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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第一章:追放と辺境での新しい生活

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第五話:美味しいお肉と、どうしても足りない「あの味」

 夕暮れの風が、開け放たれた窓から新しい厨房へと吹き込んでくる。

 私が先ほど土属性魔法で作り上げたばかりの空間は、まだ少し土の匂いが残っていたけれど、私にとっては世界で一番居心地の良い場所に思えた。


 ガシャン、ガシャン。


 重い足音とともに、外へ行っていたコテツが戻ってきた。その太い両腕には、馬車の荷台に乗せていた巨大なコカトリスのお肉がしっかりと抱えられている。

 コテツがその大きなお肉を、魔法で作り上げたばかりの頑丈な作業台の上にドンと置いたのを見届け、私は大きく息を吐き出した。


「さあ、いよいよ新しい厨房の使い初めね。しっかりと美味しいものを作りましょう」


 私が気合を入れて言うと、足元で待機していたハクが、大きな尻尾をバッサバッサと振って応えた。

 ハクの視線の先には、今コテツが運んできたばかりのコカトリスのお肉がある。

 冒険者ギルドの人は誰も食べないと言っていたけれど、私からすれば、大きくて立派な鳥肉だ。これを美味しく料理しない手はない。


「コテツちゃん、お肉を切り分ける前に、ちょっとお願いがあるの」


 私が声をかけると、コテツは静かに首を傾げた。


「お風呂場にある小さなかまどに、火をつけてきてくれないかしら。さっき薪はセットしておいたから、火魔法の道具で着火するだけで大丈夫よ。ご飯を作って食べている間に、ちょうどいい温度のお湯が沸くはずだから」


 私の指示を聞いたコテツは、コクリと力強く頷いた。

 そして、またガシャンガシャンと足音を立てながら、勝手口のそばに作ったばかりのお風呂場へと向かっていく。

 しばらくして、パチパチと薪が燃える音が聞こえてきた。どうやら無事に火がついたようだ。

 分厚い石の浴槽だから、底の石が温まって全体のお水がお湯に変わるまでには少し時間がかかる。でも、こうやって先に火をつけておけば、美味しいご飯を食べてお腹いっぱいになった後、すぐに温かいお風呂に入ることができる。

