第二十二話:届いた理不尽な果たし状と、旅のお供の「お煎餅」
王都からやってきたイザベラとユリウスが、私のお店で大騒ぎをして逃げ帰ってから、数日の時間が経過していた。
彼らが嵐のようにやってきて去っていった後も、辺境の町フロンティアにある私の食堂は、毎日たくさんのお客さんで大繁盛している。
大通りに面したお店の入り口を横に大きく開け放つと、お魚の脂とお醤油が焦げる香ばしい匂いが表までたっぷりと広がり、それにつられて町の人たちや旅人たちが次々と足を踏み入れてくるのだ。
「あっはっは! 何度思い出しても、あの時の王都の連中の逃げっぷりは面白かったな!」
お昼の営業時間が始まり、広い土間の客席にある一番大きな木のテーブルを囲んで、冒険者ギルドのガンツさんが豪快な笑い声を上げていた。
彼の周りに座っている他の冒険者たちも、手におにぎりを持ったまま楽しそうに笑っている。
「本当にそうだな! 大きな犬がちょっと低い声を出しただけで、腰を抜かして転がりながら出ていったんだからな。あんなに威張っていたのに、情けないったらありゃしないぜ」
「あいつら、この美味い海苔巻きおにぎりも、新しいお魚のあら汁も食べられなかったんだ。王都の貴族っていうのは、美味しいものの価値も分からない可哀想なやつらだ!」
冒険者たちは、私のお店で起こった数日前の騒動をすっかり笑い話に変えていた。
彼らが美味しそうに食べているのは、新しく献立に加えた特製のあら汁だ。
お魚の身はお醤油で甘辛く煮付けにし、残った頭や太い骨を土鍋でじっくりと煮込んで出汁を取ったもの。そこへ自家製のお味噌をたっぷりと溶かし入れ、緑色のワカメを加えている。
お魚の深い旨味がお味噌と合わさって、これ以上ないほど奥深い味に仕上がっており、ガンツさんたちにも大好評だった。
「お嬢ちゃん、このあら汁ってやつは本当に最高だな! 肉のスープとは全く違う旨味があって、これを飲むとダンジョン探索の疲れがお腹の底からすっかり消えていくみたいだ!」
ガンツさんは木のお椀を両手で持ち、ズズッと大きな音を立てて汁を飲み干した。
「ありがとうございます。お魚の骨からは、とっても美味しい出汁が出るんですよ。おにぎりともよく合いますから、たくさん食べてくださいね」
私が厨房から大きな声で返事をすると、ガンツさんは「おう!」と力強く頷き、黒い海苔が巻かれたおにぎりを大きく口を開けて頬張った。
パリッ。
海苔がちぎれる小気味良い音が、店内のあちこちから聞こえてくる。
厨房では、かまどの前に立つコテツちゃんが器用に空気の通り道を調整し、ご飯を炊くための土鍋の火加減を一番良い状態に保ってくれている。
私の足元では、真っ白でふかふかの毛並みを持つハクが、大きな尻尾を左右にバッサバッサと振りながら、お客さんの足元にこぼれたご飯粒をきれいに舐めとるお仕事をしっかりこなしていた。
平和で、活気があって、誰もが笑顔でお食事を楽しんでいる。
私がこの世界で一番大好きな時間だった。
しかし、その楽しい時間は、再び突然の訪問者によって遮られることになった。
ガラガラ、ヒヒーン!
