第十九話:大商隊の来訪と、彼らの胃袋を掴む和食
今日もまた、お日様が高く昇り、お昼の営業時間が近づいてきた。
厨房の中には、今日もたまらなく美味しそうな匂いがたっぷりと広がっている。
私は分厚い土鍋の蓋を両手でしっかりと持ち上げ、大きく横にずらした。
真っ白な湯気がふわりと立ち上り、お米の炊き上がる優しい甘い匂いが顔に当たる。お水加減も火加減も一番良い状態で、お米の一粒一粒が真珠のように白く輝きながら立ち上がっていた。
木杓子を使って、底の方からふんわりとご飯をひっくり返して風を入れる。お米が潰れないように、とても優しく丁寧に扱う。
「コテツちゃん、お味噌汁のお鍋はどうかしら」
私が声をかけると、かまどの前に立つコテツちゃんは無言で大きく頷いた。
彼が太い腕を動かして空気の通り道を微調整すると、お肉の骨から取った出汁と自家製のお味噌を合わせたスープが、コトコトと静かに波打つ。
私はそこへ、お水で戻して一口の大きさに切り分けたワカメをたっぷりと投入した。
茶色いお味噌汁の中で、少し縮れたワカメがあっという間に鮮やかな緑色に変わる。お味噌の深い匂いに海の風味が加わり、お鍋の中から立ち上る匂いが、これ以上ないほど豊かなものに仕上がった。
さらにもう一つの大きなお鍋では、赤いお魚の煮付けが完成に近づいている。
お醤油とすりおろした生姜、そして甘い果物の汁を合わせたタレが沸騰し、お魚の脂と合わさって少しだけとろみがついている。表面がキラキラと光り、甘辛くて香ばしい匂いが厨房の隅々にまで届いていた。
「よし、お食事の準備はばっちりね。次はおにぎりの海苔を炙るわよ」
私は、建物の裏手にある空き地で数日間天日干しにした、黒い板状の海藻を用意した。水分がすっかり抜けて、薄い紙のようになっている。
コテツちゃんにお願いして作ってもらった小さな弱い火の上に、その黒い海藻を両手で持ち、少し離した場所からサッと裏表を炙っていく。
パリッ、チリチリ。
小さな音を立てながら、海藻の色が真っ黒から、少し緑色がかった色へと変わっていく。
火の熱を受けることで、強烈で香ばしい磯の匂いが一気に立ち上った。
私は次々と海苔を炙り、おにぎりに巻くための大きさに手でパリパリと切り分けて、木のお皿の上に山のように重ねておいた。
「わふぅ! わんっ!」
私の足元で伏せていたハクが、磯の匂いに反応して勢いよく跳ね起きた。
大きなお鼻をヒクヒクと動かし、大きなお口から少しだけよだれを垂らしている。大きな尻尾をものすごい速さで左右に振りながら、早く美味しいものを食べたいと私にすり寄ってくる。
「ふふっ、ハクは本当にお腹が空くのが早いのね。でも、これはお客さんに出すお食事だから、ハクの分は後でちゃんと作ってあげるわ。いい子にして待っていてね」
私がしゃがみ込んで彼のふかふかの頭をさすってあげると、ハクは「くぅん」と短い声を出して、おとなしく床にお座りをした。
すべての準備が整い、いよいよお昼の営業を始める時間になった。
私は清潔な白いエプロンの紐を背中でしっかりと結び直し、重い引き戸の方へ向かった。
ガラッ。
「いらっしゃいませ! 食堂しゃーろっと、本日のお昼の……」
私が元気な声で表へ出た瞬間、いつもとは違う外の様子に気がついた。
お店の前の大通りが、信じられないほどの数の人と、大きな荷馬車で埋め尽くされていたのだ。
分厚い布で覆われた巨大な荷馬車が何台も連なり、重たい車輪の音が通りに大きく鳴っている。荷馬車の周りには、長い槍や剣を持った屈強な護衛の男たちがたくさん歩いていた。
どうやら、大陸中を巡って商売をする大規模な商人のキャラバンが、このフロンティアの町に到着したばかりのようだった。
「おう、お嬢ちゃん! 開いたな!」
人の群れをかき分けるようにして、冒険者ギルドのガンツさんが大きな声でこちらへ歩いてきた。
彼の隣には、とても派手な色合いの立派な服を着た、大柄な男性が一緒に歩いている。服にはたくさんの飾りがついているけれど、その上から白っぽい土埃をたっぷりとかぶっており、長い旅の過酷さを物語っていた。
「いらっしゃいませ、ガンツさん。今日はなんだか、ものすごい人数ですね」
私が驚いて言うと、ガンツさんは豪快に笑って、隣の派手な服の男性の背中をバシッと叩いた。
「こいつは、今日この町にやってきた大商隊の長だ。昔からの知り合いでな。長旅でまともな飯を食っていなくて機嫌が悪いから、俺がこの町で一番美味い飯屋に連れてきてやったのさ」
商隊の長と呼ばれた男性は、顔をしかめて私とお店の小さな看板を交互に見比べた。
