第六話:市場での情報収集と、新たな目標
「わふっ! わふぅ!」
元気な鳴き声と、足元でモゾモゾと動く重みで、私は眠りから呼び覚まされた。
ゆっくりと目を開けると、窓から差し込む太陽の明るい光が、顔をポカポカと温めている。
視線を下ろすと、真っ白でふかふかな毛玉が私のベッドの上に丸くなっていた。
ハクだ。
彼は大きな尻尾をバッサバッサとシーツに叩きつけるように振りながら、私の顔を見上げてピョンピョンと跳ねている。目は長い毛に隠れて見えないが、鼻をヒクヒクとさせている様子から、彼が何を求めているかはすぐにわかった。
「おはよう、ハク。もうお腹が空いちゃったのね」
私が上体を起こし、頭をよしよしとさすってやると、ハクは「わんっ!」と短く吠えて、すぐに部屋を飛び出し、厨房の大きな作業台の前へ走っていった。そして、そこでお行儀よくお座りをして、私の方をじっと向いている。
早くご飯を作って、と急かしているのだ。
私は両手を上に伸ばして大きく背伸びをし、ベッドから降りた。
ここは、昨日私が買い取ったばかりの古い建物の中に作った、私専用の部屋だ。
王都のエヴァンス伯爵邸で与えられていた、豪華だけれど温かみのない、台所から一番遠かった部屋とはまったく違う。ここは、私が私のために土属性魔法で新しく作り上げた、とても自由で快適な場所なのだ。
寝台と荷物を置くための小さな棚を作っただけの簡素な部屋だけれど、これほど素晴らしい場所はない。なにしろ、部屋の扉を開けるだけで、目の前には私だけの厨房が広がっているのだから。
起きてすぐに料理や作業に取り掛かることができる、最高の配置だ。
「ふふっ、本当に食いしん坊なんだから」
私は笑いながら部屋を出て、厨房スペースへと足を踏み入れた。
土間の隅の方を見ると、コテツが静かに立って待機していた。私と目が合うと、大きな右手をゆっくりと持ち上げて挨拶をしてくれる。
「おはよう、コテツちゃん。昨日はいっぱい働いてくれてありがとう。今日もよろしくね」
私が声をかけると、コテツは大きく一つ頷き、すぐに厨房へ近づいてきた。
彼には言葉がないけれど、私には彼が任せておいてと言ってくれているのがわかる。
「朝ごはんの前に、まずは日課のお仕事から始めましょうか」
私はコテツを連れて、厨房の奥にある勝手口のそばへ向かった。昨日、土魔法で新設したばかりの洗濯場とお風呂場だ。
まずは、昨日着ていた服や、掃除で使った布のお洗濯からだ。
斜めに傾斜をつけて、波打つような溝を細かく彫り込んだ石の洗濯台の前に立つ。昨日市場で買っておいた石鹸を水で濡らし、汚れた服にこすりつけた。
そして、波打つ溝の表面に服を押し当てて、上下にゴシゴシと力強く洗っていく。溝の摩擦のおかげで、ただ手でもみ洗いするよりもずっと簡単に、土ぼこりや油の匂いが落ちていくのがわかる。
コテツは私が魔法で作った大きな手桶を持ち、裏の井戸から綺麗な水を運んで、隣の水受けにたっぷりと張ってくれた。
「コテツちゃん、すすぎのお手伝いをお願いできる?」
私が声をかけると、コテツは水受けの中で服を器用にバシャバシャとすすぎ、大きな両手で挟んでギュッと固く絞ってくれた。
ゴーレムの力で絞られた服は、あっという間に水気が抜け、すぐに乾きそうな状態になっている。私一人でやるよりも何倍も早くて助かる。見事な腕前だ。
洗い終わった服を裏庭に干し終えると、次は夜のお風呂の準備に取り掛かる。
「コテツちゃん、そのまま浴槽にお水をいっぱいにしておいてくれるかしら」
コテツは静かに頷き、井戸と浴槽の間を何度も往復して、大人が足を伸ばして入れるほどの大きな石造りの浴槽を、澄んだ冷たい水で満たしてくれた。
その間に、私は浴槽の隣にある小型のかまどに薪をきれいに並べてセットしておく。
「ありがとう。これで夜は火をつけるだけで、いつでも温かいお風呂に入れるわ」
朝のルーティンを終え、水受けの鉢で綺麗に手を洗った私は、改めて厨房の作業台の前に立った。
お腹を空かせたハクが、待ちきれない様子で足元をウロウロしている。
「さあ、朝ごはんの準備をしましょうか」