 魔法で作った設備の便利さに、私は思わず口元をほころばせた。


「わんっ」


 ハクが早くしてと催促するように、短く吠えた。

 口の端からは、すでによだれがタラリと垂れている。


「はいはい、わかっているわよ。今からすぐにお肉の準備をするからね。ハクはそこでいい子にして待っていてちょうだい」


 私は作業台の上に置かれた巨大なコカトリスの肉の塊に向き直った。

 まずは、この大きなお肉を料理しやすい大きさに切り分けなければならない。

 王都を出る時にこっそり持ち出してきた、使い慣れた大きな包丁を袋から取り出す。持ち手の木が少し古くなっているけれど、刃はしっかりと研いである。

 私は袖をまくり上げ、お肉の塊に包丁を入れた。


 ザクッ、ザクッ。


 コカトリスのお肉は、見た目の大きさに反してとても柔らかかった。

 包丁がスッと入り、きれいなピンク色の断面が見える。

 骨の周りのお肉、胸のあたりのお肉、もものあたりのお肉。部位ごとに丁寧に切り分けていく。

 本当なら、ここでお醤油やお酒、すりおろしたニンニクや生姜でお肉を漬け込んで、しっかりとした和風の味付けにしたいところだ。

 でも、今の私にはお米もお醤油もない。この世界の市場で手に入る調味料は、塩やいくつかのお野菜、それに香りづけの香草くらいしかない。


「お醤油がないのは本当に残念だけど、今あるもので一番美味しくする方法を考えなくちゃね」


 私は切り分けたお肉のうち、一番柔らかそうなももの部分をボウルに入れた。

 そして、そこに粗い塩をたっぷりと振りかけ、香りの強い緑色の香草を細かく刻んで混ぜ合わせる。

 手でお肉をよく揉み込み、塩と香草の風味を中までしっかりとなじませていく。

 こうすることで、お肉の臭みが消えて、焼いた時や揚げた時にとても良い香りがするようになるのだ。


「今日は、これを使って唐揚げ風の料理に挑戦してみようかしら」


 私は別の袋から、市場で買っておいた小麦の粉を取り出した。

 本当は片栗粉があればもっとカリッとした衣になるのだけれど、今は小麦の粉で代用するしかない。

 お肉にまんべんなく小麦の粉をまぶし、余分な粉を軽くはたき落とす。


「コテツちゃん、お風呂の火入れありがとう。次はこっちのかまどの火をお願いできるかしら」


 お風呂場から戻ってきたコテツに、私は厨房の大きなかまどを指さした。


 コテツはすぐにかまどの前に立ち、中に薪を放り込んで手際よく火を起こした。

 私はその上に、大きくて深い鉄のお鍋を乗せる。

 そして、壺に入れておいた油をたっぷりと注ぎ込んだ。

 これは、豚のような動物から取れた油だ。植物の油よりも少し重たいけれど、これでお肉を揚げるとコクが出てとても美味しくなる。


「油の温度が大切だから、コテツちゃん、火加減の調節をよろしくね」


 私が言うと、コテツはかまどの空気穴を開けたり閉めたりして、炎の大きさを器用に調整し始めた。

 ゴーレムであるコテツは、熱さを全く感じない。だから、火のすぐそばで炎の様子をじっくりと観察することができるのだ。彼に火の番を任せておけば、焦がす心配は絶対にない。


 しばらくすると、お鍋の油からパチパチと小さな音が聞こえ始めた。

 油の表面に細かい波紋ができている。どうやら良い温度になったようだ。


「よし、揚げるわよ」


 私は粉をまぶしたコカトリスのお肉を、一つずつ慎重に油の中へ落としていった。


 ジュワァァァァァ!


 お肉が油に入った瞬間、激しい音とともに大きな泡が立ち上った。

 お鍋の中から、香ばしい油の匂いと、お肉の焼ける匂い、そして香草のさわやかな匂いが混ざり合って、一気に厨房中に広がっていく。


「わふぅぅぅぅ」


 その匂いを嗅いだハクが、たまらないといった様子で長い鳴き声を上げた。

 さっきまではおとなしく座っていたのに、もう我慢できないのか、立ち上がって私の足元をウロウロと歩き回っている。

 大きなお鼻をヒクヒクさせながら、お鍋の方をじっと見つめていた。


「もうちょっとだからね。中までしっかり火を通さないと美味しくないから」


 私は長い菜箸を使って、油の中のお肉をひっくり返した。

 最初は白っぽかった衣が、少しずつ美味しそうなきつね色に変わっていく。

 衣の表面が固まり、油の中でカラカラと軽い音を立て始めた。

 これは、中のお肉から余分な水分が抜け、旨味がしっかりと閉じ込められている証拠だ。


「うん、いい色ね。コテツちゃん、火を少し弱めて」


 コテツが空気穴を閉めて火を弱める。

 最後に中までじっくりと熱を通し、一番大きな塊を取り出して包丁で半分に切ってみる。

 サクッという良い音とともに、中から透明な肉汁がジュワッとあふれ出してきた。きれいな白色のお肉は、しっかりと火が通っていて完璧な仕上がりだ。


「完成よ! コカトリスのお肉の、香草塩唐揚げ風よ」


 私は揚げたてのお肉を大きなお皿に山盛りに盛り付けた。

 湯気とともに立ち上る強烈な美味しそうな匂いに、私の胃袋もぐぅっと大きな音を鳴らした。


「わんっ! わんっ!」


 ハクがちぎれんばかりに尻尾を振り、前足をバタバタとさせて猛烈にアピールしている。

 よだれが床にポタポタと落ちている。もう限界のようだ。


「はいはい、いっぱいあるから順番ね。……コテツちゃんも、一緒に食べられたらよかったのにね」


 私が唐揚げの山を見つめるコテツにそう声をかけると、彼は食事を必要としない体でありながらも、私の言葉に応えるように、大きな手で私の頭を優しくポンポンと叩いてくれた。

 よくやった、と料理の出来を褒めてくれているようだ。


「ありがとう、コテツちゃん。それじゃあ、まずはハクの分ね。熱いから気をつけて食べるのよ」


 私は少し冷ました唐揚げをいくつか、ハクの専用の大きなお皿に乗せて床に置いた。


 バクッ! ハフハフ!


