ウォーレン先生
村にやってくる行商人は、本を扱っていないらしい。ポーラが持っている絵本は二冊だけで、それを村の子供たちと共有するようにして読んでいるという。
「ポーラは、お話が好き?」
「うん!」
ポーラがはっきりとうなずいた。
「えっとねー、おうじさまがねー、ぼうけんにいくの! おっきいおおかみがでてー、こわいーってなるんだけど、なかよくなるの!」
ああ、この国の有名な童話だ。狼は神の使いで、王子は祝福を受けて王になったという話。
「あとね、あとね。いとつむぎのおひめさまのはなし!」
「それも絵本?」
「ううん。リタねぇがおはなししてくれるの!」
そういえばリタという女の子が村に居たな。確か、十歳くらいの。『いとつむぎのおひめさまのはなし』は、おそらくリタが自分で考えた物語なのだろう。
「おにーさんは?」
ポーラに聞かれて首を傾げた。
「おにーさんはおはなし、すき?」
「もちろん。好きだよ」
そんな話をした翌日、ポーラは絵本を一冊持ってきて見せてくれた。その本はあまりにもぼろぼろで、僕はどうにかしたいと思ったのだ。
エルマーに手紙を書こうとして、思いとどまる。古書を扱う兄なら、絵本を手に入れる伝手も持っているだろう。けれど、その絵本をどうする。村の人たちに買えというのは負担が大きいかもしれない。僕が買い与えるというのも、違うだろう。施しをしたいわけじゃない。まいったな。この部屋にはあふれるほど本があるのに、ポーラに読んでやれるものがない。
「ないなら作ればいいんじゃねぇの」
ディアンが当然のことのように言った。
「……絵本を?」
「ああ。何も絵がついてなくてもいいだろ? 欲しいのは『おはなし』なんだから」
「アンタはできるのか、そんな……」
「子供向けの話が作れるかって? やったことがあるわけじゃない」
なんだ、と落胆する僕にディアンがにやっと笑う。
「でもリタはやってるんだろ。ポーラが喜んで聞く『おはなし』」
「まあ、そうだな」
「ならお前にもできるだろ」
「何を根拠に……」
「だってお前、子供の扱いは得意じゃん」
確かにそれは、苦手だとは言わないが。
「何か試してみたらいい。『こねこのステラのおはなし』とかさ」
そう言って、ディアンは僕に紙の束を寄こした。
何かをしなければいけないとは思っていた。この村の暮らしで、僕だけがまだ異物だった。ポーラしか遊んでくれない。それなら、ポーラとは仲良くしたかった。
いずれは子供たちに魔法の基礎や文字や計算を教えられたらいいと思っているけれど、それにはまだ村の大人からの信用が足りない。ポーラも文字を覚えるには幼すぎる。今は『勉強』ではなく楽しいことをするべきだろう。僕はディアンに渡された紙を机に置いて、万年筆を手に取った。
***
「おにーさん、ステラちゃんはいる?」
「残念。ステラは今、お散歩に行っちゃったんだよ」
僕がそう答えると、ポーラは不満そうに「えぇえー」と声を上げた。
「ねぇ、ポーラ。ステラが帰ってくるまで、おはなしをしようか」
「おはなし?」
「うん。ポーラはどんなおはなしが好きかな。お姫様の話?」
「おうじさまのほうがいい!」
ポーラは目をキラキラさせていた。冒険の話の方が好きらしい。
「じゃあ、王子様じゃないけど、男の子が出てくる話にしようか」
「おとこのこ?」
「うん。ねずみの友達がいる男の子」
「ねずみ!? ねずみはね、やさいやむぎをたべちゃうのよ。おかーさんがいってたの!」
「そうだね。だからみんな猫を飼って、ねずみを追い払うんだ。でも、ねずみがかわいそうだって思った、やさしい男の子がいて——」
上手く童話が作れたかなんてわからない。でも、ポーラは楽しそうに聞いてくれた。話は途中で脱線し、男の子はねずみの王様になったし、猫とも仲良しになって、パンくずと魚の骨をもらう約束をして人間とも和解した。紙に書いた話は違う結末だったのだが。
「でもこれはおはなしだからね。友達になれない悪いねずみは追い払った方がいいんだよ」
ポーラは妙に真剣な顔をしてうなずいた。
「わるいねずみはしかたないのよ」
その口調も表情もなんだかおかしくて、つい、吹き出しそうになった僕は、必死に笑いをこらえた。
翌日もポーラはやってきた。
「残念。ステラはお出かけ中だよ」
僕の服の袖をつまんで、ポーラが言う。
「じゃあ、なにかおはなしして!」
「いいよ。今日は女の子の話にしよう」
「……おひめさま?」
どうやらポーラはお姫様の話はそれほど好きではないらしい。
「お城を飛び出すお姫様にしようか」
「とびだしちゃうの!?」
「そう。木の枝を持って、飼い犬と一緒に森に冒険に行くんだ」
「ぼうけん!」
いつの間にかステラが帰ってきていたけれど、ポーラは『おはなし』の方に夢中だった。
それから数日。僕たちが借りている家には、ポーラだけでなく、ティムやリタ、村の子供たちが集まるようになった。
「まるで託児所だな」
マーカス隊長がぼそっと言って、ディアンがけらけらと笑う。
「いやー。上手くいってよかったな、ウォーレン」
ディアンは自分のおかげだとばかりに得意げだった。
「お前、この村で居心地悪そうだったもんなー」
ディアンをひと睨みしてから、僕は少し声を落として言った。
「まあ……ほっとしてはいるよ。僕だけ、馴染めていなかったから」
子供が世話になっているからとその親とも交流するようになった僕は、気付けば村の人たちから『先生』と呼ばれるようになっていた。




