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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第一章:追放と辺境での新しい生活

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2/22

第二話:道中で出会った、もふもふな白い相棒

 王都を出発してから、すでに数日が経過していた。

 コテツが操縦する馬車は、今日も道を真っ直ぐに進んでいる。

 空は青く晴れ渡り、昼下がりの太陽がぽかぽかとした暖かな光を投げかけていた。

 窓の外を流れる景色は、いつの間にか大きく変わっている。王都の近くにあったきれいに整えられた畑や平原は姿を消し、今は深く生い茂る木々が道の両側に続いている。辺境の町フロンティアに近づくにつれて、自然の色がとても濃くなってきたのがわかる。


 ガタガタと揺れるはずのおんぼろ馬車だが、乗り心地は決して悪くない。

 それはすべて、手綱を握るコテツのおかげだった。


「コテツちゃん、今日も本当に上手ね。馬も全然疲れていないみたい」


 私が運転席に向かって声をかけると、コテツは大きな背中を少しだけ揺らした。返事の代わりに、手綱を握る腕を軽く上げてみせる。

 無骨な土と岩でできた体なのに、彼の動きはとても繊細だ。道のくぼみや石をうまく避け、馬に負担がかからないように速度を調整している。私よりもずっと、旅の進め方を分かっているようだった。


 私は馬車の中で大きく伸びをした。

 体は元気だが、少しだけ気分が沈んでいる。理由ははっきりしている。食事だ。

 王都の屋敷を出る時に持ってきた携帯食は、干し肉と硬いパンばかりだった。数日間、毎日それをかじり続ける生活は、私の心をすっかり乾かしてしまった。


『ああ、お米が食べたい。ふっくらと炊き上がった、真っ白なご飯が食べたい』


 私は鞄を膝の上に置き、大きなため息をついた。

 頭の中に浮かぶのは、湯気を立てるお茶碗だ。その横には、お豆腐とネギがたっぷり入ったお味噌汁。そして、皮に少し焦げ目がつくくらいに香ばしく焼いたお魚だ。お箸でふっくらとした身をほぐし、ご飯と一緒に口に運ぶ。

 想像しただけで、お腹がぐうと大きな音を立てた。


「お醤油があれば、干し肉だって立派なおかずに変身させられるのに」


 私は独り言をつぶやいた。

 塩だけで味付けされた干し肉は、噛めば噛むほど味は出るけれど、それだけだ。そこには広がりがない。お醤油の持つ、あの独特の香ばしさと深い旨味。お味噌の持つ、体を温めてくれるような優しい味わい。それらが今の私には欠けている。

 この世界にはたくさんの食材があるはずだ。森の奥には見たこともない野菜や木の実があるかもしれない。でも、和食の基本となる調味料がなければ、私の理想の食卓は完成しない。


 お米、お味噌、お醤油。


「フロンティアの町に着いたら、まずは大豆に似たお豆を探さなくちゃ。それから、お米に代わる穀物も。町の人に聞けば、きっと何か手がかりが見つかるはずよね」


 私は自分を励ますように両手で頬を軽く叩いた。

 落ち込んでいる暇はない。自由を手に入れたのだから、自分の足で探し出せばいいのだ。


 その時だった。

 パカッ、パカッという馬の足音が急にゆっくりになり、馬車がギィと音を立てて止まった。


「どうしたの、コテツちゃん?」


 私が窓から顔を出すと、コテツは手綱を引いたまま、道端の茂みをじっと見つめていた。

 彼が見ている方向へ視線を向ける。

 そこには、白い毛玉のようなものがぽつんと倒れていた。


「えっ、何あれ。生きてる?」


 私は慌てて馬車の扉を開け、地面に降り立った。

 コテツも運転席から静かに降りて、私の隣に立つ。彼は私が不用意に近づかないよう、少しだけ前に出て私を守るようにしてくれた。


「大丈夫よ、コテツちゃん。なんだか、動けないみたい」


 私はコテツの背中の横からそっと顔を出し、白い生き物に近づいた。

 草むらに横たわっていたのは、全身を長い被毛で覆われた生き物だった。大きさは、大人の人間が両手で抱えきれないほどの大型犬くらいだ。

 真っ白でふかふかとした毛が全身を包んでおり、顔のあたりも長い毛で覆われていて目が見えない。しかし、ゆっくりと上下するお腹の動きから、かろうじて息をしているのがわかった。


