第二十四話:華やかな社交界と、お料理の力
王都で一番の高級料亭の奥にある、とても広くて立派な厨房。
私は大きな作業台の前に立ち、持ってきた木箱から食材を一つずつ丁寧に取り出していった。
周囲では、王都の料理人たちが十人以上も慌ただしく動き回り、豪華な食材を使って見栄えの良いお料理を作っている。分厚いお肉の焼ける匂いや、強い香辛料の匂いが厨房の中に満ちていた。
それでも、私は自分の目の前にある食材だけに真っ直ぐに向き合った。
「コテツちゃん、この土鍋の火を少しだけ強くしてちょうだい。お水が沸騰したら教えてね」
私が声をかけると、かまどの前に立つコテツちゃんは無言で大きく頷いた。
彼は空気の通り道を器用に調整し、薪の火の勢いを上げてくれる。
私は大きなお鍋に、氷魔法の魔石でしっかりと冷やして運んできた新鮮なお魚の頭と太い骨を入れた。そこへ少しだけお酒を加えて、お魚の持つ生臭さを消していく。
お湯が沸騰し、コトコトと静かに煮立てていくと、お魚の骨からとんでもなく美味しい出汁が引き出されてくる。お湯の色が少し白く濁り始め、海のもの特有のとても深い匂いが立ち上った。
そこへ、フロンティアの地下室で丁寧に仕込んだ自家製のお味噌をたっぷりと溶かし入れる。お味噌の深い匂いとお魚の出汁が一つになって、これ以上ないほど食欲を刺激する素晴らしい匂いが生まれた。
最後にお水で戻しておいた緑色のワカメを入れれば、お魚の旨味がたっぷりと詰まった特製のあら汁の出来上がりだ。
隣の大きな土鍋からは、真っ白な湯気と一緒に、お米の炊き上がる優しい甘い匂いが上がっている。
私は木杓子を使い、底の方からふんわりとご飯をひっくり返して風を入れた。お米の一粒一粒が真珠のように白く光って立ち上がり、とても美味しそうに仕上がっている。
「次はお魚ね。コテツちゃん、焼き網の準備をお願い」
コテツちゃんがかまどの火の上に鉄の網を乗せてくれた。
そこへ、フロンティアの空き地で天日干しにしてきた、茶色いお魚の干物を並べる。
お日様の光と風をたっぷりと受けて水分が抜け、お魚の旨味がぎゅっと凝縮された干物だ。火の熱を受けると、表面からジュワッと脂が浮き出し、パチパチという小さな音とともに香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がっていく。
私は干物が焦げないように、木のお箸を使って何度も裏返しながら、中までしっかりと火を通していった。
「わふっ! わんっ!」
私の足元で伏せていたハクが、お魚の焼ける匂いとお味噌汁の匂いに反応して元気よく鳴いた。
大きなお鼻をヒクヒクと動かし、大きなお口から少しだけよだれを垂らしている。大きな尻尾をものすごい速さで左右に振りながら、早く食べたいと私にすり寄ってきた。
「ふふっ、ハクはお腹が空いたのね。でも、これは対決に出すお料理だから、後でちゃんとハクの分も焼いてあげるわ。いい子にして待っていてね」
私がしゃがみ込んで彼のふかふかの頭をさすってあげると、ハクは「くぅん」と短い声を出して、おとなしく床にお座りをした。
すべてのお料理が完成し、私は大きなお盆の用意をした。
木のお椀に、ほかほかの白いご飯をたっぷりとよそう。
もう一つのお椀には、ワカメが入った熱々のあら汁を入れる。
そして、木のお皿には、こんがりと良い色に焼き上がったお魚の干物を乗せた。
見た目はとても地味で、素朴なものだ。王都の料理人たちが作っている、金色のスープや色鮮やかなソースがかかったお肉料理とは比べ物にならないかもしれない。
でも、このお盆の上には、私がこの世界で見つけ出した最高の美味しさがすべて詰まっている。
「コテツちゃん、配膳をお願いね」
私が言うと、コテツちゃんはお盆を大事そうに両手で持ち上げた。
私たちは厨房を出て、大勢の貴族たちが待つ対決の会場へと向かった。
◇
会場となっている広い部屋の中央には、とても長いテーブルが用意されていた。
テーブルの奥には、今回の料理対決の審査を行う三人の男性が座っている。彼らは「第三者の評価人」として呼ばれた王都の有名な美食家たちらしい。
そして、テーブルの横には、真っ赤なドレスを着たイザベラと、金の刺繍が入った服を着たユリウスが、ひどく勝ち誇ったような顔をして立っていた。
周囲には大勢の貴族たちが集まり、私たちの対決の行方を見守っている。
まずは、王都の料理長たちが作ったお料理の審査から始まった。
