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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第五章:王都への帰還と料理対決

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第二十一話:王都からの招かれざる客と、頼もしい常連たち

 お日様が空の真ん中を通り過ぎ、明るい光が辺境の町フロンティアの大通りにたっぷりと降り注いでいる。

 私の食堂は、今日もまた一番忙しくて、そして一番楽しい時間を迎えていた。


 厨房の中には、朝から時間をかけて仕込んだお料理の良い匂いが、隅々にまで広がっている。

 分厚い土鍋の蓋を開けると、真っ白な湯気が勢いよく立ち上り、お米の甘くて優しい匂いが顔に当たった。お水加減も火加減も一番良い状態で、お米の一粒一粒が真っ白に光って立ち上がっている。

 私は木杓子を使い、底の方からふんわりとご飯をひっくり返して風を入れた。お米が潰れないように、とても丁寧に、優しく扱う。


 作業台の上では、今日もたくさんのおにぎりを握る準備が整えられていた。

 手をきれいなお水で洗い、市場で買った粗塩を少しだけ手のひらにまぶす。

 温かいご飯を両手で優しく取り、真ん中に細かく切った生姜焼きのお肉を入れる。ご飯とご飯の間に適度な空気を持たせるように、ふんわりと三角形の形に整えていく。

 そして、建物の裏手にある空き地で天日干しにし、かまどの弱い火でサッと炙ったばかりの黒い海苔をぐるりと巻きつける。

 パリッという小さな音が鳴り、磯の香ばしい匂いが立ち上った。ほかほかとしたご飯の温かさと湯気を受けて、海苔が少しだけしんなりとする。

 お米の白と海苔の黒の対比が、とても美しい。


「コテツちゃん、三番のテーブルに海鮮和食定食をお願いね」


 私が声をかけると、かまどの前で火の番をしていたコテツちゃんが無言で大きく頷いた。

 私は木のお皿に、お醤油で甘辛く煮付けた赤いお魚を乗せ、上からとろみのあるタレをスプーンでたっぷりと回しかける。

 木のお椀には、お肉の出汁と自家製のお味噌を合わせた温かいスープに、鮮やかな緑色のワカメをたっぷり入れたお味噌汁をよそう。

 そして、出来立ての海苔巻きおにぎりを二つ並べる。


 コテツちゃんはお盆を受け取ると、両手に一つずつ、さらに平らな頭の上にもう一つお盆を乗せた。

 大柄な土と岩の体であるにもかかわらず、人間と同じくらい滑らかな動きで、汁を一滴もこぼさずに客席へとお食事を運んでいく。


「わふっ! わんっ!」


 入り口のそばでは、真っ白でふかふかの毛並みを持つハクが、大きな尻尾を左右に振りながらお客さんたちの間を歩き回っている。

 彼はお店の看板犬として、お客さんの足元にこぼれたご飯粒をきれいに舐めとるお仕事をしっかりとこなしていた。お客さんたちもハクの愛嬌のある姿を見ると自然と笑顔になり、お肉の端っこを少しだけ分けてあげている。


 広い土間の客席は、今日も満員だった。

 冒険者ギルドのガンツさんたちをはじめ、町の人たちや、遠方からやってきた旅人の人たちが、木のテーブルを囲んで賑やかに食事を楽しんでいる。


「この黒い海苔が巻かれたおにぎり、何度食べても飽きないうまさだな!」


 ガンツさんが手で持ったおにぎりを大きく口を開けて頬張り、とても美味しそうに噛み砕いている。


「赤い魚の煮付けも最高だ! この甘辛いタレだけで、白いご飯がいくらでも食べられるぞ!」

「ワカメの味噌汁を飲むと、ダンジョン探索の疲れがお腹の底から消えていくみたいだ!」


 あちこちから、美味しいという声が耳に届く。

 私が前世の記憶を頼りに作り上げた和食が、この町の人たちの生活にしっかりと根付いている。誰も見向きもしなかった未知の食材が、彼らを笑顔にしているのだ。

 私は次々と注文を受けながら、忙しく手を動かし続けた。

 お腹の底から、温かい幸福感が満ちていくのを感じていた。


 しかし、その平和で活気のある時間は、突然の乱暴な音によって破られた。


 バンッ!