昨日、冒険者ギルドのガンツから譲り受けたコカトリスの肉は、まだたくさん残っている。昨日の夜はたっぷりの油で揚げて唐揚げ風にしたから、今朝は少し違った食べ方にしたい。
「コテツちゃん、大きなかまどの火をお願いできる?」
私の指示を聞くと、コテツはかまどの下に薪を手際よく並べ、火打石でカチカチと火を起こす。
パチパチという軽快な木が爆ぜる音とともに、ちょうどいい大きさの炎が立ち上がった。コテツの火の管理は見事だ。私が何も言わなくても、料理がしやすいように炎の大きさを一定に保ってくれる。かまどの中を空気がうまく流れるように、薪の位置を細かく調整しているのだ。
「今日はお肉を香草と一緒に、石窯で焼いてみようかな」
私は作業台の上にコカトリスの肉の塊を置いた。
包丁を握り、お肉にスッと刃を入れる。
大柄な冒険者の人たちはコカトリスのお肉を硬いと言っていたけれど、筋の入り方をよく見て切り分ければ、とても柔らかくて扱いやすい。
トントン、トントンと小気味良い音を立てて、大人の手のひらほどの大きさに分厚く切っていく。
「わふぅ……」
足元で、ハクが小さな声を出した。作業台の上を見上げようと、必死に後ろ足で立って背伸びをしている。
「もうちょっと待っててね。これから石窯に入れて、じっくり中まで火を通すから」
私は切り分けた分厚いお肉に、昨日と同じようにたっぷりの塩を振った。
そして、町へ来る途中の森で見つけた、スーッとする爽やかな匂いのする葉っぱを細かくちぎって、お肉の表面にギュッギュッとすり込んでいく。
コカトリスのお肉には嫌な臭みはないけれど、こうして香りの良い葉っぱを使うことで、焼いた時により一層食欲をそそる匂いになるのだ。
「コテツちゃん、石窯の温度はどうかな」
私が尋ねると、コテツはかまどの横に併設したドーム型の石窯の入り口に大きな手をかざし、コクリと頷いた。かまどの熱をうまく石窯の方へ流して、十分に中を温めてくれていたのだ。
「よし、それじゃあ焼いていくわよ」
私はお肉を木の板に乗せ、熱くなっている石窯の中へそっと押し込んだ。
入れた瞬間に、ジューッという美味しそうな音が厨房に響いた。
そのまましばらく待つ。
石窯の中から、お肉の脂が焼ける匂いと、香草の爽やかな匂いが合わさって漂ってきた。油で揚げた時とはまた違う、お肉そのものの純粋な旨味が引き出されるような匂いだ。
開け放たれた窓から吹き込む朝の涼しい風に乗って、匂いは建物の外へまで広がっていく。
「わんっ! わんっ!」
匂いが強くなるにつれて、ハクの興奮も抑えきれなくなってきた。
私の周りを猛スピードでぐるぐると走り回り、時折ピタッと止まっては、石窯の方へ向かって鼻を力いっぱい伸ばしている。口の端からは、よだれがポタポタと落ちている。
「そろそろいいわね」
私は厚手の布を使って、石窯の中からお肉を取り出した。
表面は綺麗な茶色に焼き上がり、お肉の脂がツヤツヤと光って小さな泡を立てている。香草の緑色がところどころに張り付いていて、見た目にもとても美味しそうだ。
「はい、ハク。朝ごはんよ。とっても熱いから、少し冷ましてから食べてね」
私はお肉を一口大に切り分け、ハク専用の大きなお皿に山盛りにした。
ハクはお皿の前に飛びつくと、熱いのもお構いなしに、大きな口を開けてガツガツと食べ始めた。
はむはむ。
ものすごい勢いだ。熱いお肉を口の中でハフハフと転がしながら、あっという間に飲み込んでいく。
「ふふっ、本当に美味しそうに食べるわね。コテツちゃんも、火の番をありがとう」
私も自分のお皿にお肉を取り分け、一口食べてみた。
カリッとした表面の食感に続いて、中から熱い肉汁があふれ出してくる。お肉はとても柔らかく、塩のしょっぱさと香草の風味がしっかりときいている。
昨日食べた唐揚げも美味しかったけれど、こうしてシンプルに焼いたお肉も、コカトリスのお肉自体の味がよくわかって美味しい。
しかし。
三切れほど食べたところで、私はどうしても物足りなさを感じてしまう。
美味しい。たしかに美味しいのだ。
