ハズラムの兄姉③
ミアに頼んだ伝言の二つ目、ハリエットからの返答は『今すぐ行くからそこで待っていろ』というものだった。
そしてその二日後には、ハリエットが実際にエルマーの店に現れた。
「ちょっとウォーレン。あんた何なのよ、あの伝言!」
鮮やかな金髪と緑色の目をしたハリエットは、昔から美人だが気が強く、僕のことを弟というより手下だと思っているんじゃないかと感じるくらいだった。
「何って。伝えた通りなんだけど」
「魔法士団を辞めるかもしれないって? 本気で言ってるの?」
「そうだよ。だから、もし何かあったら、仕事の紹介を……」
僕がヘザーに頼んだのはジョセフの保護。そしてハリエットに頼んだのは、僕自身の今後についてだった。
マーカス隊長が責任を問われる可能性はまだ残っている。もしも隊長が退団するようなことがあれば、僕も魔法士団を辞めようと考えていた。けれど、他の仕事なんてしたことがない僕だ。辞めることになった時には宿舎も追い出されるし、何も備えがないというのは心配だった。
ハリエットは今、冒険者をしている。二十代半ばというのは、冒険者としてはすでにベテラン。その自由な暮らしは、僕には少しだけ羨ましい。
「僕は魔法以外できることもないし、冒険者になるのもいいかなぁ、なんて」
ハリエットが思い切り顔をしかめた。
「あんた本気なの?」
「本気っていうか。まだ辞めるかどうかもわからないんだけど」
「なんでそんなことになってるのよ?」
「ああ、それはね。俺が聞いた話だと——」
エルマーがハリエットに事情を説明する。聞き終えたハリエットは、諦めと呆れが混ざったような表情でため息をついた。
「冒険者だって楽じゃないわよ? あんまり長く続けられる仕事でもないし……」
「わかってるよ」
コツコツと窓をつつく音。ヘザーに伝言を届けたミアが帰ってきていた。
「ウォーレン。ヘザーからの伝言があるよ。ハリエットも聞くかい?」
「聞かせてもらうわ」
エルマーがミアに魔石の欠片を与えると、『さえずり鳥』はヘザーの言葉を可愛らしい声で告げた。
「ウォーレン、大変なことになったのね。でも私にも都合はあるわ。流石に誰でも受け入れるわけにはいかないの。だからね、エルマーの目から見て、その職人さんがどんな人なのか、教えてくれるかしら? ウォーレンを疑うわけじゃないけど、他の誰かの意見も聞きたいのよ」
「まあ、ヘザーの言うことももっともだね」
エルマーが言って、ミアに褒美の魔石を与える。ハリエットが僕を睨むようにして言った。
「そういうことなら、私もその人に会わせてもらうわ」
***
いくら僕のきょうだいでも、ハリエットやエルマーを魔法士団本部に招くわけにはいかなかった。なのでジョセフの方をエルマーの店に連れて行くことになったのだが、彼を連れて歩くには、どうしてもマーカス隊長の協力が必要になる。僕は無理を言って、隊長にもエルマーの店に来てもらった。魔法士団の仕事を終えたあとだ。すでに街は薄暗く、エルマーの店がある路地は街灯もなくて、昼間とは違う場所のようにすら見えた。
「あら、隊長さん。結婚式以来ね」
ハリエットはそう挨拶したけれど、マーカス隊長には誰なのかがすぐにはわからなかったようだ。
「ハリエットです。僕の姉の」
「……ああ、この間とは雰囲気が違うので、驚いて」
マーカス隊長が申し訳なさそうに頭を下げると、ハリエットは気にする様子もなく笑った。
「そうでしょうね。あの時は私、猫かぶっていたもの」
「では、こちらが素なのですか」
「そうよ。改まった口調は要らないわ。私、堅苦しいのはちょっと苦手なの。それで、そちらが例の職人さん?」
ジョセフはというと、気の毒になるくらい緊張し、顔を青くしていた。
「あ……はい。ジョセフといいます」
「ふぅん。張り紙で見たわ、あなたの名前」
「そうですか……」
「真面目そうな人ね。でもちょっと気が弱そう」
ハリエットにそう言われて、ジョセフは居心地悪そうに、困ったような顔をしている。
「あなた、薬草の世話はできる?」
「どうでしょう……したことがないので」
「魔導具職人の仕事に未練は?」
「正直、ありますよ。でも、これ以上続けられないのはわかっています」
「なんで兵器なんて作ったのよ?」
「違います」
ハリエットを見て、ジョセフがはっきりと言った。
「最初から兵器を作ったわけではないんです。私はただ、生活の役に立つ道具を作りたくて」
魔力をほとんど持たない人、魔法を上手く使えない人というのは存在する。ジョセフの発明は、そういう人たちの魔力をほんの少し増幅することで、日常生活で使う魔法を補うものだったという。
「点火とか照明とか、水汲みなんかを楽にしたかったんです」
しかしその魔力増幅装置は、普通に魔法が使える人の魔力も増幅することができた。そして、もし魔法士に扱わせれば、魔法の威力を大幅に強化できると判明したそうだ。
「でも、使い手の負担が大きくて。無理に扱うと反動で魔法が使えなくなる可能性が高いんです」
「なるほどね。確かにそんなもの、国には渡せないわ」
「同じものを作れる人が現れなきゃいいけど」
ぼそりとつぶやいたエルマーを、ハリエットが睨んだ。
「やだ。怖いこと言わないでよ、エルマー」
「それで、お二人の目から見て、ジョセフはどうだろうか?」
マーカス隊長の問いに、エルマーとハリエットは顔を見合わせた。
「私は、この人には保護が必要だと思うわ。それに見張りもね」
「ヘザーの所なら悪くないんじゃないかと、俺は思う」
「ありがとう。兄さん、姉さん」
なんだか僕はホッとして、自分のことでもないのに自然と礼を言っていた。