 お店の入り口にある重い引き戸が、乱暴に力強く横に開け放たれたのだ。

 あまりの勢いに、木が割れるような高い音が鳴った。

 店内にいたお客さんたちの楽しそうな話し声が、ピタリと止まる。全員の視線が、入り口の方向へと向いた。


 そこに立っていたのは、この辺境の町には全く似つかわしくない、ひどく派手な服を着た若い男女だった。

 金色の髪をきれいに整え、いかにも貴族の青年といった身なりをしている男性。

 その隣には、豪華なドレスを着て、勝ち誇ったような顔をしている女性。

 二人とも、長旅のせいか服の裾には土埃がたっぷりとつき、顔には疲労というものが濃く表れている。それでも、彼らは無理に胸を張り、周囲の客たちを見下すような視線を向けていた。


 私は、作業台の前で手を止めた。

 その二人の顔を、私が見間違えるはずがない。

 私を理不尽な理由で家から追い出した、腹違いの妹であるイザベラと、元婚約者のユリウスだった。


「やっと見つけたわ。こんな辺境の小汚い店で、まだ泥遊びを続けていたのね」


 イザベラが、土間の客席をぐるりと見渡しながら、ひどく嫌そうな顔をして鼻を鳴らした。

 彼女の声は高く、静まり返った店内に嫌な響きを持って通った。


「全く、エヴァンス家の恥だ。お前が勝手に名前を売っていると聞いて、わざわざ王都から迎えに来てやったんだぞ。ありがたく思え」


 ユリウスが、偉そうに腕を組んで私を指差した。


 二人の突然の登場に、私は小さく息を吐き出した。

 商隊の人たちが大陸中に噂を広めてくれたおかげで、王都にいる彼らの耳にもこの食堂のことが届いたのだろうとは思っていた。

 しかし、まさか彼ら自身が、はるばるこんな辺境の町までやってくるとはまったく思わなかった。


「いらっしゃいませ。ここは食堂です。お食事でないなら、他のお客さんのご迷惑になりますからお引き取りください」


 私はできるだけ丁寧な言葉で、はっきりと伝えた。

 彼らがどれだけ怒っていようと、ここは私のお店だ。彼らの身勝手な振る舞いで、大切なお客さんたちの食事の時間を邪魔されるわけにはいかない。


 私の冷ややかな対応に、ユリウスは顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。


「ふざけるな! 誰に向かって口を利いていると思っている! お前はエヴァンス家から追い出された身分だぞ。そのお前が、王都の貴族たちの間で話題になるような料理を作って、勝手に利益を独占していると聞いた。それは本来、エヴァンス家のものであり、私のものになるべき利益だ!」


 ユリウスの言葉は、あまりにも自分勝手で無茶苦茶だった。

 私を家から追い出したのは彼ら自身だというのに、私が自分の力でお店を開いて成功したと知るや否や、その利益をすべて奪いに来たのだ。


「そうよ。あなたのその変な草を使った料理が、王都で少し話題になっているらしいじゃない。どうせ小賢しい手を使っているんでしょうけど、私たちが有効に使ってあげるわ。さあ、その料理の作り方と、ここで稼いだお金をすべて渡しなさい。家を追い出された者としての恩返しをするのよ」


 イザベラも、ユリウスの言葉に同調して高圧的な口調で言い放った。

 彼女は私の作った和食を「変な草を使った料理」と見下しながらも、それがもたらす利益だけは欲しくてたまらないらしい。

 二人の顔には、自分たちの要求が通って当然だという傲慢さがはっきりと表れていた。


 私は静かに首を横に振った。


「お断りします。私は家を追い出された身です。エヴァンス家には何も渡す義理はありませんし、お二人に関わるつもりもありません。この店は私が自分の手で作った、私の居場所です。お帰りください」


 私がきっぱりと拒絶すると、ユリウスは怒りで顔を歪めた。


「口答えするな! ただの泥遊びしかできない無能な女のくせに、私に逆らう気か!」


 ユリウスが大きな足音を立てて、土間から厨房の方へと無理やり入ってこようとした。


 その瞬間だった。


 ガタンッ!


