第二十五話:私の大好きな、本当の居場所
馬車がガタゴトと音を立てて、土の道を進んでいく。
王都を出発してから、数日の時間が経っていた。硬くて冷たい石畳の道はとっくに終わり、馬車の車輪から伝わってくるのは、土の道の柔らかくて心地よい感触だ。
分厚い布の幌の向こう側から、王都にはなかった土と草の匂いをたっぷり含んだ風が吹き込んでくる。
「お嬢ちゃん、もうすぐ到着するぞ」
御者台で手綱を握るガンツさんが、後ろを振り向いて声をかけてくれた。
「王都の道は平らで走りやすかったが、やっぱりこの土の道を通らないと、帰ってきたって気がしないな。それに、あの息苦しい空気からようやく抜け出せたって感じがするぜ」
「そうですね。私も、王都のきらびやかな建物よりも、この土の道の方がずっと落ち着きます」
私が答えると、ガンツさんは豪快な笑い声を上げた。
「わふっ! わんっ!」
荷台に乗っているハクも、フロンティアの町が近づいてきたことが分かるのか、大きな声で鳴いて飛び跳ねた。
行きは退屈そうにしていた彼だけれど、今は大きなお鼻をヒクヒクと動かして、外から流れてくる匂いを一生懸命に嗅いでいる。大きな尻尾を左右にバッサバッサと振って、早く帰りたくてたまらない様子だ。
馬車の後ろを静かについてくるコテツちゃんも、なんだかいつもより足取りが軽いような気がする。
しばらく進むと、見慣れた町――フロンティアが見えてきた。
「よし、帰ってきたぜ!」
ガンツさんが手綱を引くと、馬車はゆっくりと門をくぐり抜けて、町の大通りへと入っていった。
王都の静かで冷たい空気とは全く違う、とても活気のある声が四方八方から聞こえてくる。
市場の方からは、お肉を焼く匂いや、お野菜の青っぽい匂いが風に乗って漂ってきた。
すれ違う人たちはみんな、大声で笑い合い、楽しそうに買い物をしたり立ち話をしたりしている。道端では子供たちが元気よく走り回り、荷車を引く商人たちが威勢の良い声を上げている。
「やっぱり、うちの町が一番だ」
ガンツさんが深く息を吸い込んで、満足そうに言った。私も同じ気持ちだった。
馬車が私のお店である『食堂しゃーろっと』に近づいていくと、建物の前にたくさんの人が集まっているのが見えた。
「おい、帰ってきたぞ!」
「ガンツの旦那の馬車だ!」
大通りにいた人たちが私たちの馬車に気付き、大きな声を上げて駆け寄ってきた。
「お嬢ちゃん、お疲れ様! 無事に帰ってきてくれてよかったぜ!」
冒険者ギルドの人たち。そして、市場の店の人たち。この町で出会ったすべての人たちがいるように見えた。
その中には、目立たない服を着た仕入れ屋のキースさんの姿もあった。
「皆さん、ただいま帰りました!」
私が幌の間から顔を出して元気に挨拶をすると、大通りのあちこちから「おかえり!」「よくやった!」という温かい声が返ってきた。
馬車がお店の前に止まり、私が荷台から地面へ降りると、町の人たちが一斉に周りを囲んだ。
「それで、料理の対決とやらはどうだったんだ? もちろん、お嬢さんが勝利したんだろ?」
ガンツさんに、キースさんが尋ねてきた。
「あっはっは! もちろんだとも!」
ガンツさんが御者台から飛び降りて、自慢げに胸を張った。
「王都の連中、お嬢ちゃんが作った海鮮和食定食を一口食った途端に、目を丸くして固まっちまったんだ! そのまま夢中になって全部平らげて、こっちの飯の方が美味いって大声で認めたんだぜ! あいつらの間抜けな顔、お前たちにも見せてやりたかったな!」
ガンツさんの報告を聞いて、町の人たちは「うおおおっ!」と地鳴りのような歓声を上げた。
「やったな、お嬢ちゃん!」
「さすがは俺たちの食堂だ! 王都の料理なんて目じゃないぜ!」
「うちの市場で仕入れた食材が、王都の貴族どもを唸らせたんだな! こりゃあ今夜は市場を上げてのお祝いだ!」
みんなが自分のことのように大喜びして、お互いの肩を叩き合っている。
キースさんが歩み寄ってきて、私の肩をポンと軽く叩いた。
「大したもんだ。あの高飛車な王都の連中に一泡吹かせて、おまけにきっちりと自分の足でこの町に帰ってくるなんてな。お嬢ちゃんには、最初から負けるつもりなんて微塵もなかったってわけか」
「はい。私のお料理は、世界で一番美味しいですから」
私が満面の笑みで答えると、キースさんは「はっ、違いない」と楽しそうに笑った。
「わふっ! わふぉん!」
ハクも馬車から飛び降りて、町の人たちの間を愛嬌たっぷりに歩き回っている。みんなが「お前もよく頑張ったな」と言って、彼のふかふかの頭をたくさん撫でてくれた。
コテツちゃんも、馬車の後ろからゆっくりと歩いてきて、無言のままペコリと頭を下げて挨拶をしている。
王都では化け物扱いされた仲間たちが、ここではこんなにも温かく迎えられている。みんなの笑顔を見ていると、長旅の疲れも一気に吹き飛んでしまった。
ひとしきりお帰りなさいの挨拶を交わした後、私はお店の戸締まりを外し、重い引き戸を横に開けた。
何日か家を空けていたけれど、中は出かけた時のまま、きれいに片付いていた。
「さて、次の営業の準備をしないとね」
私はお店の中に入り、明日の営業に向けての準備を始めた。
そう、私がいるべきところは、ここなのだから。