「ガンツの勧めで来てみたが……こんな大通りの外れにある、しかも子供がやっているような小さな食堂で、まともな食事ができるのか? 私たちは何日も硬い干し肉と酸っぱい保存食ばかりで、胃袋が荒れているんだ。下手なものを出されたら怒るぞ」
彼はひどく疲れた様子で、ぶっきらぼうに言った。
長旅で美味しいものを食べていないと、どうしても気持ちがとげとげしくなってしまうものだ。私はその気持ちが少しだけ分かるような気がして、深くお辞儀をした。
「長旅、本当にお疲れ様です。お腹に優しくて、とても温まるお食事を用意していますから、どうか中へ入って休んでください」
私が穏やかに言うと、商隊の長は少しだけ毒気を抜かれたような顔をして、「ふん」と鼻を鳴らして店内へ足を踏み入れた。
ガンツさんの掛け声を合図に、商隊の長の後ろに続いていた商人たちや護衛の傭兵たちが、次々とお店の中へなだれ込んでくる。
あっという間に広い土間の客席はすべて埋まり、椅子に座りきれない人たちは立ちながら待つほどの超満員になった。
「はい、すぐに用意しますから待っていてくださいね!」
私は急いで厨房へ戻り、作業台の前で手を動かし始めた。
今日のお食事も、海の恵みをたっぷり使った海鮮和食定食だ。
温かいご飯を両手で優しく取り、真ん中に細かく切った生姜焼きのお肉を入れる。ふんわりと三角形の形に整え、火で炙ったばかりの海苔をぐるりと巻きつける。
木のお皿に、お醤油のタレが染み込んだ赤いお魚の煮付けを乗せ、上からとろみのある甘辛いタレをたっぷりと回しかける。
そして、木のお椀には、鮮やかな緑色のワカメがたっぷり入ったお味噌汁をよそう。
「コテツちゃん、ガンツさんたちのテーブルから順番にお願いね」
私が指示を出すと、コテツちゃんは両手に一つずつ、そして平らな頭の上にもう一つ、合計三つのお盆を同時に乗せた。
彼は大柄で土と岩でできているにもかかわらず、人間と変わらない滑らかな動きで、汁を一滴もこぼさずに客席へとお食事を運んでいく。
初めてコテツちゃんの姿を見た商人たちは、驚いて大きな声を上げた。
「おい、見ろ! 土のゴーレムが飯を運んできたぞ!」
「信じられない。ゴーレムなんて、もっとのろまで乱暴なものだろう?こんな、人間みたいな動きができるのか?」
商人たちの驚く声に、コテツちゃんは少しだけ胸を張るような動作をして、商隊の長とガンツさんの前に静かにお盆を置いた。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。海鮮和食定食です」
私が土間へ出て声をかけると、商隊の長は目の前に置かれたお食事を見て、さらに深く顔をしかめた。
「なんだこれは。魚は赤いし、スープの中には得体の知れないドロドロの草が入っている。それに、この白い穀物を包んでいる真っ黒な紙はなんだ? こんな気味の悪い食い物、本当に食べられるのか?」
彼は木製のフォークを持ったまま、お盆の上の料理を疑わしそうにツンツンと突いた。
大陸中を巡る商人であっても、この世界にはないお米や発酵調味料、そして黒い海苔や緑色のワカメを見るのは初めてなのだ。彼が戸惑うのも無理はない。
「おいおい、騙されたと思って食ってみろって。このお嬢ちゃんの飯は、見た目は見慣れないが、味は俺が保証するぜ」
ガンツさんは豪快に笑いながら、自分のお椀を持ち上げてズズッと大きな音を立ててワカメのお味噌汁を飲んだ。
「ああ……これだ。この汁を飲むと、腹の底から力が湧いてくる」
ガンツさんのとても美味しそうな様子を見て、商隊の長はしぶしぶといった手つきで、自分のお椀を持ち上げた。
少しだけ匂いを嗅ぐ。
お肉の出汁と、お味噌の深い香り、そして海の風味の匂いに、彼の雰囲気が少しだけ変わったのが分かった。
彼は木のお椀に口をつけ、温かいお味噌汁を一口飲んだ。
その瞬間。
商隊の長の動きが、ピタリと止まった。
彼はゆっくりと数回口の中の汁を味わい、それから大きく息を吐き出した。
「……なんだ、この深みのある味は」
彼は低い声で呟き、お椀の中をまじまじと見つめた。
「ただの塩で味付けしたスープじゃない。肉の出汁がしっかりと効いているのに、もっと独特な、そうだ。奥深い旨味がある。それに、この緑色の草……ツルッとしていて、噛むと歯ごたえがある。なんだか、海そのものを飲んでいるみたいだ。荒れていた胃袋に、とても優しく染み渡っていくぞ」
商隊の長は驚きの声を上げ、すぐにもう一口、そしてもう一口と、連続してお味噌汁を飲み進めた。
「おい、お前たちも早くこれを飲んでみろ! とんでもないスープだ!」
彼の大きな声を聞いて、他の商人たちも一斉にお味噌汁を飲み始めた。
そして、次々と客席から驚きの声が上がった。