 大きな椅子が床に倒れる音が響いた。


「おい、坊ちゃん、お嬢ちゃん。随分と景気のいい勘違いをしているようだな」


 立ち上がったのは、一番大きなテーブルで食事をしていたガンツさんだった。

 筋骨隆々とした体格の彼が立ち上がると、それだけで圧倒的な存在感があった。彼の顔には過去の戦いで負った傷跡があり、今ははっきりと怒りの表情を浮かべている。


 ガンツさんの動きに合わせるように、店内にいた他の冒険者たちも一斉に立ち上がった。

 彼らは腰に提げた剣の柄に手をかけ、あるいは背負った大きな斧を手に取り、鋭い視線をイザベラとユリウスに向けた。

 歴戦の冒険者たちが一斉に放つ本気の殺気が、店内の空気を一瞬にして冷たく張り詰めさせた。


「な、なんだお前たちは! 野蛮な平民どもが、貴族である私に刃向かう気か!」


 ユリウスが裏返った声で叫んだが、その足は完全に止まっていた。

 イザベラも、大柄な男たちに囲まれて顔面を蒼白にしている。


「ここは俺たちの大事な食堂だ。いつも美味い飯を作ってくれるお嬢ちゃんに、よくもまあそんな勝手な言い草ができたもんだ。貴族だか何だか知らないが、この町で俺たちの機嫌を損ねたらどうなるか、教えてやろうか」


 ガンツさんが低い声で凄むと、ユリウスは怯えながらも一歩後ずさりした。


 ズシン。


 さらに重たい足音が、厨房の中から聞こえた。


 コテツちゃんが、私の前にゆっくりと歩み出たのだ。

 人間の背丈よりもはるかに大きい、土と岩で構成された無骨な体。

 彼は無言のまま、イザベラとユリウスの前に立ちはだかった。言葉は発しないが、その巨大な体は「ここから先へは一歩も通さない」という強力な意志を示していた。

 どんな攻撃も跳ね返しそうな、圧倒的な存在感だ。


「ひぃっ……あの気味の悪い土塊、まだ動いているのね……!」


 イザベラが悲鳴のような声を上げ、ユリウスの背中に隠れようとした。


 そして。


「グルルルルル……」


 地鳴りのような、お腹の底から響く低い唸り声が聞こえた。


 入り口のそばにいたハクだった。

 普段の「わふっ」という可愛い鳴き声や、愛嬌たっぷりに尻尾を振る姿はそこにはなかった。

 真っ白な毛が逆立ち、隠れた目の奥から鋭い光が放たれているように感じる。

 ハクの周囲の空気が、重く沈み込んでいる。息が苦しくなるような、見えない重圧が店内に広がり始めた。

 それは、ただの大型犬ではない。強大な魔物であるコカトリスや、あのダンジョンの主であるミノタウロスを一撃で倒した、神獣としての本物の威圧感だった。


 ハクが少しだけ前に出る。

 たったそれだけの動作で、イザベラとユリウスは腰を抜かしそうになっていた。


「な、なんなんだこの化け物たちは……!」


 ユリウスの足がガクガクと震えている。

 王都の安全な屋敷でしか生きてこなかった彼らにとって、本物の冒険者たちの殺気と、規格外の力を持つコテツちゃんとハクの威圧感は、耐えられるものではなかったのだ。


「覚えていろ! こんな泥みたいな飯を食っている連中め!」


 恐怖に耐えきれなくなったユリウスが、顔を真っ青にしたまま、必死に負け惜しみの叫び声を上げた。


「お前たちがこんなものをありがたがっているのは、王都の一流料理人の本物の味を知らないからだ! こんな気味の悪い草や黒い紙を使った料理なんて、貴族の舌からすればゴミ同然だ!」

