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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第一章:追放と辺境での新しい生活

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第七話:凄腕の仕入れ屋と、実績作りのダンジョン探索

 昼下がりのフロンティアの町は、午前中の市場とはまた違った活気に満ちていた。

 お昼ご飯のスープを綺麗に飲み干した私たちは、その足で真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かっていた。


「あれが、昨日コカトリスを一撃で倒したっていう獣とゴーレムか」

「あの若い娘さんが主らしいぞ。とんでもない力を持っているらしい」


 ひそひそとした話し声が耳に届いてくる。

 昨日の今日で、もうそんな噂が広まっているのだ。冒険者の人たちが酒場などで話したのかもしれない。

 王都にいた頃、ユリウスやイザベラに泥遊びだと馬鹿にされていた私の魔法の力が、この町ではこんな風に評価されている。そのことが少しだけ可笑しくて、私は自然と笑顔になった。


「わふっ! わふぅ!」


 私の横を歩いていたハクが急に足をとめ、道の横にある屋台に向かって鼻を力いっぱい伸ばした。

 そこには、太い串に刺されたお肉がこんがりと焼かれて並んでいた。お肉の脂が焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。


「ダメよ、ハク。さっきお家で、具沢山のスープをお腹いっぱい飲んだばかりでしょ。今日はお米とお豆を探すのが一番の目的なんだから、寄り道はしないの」


 私が首を振って注意すると、ハクは「くぅん」と悲しそうな声を出し、垂れた耳をさらに下げた。

 それでも、私に怒られるのは嫌なのか、しぶしぶといった様子で私の足元に戻ってきた。


「本当に食いしん坊なんだから。用事が終わったら、夜ご飯にまた美味しいものをいっぱい作ってあげるから我慢してね」


 私がハクの頭をよしよしとさすってやると、ハクはすぐに機嫌を直し、大きな尻尾をバッサバッサと振って歩き出した。

 コテツは私の後ろで、大きな足音を立てないように気をつけながら、一定の距離を保って静かについてきている。


 しばらく大通りを進むと、剣と盾が交差した大きな印が掲げられた、立派な木造の建物が見えてきた。

 冒険者ギルドだ。

 建物の前には、厚い革の服を着た人や、大きな武器を背負った人たちがたくさん集まっている。これから午後の討伐や採集へ向かう前の準備をしているようだ。


 私たちが近づいていくと、建物の前にいた人たちが一斉にこちらを見た。

 そして、コテツの大きな体とハクの姿を認めるなり、さっと左右に分かれて入り口までの道を作ってくれた。


「こんにちは」


 私が軽く頭を下げて挨拶をすると、何人かの冒険者がぎこちなく頭を下げ返してくれた。

 ギルドの中に入ると、外よりもさらに多くの人がいた。大きな木のテーブルがいくつも並んでおり、そこで遅めの食事をとっている人や、壁に貼られた紙を見上げている人たちがいる。

