隊長と農家
「ウォーレン。お前、明日は何か用事があるか?」
マーカス隊長が遠慮がちに声を掛けてきた。
「明日ですか? 非番ですけど」
「ああ、知ってる。俺も休みだ」
「まさかデートのお誘いですか」
「んなわけあるか」
だったら何の用だと言うのか。
「実は、この前。道で立ち往生している荷馬車を助けたんだが」
「はぁ……」
それくらいなら、この人の行動としては何もおかしなことはない。
「成り行きでな、農作業を手伝うことになった」
「手伝い……ですか」
嫌な予感がする。
「お前も一緒に来てくれないか?」
あぁ、やっぱり。
「…………確かに予定はないですけど」
「嫌か? なるべく沢山人手が欲しいと言われたから、今、明日が非番の隊員たちに声を掛けているんだが」
マーカス隊長は大きな体を屈めて、僕の顔を見ている。残念ながら、別に可愛くはない。可愛くはない、が。
「まあ、いいですよ。暇ですし」
***
マーカス隊長はいったい何人に声をかけたのか。当日、農家の畑の傍らには、二十人近くの魔法士が集まっていた。農家のおやじさんも困惑気味だ。
「いやぁ。いっぱい来てくださって」
「今日はよろしくお願いする。役に立てるといいのだが」
マーカス隊長がそんな風に言って、隊員たちはその後ろに並んでいた。
農家のおやじさんは腰をさすって苦笑する。
「すみませんねぇ。いつもなら間に合うはずの作業だったんですが」
「遠慮せずに頼ってくれ。まず何をしたらいいだろうか」
「ええと、今日は芋掘りを……」
おやじさんの目が隊員たちに向けられた。
「野良作業なんて不慣れでしょう。ゆっくりでいいですから」
「確かに農作業には慣れていないな」
マーカス隊長の言葉に農家の奥方もうんうんとうなずいた。
「無理はしないでくださいねぇ」
農家の息子らしき青年が、不満げに言った。
「この人ら、本当に畑仕事ができるんかね?」
「こら、そんなこと」
両親がたしなめるが、青年は睨むようにこちらを見ている。
「隊長さんが立派な人だったから騎士さまかと思たんだよ、それなのにさぁ」
ああ、それは確かに間違えても仕方がない。仕方がないけど。
「こんな細っこいお兄さんたちじゃあ、草むしり頼むのも申し訳ねぇや」
細っこい。そういわれた隊員たちの何人かが顔色を変えた。
騎士と比べられることを嫌う魔法士は多い。青年の言葉は、例えるなら地面に設置した罠魔法を踏み抜いたようなものだった。けれどここにマーカス隊長の顔に泥を塗ろうと思うようなやつはいない。つまり何が起きたかと言えば、隊員たちは全力で農作業に取り組み、有能さを示すことで留飲を下げようとしたのである。
「おーい、誰か飛べるやつ。あっちの果樹の収穫してこい。上の方な。緑の実は採るなよ」
「土魔法班こっち頼むわ」
「雑草って燃やしていいのか?」
「いいんじゃないか? 火事にならなけりゃ」
「掘った芋はこっち持ってきてー」
「ばか、水やりはあと。ぬかるんだら歩きにくいだろ」
「あ、奥さん。この古い切り株って抜根した方がいいです?」
「誰かここ支えてー。納屋の屋根直しちゃうから」
「ついでに防御結界張っておくかー」
過剰だ。明らかに過剰だ。戦力……いや、労働力が過剰。本来の目的だった芋の収穫はあっという間に終わり、土壌の改良、小石や雑草の除去、あぜ道の整備、納屋の修理までどんどんこなしていく。農家の三人はぽかんとした顔で時々指示を出すだけ。
「ウォーレン、ちょっとこっち。ディアンが怪我した」
はあ?
「何やってんだよ。魔物が出たわけでもないのに」
「古い鎌が落ちててさ、気付かなくて踏んだらしい」
「そりゃ、しっかり治癒魔法をかけた方がいいな」
ディアンの怪我を手当てしてやりながら隊長の様子を見る。あの人だって魔法を使えるのに、何故か全力で鍬を振り下ろしていた。さすが隊長。半分騎士なだけある。
「しっかし、非番の隊員がこんなに来るとか」
「よく見ろ、ウォーレン。他の隊のやつもいる」
「ああ、それくらいわかってるよ」
マーカス隊長の声掛けで集まったのは隊長の直接の部下だけじゃなかった。他の隊の魔法士もいるし、全く知らない顔すら混ざっている。
「隊長の人脈すげーよな」
ディアンの言葉に、自然と笑みが浮かんだ。
「人脈というか、人徳だろ」
「確かに」
「ほら、治療終わり」
「おー。ありがとう」
だんだん日が暮れてくる。外での作業だ。普段は暗くなったら終えるのだろう。魔法士は自分で明かりを生み出すことができるから、暗くて困るということはあまりない。でも、今日はここまでだ。
「納屋まで直していただいて。なんとお礼をすればいいか」
農家のおやじさんが恐縮している。それはそうだろう。予定以外の仕事が大幅に進んだうえに、魔物除けの結界まで張られたんだから。
「気にしないでくれ。部下たちが張り切りすぎただけだ」
「いやいや、これで何もお返ししないってわけにはいきませんて」
農家の青年が、重そうな箱を持ってきた。中にはガラスや陶器の容器がいくつも入っている。しっかりと封蝋を施されたそれは、昨年作ったジャムだという。
「おひとつずつ持って行ってくだせぇ」
魔法士は基本的に甘いものが好きだ。隊員たちがわらわらと集まって、ジャムの瓶はすぐになくなった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ良い鍛錬になった」
マーカス隊長が言ったのは、鍬を振っていたことだけではないだろう。今朝は少しむっとしていた隊員も晴れやかな顔で、魔物退治以外の場所で魔法を使うのは、確かに良い鍛錬だったようだ。




