第三話:冒険者ギルドと、辺境の町フロンティア
フロンティアへ続く街道。
ハクが倒したコカトリスの巨体。
それをコテツが軽々と持ち上げ、馬車の荷台の空いているスペースへ積み込もうとした、まさにその時だった。
「おい!そこから動くな!」
街道の向こう側から、大きな怒鳴り声が飛んできた。
驚いて声のした方へ顔を向けると、土煙を上げながら何人もの大人がこちらへ走ってくるのが見えた。
彼らは革の鎧や鉄の胸当てを身につけ、手には剣や槍、弓を握っている。一目で、戦闘を仕事にしている人たちだとわかった。間違いなく、冒険者という人たちだろう。
全部で十人ほどの集団は、息を切らしながら私たちの数歩手前で足を止めた。
「おい、見ろ……倒れてるぞ」
「本当だ。あんなに暴れていたコカトリスが……」
冒険者たちは、コテツが持ち上げているコカトリスを見て、信じられないものを見たというように言葉を失っていた。
集団の中から、一番前にいた大柄な男性が一歩前に出た。彼は大きな剣を背負っており、リーダーのような立ち位置のようだ。
「お嬢ちゃん、怪我はないか!?」
男性は大きな声で私に話しかけてきた。周囲を警戒しているようにも見えるが、まずは私を心配してくれているようだ。
「はい、怪我はありません。大丈夫です」
私が丁寧に答えると、大柄な男性は顔の汗を腕で拭いながら、コテツが持つコカトリスを指差した。
「俺たちは冒険者ギルドの討伐部隊だ。このコカトリスは、昨日から森の近くで暴れ回っていてな。危険度が高いから、俺たちが大勢で追いつめていたんだ。だが、動きが早くて逃げられちまって……」
男性はそこで言葉を区切り、私と、私の隣にいるハク、そしてコカトリスを持つコテツを順番に見つめた。
「追いついてみたら、もう魔物は死んでいる。お嬢ちゃん、一体何があったんだ? もしかして、どこかの高ランク冒険者が通りかかって倒してくれたのか?」
私は少しだけ首を傾げた。高ランク冒険者などここにはいない。私たちだけだ。
「いいえ、誰も通りかかっていません。このコカトリスを倒したのは、この子です」
私は足元で座っているハクの背中をポンと叩いた。
ハクは名前を呼ばれたと思って、「わんっ!」と元気よく返事をした。
その瞬間、その場にいた十人の冒険者たちの動きが完全に止まった。
全員が口を大きく開けたまま、ハクをまじまじと見つめている。森の中に、風が葉を揺らす音だけが聞こえてきた。
「……は? 犬?」
リーダーの男性が、声を裏返らせた。
「はい。ハクという名前です。先ほど家族になりました。この子がコカトリスの上に飛び乗って、一発で倒してくれたんです」
私が事実をそのまま伝えると、冒険者たちは顔を見合わせ、それから一斉に頭を抱えている。
「嘘だろ……あんな巨大な魔物を、その白い犬がたった一撃で?」
「お前、魔物の頭を見てみろ。骨が砕けて陥没してるぞ。どんな力で殴ればあんな風になるんだ……」
「おい、あれは……ただの犬じゃないぞ。俺は魔獣の生態に詳しいからわかる。あんな独特な魔力を持つ生き物は見たことがない」
冒険者たちがざわざわと話し始めた。彼らの言う通り、ハクはただの犬ではないのかもしれない。道端でお腹を空かせて倒れていたとはいえ、あれだけの速さと力を持っているのだから。
でも、私にとっては、ご飯を美味しそうに食べてくれる可愛い犬でしかない。
「わふぅ」
ハクはたくさんの人間に見られて少し退屈したのか、大きなあくびをした。そして、私の足に体をすり寄せて、尻尾を揺らす。
冒険者たちは、その無防備な姿を見てさらに混乱しているようだった。
「信じられないが……結果がすべてだ。この犬……いや、その白い獣がコカトリスを倒したんだな」
リーダーの男性が、何とか納得しようとしながら言葉をひねり出した。そして、今度はコカトリスを荷台へ積み終わったコテツに目を向けた。
「それより、さっきから気になっていたんだが……その後ろにいるのは、まさか、ゴーレムか?」
男性が少しだけ武器の柄に手をかけた。警戒しているのだ。無理もない。コテツは人間の背丈よりも大きく、ゴツゴツとした岩と土でできている。
私は急いで前に出て説明した。
「はい、私が土属性魔法で作ったゴーレムです。でも、心配しないでください。この子は私の相棒で、コテツちゃんといいます。馬車を運転してくれたり、荷物を持ってくれたりする、とっても働き者なんですよ」