 私たちが中に入った瞬間、ギルド内の騒がしい声がぴたりと止んだ。

 全員の視線が、私とコテツ、そしてハクに集まっている。


 私はその視線を気にしないようにして、真っ直ぐに受付のカウンターへ向かった。

 カウンターの奥には、何人かの職員が忙しそうに書類を整理している。


「あの、すみません。ギルドマスターのガンツさんにお会いしたいのですが」


 私が声をかけると、受付にいた若い女性が少し驚いた顔をした。


「ガンツさんですね。少々お待ちください、今お呼びします」


 女性は慌ててカウンターの奥にある扉の方へ小走りで向かっていった。

 待っている間、私はギルドの中を見渡した。壁に貼られている紙には、色々な魔物の絵や、必要な素材の名前が書かれている。これが冒険者の受ける依頼というものらしい。


「わふっ」


 ハクが退屈そうにあくびをした。

 コテツは私の後ろで、まるで石像のようにピタリと静かに立っている。


 しばらくすると、奥の扉がバンと大きな音を立てて開き、大柄な男性が現れた。

 筋骨隆々とした体格に、古い傷跡の残る顔。ギルドマスターのガンツさんだ。


「おお、嬢ちゃんか。昨日は建物の掃除と修理をすると言っていたが、うまくいったか」


 ガンツさんは豪快に笑いながら近づいてきた。


「はい、おかげさまで。とても使いやすい厨房が完成しました。今日はお礼も兼ねて、ガンツさんに少しご相談があって伺いました」


 私が丁寧に答えると、ガンツさんは少し不思議そうな顔をした。


「相談? なんだ、建物のどこか直せない場所でもあったか。それとも、食堂の客を集める手伝いでもしてほしいのか」

「いいえ、そういうことではありません。実は、探してほしい食材があるんです。ここでは少し話しにくいので、奥の部屋でお話しできませんか」


 私がそう言うと、ガンツさんは周囲の冒険者たちの視線に気づいたのか、大きく頷いた。


「わかった。こっちへ来い」


 ガンツさんの案内に従って、私たちはカウンターの奥にある扉を抜けた。

 通されたのは、大きな木の机と頑丈そうな椅子が置かれた、少し広めの部屋だった。机の上には書類が山のように積まれている。

 ガンツさんは自分の椅子にどっしりと座り、私にも向かいの椅子を勧めてくれた。

 ハクは私の足元に丸くなり、コテツは部屋の隅で静かに待機した。


「それで、相談というのはなんだ。探してほしい食材があると言っていたな。あんたの連れているそのハクがいれば、森の中の食材なんてすぐに見つけられそうだが」


 ガンツさんが腕を組んで尋ねてきた。


「はい。森の中にあるものなら、ハクやコテツちゃんと一緒に探せると思います。でも、私が探しているのは、この辺りには生えていないかもしれないものなんです」


 私は鞄から小さな紙を取り出し、ガンツさんの前に広げた。

 そこには、午前中に市場のおばさんに説明したのと同じように、白い穀物と大きな茶色い豆の特徴を書いてある。


「これです。真っ白で、お水で煮るとふっくらとして甘くなる穀物。それから、発酵させるととても深い味になる大きな茶色いお豆。これを探しているんです」


 ガンツさんは紙をじっと見つめ、太い指で顎をさすった。


「白い穀物に、大きな茶色い豆か。俺も色々な場所を旅してきたが、そんなものは見たことがないな。普通の商人や冒険者では、心当たりを探すだけでも何ヶ月もかかるだろう」


 ガンツさんの反応は、市場のおばさんと同じだった。

 やはり、一般的な知識ではたどり着けないものらしい。


「そこで、ガンツさんにお願いがあるんです。市場で聞いたのですが、冒険者ギルドには仕入れ屋という専門家がいるそうですね。その方を紹介していただけないでしょうか」


 私がまっすぐにガンツさんの目を見て言うと、ガンツさんは少し困ったような顔をした。


「市場のおばちゃんから聞いたのか。確かに、俺の右腕として動いてくれているキース・オズボーンという仕入れ屋がいる。あいつは、どんなに困難な品物でも必ず探し出してくる凄腕だ」


 ガンツさんは深く息を吐き出した。


「だがな、嬢ちゃん。あいつを紹介するのは、そう簡単なことじゃないんだ」


 ガンツさんの言葉に、私は少しだけ身構えた。

 気難しい人だとは聞いていたけれど、それほど大変な相手なのだろうか。


「お金なら、ある程度は用意できます。王都から持ってきた資金と、昨日いただいたコカトリスの買取金があります。それだけでは駄目ということですか」

「まあ、もちろん前提条件の金は必要だ。あいつが動くとなれば、情報収集から実際の探索まで、莫大な費用がかかるからな。だが、それだけじゃ駄目だ。あいつを動かすためには、単なる金だけじゃなく、ギルドでの確かな信頼が必要なんだよ」

「ギルドでの確かな信頼、ですか」


 私が尋ね返すると、ガンツさんは大きく頷いた。


「そうだ。キースは生粋の職人肌で、ものすごく皮肉屋な性格をしている。金だけ積まれても、自分が面白いと思わない依頼や、依頼人の覚悟が足りないと感じた仕事は絶対に引き受けない。ぽっと出の素人や、金持ちの道楽みたいな依頼を一番嫌うんだ」