「かわいそうに。怪我をしているのかしら」


 私はその白い獣のそばにしゃがみ込んだ。

 そっと手を伸ばし、柔らかな背中を撫でてみる。とても艶々としてきれいな毛並みだ。野生の生き物とは思えないほど、手触りがいい。

 見たところ、血が出ている様子も、骨が折れている様子もない。


 ぐううぅぅ。


 突然、私の足元で大きな音が鳴った。

 私のお腹の音ではない。白い獣のお腹から聞こえた音だ。


「もしかして、お腹が空いて動けないの?」


 私が声をかけると、白い獣はピクッと耳を動かした。そして、鼻をひくひくとさせて、私の手から伝わる匂いを嗅ごうとする仕草を見せた。

 間違いない。この子は空腹で倒れているのだ。


「待っててね。今、ご飯を作るから」


 私は立ち上がり、コテツの方を向いた。


「コテツちゃん、馬車から水筒と、干し肉とパンを持ってきてくれる?」


 コテツは大きく頷き、すぐに馬車へ戻って荷物を抱えて戻ってきた。

 私は道の少し開けた場所を選び、地面に手をついた。


「クリエイト」


 言葉に出して魔法を使う。地面の土が生き物のように動き出し、もこもこと盛り上がって、あっという間に小さなかまどが出来上がった。続けて、同じように土をこねるようにして、丸くて浅い土鍋を作り出す。

 コテツが気を利かせて、近くの森から枯れ枝を拾い集めてきてくれた。かまどの中に枝を並べ、火打石でカチカチと火を起こす。

 小さな炎が枝に移り、パチパチと音を立てて燃え始めた。


 私は土鍋をかまどにのせ、水筒の水を注いだ。

 水が温まるのを待つ間に、持っていたナイフで干し肉を細かく刻む。硬い干し肉も、小さくすれば煮えやすくなるし、獣も食べやすいはずだ。硬いパンも同じように細かくちぎって用意した。