私がそう言うと、コテツは挨拶をするように、大きな右手をゆっくりと上げてみせた。
「ゴーレムが、馬車を運転だと?」
冒険者の一人が、信じられない言葉を聞いたというように声を上げた。
「ゴーレムの使役なんて、宮廷の魔術師クラスの力が必要なはずだ。それに、この大きさのゴーレムがこんなにスピーディに動いているなんて……」
「お嬢ちゃん、あんた一体何者なんだ?」
リーダーの男性が、私を見る目を変えた。先ほどまでの、ただの子供を心配する態度ではない。自分よりもはるかに強い力を持つ相手を見るような、敬意と少しの恐怖が混ざった態度だ。
「私はただの……料理を作ることが好きな、通りすがりの者です。これからフロンティアの町へ向かって、お店を開こうと思っているんです」
私が正直に答えると、冒険者たちは再び顔を見合わせた。
「これだけの力を持ったゴーレムと、コカトリスを一撃で倒す従魔を連れて、店を開くだと……?」
「世の中には、とんでもない実力者がいるもんだな」
彼らは勝手に納得し、大きく頷き合っている。
ユリウスやイザベラは、私の土属性魔法を卑しい泥遊びだと馬鹿にしていた。ゴーレムを気味の悪い土の塊だと言って嫌っていた。
しかし、この冒険者の人たちは違うようだ。純粋に力としてだけど、評価してくれている。
私は彼らの反応を見て、この辺境の町を選んで正解だったと確信した。
「あの、もしよろしければ、道案内をお願いしたいのですが。私たちは初めてこの辺りに来たものですから」
私が提案すると、リーダーの男性は慌てて姿勢を正した。
「もちろんだ! 俺たちの標的を倒してくれたんだ、それくらいの手間は喜んで引き受ける。俺たちは冒険者ギルドの者だから、ギルドまで案内するよ。討伐の報告も兼ねてな」
男性の指示で、冒険者たちがテキパキと動き始めた。
私はハクと一緒に馬車に乗り込んだ。コテツが手綱を握る。
冒険者たちが馬車の前後を囲むように歩き、私たちは辺境の町フロンティアへ向かって進み始めた。
◇
深い森を抜けると、目の前に高い石の壁が現れた。
壁の中央には大きな門があり、武装した門番が立っている。ここが、辺境の町フロンティアの入り口だ。
冒険者たちが門番に事情を説明すると、門番は馬車の荷台に積まれたコカトリスを見て大声を上げた。すぐに道が開けられ、私たちは待たされることなく町の中へ入ることができた。
町の中は、王都とは全く違う活気に満ちていた。
石畳ではなく、よく踏み固められた土の道が真っ直ぐに続いている。道の両側には木造の建物が並び、さまざまなものを売る露店が出ている。歩いている人たちの服装も、貴族のドレスや飾り立てた服ではなく、動きやすい革の服や、簡素な布の服ばかりだ。
馬車が進むにつれて、町の人々が足を止めてこちらに注目した。
巨大なコカトリス。馬車を操縦する土のゴーレム。そして、馬車の窓から顔を出して鼻をひくひくさせている白い犬。
誰もが驚きの表情を浮かべ、道を譲ってくれた。
『みんな、コカトリスのお肉がうらやましいのかしら』
私はそんなことを考えながら、窓から町並みを観察した。
野菜を売っている店がある。肉を吊るしている店もある。
でも、お米や大豆を売っていそうな店はすぐには見当たらない。やはり、簡単には手に入らないようだ。
しばらく進むと、町の中で一番大きな建物の前に到着した。
建物の入り口には、剣と盾が交差した印が掲げられている。ここが冒険者ギルドだ。
馬車が止まると、中からたくさんの人が出てきた。
先導してくれたリーダーの男性が、冒険者ギルドの人たちに向かって大声で報告を始めた。
「討伐完了だ! だが、俺たちがやったんじゃない。このお嬢ちゃんと、その従魔とゴーレムが倒してくれたんだ!」
その言葉を聞いて、ギルドの周囲は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
私は馬車から降りた。ハクもピョンと飛び降りて、私の隣に立つ。コテツも運転席から降りて、馬車の手入れを始めた。
「道を空けろ!」
ギルドの奥から、低くて太い声が響いた。
騒いでいた冒険者たちが、慌てて左右に分かれて道を作る。
そこから歩いてきたのは、とても体の大きな男性だった。
筋骨隆々とした体格で、腕の筋肉が服を押し上げている。顔には過去の戦いでついたと思われる傷跡が残っており、ものすごい威圧感がある。彼が歩くたびに、地面が小さく揺れるような気がした。