「そうよ! 後日、本物の料理というものを思い知らせてやるからな!」


 二人はありったけの強がりを叫ぶと、逃げるようにして背を向けた。

 そして、入り口の引き戸を転がるようにして飛び出し、外の通りへと走り去っていった。

 遠ざかっていく馬車の音が、慌ただしく聞こえる。


 引き戸が開け放たれたままの店内に、しばらくの間、静寂が落ちた。


 やがて。


「あっはっは! なんだあの威勢のいい馬鹿は!」


 ガンツさんが豪快に笑い飛ばした。

 それを合図にしたように、店内にいた他のお客さんたちも一斉に大声で笑い始めた。


「王都の貴族ってのは、あんなに肝が小さいのか。少し凄んだだけで逃げ出しちまったぞ!」

「泥みたいな飯だあ? あいつら、この美味いおにぎりを食ったことがないからあんな口が叩けるんだ。可哀想なやつらだぜ!」


 冒険者たちは武器を置き、再び椅子に座って食事を再開した。

 店内の張り詰めていた空気が、あっという間に元の活気のある楽しい雰囲気へと戻っていく。


「わふっ!」


 ハクも威圧感をすっかり消し去り、いつもの愛嬌のある看板犬に戻って、大きな尻尾を振りながら私の足元へやってきた。

 コテツちゃんも、役目を終えたというように静かに厨房の奥へと戻っていく。


「お嬢ちゃん、あんな奴らの言うことなんか気にするなよ」


 ガンツさんが、木のお椀を持ち上げながら私に声をかけてくれた。


「俺たちは、お嬢ちゃんの作る飯が世界で一番美味いって知っている。王都の料理人がなんだか知らないが、この海苔巻きおにぎりとワカメの味噌汁に勝てるもんか」

「俺たちも同じ気持ちだ。何かあったら、俺たち冒険者ギルドが全力でお嬢ちゃんとこの店を守ってやるからな!」


 他のお客さんたちも、次々と力強い言葉をかけてくれた。


 私は、その言葉に胸がいっぱいになった。

 イザベラとユリウスが突然現れた時は、本当に驚いた。

 彼らは昔と何も変わっていなかった。自分の都合のいいように物事を考え、私を見下し、利益だけを奪おうとする。

 王都の屋敷にいた頃の私なら、彼らの言葉に逆らうこともできず、ただ黙って従うしかなかったかもしれない。


 でも、今は違う。

 私には、この手で作った自由な厨房がある。

 どんな時でも守ってくれる頼もしい相棒のコテツちゃんと、強い力で敵を退けてくれるハクがいる。

 そして、私の作る和食を心から美味しいと言って食べてくれる、こんなにも温かくて優しいお客さんたちがいるのだ。


 彼らが何と言おうと、私の本当の居場所はここなのだ。

 辺境の町フロンティアの、この小さな食堂。

 王都の一流料理人がどうだとか、そんなことは私には関係ない。

 私はただ、この場所で、私の好きな人たちのために、最高に美味しいご飯を作り続けるだけだ。


「皆さん、本当にありがとうございます。私、全然気にしていませんよ」


 私は満面の笑みを浮かべて、大きくお辞儀をした。


「それよりも、お食事が冷めてしまいます。おにぎりのおかわり、まだまだたくさんありますから、遠慮せずに言ってくださいね!」


 私が大きな声で言うと、客席から「おう! 追加で三個頼む!」と元気な返事がいくつも返ってきた。


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