評価人たちの前に、ピカピカに磨かれた銀の器に入れられた金色のスープと、色鮮やかな野菜が添えられた分厚いお肉料理が並べられる。
「どうぞ、お召し上がりください。王都の最高級の食材を使い、私どもの持てる技術のすべてを注ぎ込んだ至高の料理です」
料理長が自信満々に言うと、評価人たちは銀のスプーンを手に取り、一口ずつお料理を口に運んだ。
そして、彼らは大きく頷き、大げさな声で褒め称え始めた。
「素晴らしい! このスープの奥深い味わい、まさに芸術品だ!」
「お肉もとんでもなく柔らかい。これこそが王都の貴族が食べるべき、真の料理と言えるだろう」
「見事だ。これ以上の料理はこの世に存在しない」
彼らの言葉を聞いて、イザベラとユリウスは満足そうに笑った。
「どうです。これが王都の本当の料理よ。あなたのような平民が作る泥のような食事が、この素晴らしい芸術品に勝てるはずがないわ」
イザベラが私を指差して、大きな声で言った。
周囲の貴族たちも、イザベラの言葉に同意するように頷いている。
彼らは最初から、王都の料理が勝つことしか考えていないのだ。
「さあ、次はあなたの番よ。その気味の悪い平民の餌を、早く評価人の方々の前に出しなさい」
ユリウスが偉そうに命令した。
私は真っ直ぐに前を向き、コテツちゃんにお願いして、評価人たちの前に海鮮和食定食のお盆を置いてもらった。
白いご飯。お魚の干物。特製のあら汁。
その地味な見た目に、評価人たちは露骨に顔をしかめた。
「なんだ、この茶色と白ばかりの貧相な食事は」
「スープの中に得体の知れない緑色の草が浮いている。それに、この魚はカチカチに乾燥しているじゃないか。こんなものが料理と呼べるのか」
「見た目からして食欲がなくなる。こんな平民の食事を私たちの口に入れろと言うのか」
評価人たちは、食べる前から私のお料理をひどく馬鹿にして笑った。
イザベラとユリウスも、一緒になって大きな声で笑っている。
彼らは、私の作ったお料理をけなす気満々なのだ。
「見た目が豪華なだけがお料理ではありません。まずは一口、食べてみてください」
私が静かに、けれどもしっかりとした声で言うと、評価人たちは渋々といった様子で木のお椀を持ち上げた。
そして、あら汁を一口、口の中に含んだ。
その直後。
三人の評価人の動きが、ピタリと止まった。
彼らは持っていたお椀をテーブルに置き、信じられないものを見るような顔でお椀の中をまじまじと見つめた。
「な、なんだこの汁は……」
一人の評価人が、放心した表情で呟いた。
「ただの塩味のスープじゃない。魚の旨味が、とんでもない深さで溶け出している。それに、この奥深い香りの調味料は何だ。しょっぱさの中に優しい甘みがあって、いくらでも飲み続けたくなるぞ!」
「うおおっ! 本当だ! この緑色の草も、ツルッとしていてものすごく良い歯ごたえだ! 海の風味が口いっぱいに広がる!」
他の二人も大きな声を上げ、勢いよくあら汁を飲み進めた。
彼らは次にお箸を手に取り、お魚の干物の身を少しだけほぐして口に放り込んだ。
「美味い! 乾燥していると思っていた魚の身が、口の中でほろりと解ける! それに、旨味がとんでもなく凝縮されているぞ! 噛めば噛むほど、魚の良い味が溢れてくる!」
「この白い穀物と一緒に食べると、さらに最高だ! ふんわりとしていて、優しい甘みがあって、しょっぱい魚と信じられないくらい合う!」
評価人たちは、自分たちの役割などすっかり忘れてしまったように、夢中になってご飯とお魚を頬張り、あら汁を喉に流し込んでいった。
お箸を動かす手が止まらない。彼らの顔は、これ以上ないほどの美味しさに驚き、そして心からの喜びで満たされていた。
あっという間に、三人のお盆の上にあったお料理は、お米一粒も残さずきれいに空っぽになってしまった。
「素晴らしい……! こんなに美味い食事は、生まれて初めてだ!」
「王都の料理も良かったが、この定食の持つ深みと旨味は、それらとは全く違う。文句なしに、こちらの料理の勝ちだ!」
評価人たちが大声で絶賛すると、会場の空気が一瞬にして凍りついた。
周囲の貴族たちは何が起こったのか分からず、呆然としている。王都の料理長も、信じられないという顔をして立ち尽くしていた。
そして、一番驚いていたのは、イザベラとユリウスだった。
「な、何を言っているの! あなたたち、頭がおかしくなったの!」
イザベラが真っ赤な顔をして叫んだ。
「おい、ふざけるな! 契約と違うじゃないか! あんな平民の料理を徹底的にけなして、我々を勝たせる約束だったはずだぞ!」
