ドゥダル村
田舎へ行くというマーカス隊長は、すべての隊員を連れていくことなどできなかった。同行を許されたのはわずかに二人。
「なら、ひとりはウォーレン先輩ですね」
レスターが言って、反対するものは誰もいなかった。隊長以外には。
「しかし……いいのか、ウォーレン。とんでもない田舎だぞ。俺に嫌がらせするためだけに魔法士団の詰所を作ったような場所だ。王都へ戻れるかもわからんし、出世は絶望的だが……」
「構いませんよ」
僕はきっぱりと言った。
元々、稼ぐだけが目的なら、シミオン兄上の手伝いでもしていればよかった。僕が魔法士団に入ったのは、魔法士としての自分がどこまでできるか試したかったから。結果は魔物討伐では使いものにならず、兵站部にも配属してもらえずに、街の見回りをする日々だったわけだが。
「アンタを放っておくとどうにも落ち着きません。近くで見ていた方がマシです」
僕はマーカス隊長の申し訳なさそうな顔を覗き込んだ。
「お供しますよ、隊長。どんな田舎でもね」
「しょうがねぇなあ」
ディアンがにやっと笑った。
「もうひとりには俺が立候補しますよ。レスター。残念だったな、行けなくて」
「僕は王都に家族もいるので。心配ですけど、まあ。たまに手紙でもくださいよ」
「気が向いたらな」
***
「ドゥダル村? どこですかそれ」
「だから言っただろう、田舎だって」
僕たちの異動先は、西の辺境の、地図にもほとんど載っていないような小さな村であるらしい。
「飲める店とかあるんですかねぇ。甘いもの売ってるかな……」
「お前は食べ物のことばっかりだな、ディアン」
「だって大事でしょう、食事は」
「良かったのか、ウォーレン。こんな、馬車まで……」
「構いませんよ」
僕たちが今いるのは馬車の中だ。正確にはハズラム子爵家の馬車の中。僕の膝の上ではステラがくつろいでいた。
「魔法士団が移動に予算をくれなかったんですから。乗合馬車で自腹を切るくらいなら、うちの馬車を頼んだ方がマシです」
移動距離が長いから、着き合わせてしまう御者にはちょっと申し訳ないけれど、臨時報酬をはずんでいる。
野営をしたり町に寄ったりしながら、数日をかけて、僕たちはドゥダル村にたどり着いた。
「……これが魔法士団の詰所?」
「詰所というか、魔法士団ドゥダル支部だな」
「いや……これは。これはない……」
目の前の建物を、どう評したらいいのか。ディアンも呆けているが、僕もなんと言ったらいいかわからなかった。
「えっと…………物置、か?」
「男三人でここに滞在って。無理でしょ」
どう見ても平屋だ。そして狭い。壁は木製、それも古そうで、基礎が腐っていないか心配になる。
マーカス隊長がため息をついた。
「建物は自由にしていいとは言われたが。自分たちで建て替えろという意味だとは」
僕たちは困ってしまって顔を見合わせた。
「どうします?」
「とりあえずは村長にあいさつに行って、そこで宿の交渉をしてみるか……」
「でも、それって何日もお世話になるわけにはいかないでしょう」
僕たちの田舎暮らしは、どうやら前途多難である。
マーカス隊長が何かに気付いて振り向いた。
木陰から、小さな女の子がこちらをじっと見ている。僕はその子に近付いて、屈んだ。
「こんにちは」
「おじさんたち、だぁれ?」
「お、おじさん……」
ディアンが背後で笑いをこらえている気配がしたが、アンタも『おじさんたち』のうちのひとりだからな?
「僕たちはこの村に派遣されてきた魔法士だよ」
「まほうつかうひと?」
「そう。魔法使う人」
女の子がぱあっと笑った。僕の袖をつかんで引っ張る。
「こっち!」
「え、ちょっと待って」
仕方なく袖を引かれるままついて行く。
「おかーさん、おとーさん、まほーつかうひときたぁ!」
身長差で転びそうになりながら、僕は女の子の両親の前に出た。夫婦で畑仕事をしていたようだ。
「あ、どうも。はじめまして」
「まぁあ。魔法士さん?」
僕より少し年上の女性が、にこにこと出迎えてくれた。
「よくきたわねぇ。あ、あの建物見た? 都から来た偉そうな人たちがここでいいって言っていたんだけど……」
僕はあいまいに苦笑することしかできなかった。
マーカス隊長とディアンが追い付いてきて、改めて村の人たちにあいさつをした。僕の袖を引いていた女の子は村長の娘だったらしい。
「これはずいぶんとお若い村長殿だ」
マーカス隊長が言うと、女の子の父親、村長はちょっと照れたように笑った。
「おやじの後を継いだばかりなんです」
「村長殿。その、申し訳ないのだが……この村の状況を知らずに来たもので、まさか滞在先があれだとは」
村長の妻が目を丸くした。
「あらあらあら。無理にあの建物を使わなくてもいいのよ。あれ、元は物置だもの」
やっぱりそうだったのか。
「ねぇ、あの空き家、使ってもらったら?」
「空き家があるのですか?」
「そうなの。住む人がいないから傷むばかりで。掃除はたまにしているんだけど、そのうち獣でも住みつきそうで……」
「確かに、あの家ならちょうどいい」
村長が案内してくれたのは、ごく普通の民家に見えた。
ディアンが安堵の息を吐く。
「さすがに村に着いてまで野営はしたくないからなぁ」
村長にしっかり礼を言って、荷物を運びこむ。ハズラムの馬車は帰らせて、僕はバスケットからステラを解放した。
「どうにかなりそうだな」
「ええ、のどかで良さそうな村です」
「来る途中に店もありましたね」
マーカス隊長が、ふと、真剣な顔をして黙り込んだ。
「隊長?」
「二人とも、後悔はしてないか? 俺のせいで、お前たちまで」
「今更ですよ。もう来ちゃったんですから」
ディアンが笑う。
「俺は好きですよ、田舎。王都より広々してて」
「気にしないでください。僕もディアンも自分で選んでここにいるんですから」
「ああ、そうだな。しかし……」
マーカス隊長がさらに何かを言おうとした、その時。家の玄関が勝手に開いて、村長の娘が顔を出した。
「あ! ねこ!」
「こら、駄目よ!」
「だって、ねこだよ、おかーさん」
「娘がいきなり、ごめんなさいね。歓迎の夕食会をしようと思うのだけれど——」
母親の腕の中で幼児が身をよじる。
「ねこちゃん!」
「なぁん」
前言撤回。なかなか楽しい田舎暮らしができそうである。