 ガンツさんは机の上で両手を組んだ。


「だから、依頼人がどれだけ本気でその品物を探しているのか、その覚悟を態度で示さなきゃならない。一番わかりやすいのは、あんた自身がこの冒険者ギルドで困難な依頼を達成して、誰からも文句を言われないだけの実績と信頼を勝ち取ることだろうな」


 ガンツさんの説明はとてもわかりやすかった。

 ただお金を払ってお願いするだけでは、真剣さが伝わらない。自分の足で働き、ギルドに貢献することで、初めて仕入れ屋という専門家を動かす資格が得られるのだ。

 私は、自分がこれから作る食堂のことを考えた。

 昨日のお肉の唐揚げ風。今日の朝に食べた石窯焼きのお肉。そしてお昼に飲んだ具沢山の塩味スープ。

 どれも美味しいけれど、私の求めている『和食』にはほど遠い。

 ふっくらと炊き上がった真っ白なご飯。お豆を発酵させて作る、豊かな香りのあるお醤油とお味噌。

 それがないまま食堂を開いても、私は絶対に満足できない。


「なるほど、よくわかりました」


 私は姿勢を正し、ガンツさんに向かってはっきりと宣言した。


「それなら、私が冒険者になります。莫大な依頼料を自力で稼いで、困難な依頼をたくさんこなして、そのキースさんに認めてもらえるだけの確固たる信頼を作ります」


 私の言葉を聞いて、ガンツさんは目を丸くした。


「本気か。あんた、食堂を開くためにこの町に来たんだろう。冒険者になるなんて、危険なことだぞ。魔物との戦いには怪我がつきものだ」


 ガンツさんは本気で私のことを心配してくれているようだ。

 でも、私の心はすでに固まっていた。


「大丈夫です。私にはハクもコテツちゃんもいますから。それに、何よりお米とお豆が絶対に必要なんです。妥協した料理を出してお店を開くくらいなら、どれだけ困難な依頼でもやってみせます」


 私が強い言葉で言い切ると、ガンツさんはしばらく私の顔をじっと見つめていた。

 やがて、彼は大きな声で豪快に笑い出した。


「あっはっは。見事な覚悟だ。あの巨大なコカトリスを一撃で倒す従魔と、これだけ精密に動くゴーレムを連れているんだから、普通の冒険者よりもずっと安全かもしれないな。よし、わかった。あんたがそこまで言うなら、ギルドマスターとして歓迎するぞ」


 ガンツさんは満足そうに頷いた。


「詳しい手続きは外の受付でやってくれ。登録したいと伝えれば、すぐに書類を用意してくれるはずだ。今日からあんたも冒険者として、討伐依頼でも採集依頼でも、好きなものを受けていい」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」


 ガンツさんが大きな手を差し出してきたので、私はその手をしっかりと握り返した。

 ごつごつとしていて、温かい手だった。


「ところで、ガンツさん。困難な依頼を次々とこなすのが条件と言われましたが、具体的にはどんな依頼を受ければいいのでしょうか。できるだけ早く、確実な信頼を集めたいんです」


 私が尋ねると、ガンツさんは少し真面目な顔に戻った。


「そうだな。手っ取り早く実力を証明して莫大な金と信頼を稼ぐなら、普通の薬草集めなんかじゃ話にならない。高ランクの魔物討伐か、長年誰も完全攻略できていない難関ダンジョンの踏破がいいだろう」

「難関ダンジョンですか」

「ああ。この町から少し離れた森の奥、あんたたちがコカトリスと出会った街道から分かれた先に、深き森のダンジョンと呼ばれている場所がある。中には強力な魔物がたくさんいて、珍しい素材や高価な鉱石が眠っていると言われているんだが、奥にいる凶悪な主のせいで、まだ誰も最後までたどり着いていないんだ」