火の通り具合もちょうどいいし、塩加減もばっちりだ。
けれど、昨日の夜の唐揚げ風の料理を食べた時に感じたあの物足りなさを、どうしてもここで感じてしまう。
「……これだけじゃ、私の求めているものには遠いのよね」
私は小さくつぶやき、お皿の上に残ったお肉を見つめた。
塩味のお肉は、最初の何口かは美味しく感じるけれど、どうしても味が平坦だ。どれだけ香草を足して工夫をしても、それは香りが変わるだけで、味の根本にある深みが足りない。
前世の記憶にある、あの黒くてとろりとした調味料。
お醤油。
あれをお肉に少し垂らして焼けば、焦げたお醤油のなんとも言えない香ばしさが立ち上り、お肉の味を何倍にも引き上げてくれるはずなのだ。塩のしょっぱさとは違う、丸みのあるしょっぱさと、豊かな香り。それがない状態での肉料理は、私にとって未完成のまま出された料理なのだ。
そして何より、このお肉を受け止めるための主食がない。
パンのパサパサした食感は、お肉の脂を吸い取ってはくれるけれど、口の中でご飯のように甘く変化することはない。
ほかほかの白いご飯。
お箸で掴んだお肉をご飯の上にトントンと乗せて、お肉とご飯を一緒に口へ放り込む。あの喜びが、今の私の食卓には欠けている。
「くぅん?」
お皿を綺麗に舐め終わったハクが、私が食べるのを止めていることに気づいて、不思議そうに顔を近づけてきた。
「ハクはこれで大満足みたいね。でも、私はもっともっと美味しいご飯が食べたいのよ。お米とお醤油の材料になるお豆は絶対に見つけ出さなくちゃ」
私がハクのふかふかした頭をよしよしとさすりながら言うと、ハクは「わふっ」と短く返事をして、私の足元にごろんと転がった。お腹がいっぱいになって、もう眠くなってきたらしい。
「昨日の夜にお風呂で考えた通りよ。勢いだけでお店を開いても、私自身が満足できない料理を出すことになっちゃう。それは絶対に嫌だわ。私が出したいのは、前世で食べていたような、心から美味しいと思える和風のご飯なのよ」
私が拳を握りしめると、コテツがコクリと大きく頷いてくれた。
ハクも「わふっ」と力強く鳴いて、私の足元で飛び跳ねた。
「ありがとう、二人とも。今日は、本格的に食材探しに出発するわよ。まずはこの町の人たちに聞いて回るの」
私は残りの朝ごはんを口へ運び、気持ちを新たにした。
今日から、和食探求の旅が本格的に動き出すのだ。
◇
辺境の町フロンティアの市場は、朝からたくさんの人で賑わっていた。
よく踏み固められた土の道の両側には、木で作られた屋台がずらりと並び、野菜や果物、木の実、そして魔物の素材などが山のように積まれている。
活気のある呼び込みの声があちこちから聞こえ、歩いているだけでもワクワクしてくるような場所だ。
「わんっ! わふぅ!」
私の横を歩くハクは、市場のあちこちから漂ってくる食べ物の匂いに大興奮だった。
尻尾をぶんぶんと振り回し、あっちの屋台の匂いを嗅いでは、こっちの屋台に顔を向けている。私がしっかりと名前を呼んで止めないと、勝手に売り物のお肉にかぶりついてしまいそうな勢いだ。
「ハク、ダメよ。買い食いはあと。今日はお米とお豆を探すのが先なんだから」
私がたしなめると、ハクは「くぅん」と少し残念そうな声を出し、私の足元にピタリと寄り添って歩き始めた。本当に賢い子だ。
私の反対側には、コテツが大きな足音を立てずに静かについてきている。彼のその無骨な岩の体が珍しいのか、すれ違う人たちがみんな驚いた顔をして道を開けてくれるので、人混みの中でもとても歩きやすかった。
私は、たくさんの野菜が並んでいる屋台の前に立ち止まった。
頭に手ぬぐいを巻いた、優しそうなおばさんが店主のようだ。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。新鮮な野菜がたくさんあるよ。その立派なゴーレムに荷物を持たせるなら、大根なんてどうだい」
「こんにちは。お野菜、どれも美味しそうですね。でも今日は、少し珍しいものを探しているんです」
私が丁寧に話しかけると、おばさんは興味深そうに前へ乗り出してきた。