「俺はガンツ・ブレイブ。この町の冒険者ギルドを取り仕切っている、ギルドマスターとやらだ。あんたが、あのコカトリスを仕留めたっていう嬢ちゃんか」
ガンツは私の前に立ち、私を見下ろした。怒っているような顔だが、声には興味が混じっている。
「初めまして。シャーロットと申します。コカトリスを倒したのは私ではなく、このハクです」
私がハクを紹介すると、ガンツは鋭い視線をハクへ向けた。
ハクはガンツの迫力にも全く動じず、「わふっ」と短く鳴いてお座りをした。そして、ギルドの中から漂ってくる何か食べ物の匂いに気づいたのか、口からタラリとよだれを垂らした。
「……こいつが? 見たところ、ただの犬にしか見えねえが」
ガンツは怪訝そうな顔をした。
「はい、とっても賢くて良い子です。少し食いしん坊ですが」
私がそう言うと、ガンツは馬車の荷台へ歩いていき、コカトリスの死骸を細かく調べ始めた。
頭の傷跡を触り、確認している。
「なるほど……一撃で頭蓋を粉砕している。素早いコカトリスの攻撃を避け、上から叩き潰したんだな。とんでもない力と速度だ。ただの犬なんて絶対にありえねえ。神獣クラスの生き物だぞ、こいつは」
ガンツの独り言が聞こえた。
神獣。それは、おとぎ話の中の存在だ。ハクがそんなすごい生き物であるはずがない、と私は思った。
ハクは、ただの強い犬に決まっている。だって、あれほど食い意地があって、可愛らしく振舞う神獣なんて聞いたことがない。
「それから、あのゴーレムだ。あれもあんたが作ったのか」
ガンツはコテツの方を指差した。
「はい。コテツちゃんです。私の大切なお手伝いさんです」
「お手伝いさん……ねえ。あんな大きなゴーレムが人間と同じくらいの速さで動いている、それだけであんたの底知れない魔力を感じるな。王都の騎士団長でも、あんなゴーレムは作れねえぞ」
ガンツは大きく息を吐き出し、私に向き直った。
そして、先ほどまでの威圧的な態度を少しだけ和らげ、深く頭を下げた。
「シャーロット嬢ちゃん。あんたが何者かは深く聞かねえ。だが、町を脅かしていたコカトリスを倒してくれたことには、ギルドマスターとして礼を言う。本当に助かった」
「頭を上げてください、ギルドマスター。私たちはたまたま通りかかっただけですから」
私が言うと、ガンツは顔を上げてニヤリと笑った。ぶっきらぼうだが、裏表のない性格のようだ。
「よし、それじゃあコカトリスの買取の話をしよう。討伐報酬と、素材の買取金だ。羽や爪、クチバシは武器や防具の素材として高く売れる。だが……」
ガンツは少し申し訳なさそうな顔をした。
「肉の部分は、あまり金にならねえ。あいつの肉は硬いし、独特の臭みがあって食えたもんじゃないからな。処分するのにも金がかかるくらいだ」
その言葉を聞いて、私は思わず声を上げてしまった。
「えっ! 食べないんですか!?」
「ああ。誰もあんなもの食わねえよ」
「そんな……もったいない! あんなに美味しそうなお肉なのに!」
私がコカトリスを指差して力説すると、ガンツも周りの冒険者たちも、ぽかんと口を開けた。
「嬢ちゃん、本気か? あんな魔物の肉を食うつもりか?」
「もちろんです! お肉はちゃんと処理して調理すれば、絶対に美味しくなります。ですから、買取は素材の部分だけで結構です。お肉はすべて私がもらいます」
私が譲らない態度を見せると、ガンツはあきれたように頭を掻いた。
「わ、わかった。あんたがそこまで言うなら、肉は全部持っていってくれ。こっちとしても処分に困っていたから助かる」
交渉成立だ。私は心の中でガッツポーズをした。
これで、当分のお肉には困らない。
「コテツちゃん、お肉をもらえることになったわよ!」
私が振り返って報告すると、コテツは静かに頷き、馬車の荷台を綺麗に整え始めた。ハクも「お肉」という言葉を聞いて、尻尾の振りがさらに速くなった。
「それで、嬢ちゃん。これからどうするつもりだ? さっき、店を開くって言っていたが」
ガンツが尋ねてきた。
「はい。この町で、食堂を開きたいんです。どこか良い物件はないでしょうか」
「食堂か。あんたみたいな凄腕がこの町にいてくれるなら、町としても大歓迎だ。物件なら、いい場所を知っているぞ。昔、酒場として使われていた建物が、ずっと空き家になっているんだ。少し古いが、広さは十分にある」
それは願ってもない話だった。
私はガンツに案内を頼み、冒険者ギルドでの手続きと報酬の受け取りを済ませた後、さっそくその建物を見に行くことにした。