 ダンジョン。

 知識としては知っている。もちろん、実際に足を踏み入れるのは初めてだ。

 でも、ハクの優れた嗅覚と、コテツの圧倒的なパワーがあれば、どんな場所でも進んでいける気がする。

 誰も攻略していない場所なら、そこを歩き通すだけで誰からも文句を言われない実績になるはずだ。


「わかりました。それなら、その深き森のダンジョンの踏破依頼を受けます。最奥まで行って珍しい素材を持ち帰れば、ギルドの皆さんもキースさんも納得してくれますよね」

「ああ、間違いなく一目置かれるだろう。だが、本当に気をつけて行けよ。いくら頼もしい相棒がいるからって、無理だと思ったらすぐに引き返すんだぞ」


 ガンツさんの念押しに、私は笑顔で頷いた。


「ありがとうございます、ガンツさん。さっそく受付で、登録と依頼の手続きをしてきますね」

「ああ、そうしてくれ」


 ガンツさんに深くお辞儀をして立ち上がった私は、足元で待っていたハクと部屋の隅に控えていたコテツを連れて、ギルドマスターの部屋の扉を開けた。

 外に出ると、ギルドの広間は相変わらずたくさんの冒険者たちで賑わっている。私は彼らの間を通り抜け、真っ直ぐに受付のカウンターへ向かった。

 先ほどの若い女性職員に事情を話し、渡された冒険者登録の書類に自分の名前を丁寧に書き込む。


「はい、これで登録は完了です。今日から冒険者です。おめでとうございます」


 女性職員がにっこりと笑って書類を受け取ってくれた。

 これで、私も冒険者ギルドの一員となったわけだ。


「あの、さっそく依頼を受けたいのですが」

「もちろんです。どのような依頼をお探しですか。最初は町の近くで薬草の採取などが安全ですよ」

「いえ、『深き森のダンジョン』の踏破依頼をお願いします」


 私がはっきりとそう伝えると、女性職員の笑顔がピタリと固まった。


「……えっ? 今、なんと」

「深き森のダンジョンです。一番奥まで行って、珍しい素材を持ち帰る依頼を受けたいんです」


 女性職員は持っていたペンをポロリと机に落とした。

 そのやり取りが聞こえていたのか、近くのテーブルで食事をしていた冒険者たちの話し声も、波が引くように静まり返った。


「お、お嬢ちゃん、ちょっと待ちなよ」


 背後から、革の鎧を着た手慣れた感じの冒険者が慌てた様子で声をかけてきた。


「深き森のダンジョンって言ったか? あそこは俺たちみたいなベテランが何人集まっても、途中で逃げ帰ってくるような場所だぞ。いくらその大きいゴーレムや従魔を連れていても、素人が行っていい場所じゃない」

「そうよ。悪いことは言わないから、やめておきなさい。死にに行くようなものよ」


 別の女性の冒険者も、本気で心配そうな顔をして立ち上がった。

 ギルド中の人たちが、私を引き止めようと口々に声を上げ始める。


「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です。私にはこのコテツちゃんとハクがいますから」


 私が足元でお座りをしているハクと、後ろに立つコテツを振り返って言うと、冒険者たちは大きくため息をついた。


「あのねえ、そういう問題じゃ……」

「受付のお姉さん、手続きをお願いできますか。ガンツさんから、この依頼を受けるように許可をもらっているんです」


 私がそう付け加えると、女性職員と周囲の冒険者たちはさらに驚いた顔をした。


「ギ、ギルドマスターの許可があるんですか? あの方が、本当に?」

「はい。あそこの部屋で直接お話しして、決めました」


 私が真っ直ぐに答えると、女性職員は何度かまばたきをした後、戸惑いながらも引き出しから古びた一枚の紙を取り出した。

 周囲の冒険者たちも、ギルドマスターの名前が出たことで、それ以上は強く引き止められなくなったようだ。ひそひそと周囲で話し合っているが、直接声をかけてくる人はいなくなった。


「……わかりました。マスターの許可があるなら、私から止めることはできません。こちらが依頼書になります」


 女性職員はまだ心配そうな顔をしていたが、急いで依頼の受注手続きを済ませてくれた。


 目標は明確になった。

 お米とお豆を手に入れるために、私はダンジョンに挑む。

 ギルドでの実績と莫大な資金を集め、気難しい仕入れ屋を動かしてみせる。


「さあ、二人とも。これから忙しくなるわよ。今日はお家に帰って、明日のための準備をして、夜にはとびっきり美味しいご飯を食べましょう」


 私の声に、ハクは「わんっ!」と嬉しそうに吠え、コテツは静かに頷いた。

 周囲の呆れたような視線を背中で受けながら、私は深き森のダンジョンを攻略するため、冒険者ギルドの建物を後にした。


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