「珍しいもの? なんだい、香草かい」
「いえ、白い色をした、小さな粒のような穀物です。お水で煮ると、ふっくらとして甘くなるような……それから、大きな茶色いお豆。これを潰して発酵させたいんです」
私が身振り手振りを交えて説明すると、おばさんは腕を組んでうなり声を上げた。
「白い穀物ねぇ……麦ならいくらでもあるけど、真っ白でふっくらするなんて聞いたことがないね。お豆の方も、普通のスープに入れるような小さな豆ならあるけど、発酵させるほど大きな豆は見たことがないよ」
「そうですか……」
私は少しがっかりして肩を落とした。
やはり、お米や大豆はこの世界の一般的な市場には出回っていないようだ。
「でもね、お嬢ちゃん」
おばさんは周りを少し見回してから、声を潜めて教えてくれた。
「どうしても欲しい、まだ誰も知らないような貴重品があるなら、ここら辺の普通の商人に聞いても無駄だよ。そういう時は、冒険者ギルドに出入りしている仕入れ屋に頼むしかないね」
「仕入れ屋、ですか」
「そうさ。ギルドマスターの右腕として動いている凄腕の専門家がいるんだよ。莫大なお金さえ積めば、どんな困難な場所からでも、どんな珍しい品物でも必ず探し出して持ってくるって噂だ。ただ、かなり気難しい職人肌の男らしくて、誰の依頼でも引き受けるわけじゃないらしいけどね」
その言葉を聞いて、私の頭の中に明るい光が差し込んだような気がした。
どんなものでも必ず探し出してくる専門家。
それなら、お米やお豆だって見つけ出してくれるかもしれない。私一人で広い世界をあてもなく歩き回るよりも、ずっと確実で早い方法だ。
「ありがとうございます、おばさん。とっても助かりました。お礼に、その丸いお野菜をたくさん買わせてください」
私は屋台に並んでいた、ジャガイモによく似た野菜と、キャベツのような葉物野菜をたくさん買った。
おばさんは嬉しそうにおまけをしてくれた。コテツが大きな両手で、その野菜が入った麻袋を軽々と抱え上げてくれる。
莫大なお金が必要だと言っていたけれど、私には王都を出る時に持ってきた資金がある。それに、冒険者ギルドでコカトリスの素材を買い取ってもらったお金もある。
もし足りないなら、働いて稼げばいいのだ。
「よし。ハク、コテツちゃん。今からお家に帰ってお昼ご飯にしましょう」
私が声をかけると、ハクは「わんっ!」と元気よく吠え、コテツは大きく頷いて帰り道へと歩き出した。
◇
お昼過ぎ。
私は厨房の作業台の前に立ち、腕を組んで悩んでいた。
足元では、ハクがまたしてもお昼ご飯の時間だというように、尻尾で床をバタバタと叩いて催促している。
「ハク、ちょっと待ってね。今、お昼ご飯のメニューを考えているから」
私は手元にある食材を確認した。
まだまだたくさんあるコカトリスのお肉。それから、さっき市場で買ってきた、いくつかの野菜だ。
丸くて少し土の匂いがする、ジャガイモに似た野菜。甘みのあるオレンジ色の、ニンジンに似た根菜。それから、葉っぱがたくさん重なったキャベツのような野菜。
今、ここにある調味料は、お塩だけだ。
昨日の夜は油で揚げて、今朝は石窯で焼いた。どちらも美味しかったけれど、塩だけではどうしても味が平坦になってしまう。
「お塩だけの味付けにもう少し変化をつけるなら、野菜の甘みを足すしかないわね」
私は新しい料理を試作することにした。
メニューは、野菜とお肉をたっぷり入れた具沢山のスープだ。
水に食材の味を溶け出させて、それを全体で味わう。これなら、塩だけでも奥深い味になるかもしれない。
まずは野菜を綺麗な水で洗い、大きめのサイズにザクザクと切り分ける。コカトリスのお肉も、スープの中で味がよく出るように、骨がついたままの部位を使うことにした。
「コテツちゃん、お鍋の準備をしてくれるかしら」
私の言葉に合わせて、コテツが私が魔法で作った土鍋をかまどに乗せ、火加減を調整する。
私は土鍋に水を張り、切った野菜とお肉をすべて放り込んだ。そして、お塩を少し多めに入れ、香りづけの香草も加える。
あとは、野菜とお肉から良いダシが出るまで、じっくりと煮込むだけだ。
