あがく
監査なんてものは、急に来るから怖いのであって、来るとわかっているのならできることもある。僕はレスターとフレッドに手伝いを頼んで、マーカス隊のこれまでの帳簿や、備品のリストなど、書類を片付け始めた。ちなみにマーカス隊長とディアンは街の見回りに行けと追い出した。隊長の確認が必要な書類もまだあるが、後でまとめて見てもらえばいい。
「ウォーレン先輩。この『茶菓子代』って……」
「ああ、それはマーカス隊長がアルバート隊長と食事に行った時のやつ。アルバート隊長は酒を飲まないから。交際費ってことにしといて」
「わかりました」
「ちょっといいですか。魔石の在庫と書類上の数が合わないです」
しまった。エルマーの所へ持って行ったやつだ。今頃はすでにミアの腹の中である。
「それは僕の私物でどうにかするよ」
痛い出費だが仕方がない。
「すみません。川をせき止めた件なんですけど……」
「街の治安維持上必要な行動だった、で押し通す」
「いけますか、それ」
レスターが訝しんでいるけど、僕だって無理のあるこじつけだということはわかっている。
「他にどうしようもないだろ」
「例の職人が使ってた食器、どうします?」
「処分して。あ、待って。ステラのために買ったってことにしよう。カトラリーは処分、皿はステラに」
「はい」
「そのステラの食費なんですが」
「準隊員扱いで経費出てるでしょ、確か」
「そうなんですか?」
「うん。軍用犬に準ずるってことになってる。よく確認して」
「雑費の中の『角砂糖』って、これなんですか?」
「ああ、妖精に貢いだやつ。ちゃんと必要経費」
「わかりました、そう処理しておきます」
今までの予算の動きを計算し直し、必要なら隠し、ごまかし、つじつまを合わせ……でもあくどいことはせずに、どうにかきれいにまとめていく。見た目だけなら悪くない。これで少しでも監査部からの小言を減らしたい。ほとんど丸一日集中して書類と向き合っていた。手が疲れるし、肩も首も背中もこわばっている。
「お疲れ、二人とも。今日はそろそろ切り上げよう」
手伝ってくれたレスターとフレッドをねぎらう。お茶でも淹れようかと、席を立った。
そこへ、警邏を終えたマーカス隊長とディアンが戻ってきた。
「あ。隊長、おかえりなさ……なんで野菜を持って帰ってくるんです!?」
「仕方ねぇだろう、もらったんだから」
マーカス隊長は『前が見えないんじゃないか』と思うくらいの大荷物を抱えていた。
***
過去五年間の帳簿の振り返りと整理。叩いても埃が出ない状態に整えていく。その作業に、数人がかりで三日を費やした。
「とりあえず、ここまでかな」
「お疲れさまでした、先輩」
「うん。レスターもありがとう」
「お茶を淹れてきましたよ」
フレッドが香りのいい薬草茶を持ってきてくれた。
「これでどうにかなりますかね?」
レスターに聞かれて、苦笑する。
「わからない。やらないよりはマシだと思うけど」
他に何かできることがあるだろうか。お茶の渋みが疲れた頭には心地よかった。
「ウォーレン!」
執務室のドアが乱暴に開けられる。息を切らして駆け込んできたのは、ディアンだ。
「ディアン? どうした?」
ディアンの他に人影はない。隊長が一緒にいたはずなのに、どうして。
「監査部の連中が、マーカス隊長を連れていった」
「えっ?」
「団長室に呼び出しって。ひとりで来いって。ついて行こうとしたら、断られた」
「そんな……」
「書類、無駄でしたかね?」
「それ今は言わないでよ、レスター」
「すみません、つい」
団長がマーカス隊長を呼び出した。このタイミングだ。ジョセフの件が無関係だとは思えない。もし、責任を追及されたら。マーカス隊長は全部ひとりでかぶろうとするだろう。そんなの、懲戒免職で済めばまだ良いくらいの話じゃないか。
「落ち着け」
ディアンが僕の肩に手を置いた。
「まだ悪いことになると決まったわけじゃないだろ」
「でも、他に何があるって言うんだ」
「あー。確かになぁ……少なくとも表彰ではないよなー」
「様子を見に——」
「待て」
立ち上がりかけた僕をディアンが止めた。
「放っておけって言うのか!?」
「だから落ち着けって言ってるだろ。お前が行って何ができるんだ。下手すりゃ、余計に隊長の立場が悪くなる」
「それは……でも……」
「いいから動くな。今は駄目だ。わかるだろ?」
悔しいけれど、ディアンの言う通り。僕が団長室に押しかければ、マーカス隊長には『部下を制御できない』という評価が下される可能性が高い。
「どうすれば」
「相手は団長だからな。魔法でさぐるとか、盗聴しようなんていうのは最悪な結果にしかならねぇだろうな」
「もう、待つしかないんじゃ……」
フレッドが不安そうに言う。
「僕らはどうなるんでしょうか」
「さあな。でも、今考えてもどうしようもない」
確かにそうだ。できることがないのだから。
ぽっかりと開いた暗い穴に落ちていくようで、心許なく、落ち着かない。
結局、終業時間までに隊長は戻ってこなかった。
「ウォーレン。お前、今夜は俺の部屋に来い」
「何言って」
「ひどい顔してるぞ、自覚あるか。ひとりにならない方がいい」
「わかったよ、ディアン」
「それと、ついでに作りすぎたシチューを減らすの、手伝ってくれ」
昨日の、隊長がもらってきた野菜か。
「仕方ないな。ちゃんと食えるんだろうね、それ」
「味は悪くないぞ。ただ、量が多いだけだ。ああ、フレッド。お前も来るか? でかい鍋にたっぷりあってさ。このままじゃ食べきる前に悪くなっちまう」
「……そういうことなら」