表の大通りから、何頭もの馬が引く重たい車輪の音が聞こえてきた。
その音は私のお店の前でピタリと止まり、数人の足音が入り口の方へと向かってくる。
「なんだ、また王都の連中か?」
ガンツさんが手からおにぎりを離し、入り口の方へ鋭い視線を向けた。
店内にいた他のお客さんたちの話し声も止まり、全員の視線が引き戸の向こうへ集まる。
お店の中に入ってきたのは、信じられないほど派手で立派な服装をした、三人組の男性だった。
彼らは王都の役人が着るような、金色の糸で装飾された服を着ており、胸には大きな紋章が刺繍されている。手には丸められた羊皮紙を持ち、店内の客を小馬鹿にするような視線で見回した。
特に先頭に立つ男は、辺境の町を歩くことすら屈辱だと言うように、しきりに自分の服の裾を払っている。
「ここが、例の食堂か。油と魚の臭いが充満していて、とても正気の人間が食事をする場所とは思えないな。服に平民の臭いが染みついてしまいそうだ」
先頭に立つ役人が、手で鼻を覆いながらひどく高い声で言った。
その言葉に、ガンツさんたち冒険者の顔つきが変わった。楽しい食事の時間を邪魔され、しかも自分たちが大好きな場所を平然とけなされたのだ。
「おい、あんたら。ここは飯を食う場所だ。文句があるならさっさと帰ってくれ」
ガンツさんが立ち上がり、低い声で威嚇するように言った。
しかし、役人は全く怯む様子を見せず、鼻で笑って言い返した。
「泥にまみれた平民が気安く話しかけるな。私たちは王都の貴族院に所属する、名誉ある者だ。そしてこれは、高貴なるエヴァンス家の当主からの正式な通達である。この店の店主である、シャーロットという女に用がある」
その名前を聞いて、私は作業台の前から土間へと歩み出た。
「私がシャーロットです。王都の役人さんが、辺境の小さな食堂に何の用でしょうか」
私が真っ直ぐに相手の顔を見て尋ねると、役人は持っていた羊皮紙をバサリと広げ、高圧的な態度で声を張り上げた。
「先日、王都の貴族であるエヴァンス家の令嬢より、貴族院へ正式な苦情が申し立てられた。当家の名を語る者が辺境の町で店を開き、ゴミのような食材を使った粗悪な食事を提供して、貴族の顔に泥を塗っているという内容だ。エヴァンス家は、平民が当家の名誉を傷つけることを決して許しはしない」
私は小さく息を吐き出した。
エヴァンス家の令嬢とは、間違いなくイザベラのことだ。彼女は先日このお店で自分たちの要求が通らなかったことを根に持ち、王都へ戻ってから嘘の報告をして、貴族院の役人を動かしたのだ。
どこまでも自分勝手で、陰湿な嫌がらせだった。
「ゴミのような食材ではありません。私は海の恵みと、きちんとした手作りの調味料を使ってお料理を作っています。嘘の報告を信じて、わざわざここまで来られたのですか」
私が冷静に答えると、役人は面白くもない冗談を聞いたような顔をして鼻を鳴らした。
「言い訳など聞く耳を持たない。エヴァンス家は、この問題を解決するために、近日中に王都で開催される社交界の大規模な催しにおいて、特設会場を設けることとした。そこで、王都の最高級の料理人と、お前のその気味の悪い料理で『料理対決』を行えという命令だ」
料理対決。
しかも、社交界の大規模な催しの中で。
「お前が作る平民の餌のようなものが、いかに王都の洗練された料理に劣っているか。それを多くの貴族たちの前で証明し、エヴァンス家の名誉を回復するための見世物だ。高貴な方々の前で料理を作る機会を与えられたことを、ありがたく思え」
役人はニヤニヤと笑いながら、私を見下した。
イザベラのやりそうなことだ。彼女は私を大勢の貴族の前で徹底的に辱め、私の作ってきた和食を公の場で否定しようとしているのだ。社交界のイベントという華やかな場で私を打ち負かし、自分たちの優位性を証明するための見世物にするつもりなのだ。
「もし私がその勝負を断ったら、どうなるのですか」
「断る権利などない! もし逃げるようなことがあれば、このフロンティアの町で商売を続けることはできなくなる。貴族院の権限を持ってお前の店を潰し、その土の塊や犬もすべて処分することになるぞ! 平民の分際で、貴族に逆らえると思うな!」
役人の言葉に、店内の空気が一気に冷たくなった。
ガタンッ!
