隊長、行き倒れを助ける①
熱が下がった僕が仕事に復帰すると、すでに事件が起きていた。
「あの、マーカス隊長?」
「なんだ、ウォーレン」
「あれは誰ですか」
「ああ、行き倒れだ」
「行き倒れ……」
見知らぬ男がひとり、誰かの服を借りて濡れた髪を乾かしている。この詰め所にはシャワー室もあるから、それを貸したのだろうが……何故。
「えっと、何者なんです? 名前は?」
「まだ聞いてねぇ」
「そうですか……」
マーカス隊長らしくはある。困っている人や弱いものを助けたり守ったりするのはこの人にとってごく自然なことなのだ。
「あ、おはようございます、ウォーレン先輩」
「おはよう、レスター。あれ何者?」
「さあ。本人に聞いてみたらどうです?」
それもそうか。僕はその男に近付いた。その手前でディアンに声を掛けられる。
「おう。もう熱は大丈夫か、ウォーレン?」
「ああ、おはようディアン。見舞いありがとう」
僕が頼んだわけではないけれど、ディアンが寝込んでいる僕の食事を運んでくれたり、ステラの水を替えてくれたりしたのは確かである。
「あれ誰?」
小声でディアンに聞くと、人懐こく愛嬌のあるこいつはすでにいくつかの情報を聞き出していた。
「名前はジョニーだってさ。職業は宝飾職人って言ってた。仕事にあぶれて家賃が払えず、行き場をなくしたらしいな」
ディアンが声を落とす。
「……たぶん偽名だ。それに、きっと宝飾職人っていうのも嘘だな」
「どうしてそう思う?」
「左手。シャワーで落としてきたみたいだが、魔導インクで汚れてた。わかるだろ。魔導具職人が魔法回路を描く時に使う特殊塗料だ」
「ああ……」
訳ありか。困ったことになったな。隊長のお人好しは筋金入りだけど、できることには限りがある。借金を肩代わりするとか犯罪者をかくまうとか、そういうことをするわけにはいかないのだ。
「こんにちは」
僕はその人に話しかけた。
「何やらお困りのようですね?」
「借りていた工房を追い出されてしまいまして。いやあ、お恥ずかしい」
ジョニーと名乗った男はへらりと笑った。
「本当に助かりました。朝食までごちそうになって、隊長さんにはなんとお礼を言えばいいか」
なんでも空腹で座り込んでいたところを、早朝に隊長が見つけたらしい。マーカス隊長は毎朝走り込みをしているから、その時か。
さてどうする。この男が本当に訳ありなら、保護するのは面倒事を抱え込む行為だ。けれど仮にもここは魔法士団本部であり、僕らは街の治安維持に関わる立場。万が一犯罪者だったらと思うと、適当に食わせてやって小銭を握らせ野放しにする……というわけにもいかない。
「ジョニーさんは宝飾職人だそうですね」
「ええ、まあ」
「どんなものを扱われるんですか? やはり宝石ですか」
「そうですねぇ。宝石は様々なものを。魔石の加工も承りますよ。他には金などの貴金属も」
高価な魔導具は貴金属も使用する。が。
「魔石の加工も、ですか。魔導具用ですか?」
ジョニーはわずかに顔をひきつらせた。
「ええ。魔導具職人が使う素材になるものもありますね」
「魔導インクも? お使いになるんですか」
明らかに動揺したジョニーが言葉に詰まった。じっと見つめて、言う。
「あなたの手が魔導インクで汚れていたと、同僚が。どうして、嘘をつくんですか」
「え、いえ……そんな」
「名前も。ジョニーって本名なんですか?」
「ウォーレン。やめろ。それじゃあ尋問だろう」
マーカス隊長が割って入ってきたけれど、引き下がらずに言い返した。
「そうですよ。僕は今、この人を尋問しています」
ディアンに目で合図をする。小さくうなずいた同期は、隊長の肩を掴んで座らせた。
「まあまあ。隊長。ここはウォーレンに任せてみましょう」
「しかし……」
弱者に見える相手を疑わないのは隊長の困ったところだ。いや、疑っていても助けたい気持ちが上回るのかもしれないな。
「ジョニーさん。答えてください。あなたは本当は魔導具職人じゃないんですか?」
その時だ。自分用のクッションの上で寝ていたはずのステラが、僕の足元に来て鳴いた。
「にゃあん」
「ステラ。邪魔するんじゃない。僕は仕事中だよ」
「なぁーん」
ステラは責めるような目で僕を見上げた。
「にゃあ」
「なんだよ。僕にはお前の言葉はわからないんだ」
執務室のドアがノックされた。一瞬緊張が走る。怪しげな男がここに居ることを知られていいのか。いや。そもそも部外者にシャワーを貸したこと自体が問題だ。
レスターがドアを最低限だけ開けて、自分の体で遮るように隠しながら、来訪者から何かを受け取った。書類が届いたらしい。
手元の紙をぱらぱらと見て、レスターが固まる。いつもならさっさと隊長の机に置いて終わりだ。けど。
「ウォーレン先輩。ちょっと」
こわばった声。何事だ。ジョニーのことは気にしつつ、レスターの手元を覗き込んだ。ディアンも寄ってきて、書類に視線を落とす。
「これって……」
「ああ。似てるよな」
いつもの書類に紛れ込んだ、特別珍しいわけでもないその紙。そこにあるのは人相書きだ。街中にも貼り出されるいわゆる手配書で、指名手配犯の情報が書かれている。
そこに何故か『尋ね人』という文字と共に。『魔導具職人・ジョセフ』という名前があった。
「他人じゃねぇだろ、これ」
ささやくような声で、ディアンが言った。




