第二十三話:いざ王都へ。
馬車の大きく重たい車輪が、硬い石畳の道の上をガタガタと大きな音を立てて進んでいく。
辺境の町フロンティアからずっと続いていた柔らかい土の道とは違う、とても硬くて冷たい感触が、馬車の木の床を通して私の足の裏へと直接伝わってきた。
私たちが乗っている馬車の荷台には、強い日差しや雨を防ぐための分厚い布の幌がしっかりと張られている。そのため、外の通りを歩いている人たちから、荷台の中にいる私たちの姿を見ることはできない。
私は幌の端っこを少しだけめくり、外の景色をそっと覗き見た。
道の両側には、真っ白な石をきれいに切り出して作られた背の高い建物が、ぎっしりと並んでいる。
私たちは今、この国の中心であり、貴族やお金持ちが集まる巨大な街、王都の中を真っ直ぐに進んでいるのだ。
「お嬢ちゃん、王都っていうのは随分と息苦しい場所だな」
幌の外、馬車の御者台で手綱を力強く握るガンツさんが、周りの高い建物をぐるりと見回しながら大きな声で言った。
「道は広くて平らだが、周りの壁が高すぎて風が全然通らないじゃないか。それに、歩いている連中の顔を見てみろ。みんな同じように不機嫌そうな顔をしていて、大声で笑っている楽しそうなやつが一人もいない。辺境のフロンティアの方が、よっぽど空気が美味くて過ごしやすいぜ」
「そうですね。私もずっとこの街の中にある大きなお屋敷に住んでいたんですけど、フロンティアの広い空や美味しい空気にすっかり慣れてしまったので、なんだかとても狭く感じてしまいます」
私が幌の内側から同意して答えると、ガンツさんは豪快に笑い声を上げた。
「わふっ! わふぉん!」
荷台に私と一緒に乗っているハクも、ガンツさんの言葉に同意するように大きな声で鳴いた。
彼は真っ白でふかふかの毛並みを持つ、とても大きな犬だ。今は私の隣で伏せをして、大きなお鼻をヒクヒクと動かし、幌のすぐ外から入ってくる王都の匂いを一生懸命に嗅いでいる。いつもなら市場からやってくるお肉やお魚の良い匂いに大喜びして、大きな尻尾を左右にバッサバッサと振るのに、今のハクはなんだかとても退屈そうにしていた。
幌の向こう側ですれ違う馬車はどれも金や銀の飾りでピカピカに光っていて、乗っている人たちはヒラヒラとした高級な服を着ている。道を行き交う人たちも、自分の身なりや他人の目ばかりを気にして、誰とも口を利かずに足早に通り過ぎていく。強い香水の匂いばかりが鼻をつき、食べ物の美味しい匂いはどこからもしてこない。
そこには、フロンティアの町にあるような、大声で笑い合いながらお食事を楽しむような温かさはどこにもなかった。
「お嬢ちゃん、あの硬いお煎餅ってやつはもう残っていないか? なんだか口の中が寂しくなってきたんだ」
ガンツさんが手綱を持ったまま、後ろを振り向いて声をかけてきた。
「あと少しだけ残っていますよ。対決の会場に着く前に、しっかりと腹ごしらえをしておきましょうか」
私は足元に置いてある通気性の良い木の箱を開け、大きくて丸いお煎餅をいくつか取り出した。
何日も前にフロンティアの厨房で作って、王都までの道中のお供にしてきた大切な携帯食だ。お米をすり鉢で潰して乾燥させ、大豆から作ったお醤油をたっぷりと塗ってかまどの火で香ばしく焼き上げた特別なお料理である。
私は幌の前に開いた小さな窓のような部分から手を出して、ガンツさんに大きな一枚を手渡した。そして、足元で期待して待っているハクにも一枚与える。そして、最後に、私も自分用に一枚手に取った。
ボリッ。ボリボリッ。
ガンツさんが大きなお口を開けてお煎餅を噛み砕く、ものすごく良い音が静かな石畳の道に鳴った。
ハクは、バリバリと良い音を立ててとても美味しそうに食べていた。そして、もっと欲しいというように、前足をバタバタと動かした。
私も端っこをガブリと噛み割る。
パキッという小気味良い食感の後に、お醤油の香ばしいしょっぱさと、お米を噛むほどに出てくる優しい甘みが口いっぱいに広がる。生地の中に入れた黒い海苔の磯の風味も加わって、何度食べても全く飽きない大好きな味だ。
「やっぱりこのお煎餅は最高にうまいな! ものすごく硬いから噛むのに少し力がいるが、その分だけ米の味がしっかり出ている。それに、この黒い醤油の匂いがたまらないぜ。これがあれば、こんな退屈な街でも楽しく過ごせそうだ」
ガンツさんは大喜びで、あっという間にお煎餅を一枚きれいに平らげてしまった。
私たちが馬車の上で楽しそうにお煎餅を食べていると、道を歩いている王都の人たちが足を止め、こちらを指差してヒソヒソと話し始めたのが聞こえてきた。彼らからは、御者台に座っているガンツさんと、馬車の後ろをついてくるコテツちゃんの姿しか見えていない。
「見なさい、あの馬車。御者台に座っている小汚い服を着た男が、平民の食べる茶色い塊を下品な音を立てて食べているわ」
「本当に信じられない。それに、後ろを歩いているあの土の塊は何だ。あんな気味の悪いものを王都に持ち込むなんて、何を考えているのか」