 ハクはためらうことなく大きなお口を開け、唐揚げに噛み付いた。

 サクサクとした衣の音と、ハクが熱そうに息を吐き出す音が厨房に響く。

 ハクは熱さにも負けず、夢中になってお肉を頬張っている。よっぽど美味しかったのか、目を細めて本当に幸せそうな顔をしている。


「美味しい? よかったわ」


 ハクが喜んで食べてくれるのを見て、私も嬉しくなった。

 私は自分用に、小さめの唐揚げを一つ手に取った。

 まだ温かくて、指先に衣のカリッとした感触が伝わってくる。


 口を開けて、思い切り噛み付いた。


 ザクッ。


 衣が砕ける軽快な音が、口の中に響いた。

 その直後、衣の中から閉じ込められていた熱い肉汁が、ジュワッとあふれ出してきた。

 コカトリスのお肉の濃厚な旨味が、塩のしょっぱさと香草のさわやかな風味と合わさって、舌の上で爆発する。

 豚の油で揚げたコクがしっかりと感じられ、噛めば噛むほどお肉の甘みが広がっていく。


「……すっごく美味しい!」


 私は思わず大きな声を上げてしまった。

 王都の屋敷で隠れて作っていた薄味のスープとは比べ物にならない、しっかりとした味と食べ応えだ。

 初めての食材を使った試作料理としては、大成功と言っていい。


 ハクはあっという間に自分のお皿を空っぽにして、もっとちょうだいと私の足元にすり寄ってきた。

 私は笑いながら、どんどんお皿に唐揚げを追加してあげた。

 私も負けじと、二つ目、三つ目と唐揚げを口に運ぶ。

 サクサク、ジュワッ。サクサク、ジュワッ。

 止まらない美味しさだ。


 でも。

 四つ目の唐揚げを食べ終えた時、私の心の中に、どうしてもごまかせない感情がぽつりと生まれ、それはたちまち大きく膨らんでいった。


 物足りない。

 これだけ美味しいお肉の料理を食べているのに、どうしても物足りないのだ。


「……やっぱり、白いご飯がないと駄目だわ」


 私は唐揚げが乗ったお皿を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

 お塩と香草の味付けも美味しい。でも、お肉の旨味を最大限に引き出すのは、やっぱりお醤油やお酒を使った和風の味付けだ。

 そして、その濃い味付けの唐揚げを、ふっくらと炊き上がった熱々の白いご飯にバウンドさせて、一緒にお口いっぱいに頬張る。

 それこそが、唐揚げの本当の美味しさなのだ。


 お米がない。お醤油がない。

 その事実が、美味しい料理を食べたことで、かえって私の心に強くのしかかってきた。


「ハク、コテツちゃん。私、決めたわ」


 私が真剣な声で言うと、唐揚げを食べていたハクが顔を上げ、コテツも私の方を向いた。


「お店を開く前に、絶対に未知の食材を見つけ出すわ。白い穀物と、大きなお豆。それがないと、私の理想の食堂は完成しないもの」


 妥協して、この塩味の唐揚げだけでお店を始めることもできるかもしれない。

 でも、それでは前世の記憶を持つ私の心が満たされない。

 私は、自分が心から食べたいと思う最高の和食を作りたいのだ。そのために、王都からこの辺境の町までやってきたのだから。


「明日は、町の市場に行って詳しいことを聞いてみましょう。それでも駄目なら、ギルドのガンツさんに相談するのよ」


 私の決意表明に、ハクは「わんっ」と元気よく答え、コテツは大きく頷いた。

 頼もしい相棒たちがいてくれれば、きっとどんな食材だって見つけ出せるはずだ。



「ふぅ、すっかりお腹いっぱいになっちゃった」


 山のようにあったコカトリスの唐揚げは、私とハクの胃袋にすべて消えてしまった。

 ハクは満足そうに大きなお腹を床につけ、すでにごろんと横になっている。

 私は作業台の上の空っぽになったお皿や、油の入ったお鍋を片付けた。

 コテツが洗い物用の水受けにお水を張ってくれて、手際よくお皿を洗うのを手伝ってくれたおかげで、片付けはあっという間に終わった。


「ありがとう、コテツちゃん」


 私は油の匂いがついた服の袖を軽くはたいた。