グツグツ、コトコト。
かまどから、穏やかな煮込み音が聞こえてくる。
鍋からは温かな湯気が立ち上り、厨房の中に野菜の優しい匂いとお肉の力強い匂いが広がっていった。
ハクはもう、かまどの上の鍋から目が離せない様子だ。前足を少しだけ浮かせて、いつでも食べられる姿勢をとっている。
「いい匂いね。お肉のダシがしっかり野菜に染み込んでいるのがわかるわ」
私は木のお玉でスープをすくい、ふーふーと息を吹きかけてから、少しだけ味見をした。
口の中に入れた瞬間、野菜の自然な甘みがお肉の旨味と一緒に広がった。ジャガイモに似た野菜はホクホクに崩れかけ、スープに優しいとろみをつけている。
塩だけのシンプルな味付けとは思えないほど、とても美味しいスープになっていた。
「よし、完成よ。ハク、お待たせ」
私は大きめの容器にスープをたっぷりとよそい、少し冷ましてからハクの前に置いた。
ハクは熱さも気にせず、すごい勢いでスープを飲み、お肉と野菜に噛み付いた。
くちゃくちゃ、ごくごく。
彼が夢中になって食べている音を聞いているだけで、作ってよかったと心から思える。
私も自分の容器にスープをよそい、作業台の前に立ったまま口へ運んだ。
本当に温かくて、お腹の底からポカポカしてくるような美味しいスープだ。
これを看板料理にして食堂を開けば、きっと町の冒険者たちや住民たちも喜んで食べてくれるだろう。お肉も柔らかいし、野菜もたっぷり入っているから栄養も満点だ。
しかし。
私は容器を両手で持ちながら、またしても深いため息をついた。
このスープは、たしかに美味しい。塩とお肉と野菜の組み合わせとしては、大成功だと言える。
それでも、私の頭の中に浮かんでいるのは、このスープの味ではなかった。
『私がいま本当に飲みたいのは、お味噌汁なのよ』
具沢山のスープは美味しいけれど、これはどこまでいってもスープなのだ。
私が求めているのは、お豆を発酵させて作る、お味噌のあの独特の香りと深いコクだ。
お豆腐やワカメ、ネギが入った、一口飲むだけでホッと心が落ち着いて、体の力が抜けるような、あのお味噌汁。
お肉の強いダシと塩の味では、どうしてもお味噌汁の代わりにはならない。
それに、このスープと一緒に食べるものだ。
スープの味をしっかりと受け止めて、口の中でまろやかにしてくれる、ほかほかの白いお米だ。
お箸を使ってご飯を食べながら、合間にお味噌汁をすする。
和食。
その光景が、どうしても頭から離れない。
「うん。やっぱり妥協しなくてよかった。何度考えても、私にはお米とお醤油、そしてお味噌が必要不可欠だわ」
私は容器を置き、大きく息を吐き出した。
今日、市場のおばさんから聞いた仕入れ屋という情報。
あの人に頼めば、きっと何か手がかりがあるはずだ。
私は、綺麗にスープを飲み干して満足そうにお腹を見せて転がっているハクと、かまどの火を細やかに落としてくれているコテツに向き直った。
「二人とも、聞いて」
私が少し真剣な声で呼びかけると、ハクはむくりと起き上がり、コテツも手を止めて私の方を見た。
「市場で少しだけわかったわ。私の探しているお米やお豆は、普通の商人じゃ手に入れられないみたいなの。でも、そういうものを専門に探してくれる仕入れ屋っていう人がいるらしいのよ」
ハクが不思議そうに首を傾げる。
「今日の午後、この足でもう一度冒険者ギルドへ行くわ。ガンツさんに相談して、その仕入れ屋っていう人を紹介してもらうの。私たちのお店を開くために、絶対に手に入れてみせるわよ」
私が力強く宣言すると、ハクは美味しいものがさらに増えると理解したのか、「わんっ! わぉん!」と元気いっぱいに吠えて尻尾を振った。
コテツも、私の言葉に賛同するように、大きく、力強く頷いてくれた。
道具は揃った。立派な厨房も、綺麗になったお店の外観もある。
市場で情報も少し集まった。
あとは、主役となる食材を見つけ出すだけだ。
「善は急げね。さっそく準備をして、ギルドへ出発よ」
私の和食探求の旅は、いよいよ本格的に動き出そうとしていた。




