隊長、妖精に好かれる
きっかけは、落としたクッキーだったらしい。マーカス隊長のおやつになるはずだったそれは、偶然妖精の巣の近くに落ち、妖精たちはそれを『人間からの贈り物』として受け取った。隊長にその気がなくても。
結果、マーカス隊長の頭には今、花が咲いている。
「おい、お前ら。言いたいことがあるならはっきり言え」
むすっとした顔でそう言った隊長を見て、最初に吹き出したのはディアンだった。
「いや、その……ぷはっ、お、お似合いで」
げらげら笑いだしたディアンに何人かの隊員たちがつられる。さらに遅れて来たやつも。
「おはようございま――ぶっ! なんですかそれ!」
「か、可愛いっすね、隊長、く、くく」
ごつい隊長の首を飾るリボン、頭に咲いたピンクの野バラ、不満そうな本人の表情……いや、これ。笑うなという方が無理だろう?
「俺の趣味じゃねぇ。妖精が勝手に飾り始めたんだ。妙に気に入られたらしい」
「く、それなら、は、外せばいいのでは」
僕が笑いの合間に言葉をどうにか押し出すと、隊長は困りきった顔で言った。
「外すと耳元で悲しげな声がするんだよ……」
妖精の声か。そんなもの、無視してしまえばいいのに。ああ、でも。呪いを受ける可能性もあるか。
ディアンたちの笑い声はなかなか収まらなかった。まあ……僕もなるべく隊長から目を逸して、やっと落ち着いたんだけど。
「いつまで笑ってるんだ。仕事しろ、仕事」
隊長の声にいつもの威厳がない。仕方ないじゃないか。ピンクのバラと色とりどりのリボンで飾られた厳つい大男だ。駄目だ、思い出したら、また……。
僕がもう一度笑いの発作を抑えようとした、その時だ。空気がビリッと震えて、魔力が揺れた。
「……へ?」
妖精だ。マーカス隊長の肩や頭の上に妖精がいて、明らかに怒っている。
「おい、ウォーレン。お前、猫耳生えてんぞ」
「何!?」
僕は自分の頭に手をやった……確かに、慣れない感触がある。でも、それだけじゃない。
「アンタこそ髪型縦ロールだぞ、ディアン!」
マーカス隊の最年少、フレッドが嘆きの声を上げた。
「嘘だろ。僕のブーツが両方右足に!」
他の隊員たちからも次々と声が聞こえてくる。
「うわ、インク壺にはちみつが!」
「魔法書の文字が勝手に……」
「尻尾が、尻尾が生えたんだが!?」
「なんだよ、おい。どうなってる!」
「妖精だ、妖精」
「なんで……まさか、隊長を笑ったからか?」
可能性は高い。今のマーカス隊長は妖精が丹精込めて飾り付けた姿。それを笑われたことが気に食わなかったのだろう。
金髪縦ロールがちっとも似合わないディアンが僕を見て、何故か感心したように言った。
「似合うな、ウォーレン」
「うるせー!」
なんだその感想。笑われた方がマシなんだが。
ひとしきり騒ぎ、隊員たちの視線がマーカス隊長に集まった。
「なんだ。まあ……その」
マーカス隊長が頬を掻く。襟に飾られたリボンが揺れる。
「妖精は飽きっぽいから、明日には元に戻るだろう」
しかし、問題は今日どうするかだ。
「とりあえずディアン。隣行ってアルバート隊長に説明してこい」
「えぇ!?」
ディアンがひどく嫌そうな声で抗議する。
「この髪型で人前に出るんですか? 勘弁してくださいよ!」
「人前って、お前、どうせ帰り道もそのままだと思うぞ」
「説明もしやすそうでいいんじゃないか?」
つい、そう口を挟んだらディアンに睨まれた。
「ならお前が行けよ、ウォーレン。猫耳でな!」
「隊長の指名はアンタだろ」
マーカス隊長がわざとらしく咳をした。
「いいから行ってこい、ディアン。今日の警邏を代わってもらえ」
隊長の声が若干低い。これは逆らわない方がいいやつだ。
「はい!」
ディアンが部屋を出て行く。残された隊員たちを、マーカス隊長が見回した。
「怪我をした者はいるか? 何か体に異常が出た者は?」
猫耳が生えた僕と、狐のような尻尾が生えたレスターが顔を見合わせた。異常といえば異常だが、痛いわけでもない。動くのに支障はないだろう。魔法の使用にも。
「大丈夫そうだな。全員今日は内勤で書類仕事。やることがないやつは魔石でも磨いていろ」
「隊長。その魔石が石ころになってます」
備品の箱を抱えて、フレッドが言った。
***
「ああ、ほら。落とすな。もっと要るか?」
マーカス隊長がごつい指で角砂糖を持ち上げる。それを受け取ったのは可憐な妖精。嬉しそうに甘味を抱えている。
「なあ、もういいだろう。部下たちを許してやってくれ」
別の妖精がふわりと降りてきて、両手を差し出した。もっと寄越せと言うことか。
「ウォーレン、角砂糖もうひとつ」
「はい」
マーカス隊長の手のひらに角砂糖を乗せる。
「魔石を元に戻してくれないか? な?」
マーカス隊長が大きな体を屈めて、小さな妖精相手に懇願している。その首元にはまだリボンが飾られ、頭の花は増えていた。でも、もう笑う気にはなれない。
「仕事ができないと困るんだ、頼むよ」
マーカス隊長の説得により、その日の夕方にやっと、はちみつはインクに戻り、石ころは魔石に戻った。フレッドのブーツも元通りになったし、僕の耳も戻った。レスターは服に尻尾穴を開けなくて済んだ。
けれど。
ただひとり、ディアンの髪型だけは、翌日の昼まで縦ロールだった。