 お湯が沸騰して、ポコポコと泡が立ち始めた。

 そこに刻んだ干し肉を入れる。お湯の色が少しずつ茶色く変わり、肉の塩気と旨味が溶け出していく。さらにパンを入れ、スプーンでぐるぐるとかき混ぜた。

 パンが水分を吸ってドロドロになり、まるでお粥のような柔らかさになった。干し肉の匂いが湯気と一緒に辺りに広がる。


 すると、さっきまでぐったりと倒れていた白い獣が、むくりと頭を上げた。

 長い毛に隠れて目は見えないが、鼻先がまっすぐに鍋の方向を向いている。


「わふぅ……」


 小さく、弱々しい鳴き声が聞こえた。


「もうすぐできるからね。少し冷まさないと、口を火傷しちゃうわ」


 私は土鍋を火から下ろし、息をふーふーと吹きかけて冷ました。

 ちょうどいい温かさになったのを確認して、土鍋を白い獣の鼻先にそっと置く。


「はい、どうぞ。たくさん食べてね」


 白い獣は、最初はゆっくりと鍋の匂いを嗅いでいた。

 しかし、一口舐めた瞬間、突然人が変わったように……いや、犬が変わったように勢いよく食べ始めた。


 ガツガツ、はむはむ、ぺろぺろ。


 ものすごい勢いだ。熱いかもしれないという私の心配をよそに、あっという間に鍋の中身が減っていく。

 よっぽどお腹が空いていたのだろう。大きな口を開けて、パンとお肉のスープをきれいに平らげてしまった。


「ぷはぁ」


 白い獣は満足そうに息を吐き、鍋の底をきれいに舐め回した。

 そして、くるりと私の方を向き、大きな尻尾をバッサバッサと勢いよく振り始めた。


「わんっ! わん!」


 さっきまでの弱々しい声はどこへやら、太くて元気な声で鳴いている。

 目は見えないけれど、全身から嬉しい気持ちが溢れ出しているのがわかった。


「ふふっ、元気になってよかったわ。いっぱい食べたから、もう動けるわよね」


 私が空になった土鍋を片付けようとすると、白い獣は私の足元にすり寄ってきた。

 ふかふかの頭を私の足にこすりつけ、甘えるように「くぅん」と鳴く。


「こらこら、くすぐったいわよ」


 私が頭を撫でてやると、獣はさらに尻尾を激しく振った。その勢いで、周りの草がバサバサと音を立てて揺れる。

 とても人懐っこい子だ。野生の生き物なのに、人間を全く怖がっていない。


「なんだか、ただの犬じゃないみたい。とっても賢そうね」


 私がそう言うと、獣は「わふっ」と短く鳴いて、誇らしげに胸を張ったような姿勢をとった。まるで言葉を理解しているかのようだ。

 どこか神秘的な雰囲気を持っているけれど、食べ物を前にした時の食いしん坊な様子は、普通の犬と変わらない。


「あなた、お家はどこなの? 迷子になっちゃったの?」


 私が森の方を指差して聞くと、獣は私の顔を見上げるように首を傾げ、それから私の足にピタリとくっついて離れようとしなかった。


「もしかして、私についてきたいの?」

「わんっ!」


 元気な返事が返ってきた。

 一人ぼっちで森の中で倒れていたのだ。きっと帰る場所がないのだろう。

 私はコテツの方を振り返った。


「コテツちゃん、この子、連れて行ってもいいかな? なんだか放っておけないの」


 コテツは少しだけ首を傾げた後、白い獣をまじまじと見下ろした。

 白い獣も負けじとコテツを見上げ、「わふん」と挨拶するように鳴く。

 コテツはゆっくりと頷き、自分の大きな手で獣の頭をポンと撫でた。

 仲間として認めてくれたようだ。


「ありがとう、コテツちゃん。じゃあ、今日からあなたは私たちの家族ね。名前をつけなくちゃ」


 私は白い毛並みを撫でながら考えた。

 真っ白で、ふかふかで、元気いっぱい。


「ハク。今日からあなたの名前はハクよ。よろしくね、ハク」

「わおん!」


 ハクは嬉しそうに吠え、私の周りをピョンピョンと跳ね回った。

 これで、私の旅の仲間がまた一人増えた。頼りになるコテツと、かわいいハク。

 辺境の町へ向かう道のりが、一気に賑やかになりそうだ。


「よし、それじゃあ出発しましょうか。ハクも馬車に乗ってね」


 私が声をかけると、ハクはひらりと軽い身のこなしで馬車の荷台へ飛び乗った。

 私も馬車に乗り込み、コテツに合図を送る。

 再び馬車がゆっくりと動き出した。


 ハクは荷台に座り、風を切る感覚を楽しんでいるのか、窓から顔を出して鼻をひくひくさせている。

 その姿を見ているだけで、私の心も明るくなった。


「ハク、フロンティアの町に着いたら、もっと美味しいものをたくさん作ってあげるからね。お肉を焼いたり、野菜を煮たり……そうだ、美味しいお米が見つかったら、一緒に食べようね」


 私が話しかけると、ハクは「美味しいもの」という言葉に反応したのか、口から少しだけよだれを垂らして「わっふ!」と鳴いた。

 本当に食いしん坊だ。

 私は笑いながら、ハクの背中を撫で続けた。


 馬車は深い森の真ん中を貫く街道を進んでいく。

 周囲の木々はますます高く、太くなり、日差しを遮って少し薄暗くなってきた。

 風の音と、馬の足音だけが静かに聞こえてきている。


 その穏やかな時間は、突然破られた。


 ズシン。


 地面が小さく揺れた。


 ズシン、ズシン。


 揺れはすぐに大きくなり、何か巨大なものが近づいてくる足音だとわかった。


「えっ、何?」


 私が窓から身を乗り出して前を見ると、コテツがすでに馬車を急停止させていた。馬が怯えて、ヒヒーンと甲高い声で鳴き、前足を上げて暴れそうになっている。コテツが力強く手綱を引いて、必死に馬をなだめている。


 バキバキバキッ!


