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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第四章:海の恵みと広がる和食の献立

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第十七話:磯の香る海苔巻きおにぎりと、海鮮和食定食

 数日前からずっと待ちわびていた瞬間が、ついにやってきた。

 厨房の中に、お日様の匂いと海の風味が合わさった素晴らしい香りが広がっていく。


 市場のお魚屋さんから大量の海藻を持ち帰ってから、数日が経過していた。

 私のお店はお昼のみの営業だ。そのため、毎日お昼過ぎにお客さんが帰った後の時間をすべて使って、この海の植物を美味しい食材へと変えるための下準備を進めてきたのである。

 お水で何度も何度も丁寧に洗い、砂や汚れを落とす。そして、平べったい形の海藻を細かく刻んでお水に溶かし、木の板の上に四角く薄く広げて、建物の裏手にある空き地へ並べた。

 それから毎日、お日様の光をたっぷりと当てて、風通しの良い場所でしっかりと乾燥させてきたのだ。


 木の板の上で水分が完全に飛び、薄くて黒い紙のようになった海藻。

 それを板からそっと剥がし、私は今、かまどの前に立っている。


「コテツちゃん、もう少しだけ火を弱くしてくれるかしら」


 私が声をかけると、かまどの前に立つコテツちゃんは無言のまま大きく頷いた。

 彼は空気の通り道を微調整し、お鍋を温めるための強い炎を、チロチロとしたとても優しい小さな火へと変えてくれた。


 その弱い火の上に、私は乾燥した海藻を両手で持ち、少し離した場所からサッと裏表を炙っていく。


 パリッ、チリチリ。


 小さな音を立てながら、海藻の色が真っ黒から、少し緑色がかった鮮やかな色へと変わっていく。

 火の熱を受けることで、ただ干しただけの状態だった海藻が、ついに誰もが知っているあの海苔へと変化したのだ。

 それと同時に、これまでにないほど強烈で香ばしい磯の匂いが、厨房の中に一気に広がった。


「わふぅ!」


 私の足元で伏せていたハクが、その匂いに反応して勢いよく跳ね起きた。

 大きなお鼻をヒクヒクと動かし、私が手に持っている海苔を不思議そうな顔で見つめている。お肉の匂いとは違うけれど、これがとんでもなく美味しいものだと本能で理解したのだろう。大きな尻尾をものすごい速さで振りながら、私にすり寄ってくる。