ガンツさんが椅子を蹴り倒して立ち上がり、大きな拳を力強く握りしめた。
「ふざけるな! お嬢ちゃんは何も悪いことはしていない! 王都の連中が勝手に因縁をつけて、無理やり見世物にしようとしているだけじゃないか!」
ガンツさんに続いて、他の冒険者たちも一斉に立ち上がり、腰に提げた武器に手をかけた。歴戦の冒険者たちが放つ本気の殺気が、役人たちに向かって突き刺さる。
「グルルルルル……」
入り口のそばにいたハクが、お腹の底から響くような低い唸り声を上げ始めた。
真っ白な毛が逆立ち、彼から発せられる恐ろしい威圧感が、店内の空気を重く沈み込ませた。
ズシン、と重たい足音を立てて、コテツちゃんも私の隣に並び立った。
「ひぃっ……な、なんだこの連中は……! 貴族院の役人である私に、刃向かうつもりか!」
役人たちは冒険者たちの殺気と、ハクの威圧感に腰を抜かしそうになっていた。彼らは後ずさりし、入り口の引き戸に背中をぶつけた。
「と、とにかく通達はした! 七日後、王都の指定された会場へ来い! これは拒否できないぞ!」
彼らはそれだけを早口で叫ぶと、ハクに食べられるとでも思ったのか、転がるようにしてお店から飛び出し、馬車に乗ってものすごい速さで走り去っていった。
開け放たれた引き戸の向こうで、土埃が白く舞い上がっている。
私は役人が床に落としていった羊皮紙を拾い上げ、静かにそれを見つめた。
「お嬢ちゃん」
ガンツさんが、心配そうな顔をして私に近づいてきた。
「あんな連中の言うこと、聞く必要はないぞ。俺たち冒険者ギルドが、全力でお嬢ちゃんとこの店を守る。王都の兵士が来ようが、全員返り討ちにしてやるさ」
ガンツさんの言葉はとても力強く、温かかった。他のお客さんたちも、口々に私を庇う言葉をかけてくれる。
でも、私は自分の頭の中でしっかりと考えていた。
ここで対決から逃げれば、イザベラやユリウスは何度でも卑怯な手を使ってこの町に嫌がらせをしてくるだろう。冒険者ギルドの皆さんに迷惑をかけたり、怪我をさせるようなことになれば、私は後悔してもしきれない。
それに、何より我慢ならないことがあった。
私の作るおにぎりやあら汁を、彼らは「ゴミのような食材」と呼んだ。
前世の記憶から再現した、お料理。この世界で苦労して集めたお米や大豆、海苔やワカメ。それを美味しいと言って食べてくれるお客さんたちの笑顔まで、一緒に泥を塗られたような気がしたのだ。
「ガンツさん。皆さん、本当にありがとうございます」
私は顔を上げ、しっかりとガンツさんの目を見た。
「でも、私は王都へ行きます。彼らがどれだけ高級な食材を用意しようと、私の作る和食が負けるはずがありません。このお料理の本当の美味しさを、大勢の貴族たちの前でしっかりと証明してやります。そして、二度とこのお店に手を出せないようにしてやるんです」
私がはっきりと宣言すると、ガンツさんは驚いた顔をした後、とても嬉しそうに大きく笑った。
「あっはっは! さすがはお嬢ちゃんだ! その意気だぜ。それなら、俺も一緒に王都へ行くぞ。護衛がいないと、道中でどんな嫌がらせをされるか分からないからな」
「わふっ! わんっ!」
ハクが元気よく鳴いて、私の足元で飛び跳ねた。自分も一緒に行くと言ってくれているようだ。
コテツちゃんも、私の隣で大きく頷き、太い腕を胸の前で交差させて力こぶを作るような動作をした。
仲間たちが全員、私を支えてくれる。
これほど心強いことはない。
「わかりました。それでは、王都へ向かう準備をしましょう。道中で食べるお食事を、たくさん作らなければなりませんね」
◇
その日から、私は王都への旅に向けた準備に没頭した。
王都までは馬車で数日の道のりだ。その間に食べるものとして、日持ちのする特別な携帯食を作る必要がある。
おにぎりは美味しいけれど、何日も経つとどうしても味が落ちてしまう。そこで私は、お米を加工した新しいお料理、つまり「お煎餅」を作ることに決めたのだ。
私は厨房の作業台の前に立ち、コテツちゃんにいつもより少し柔らかめに炊いてもらった白いご飯を、大きな木のすり鉢の中に入れた。
そこへ、少しのお塩と、香り付けの役割として細かく砕いた黒い海苔をたっぷりと混ぜ込む。
そして、太くて重い木のすりこぎを使い、体重をかけて力強くご飯を潰していく。ご飯の粒がなくなり、全体がねっとりとしたひとまとまりのお餅のようになるまで、何度も何度もすりこぎを押し当てた。
かなり力が必要な作業だけれど、これをしっかりとやっておかないと、後で焼いた時にポロポロと崩れてしまうのだ。
「よし、これくらいでいいわね」