 街道のすぐ脇の森から、太い木がへし折れる凄まじい音が聞こえてきた。

 何かが森の中から強引に道へ出ようとしている。


 次の瞬間、木々をなぎ倒して姿を現したのは、信じられないほど巨大な鳥だった。

 人間の背丈ほどもある大きな体。赤と黒の派手な羽毛。太くて鋭い鍵型のクチバシ。そして、怒りに満ちたぎょろりとした黄色い目が、私たちを睨みつけていた。


「コカトリス……!」


 私は思わず声を上げた。

 本で読んだことがある。非常に凶暴で、動きが速く、冒険者でも手こずる危険な魔物だ。

 王都の近くには絶対に出ないような魔物が、どうしてこんな街道に現れたのだろうか。


「シャアァァァッ!」


 コカトリスは耳をつんざくような甲高い鳴き声を上げ、巨大な羽をバサバサと羽ばたかせた。その風圧だけで、馬車がガタガタと揺れる。


「危ない!」


 私はとっさに土魔法を使おうと地面に意識を集中した。

 しかし、コテツの動きの方が早かった。

 コテツは運転席から飛び降りると、私と馬車を守るように、大きな体を広げて道の中央に立ち塞がった。

 コカトリスはコテツを邪魔者とみなしたのか、太い足で地面を蹴り、恐ろしい速さで突進してきた。


「コテツちゃん!」


 巨大なクチバシが、コテツの体を貫こうと迫る。

 私は恐怖で声が出なくなった。コテツは頑丈だけれど、あんな巨大な魔物の攻撃を真正面から受けたらどうなるかわからない。


 その時。


 白い閃光が、私の目の前を駆け抜けた。


「え?」


 風が巻き起こった。

 馬車の荷台にいたはずのハクが、いつの間にか地面に降り立ち、目にも留まらぬ速さで前へ飛び出していたのだ。


 ハクの体は、巨大なコカトリスに比べればとても小さい。

 しかし、ハクは全く怯むことなく、まっすぐにコカトリスへ向かって走っていく。


「ギャァァッ!」


 コカトリスは邪魔な白い獣に気づき、標的を変えて鋭い爪を振り下ろした。

 当たれば体が真っ二つになるような一撃。


 しかし、ハクはその攻撃をいとも簡単に避けた。

 横へ軽く跳んだかと思うと、地面を蹴って空高く舞い上がった。

 ふかふかの毛が風に乗り、真っ白な体が太陽の光を浴びて輝いている。

 長い毛に隠れて見えなかったはずのハクの顔が、一瞬だけ見えた気がした。そこには、ただの犬とは思えない、恐ろしいほどの威厳と力が満ちていた。


 ハクは空中で体をひねり、コカトリスの頭上へ降り立った。


 ドゴォォォォン!!


 凄まじい音が森に響き渡った。

 ハクが前足で軽くコカトリスの頭を叩いたように見えた。たったそれだけの動作だった。

 しかし、コカトリスの巨大な体は、まるで目に見えない巨大なハンマーで殴られたかのように地面に叩きつけられた。


 ズザザザザッ!


 地面が大きくえぐれ、土煙が舞い上がる。

 コカトリスはピクピクと痙攣した後、まったく動かなくなった。


 静寂が戻った。


「…………え?」


 私は馬車の中から、その信じられない光景をただ見つめていた。

 あんなに巨大で恐ろしい魔物が、たった一撃で倒されてしまった。

 しかも、それをやったのは、ついさっきまで空腹で倒れていた白い犬――ハクなのだ。


 コテツも、ゆっくりと腕を下ろし、倒れたコカトリスとハクを交互に見ている。

 彼にも、何が起きたのかすぐには理解できていないようだった。


「わんっ!」


 ハクの明るい鳴き声が響いた。

 ハクはコカトリスの巨大な体の上からピョンと飛び降りると、トコトコと私の方へ走ってきた。

 そして、馬車の扉に前足をかけ、尻尾をバッサバッサと振りながら私を見上げた。


「くぅん、わふっ!」


 その姿は、「どう? 僕、頑張ったでしょ? 褒めて褒めて!」と言っているようにしか見えない。

 さっきの凄まじい攻撃が嘘のように、ただのかわいい食いしん坊の犬に戻っている。


「ハ、ハク……あなた、どうやってあんな大きな魔物を……」


 私が恐る恐る頭を撫でると、ハクは気持ちよさそうに目を細めた。

 手触りは相変わらずふかふかで、とても強い力を持っている生き物には思えない。


「もしかして、ハクってすっごく強いの?」

「わふぅ」


 ハクは得意げに鼻を鳴らした。

 私は倒れたコカトリスを見を見た。

 人間の背丈ほどもある大きな鳥。羽はきれいで、足は太い。


 その瞬間、私の頭の中に、ある思いが閃いた。


『これだけ大きな鳥ってことは……これ、全部お肉よね?』


 コカトリスは危険な魔物だが、その肉はとても柔らかくて美味しいと本で読んだ記憶がある。

 数日間、硬い干し肉ばかり食べていた私にとって、これはまさに空から降ってきたごちそうに他ならなかった。


「ハク、でかしたわ! これ、すごく美味しいお肉になるかもしれない!」


 私が喜んで叫ぶと、ハクは「お肉」という言葉に反応して、口からダラダラとよだれを流し始めた。


「わんっ! わんっ!」


 飛び跳ねて喜ぶハクを見て、私は思わず笑ってしまった。


「コテツちゃん、この大きな鳥、馬車に積めるかな? 町に着いたら、さっそくお料理してみましょう」


 コテツは大きく頷き、倒れたコカトリスの方へ歩いていった。

 軽々と巨大な鳥を持ち上げるコテツの後ろ姿を見ながら、私は胸を躍らせた。


 どんな料理にしよう。焼くのがいいか、それとも大きな鍋で煮込むのがいいか。

 前世で食べた、あのカリッと揚がった鳥の唐揚げみたいなものが作れないかしら。

 頭の中に、新しい料理のアイデアが次々と湧き上がってくる。


 辺境の町フロンティアは、もうすぐそこだった。


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