隊長の不在と帰還
翌日も、マーカス隊長は戻っていなかった。隊員には本部での待機が命じられ、私用での外出も禁止。非番の者まで宿舎から出られなくなった。
その上、出勤した僕たちを待っていたのは、監察官。書類や備品に触れることを禁じられた隊員たちの目の前で、部屋の中のものがどんどん運び出されていく。
張り詰めたような、異様な空気に耐えかねてか、レスターが監査官に声をかけた。
「あの。書類にも備品にも触るなって、僕たちは何をしたら」
監査官はレスターを一瞥し、何も答えなかった。
おそらく、何もするなということなのだ。マーカス隊長が尋問されているかもしれない今、隊員が動いても何も良いことはない。ここで監査官と揉めたりしたら、それがマーカス隊の瑕疵になってしまう。
誰も何も言わなかった。さすがにディアンも軽口を叩ける雰囲気ではない。
「なぁん……」
いっそ場違いな猫の声。僕はステラを抱き上げ、黒い毛並みを撫でた。
ただじっと座っている時間が長かった。実際にはどのくらいだったかわからないけれど、丸一日以上経ったような気さえした。時間は遅々として進まず、やれることもない。監査官は部屋の中にあるものを粗方運び出し、各自の机の引き出しまで開けさせた。
「待ってください」
僕は監査官に抗議した。
「職場とはいえ私物もあります。それまで持っていくつもりですか」
「運び出せるものはすべて、と言われていますので」
監察官は淡々と事務的に答え、隊長の執務机からはマーカス隊長愛用の万年筆まで持っていかれてしまった。
「失礼します」
監査官が僕の机に手を掛ける。引き出しからは大量の便箋と手紙があふれ出した。
「これは」
「実家の弟妹たちとやり取りしている手紙ですよ。こんなもの、さすがに要らないでしょう?」
幼い子供の荒い筆跡で書かれた手紙を見せてやった。
「量が多すぎませんか」
「僕にはきょうだいが十七人いますから」
「え、いや、しかし。職場には不要でしょうに……」
顔を引きつらせた監査官に、別の監査官が耳打ちする。『貴族』『ハズラム』『養子』——そんな言葉がかろうじて聞き取れた。
「申し訳ないが、ハズラム子爵令息。こちらも一度すべてお預かりする」
「返してくださるんでしょうね?」
「もちろんだ。いつになるかまでは確約できないが」
それ、本当に返ってくるんだろうか。不満はあるものの、ここでごねても状況は悪化する。
「子供たちの手紙は二度と手に入らないんですから、丁重に扱ってください」
「心得た」
「もし何かあったら、子爵家から正式に抗議しますので、そのつもりで」
「ああ、気を付けよう」
部屋に残ったのは中身のなくなった家具と、沈んだ顔の隊員たち。悲しげな者もいるし、怒りを抑えている者もいた。
「にゃぁ」
「ああ、困ったね。お前の皿も持っていかれたのか」
「なーん……」
ステラをシンクに連れていき、直接水を飲ませてやった。頭まで濡らしてしまった黒猫を拭いている間に、監査官たちは立ち去っていった。
「あいつら!」
ディアンがいらいらとした声を上げる。
「ここまで根こそぎ持っていく必要があるか!?」
「仕方ないよ、ディアン。監査官だって、上から言われて動いてるんだ」
少なくとも、今日ここで荷運びをしていた連中が責任者ではないのは確かである。
がらんとした部屋は急に温度が下がったかのようだった。隊員たちの中にはどうにも怒りが収まらない者もいて、ぎすぎすした空気が重苦しい。
「マーカス隊長、いつ戻ってくるんでしょうか」
フレッドのその質問に、答えられる者はいなかった。
翌日も僕たちは待機を命じられた。ただ、紙きれの一枚すらない執務室には行かずに済んだ。出勤停止となったからである。
「こんなのもう、俺たちが罰を受けているようなもんだろ。罪状はなんだよ、罪状は!」
「大きい声出すなよ、ディアン。食事中だぞ」
「だって、食事の時くらいしかお前と顔を合わせることもできねぇし」
そうなのだ。宿舎で暮らす隊員には自室から極力出るなという指示があって、話し相手もいないのである。許されたのは食堂に行くことくらいだ。
「……ステラがいてよかったよ」
ディアンがつぶやいた。
黒猫がいてくれることが僕の支えになっているのは言われるまでもなかった。
***
僕がマーカス隊長の顔を見ることができたのは、隊長が呼び出されてから四日目のことだった。出勤停止が解かれた僕たちが執務室へ行くと、隊長はいつもの机に座っていた。なんだか少しやつれて見えて、あまり良い扱いを受けていなかったことが察せられた。各自の私物が雑に戻されていたが、それどころではない。
「大丈夫ですか!」
「おう、ウォーレン。悪いなぁ。心配させて」
「いえ……」
隊員たちがわらわらと寄ってきて、隊長の無事を確認していく。
「怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ちゃんと食事してました?」
「そこまでひどい目には遭ってねぇよ」
「でも、目の下のくまがすごいっすよ」
「そりゃただの寝不足だ」
マーカス隊長は隊員たちの顔を見回し「さて」とつぶやいた。
「お前たちに言わなきゃならんことがある」
隊員たちが静かになる。全員が自然とその場に姿勢を正した。
「……悪いな。マーカス隊は、今日で解散だ」
あちらこちらで、言葉にならない声が漏れ出る。フレッドが泣きそうな顔をして、隊長をじっと見ていた。
「解散した後は、どうなるんですか」
僕は隊員たちを代表して尋ねた。
「退団ですか。それとも異動ですか」
「とりあえず、退団はない。お前たちも、俺もな」
ホッとして、深く息を吐く。
「俺は田舎に行くことになった。お前たちにはある程度、選択肢がある。別の部署に移るか、アルバート隊に合流するか、俺について来るか、だ」




