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うちの隊長はお人好しが過ぎる【連載版】  作者: 夕月ねむ


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新しい暮らし

 僕たちがドゥダル村に住みつくようになって、十日ほどが過ぎた。まだ十日だ。田舎暮らしは新鮮なことばかりである。

 ここでもマーカス隊長はマーカス隊長。むしろ生き生きとしている。近所の子供に登られたり、畑仕事を手伝ったり、重いものを運んだり。村の人たちに頼られて楽しそうにしている姿を見ると、都会よりずっと居心地がよさそうだ。ディアンはといえば、村に一軒しかない飲食店ですでに常連のような顔をしている。つまり、この村に一番馴染めていないのは僕だった。


「ディアン、アンタ今日の予定は?」

「コリンと釣りに行ってくる」

「隊長は?」

「ああ、家畜小屋の柵を直す手伝いをしに行くが……」

 何とも言えない間の後に、マーカス隊長が言った。

「一緒に来るか、ウォーレン?」

「でもその仕事、手は足りてるんでしょう?」

「まあ、そうだな」

「なら、僕が行っても邪魔になるだけですよ」

「しかし」

 マーカス隊長が口ごもった。僕が一緒に行けば、村の人たちが緊張する。それを隊長もわかっているのだ。


 どうやら村の人たちはハズラム家の馬車を目撃していたらしく、僕は見慣れない貴族として警戒されているのである。

 ディアンが聞いた経緯はこうだ。僕たちが乗ってきたハズラム家の馬車の御者に、村人のひとりが話しかけた。

「ずいぶん立派な馬車だねぇ。この村に何の用だい」

 御者は律儀に答えたらしい。

「この馬車はハズラム子爵家のものです。ご子息のウォーレン様をお送りに来ました」

 これですっかり、僕は、村の大人たちから「子爵家のご子息様」と認識されてしまったというわけ。


 今、僕と遊んでくれるのは村長の娘のポーラだけで、それもステラが目的だ。村の人たちが悪いわけじゃない。ただ、貴族と言われて「偉いお人らしい」と考え、どう付き合えばいいのかわからないのだと思う。僕は貴族らしい貴族ではないけれど、村の人たちはそもそも僕を知らないから。

 隊長に畑仕事を頼む人たちも、僕には愛想笑いだけを向けて、野良仕事なんて頼めないと言う。この村に魔法士でなければ解決できないような事件が多く起きるとは思えない。僕は何をして過ごせばいいのかわからなくなっていた。


「この家の掃除でもしておきます。それと、今日の夕飯は何がいいですか?」

「任せろ。俺が魚を釣ってきてやる」

 ディアンが言った。自信満々である。マーカス隊長はといえば、少し心配そうだった。

「ウォーレン、家事ばかりして外に出てないんじゃないのか?」


「仕方ないでしょう!」

 腰に手を当てて、言う。

「隊長は魚も野菜も塩を振って焼くことしかできないし! ディアンに作らせるとシチューばっかり。それもまとめて作って同じものを何日も食べようとする!」

 この二人、残念ながら料理がうまいとは言えないのだ。

「おまけに整理整頓ができてないじゃないですか。どうするんです。この荷物!」

「いや、お前の本が一番多い……」

 余計なことを呟いたディアンを睨んで黙らせる。


 王都からここに来る時、荷物のほとんどは空間拡張が施された魔法鞄で運んできた。そうしなければ馬車に積みきれなかったからである。空き家を借りることができて、荷解きをしようとしたわけだけど、元々この家に備え付けられていた棚では容量が足りず、使っていないという本棚を安価に引き取らせてもらっても、まだあふれている。


「部屋ひとつ余ってるんだし、物置にしたらいいだろ」

 ディアンはそういうけれど、そのためには、その空き部屋に残されていたベッドを運び出して本棚などの収納と入れ替える作業が必要で、それ以外にも細々としたものが片付かなくて、魔法鞄の中もこの家も混沌としている。そして、もしこの混沌が片付いたら。その時こそ、僕にはやることがなくなってしまうわけだが。


「羊の柵が修理出来たら俺も掃除を手伝おう」

 隊長はそう言ってくれるけど、この人が出かけるとまっすぐ帰ってくることは珍しい。誰かに捕まって何かを頼まれたり、余計な仕事が増えたり、お茶に招かれたり、毎日忙しそうである。

「あまり期待はしないでおきます」


 二人を見送ると、まるで入れ違うかのようにポーラが遊びにやってきた。

「ステラちゃんは?」

「窓辺で寝てるよ」

 静かに寝そべっている黒猫に突進する勢いで家に入ってきたポーラは、急停止して僕に小さな包みを突き出した。

「これ、おかーさんから!」

「お土産? ありがとう」

 袋の中に入っていたのは素朴なクッキー。ディアンが喜びそうである。


「ねー、おじちゃ……おにーさん」

 慌てて言い直す様子が可愛らしい。

「おにーさんは、きぞくさまなの?」

「まあ、一応ね」

 この小さな女の子まで身分を気にするのかと苦笑した。いや、大人たちのまねをしているだけか。

「おじちゃんがね、しつれいがないようにって。あたし、よくわかんない……」

「おじちゃん?」

「えっとー。ティムにぃのおとーさん」

 ポーラには年上のいとこがいる。そのいとこの父親なら、正しく「おじちゃん」だ。

「ポーラはそんなこと気にしなくていいよ」

「そうなの?」

「気にしないでくれた方が僕は嬉しいな」

「んー。わかった」

 全然わかってない顔でうなずいて、ポーラはステラに手を伸ばした。

 相手が幼い子供だということがわかるのか、ステラはポーラが相手だと唸ったり引っ搔いたりはしない。ただ迷惑そうな顔をして、それでも逃げずに撫でられていた。


「おにーさん、このおうち、ほんがいっぱいあるのね」

「そうだね」

「えほんもあるー?」

「絵本はないなぁ」

 何せここにあるのは成人男性の持ち物である。

「そっかぁ」

 ポーラはしょんぼりとしていた。本が好きなのかもしれない。


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