ユリウスが激怒して、評価人たちに向かって指を差しながら大声で怒鳴り散らした。
その言葉が会場に響き渡った瞬間、周囲の貴族たちから大きなざわめきが起こった。
「契約と違う? けなす約束だった?」
「まさか、エヴァンス家は事前に評価人を買収して、不当に勝とうとしていたのか」
「なんて恥知らずな真似を……。そんな不正を働くなんて」
貴族たちは一斉に、イザベラとユリウスに向かって非難の言葉を浴びせ始めた。
王都の料理長も、自分たちの料理が不正の道具に使われていたと知って、怒りで顔を歪めている。
ユリウスは自分の発言の重大さに気がつき、顔面を真っ青にした。
彼らは自分たちの口から、買収という卑怯な手段を使っていたことを、大勢の貴族の前でばらしてしまったのだ。
「ち、違う! 今のは言葉のあやだ!」
ユリウスが必死に弁解しようとしたが、誰も彼の言葉に耳を貸さない。
イザベラも周囲からの冷たい視線に耐えきれず、顔を引きつらせている。
エヴァンス家の名誉は、彼ら自身の行いによって、完全に地に落ちてしまった。
「き、貴様! よくも私に恥をかかせてくれたな!」
追い詰められたユリウスが、逆上して私の方へものすごい勢いで歩み寄ってきた。彼は力ずくで私に掴みかかろうと腕を振り上げる。
その時だった。
「グルルルルルルッ!!」
空気がビリビリと鳴るような、ものすごく低くて恐ろしい咆哮が会場に響いた。
私の足元にいたハクが、ユリウスの前に立ち塞がったのだ。
真っ白な毛が大きく逆立ち、その体が一回りも二回りも大きくなったように見える。
隠れた目の奥から、冷たい光が放たれている。彼から発せられる神獣としてのとんでもない威圧感が、会場全体を重く押し潰すように広がった。
息をするのも苦しくなるような、圧倒的な強者の力。
ハクが少しだけ前足を動かしただけで、ユリウスは完全に腰を抜かし、床に無様な姿でへたり込んでしまった。
「ひぃぃっ……! ば、化け物……!」
ユリウスは恐怖で顔をくしゃくしゃにして、床を這うようにして後ずさりした。
さらに、ズシンという重たい足音を立てて、大柄なコテツちゃんが静かにユリウスの前に立った。太い腕を胸の前で交差させ、どんな攻撃も通さない巨大な壁として、私をしっかりと守ってくれている。
「おいおい、見苦しいにもほどがあるぜ」
ガンツさんが、腰に提げた大きな剣の柄に手をかけながら、ゆっくりと前に出てきた。
「自分で不正を働いておいて、負けたら暴力に訴えるってのか。もしそうなら、俺たち冒険者ギルドが相手になってやってもいいんだぞ。お嬢ちゃんに指一本でも触れてみろ、タダじゃおかないからな」
ガンツさんが低い声ですごむと、イザベラもユリウスも戦意を喪失し、床にへたり込んだまま小さく縮こまってしまった。
彼らの傲慢さは砕け散り、大勢の貴族たちの前で情けない姿をさらすことになったのだ。
騒ぎが落ち着いた後、評価人たちや王都の貴族たちが、次々と私のもとへ集まってきた。
「シャーロットさん。あなたの作る料理は、本当に素晴らしいものでした。どうか、この王都で新しくお店を開いてくれませんか」
「資金ならいくらでも出します。ぜひ、私たちのためにその美味しい料理を毎日作ってください」
彼らは口々に私を引き留め、王都での生活を提案してきた。
昔の私なら、王都の貴族たちからこんな風に必要とされることを、とても嬉しく思ったかもしれない。
でも、今の私の心はとても穏やかで、真っ直ぐに決まっていた。
「皆さん、本当にありがとうございます。私のお料理を美味しいと言っていただけて、とても嬉しいです」
私は満面の笑みを浮かべて、深くお辞儀をした。
「でも、私は王都には残りません。私には、帰る場所があるんです。私が作ったお料理を待ってくれている人たちや、一緒に笑い合える大切な相棒たちがいる、辺境の町フロンティアが、私の本当の居場所なんです」
私がきっぱりと断ると、貴族たちはとても残念そうな顔をしたが、それ以上無理に引き留めることはしなかった。
ガンツさんが豪快に笑い、私の背中をポンと叩いてくれた。
「あっはっは! さすがはお嬢ちゃんだ! 俺たちの町に帰ろうぜ!」
「わふっ! わんっ!」
ハクも威圧感をすっかり消し去り、いつもの可愛い看板犬に戻って大きな尻尾を振っている。
コテツちゃんも、無言のまま大きく頷いてくれた。
そのまま、私たちは立派な建物を後にして、自分たちの馬車へと乗り込んだ。
重たい車輪の音が鳴り、馬車は王都の石畳の道を抜けて、フロンティアへと続く広い土の道を進み始めた。