「うおおっ! 本当だ! こんなにうまいスープ、飲んだことがない!」
「長旅の疲れがお腹から消えていくみたいだ!」
客席が一気に騒がしくなる。
商隊の長は、次にお魚の煮付けにフォークを突き刺した。
柔らかい身がほろりと解け、お醤油の甘辛いタレがたっぷりと絡む。それを大きなお口を開けて放り込んだ。
たった一口。
彼は顔を上に向け、両手で頭を抱えるような動作をした。
「……信じられない。この魚、信じられないくらい身が柔らかいぞ! それに、この黒いタレはなんだ! しょっぱさの中に果物のような甘みがあって、魚の脂と合わさって、味が口の中で爆発するじゃないか!」
彼は圧倒された様子で、お皿の上のお魚を夢中になって食べ始めた。
「そして、この黒い紙が巻かれた食べ物だな」
商隊の長は、ついに海苔巻きおにぎりを手で持ち上げた。
魚のタレの味が口に残っているうちに、思い切っておにぎりの端っこをガブリと噛みちぎる。
パリッ。
海苔がちぎれる小気味良い音が鳴った。
彼は目を大きく開けたまま、口をモグモグと動かし続けた。
そして、椅子から立ち上がりそうになるほどの勢いで大声を出した。
「こ、これは紙なんかじゃない! ものすごく良い磯の匂いがする! それに、この白い穀物だ。ふんわりとしていて、噛むたびに優しい甘みが口の中に広がる。魚のタレの味と、この黒い海苔の香ばしさが、穀物の甘みを何倍にも引き上げているぞ!」
彼は興奮した様子で、もう一口おにぎりを噛みちぎった。
「しかも、中から肉が出てきた! 手で持って食べられるのに、こんなに美味いなんて! これは、旅の間に食べる携帯食として、これ以上ないほどすばらしいものだ!」
商隊の長の叫び声に、商人たちも一斉におにぎりを食べ始め、その美味しさに大歓声を上げた。
「おい、もっとないか! このおにぎりってやつ、あと三個は食えるぞ!」
「俺にもだ! 魚のタレも多めにかけてくれ!」
次々とおかわりの声が上がる。
私は嬉しさで顔を綻ばせながら、急いで厨房へ戻った。
「コテツちゃん、ご飯の追加をお願い!」
私は大きな土鍋からご飯をよそい、次々と新しいおにぎりを握り始めた。
コテツちゃんも休むことなくお盆を運び、ハクはお客さんの足元にこぼれたご飯粒をきれいに舐めとるお仕事に励んでいる。
店内は、商人たちの熱気と、和食の美味しい匂いで満たされていた。
一時間後。
あれだけたくさんあった巨大な土鍋のご飯も、大きなお鍋のお味噌汁もお魚も、すっかり空っぽになってしまった。
「ふう……食った食った。腹がはち切れそうだ」
商隊の長は大きく膨らんだお腹を手でさすりながら、椅子に深く背中を預けた。
テーブルの上には、きれいにお米一粒残さず食べられた食器類が山のように重なっている。他の商人たちも、大満足といった顔で息を吐き出していた。
「お嬢ちゃん、あんたはとんでもない料理人だな」
商隊の長は、心底感心したような声で私に言った。
「こんなに美味い飯を食ったのは、生まれて初めてだ。王都の貴族が食べるような高級な料理だって、これほどの深みはない。長旅の疲れが、本当にすっかり消えてしまったよ」
「喜んでいただけてよかったです。またこの町に来た時は、いつでも寄ってくださいね」
私が笑顔で答えると、商隊の長は急に真剣な顔になり、立ち上がって私の前まで来た。
「お嬢ちゃん、頼みがある。明日の朝、この町を出発するんだが、あの黒い海苔で巻いたおにぎりという携帯食を、商隊の全員分、大量に作ってくれないか? これがあれば、食事がどれほど楽しくなるか分からない」
彼は懐から大きな革袋を取り出し、テーブルの上にドンと置いた。中には、金貨がたっぷり入っている音がした。
「代金はいくらでも払う。どうしてもお願いしたいんだ」
私はその金額に驚いたけれど、自分の作ったおにぎりが彼らの旅の支えになるなら、これほど嬉しいことはない。
「分かりました。明日の朝までに、たくさん作っておきますね!」
私が力強く約束すると、商隊の長は顔を輝かせて大きく頷いた。
「恩に着る! お嬢ちゃん、この恩は必ず返すぞ。これほど奇跡のように美味い料理だ、私たちが立ち寄る大陸中の都市で、このお店の噂をうんと広めてやろう。いずれ私たちが向かう王都にも、このフロンティアにあるすばらしい食堂の名を必ず届けてみせる!」
商隊の長は大きな声で宣言し、商人たちを引き連れて満足げにお店を出ていった。
彼らの背中を見送りながら、私は小さく息を吐き出した。
おにぎりの大量注文。明日の朝までに、土鍋をいくつも使ってご飯を炊き、海苔をたくさん炙らなければならない。
とても忙しい夜になりそうだけれど、私の心はこれまでにないほど弾んでいた。




