くらいしか使えねぇよ」
街の人たちが何人か、手伝いを申し出てくれた。けれど転んで怪我でもされたら困るので、すべて断り、川には立ち入り禁止に。梯子付近にはレスターが見張りとして立った。氷壁の維持もあるから、見渡せる場所にいた方がいいようだ。
「ああもう……僕は知りませんよ。こんな大事にして」
「仕方ねぇだろう。居合わせたんだ、放っておけるか」
「なんか生臭いですよ……」
「まあ、魚もいるしな」
それからしばらく。マーカス隊長の武骨な指が、石の間から銀の鎖を拾い上げた。
ペンダントの持ち主は何度も礼を言ってくれて、隊長に抱き着かんばかりに喜んでくれた。
「見つかってよかった。もう落とさないようにな」
「はい。本当にありがとう!」
少女が橋の上から去って。残されたのは川の中から見つかったいくつかの落し物、ゴミ、それに魚。
「すみません、そろそろ氷壁解除していいですか?」
レスターが額の汗を拭って言う。かなり頑張ってくれたようだ。
「もう少し待てるか、レスター」
そう言ったのはマーカス隊長ではなく、ディアンだった。
「いいですけど、まだ何か……」
困惑するレスターと僕の目の前で、ディアンは弱った魚の尾を掴んだ。
「ディアン?」
マーカス隊長も訝しげにしている。
「何してる」
「これはもう水に戻してもまともに泳げませんよ。このままにするのももったいない。焼いて食いませんか?」
「……それもそうだな」
少し考えて、マーカス隊長が言った。
「放置しても臭うだけだ。ウォーレン、お前も手伝え」
「え。僕もですか?」
「川魚は嫌いか?」
「好きですけど……こんなに大量にどうするんですか」
「宿舎に持って帰って庭で焼けばいいだろ」
マーカス隊長もディアンも、服の汚れなんて気にせずに魚を捕まえていく。ああもう。仕方ないな!
僕も魚に手を伸ばした。別に、塩焼きのマスに釣られたわけではない。
持てるだけの魚をぶら下げて、僕たちは魔法士団のいつもの執務室に戻った。退勤までの間、魚はディアンがどこかから持ってきた箱に入れられ、レスターが氷で鮮度維持をしてくれた。
その後、宿舎の庭で焚火をし、魚の塩焼きを満喫した僕たちは。
川を勝手にせき止めたことと庭で勝手に火を起こしたことで、兵站部の事務官や宿舎の管理人からこってりと叱られた。




