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うちの隊長はお人好しが過ぎる【連載版】  作者: 夕月ねむ


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10/23

ウォーレンの『風邪』

 朝、ウォーレンが宿舎の部屋から出てこなかった。隣の部屋の住人が伝言を頼まれていて、どうやら風邪をひいたらしいという。

「ディアン先輩、見舞いでも行ったらどうです。今日非番でしょう?」

 レスターにそんなことを言われて、少し迷った。


「お前はどうするんだ、レスター」

「僕は普通に仕事ですよ。隊長の見張りです。何か問題を起こさないようにって、ウォーレン先輩から言われていますし」

「そうか」

 風邪で部屋から出てこないとなると、ウォーレンは食事をしていないということになる。あの黒猫もだ。仕方ない。何か差し入れてやるか。俺は宿舎の食堂の職員に声をかけ、猫が食えそうなものとその飼い主のための軽食を用意してもらった。


 ウォーレンの部屋のドアをノックする。沈み込んだような元気のない声で返事があった。

「おう。大丈夫か。風邪だって?」

「ああ、ディアン。うん……熱があってさ」

「ふうん」

 ベッドに半身を起こしたウォーレンは、確かに顔色は良くない。けど、咳が出るわけでもないらしい。


 これはもしかすると、風邪じゃあないな。ウォーレンと俺は魔法士団の同期だが、魔法学校のクラスメイトでもあった。当時も何度かこいつが熱を出したことがある。本人は風邪だと言うが、見ていればなんとなくわかる。ウォーレンが熱を出すのは、決まって実家に行って来た後なのだ。こいつは自覚してないようだが、たぶんかなりの寂しがりだ。賑やかな家で育ったからだろう。人がいない場所が苦手らしい。この宿舎も魔法学校の寮も、こいつがきょうだいに会ってきた後に過ごすには静かすぎるんだと思う。


「飯持ってきてやったぞ。感謝しろ」

「……食欲がない」

「そう言わずになんか食え。治るものも治らないだろ。それにほら、ステラにも」

「ああ……ありがとう」

 黒猫は何故か俺のことが嫌いらしい。ウォーレンの足のあたりで寝ていたのに、俺がベッドに近付いたら嫌そうに逃げた。食い物持ってきてやったっていうのにな。


 猫のための皿は適当に床に置いて、ウォーレンにスープを食わせた。まあ、隣で見張ってただけだけどな。

「パンは? 食わないのか」

「なんか……喉に詰まりそうで」

「まあ、ここに置いておくから食えそうなら後で食えよ」

「うん……」


 弱ってんなぁ。姉貴の結婚も寂しいのかもな。こりゃあ、誰かもうひとりくらい連れてくるべきだったか。

「僕はもう大丈夫だから。ディアン、何か他に用事とか」

「俺は今日は非番だし、予定もないよ」

「けど、ここに居ても暇だろう?」

「そう思うなら本でも貸してくれ」

「あのなぁ。そんなに長時間居座るつもりか?」

「何なら子守歌も歌ってやるぞ?」

「お断りだ」


 顔をしかめて俺を見ていたウォーレンが、諦めたように横になる。

「冷やした方がいいなら、氷でももらってくるか?」

 あいにく俺の魔法は水属性にも氷属性にも適性がない。

「大丈夫。それより、静かにしてくれ」

「わかったよ。適当に本借りるぞ」

「本当に読むのかよ……」

 しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。疲れていたのは確かなのだろう。熱があるというのも、嘘ではないのだ。風邪とはちょっと違うだけで。


 黒猫がベッドに飛び乗る。

「こら、お前のご主人は寝てるんだから踏むんじゃない」

「ニャア」

 ひと声鳴いて、迷惑そうな顔をして、猫はウォーレンの足元で丸くなった。まあ、そこならいいか。

 熱があると人は心細くなるものだ。誰かの気配がそばにあるだけで違うはずだ。今はウォーレンをひとりにしたくなかった。本棚を勝手にあさる。魔法薬学の入門書を借りることにした。




 ***




 ウォーレンが小さく唸って身じろぎした。時刻はもう昼過ぎ。俺もいい加減腹が減った。

「ウォーレン、起きてるか?」

「うぅん? ああ。ディアン。アンタ、本当にまだ居たのか」

「腹減ってないか。ちょっと触るぞ?」

 ウォーレンの額に触れてみる。熱は下がっているようだ。

「朝のパンの残り、食べるか? それとも、外に食いに行けそうか?」

「パン、食べるよ」


 もそもそとパンを食べるウォーレンに水を渡してやって、完食まで見張った。

「それだけで足りたかよ?」

「十分だ」

 顔色は良くなったから、まあいいか。


「お前、魔法薬学入門なんて本、まだ持ってたんだな」

「治癒魔法士は魔法薬も扱うことがあるからね」

 この入門書は魔法学校で教科書として使われていたものだ。懐かしいが退屈で、俺のような攻撃が得意なタイプの魔法士にはあまり使う機会がない知識だった。

 時々思う。俺も治癒魔法が使えたら良かったと。壊すよりも治す方がなんだか、価値があるような気がして。


「ディアン。さすがにもうここに居なくていいよ」

「ああ。そうみたいだな」

 腹がぐうぅと鳴った。昼を食べていない。ウォーレンがちょっと笑って言う。

「ほら。僕のことはいいから何か食べに行けよ」

「そうだな。ああ、猫の飲み水替えておいたぞ」

「ありがとう」

「じゃあ、お大事にな」


 ウォーレンの部屋を出て伸びをする。きっと今頃、レスターはマーカス隊長に振り回されているだろう。フレッドはまたふさぎ込んでいるかもしれない。でもまあ、俺は元々休みだからな。あいつらも子供じゃあないんだ、どうにかするだろう。


 この時間だったら食堂は開いているはず。でも、どうせならジャックの店にでも行くか。財布の小銭を数えてから、歩き始めた。



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