私は粘りの出たお米の塊をすり鉢から取り出し、作業台の上に置いた平らな木の板の上に乗せた。
その上からもう一枚の木の板を重ねて、両手でしっかりと体重をかけ、中の塊をできるだけ薄く、均等な厚さになるように押し広げていく。
板を外すと、大きく平べったい形になったお米の生地ができあがっている。
それを、適当な大きさの丸い形になるように、小さな木の型で一つずつ丁寧にくり抜いていった。
「コテツちゃん、これを外の網の上に並べてくれる?」
私が丸く抜いた生地をお皿に乗せて渡すと、コテツちゃんは無言で頷き、建物の裏手の空き地へと運んでくれた。
そこには、通気性の良い大きな木の網がいくつも並べられている。
コテツちゃんは器用な手つきで、お米の生地を綺麗に網の上に並べていった。
これをお日様の光と風に数日間しっかりと当てて、カチカチに乾燥させるのだ。すべての水分を飛ばすことが、美味しいお煎餅を作るための一番大切な手順である。
数日後。
網の上に乗せられたお米の生地は、水分がすっかり抜けて、石のように硬い状態になっていた。
「よし、ここからが本番よ。コテツちゃん、かまどの火を中くらいの強さにしてちょうだい」
私の指示で、コテツちゃんはかまどの空気穴を調整し、安定した火の勢いを作ってくれた。
私はその火の上に、細い鉄の棒を格子状に組んだ焼き網を乗せた。
そこへ、乾燥したお米の生地を何枚か並べる。
パチッ、パチッ。
火の熱を受けると、硬かった生地が少しずつ膨らみ始め、小さな音を立てる。
私は生地が焦げないように、木のお箸を使って何度も何度もひっくり返した。
表面がほんのりとキツネ色になり、お米の焼ける香ばしい匂いが立ち上ってくる。
ある程度焼けたところで、私は手元に用意しておいた小さな壺を開けた。
中に入っているのは、大豆から作った特別なお醤油だ。
鳥の羽で作った柔らかい刷毛をお醤油に浸し、焼いている途中の生地の表面に、サッと手早く塗っていく。
ジュワッ!
お醤油が熱い生地に触れた瞬間、ものすごく良い音が鳴り、醤油の焦げるたまらなく香ばしい匂いが厨房いっぱいに爆発したように広がった。
「わふぅ!」
足元で見ていたハクが、その匂いに我慢できなくなったように大きな声を出して飛び跳ねた。大きなお鼻をヒクヒクと動かして、尻尾をものすごい速さで振っている。
「ふふっ、ハクもこの匂いは大好きなのね。でも、これはとっても熱いから、少し冷ましてからね」
私は両面にお醤油を二度塗りし、しっかりと乾くように炙ってから、網から下ろして大きなお皿の上に重ねていった。
表面はお醤油のきれいな焦げ茶色に染まり、所々に混ぜ込んだ黒い海苔の粒が見えている。
手で持ってみると、水分が飛んでいて、とても軽い。
「これで、お煎餅の完成よ。試しに一枚食べてみましょうか」
私は冷めたお煎餅を手に取り、端っこをガブリと噛み割った。
パキッ、ボリボリッ。
硬くて歯ごたえのある素晴らしい食感の後に、お醤油の香ばしいしょっぱさと、お米を噛むほどに出てくる優しい甘みが口いっぱいに広がった。
海苔の風味も加わって、何度でも食べたくなるような奥深い味わいだ。これなら、何日経っても腐ることはないし、馬車に揺られながら食べるのにも最適だ。
ハクにも一枚割って投げてやると、ボリボリと良い音を立てて美味しそうに食べていた。
私は夜遅くまで作業を続け、通気性の良い大きな木の箱に、お醤油味の海苔入りお煎餅、そして、料理対決で使用する食材たちを詰め込んだ。
これで、王都までの旅の食糧とその後の料理は大丈夫だ。
翌朝。
お店の前に、ガンツさんが手配してくれた大きく頑丈な馬車が止まっていた。
「準備はいいか、お嬢ちゃん」
ガンツさんが馬車の御者台に座り、大きな声で尋ねた。
荷台には、お煎餅が入った木の箱がしっかりと固定されている。
ハクはすでに荷台の上に飛び乗り、大きな尻尾を振って外の景色を眺めていた。コテツちゃんも、馬車の後ろを歩いてついてくる準備ができているようだ。
「はい、ばっちりです!」
私はお店の戸締まりをしっかりと確認し、馬車の荷台へ乗り込んだ。
「それじゃあ、出発だ!」
ガンツさんが手綱を引くと、馬が大きく鳴いて歩き出した。
重たい車輪の音が鳴り、馬車はフロンティアの大通りを抜けて、外へと続く広い道を進み始めた。
お店の前には、町にいるお店の人たち、そしてたくさんの常連のお客さんたちが集まり、大きく手を振って私たちを見送ってくれていた。
「勝ってこいよ、お嬢ちゃん!」
「この町の飯が一番だっていうことを、王都の貴族たちに教えてやれ!」
みんなの温かい声援を聞きながら、私も大きく手を振り返した。