「早く衛兵を呼んで、追い出してもらった方がいいんじゃないか」
彼らは私たちを遠巻きに見ながら、とても不機嫌そうな顔をして文句を言っている。
私たちの馬車のすぐ後ろには、大柄なコテツちゃんが静かに、そして確かな足取りでついてきている。土と岩でできた巨大な彼が歩くたびに、地面が少しだけ重く鳴る。
その規格外に大きな姿を見れば、王都の人たちが驚くのも無理はない。
「ふんっ。王都の連中は、このお煎餅のとんでもない美味さも分からないのか。見た目だけで判断するなんて、本当に可哀想なやつらだぜ」
ガンツさんは周りの冷ややかな言葉など全く気にすることなく、鼻で笑い飛ばして前を向いた。
「そうです。彼らは美味しいものの本当の価値を知らないだけです。気にすることはありませんよ」
私も力強く頷いた。
以前の私なら、大勢の貴族やお金持ちからこんな風に冷たい言葉を投げかけられたら、怖くて下を向いてしまっていたかもしれない。
エヴァンス家から理不尽な理由で追い出されたあの日、私はたった一人で王都の通りを泣きながら歩いた。周りの人は誰も助けてくれず、ただ冷たく通り過ぎるだけだった。あの時の悲しくて惨めな気持ちは、今でも私の中に少しだけ残っている。
でも、今の私は全く違う。
私には、辺境の町で自分の手で作り上げた『食堂しゃーろっと』という大切な居場所がある。
毎日私のお料理を美味しいと言って笑顔で食べてくれる、たくさんのお客さんたちがいる。
そして何より、どんな時でも私を守り、支えてくれる最高の仲間たちが一緒にいてくれるのだ。
豪快で頼りになるガンツさん。
とんでもない力を持つ大きな犬でありながら、私の前では可愛い看板犬でいてくれるハク。
言葉は出せないけれど、かまどの火の管理から配膳まで文句一つ言わずにこなしてくれる、優しくて力持ちのコテツちゃん。
彼らがいれば、私は何も怖くない。
王都の権威も、貴族たちの冷たい言葉も、今の私にとってはただの通り過ぎる景色と同じだった。
「お嬢ちゃん、見えてきたぞ。あそこが対決の会場のようだな」
ガンツさんの声に、私は顔を上げて真っ直ぐに前を見た。
道の突き当たりに、ひときわ大きく、とんでもなく立派な建物が現れたのだ。
真っ白な石できれいに作られた太い柱がたくさん並び、入り口の階段には真っ赤な絨毯が敷かれている。屋根には金の飾りが太陽の光を反射して、眩しいくらいに光っていた。
建物の周りには、色鮮やかなお花がきれいに植えられ、豪華に装飾された貴族たちの馬車が何台も止まっている。
今日、社交界の大規模な催しが開かれている、王都で一番の高級料亭であり、料理対決の特設会場に指定された場所だ。
「ついに到着しましたね。皆さん、行きましょう」
私は気合を入れ直し、両手で白いエプロンの紐をしっかりと結び直した。
ガンツさんが馬車を建物の横の広い場所に止める。
私が分厚い布の幌を開けて荷台から降りると、ハクも軽やかな身のこなしでポーンと地面へ飛び降りた。
そこで初めて、私たちの馬車の中にこれほど巨大な白い犬が乗っていたことを知った王都の人たちが、驚きの声を上げて道を大きく開けた。
私たちが荷物を下ろしていると、すぐに建物の入り口から、金色の糸で装飾された服を着た数人の役人が歩み寄ってきた。フロンティアの町へ一方的な通達を持ってきたのと同じ、貴族院の役人たちだ。
「ふん。逃げ出さずにのこのことやってきたか、辺境の平民ども。ここはお前たちのような泥にまみれた者が、正面から足を踏み入れていい場所ではない。さっさと見えない裏口へ回って、その粗末な食材を下ろすんだな」
先頭の役人が、手で鼻を覆いながらものすごく見下した声で言った。
その言葉に、ガンツさんの顔が険しくなる。
「おい。俺たちは正式に呼ばれてやってきた客人だぞ。裏口からコソコソ入る義理なんてない。堂々と正面の入り口から入らせてもらう」
ガンツさんが低い声で威嚇するように一歩前に出ると、役人たちは少しだけ後ずさりした。
「グルルルルル……」
ハクがガンツさんの隣に並び、お腹の底から響くような低い唸り声を上げた。
真っ白な毛が少しだけ逆立ち、周囲の空気がズンと重くなる。ただの大きな犬ではない、彼の中にある恐ろしい力が少しだけ外に出たのだ。
コテツちゃんも、ズシンという重たい足音を立てて私たちのすぐ後ろに立った。大きな壁のように立ちはだかる彼の姿は、ものすごい迫力がある。
「ひぃっ……! わ、わかった! 好きにしろ!」
役人たちはハクの威圧感とコテツちゃんの巨大な姿にすっかり腰を抜かしそうになり、道を大きく開けて逃げていった。
「お嬢ちゃん、行こうぜ」
「はい」
私は真っ直ぐに前を向いた。
もう何も迷うことはない。私の作った和食の本当の美味しさを、この王都の真ん中でしっかりと証明するだけだ。
私たちは堂々と胸を張り、赤い絨毯の上を歩いて、立派な建物の正面入り口へと向かった。