 ふと視線を落とすと、床で横になっているハクの白い毛並みが目に入った。今日、大掃除の時にホコリまみれになっていたし、揚げ物をしたから油の匂いもついている。


「ハク、お風呂に行きましょう。ホコリと油の匂いをきれいに洗い流してあげるわ」


 私が声をかけると、ハクは「わふっ」と短く鳴いて立ち上がった。お風呂が嫌いではないらしく、尻尾をパタパタと振っている。

 私はハクを連れて、厨房の奥にある勝手口のそばへ向かった。

 今日魔法で作ったばかりの、新しいお風呂場だ。


 引き戸を開けると、中には温かい湯気がもうもうと立ち込めていた。

 コテツが前もって火をつけておいてくれたおかげで、石造りの浴槽にはたっぷりと熱いお湯が張られている。


「うわぁ、すごくいい温度」


 私は服を脱いで、まずはハクの体を洗うことにした。

 手桶にお湯をすくい、ハクの背中にゆっくりとかける。ハクは気持ちよさそうに目を細め、おとなしくお座りをしてくれた。

 市場で買っておいた石鹸をよく泡立てて、長い毛並みの奥まで丁寧に洗っていく。ホコリと汚れが落ちて、本来のきれいな真っ白な毛並みが戻ってきた。

 たっぷりのお湯で泡を洗い流し、最後にハクを抱きかかえて、一緒に浴槽の中へ入った。


「はぁぁぁ……極楽、極楽」


 全身が温かいお湯に浸かり、思わずだらしない声が出てしまった。

 私と一緒にお湯に浸かっているハクも、「くぅん」と喉を鳴らして、浴槽の縁に顎を乗せている。すっかりくつろいでいるようだ。


 一日中、馬車に揺られて町にやってきて、古い建物を掃除して、魔法で厨房とお風呂場を作り上げて、大きなお肉を料理した。

 自覚はしていなかったけれど、私の体は相当疲れていたようだ。

 お湯の温かさが、凝り固まった筋肉をゆっくりとほぐしていくのがわかる。

 体に染み付いていた油の匂いも、きれいなお湯がさっぱりと洗い流してくれた。


 私は浴槽の縁に頭を乗せ、隣にいるハクの濡れた頭を撫でながら、天井を見上げた。

 広くて、誰にも邪魔されない、私とハクだけの空間。

 王都の屋敷にいた頃は、こんなふうにのんびりとお風呂に入ることもできなかった。

 決められた時間に、決められた手順で、メイドたちに急かされながら入る窮屈なお風呂。

 料理をすることも許されず、いつも誰かの顔色をうかがってビクビクと過ごしていた毎日。


「本当に、家を追い出されてよかったわ」


 私はお湯の中で両手を広げ、思い切り背伸びをした。

 ハクが不思議そうに私を見上げて、私の頬をペロリと舐めた。

 この辺境の町で手に入れた新しい生活は、間違いなく最高のものだ。

 でも、だからこそ、私はここで立ち止まるわけにはいかない。


 あの唐揚げを食べて確信した。

 この最高の生活を、もっと素晴らしいものにするためには、どうしても前世の記憶にある『和食』の味が必要なのだ。

 白いご飯。お味噌汁。お醤油の香り。

 それらを手に入れて、この新しい厨房で自分の思い描く通りの料理を完成させた時、私は本当に心の底から満足できるはずだ。


「明日は絶対に市場へ行って、お米とお豆の情報を手に入れるわ」


 私は湯船の中で両手を強く握りしめた。

 未知の食材を見つけ出す旅は、きっと簡単ではないだろう。

 誰も見たことがないものを探すのだから、色々な人に話を聞いて回らなければならない。

 でも、私には頼りになる相棒たちがいる。どんな困難があっても、絶対に諦めない。


 お湯の中で気持ちを新たにした私は、温まった体をタオルで拭き、ハクの毛もしっかりと拭いてあげてから、新しい服に着替えた。

 厨房に戻ると、コテツは部屋の隅で静かに立って、私たちのことを見守ってくれている。

 私とハクは、新しく作った部屋のベッドへ向かった。


 私はベッドに入り、隣で丸くなったハクの柔らかい毛並みを撫でる。

 そして、明日から始まる新しい食材探しのことを考えながら、私は静かに目を閉じた。

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