「ふふっ、ハクも良い匂いだって分かるのね。でも、これはそのまま食べるよりも、白いご飯と一緒に食べた方がずっとずっと美味しいのよ」


 私は笑いかけながら、次々と海藻を炙り、たくさんの海苔を完成させていった。


 海苔の準備ができたら、次はおにぎりだ。

 今日のお昼の営業に向けて、土鍋の中にはふっくらと炊き上がった白いご飯がたっぷりと用意されている。

 私は手をきれいなお水で洗い、市場で買った粗塩を少しだけ手のひらにまぶした。

 温かいご飯を両手で優しく包み込むようにして取り、その真ん中に、細かく切った生姜焼きのお肉を入れる。

 ご飯とご飯の間に空気を含ませるように、ふんわりと、けれども崩れないように三角形の形に整えていく。


 そして、仕上げだ。

 握ったばかりの白いおにぎりの周りに、炙りたての海苔をぐるりと巻きつける。

 ほかほかとしたご飯の温かさと湯気を受けて、パリッとしていた海苔が少しだけしんなりとする。お米の白と海苔の黒の対比が、とても美しい。

 これこそが、和食の携帯食の王様、海苔巻きおにぎりだ。


「よし、おにぎりはこれでばっちりね」


 作業台の上には、きれいな三角形の海苔巻きおにぎりが山のように並べられた。


 続いて、お味噌汁の準備に取り掛かる。

 仕分けしておいたもう一つの海藻、少し縮れた形をしたワカメの出番だ。

 ワカメはきれいなお水に少しだけ浸しておくと、あっという間に大きく広がり、つるんとした質感に戻ってくれた。

 それを一口で食べやすい大きさに、包丁でザクザクと切り分ける。


 かまどの上では、別のお鍋の中でお肉の骨から取った出汁と自家製のお味噌を合わせたスープが温まっている。

 そこへ、切り分けたワカメをたっぷりと投入した。


 茶色いお味噌汁の中で、ワカメがとても鮮やかな緑色に変わった。

 お味噌の深い匂いに海の風味が加わり、お鍋の中から立ち上る湯気が、これ以上ないほど豊かなものになる。


 最後は、メインのおかずだ。

 市場で買った、大きくて赤いお魚である。これも、お昼の営業に出すために、数日前にしっかりと下処理を済ませておいたものだ。

 私は土属性魔法で新しく作った、とても分厚くて重い土のお鍋を用意した。

 このお鍋を使えば、熱が外へ逃げずにゆっくりと中まで火を通すことができる。お魚を煮るにはこれ以上ないほど素晴らしい調理道具だ。


 お鍋の中に、きれいなお水を少しと、地下室で完成したばかりのお醤油をたっぷりと注ぎ込む。

 トクトクトク、という心地よい音がしてお醤油が広がっていく。

 そこへ、おろし器で細かくすりおろした生姜をどっさりと加える。爽やかな辛い匂いが、お醤油の香ばしさと一緒になって鼻をくすぐる。

 さらに、丸くて黄色い果物を半分に切り、手でギュッと絞って甘い果汁を大量にお鍋の中へ落とした。

 この果物の甘みがお醤油のしょっぱさを和らげて、甘辛くて奥深い最高のタレを作り出してくれる。


「コテツちゃん、このお鍋の火をお願い。お汁が沸騰するように強くしてちょうだい」


 私の指示を聞いて、コテツちゃんはすぐにかまどに薪を追加し、火を起こした。

 しばらくすると、お鍋の中からグツグツという音が聞こえ始め、お醤油と果汁と生姜が合わさった、とんでもなく食欲を刺激する匂いが上がってきた。


 私は沸騰したタレの中へ、切り身にしておいた赤いお魚をそっと沈めた。


 ジュワッ。


 お魚の表面が熱いタレに触れて、少しだけ身が縮む。

 それと同時に、お魚の持つ脂がタレの中に流れ出し、匂いがさらに一段と豊かに変化した。

 私はお鍋の大きさに合わせて木で作っておいた丸い板を取り出し、お鍋の中のお魚の上に直接乗せた。落とし蓋だ。

 こうすることで、沸騰したタレが木の板にぶつかってお魚の上まで循環し、少ないお汁でも全体にしっかりと味が染み込むようになるのだ。


「コテツちゃん、ここからは火を少しだけ弱くしてちょうだい。お汁が静かに波打つくらいの状態を保ってね」


 コテツちゃんは空気の穴を器用に調整し、炎の勢いを落とした。

 グツグツという激しい音から、コトコトという優しい音に変わる。

 このままじっくりと時間をかけて、お魚の身の奥深くまでお醤油の味を染み込ませていく。


 そして、お昼前。

 タレの水分が適度に飛び、お魚の脂と一緒になって少しとろみがついたところで、お鍋を火から下ろした。

 赤いお魚の身はふっくらと煮上がり、お醤油の甘辛いタレがキラキラと光っている。


 作業台の上には、磯の香りがたまらない海苔巻きおにぎり。

 海の風味が加わったワカメのお味噌汁。

 そして、甘辛いお魚の煮付け。


 私が求めていた、海の幸をふんだんに取り入れた新しい和食定食が、ついに完成した。



「いらっしゃいませ! 食堂しゃーろっと、本日のお昼の営業を始めます!」


 私がお店の入り口にある重い引き戸を開け、表に看板を出すと、すぐに大通りの方から賑やかな声が聞こえてきた。

 私のお店はお昼のみの営業だ。だから、町の人たちや冒険者のみんなは、この時間になるとお腹を空かせて一斉にやってくる。


「おう、お嬢ちゃん! 今日も一番乗りだぜ!」


 大きな足音を立ててやってきたのは、冒険者ギルドのガンツさんだった。

 彼の後ろには、いつものように大きな武器を背負った冒険者たちが五、六人ほど続いている。


「いらっしゃいませ、ガンツさん。さあ、中へどうぞ!」


 私が笑顔で案内すると、冒険者たちは土間の客席にある大きな木のテーブルを囲んでどっしりと腰を下ろした。


「それで、今日の飯はなんだ? 店の外まで、なんだか嗅いだことのないすげえ匂いがしてるんだが」


 ガンツさんが大きなお鼻を動かしながら尋ねてきた。


「今日は、海の幸をたっぷり使った、海鮮和食定食です」


 私が自信満々に答えると、冒険者たちは顔を見合わせた。


「海鮮? 海鮮って、あの海の魚のことか? 辺境の町でそんなものが食えるのか?」

「はい。市場の奥にあるお魚屋さんで、とても良いお魚が手に入ったんです。すぐに用意しますから、待っていてくださいね」


 私は厨房へ戻り、大きなお盆の用意を始めた。


「コテツちゃん、配膳をお願いね」


 私の声に合わせて、コテツちゃんが器用にお盆を並べる。

 私は木のお皿に、お醤油のタレが染み込んだ赤いお魚の煮付けを乗せる。お魚の横には、お鍋に残っていたとろみのあるタレをスプーンでたっぷりと回しかける。

 別のお皿には、黒い海苔が巻かれた三角形のおにぎりを二つ並べる。

 そして、お椀には、鮮やかな緑色のワカメがたっぷり入ったお味噌汁をよそう。


 コテツちゃんは両手に一つずつ、そして平らな頭の上にもう一つお盆を乗せた。

 汁を一滴もこぼすことなく、滑らかな動きでガンツさんたちのテーブルへとお食事を運んでいく。大柄な彼が静かにお盆を置く動作は、何度見ても見事なものだ。


 全員の前にお盆が置かれると、私は土間へと出ていった。


「お待たせいたしました。海鮮和食定食です」


 私が言うと、ガンツさんたちは目の前に置かれたお食事を見て、目を丸くして固まっていた。


「おい、お嬢ちゃん……これはなんだ?」


 ガンツさんが、お皿の上のおにぎりを指差して大きな声を出した。


「この白いご飯の周りに巻いてある、黒い紙みたいなものはなんだ? それに、この汁の中に入ってる、ドロドロの草みたいなやつも見たことがないぞ」


 他の冒険者たちも、黒い海苔と緑色のワカメを見て、得体の知れないものを見るような顔をしている。

 無理もない。この世界の人たちは、これを海のゴミだと思って捨てているのだから。市場のおじさんも、食べられないと言っていた。それが急にお食事として出されれば、戸惑うのは当然だ。


「それは海苔とワカメと言って、海の植物から作ったすばらしい食材です。毒は入っていませんから、安心してください」


 私が笑って言うと、ガンツさんは腕を組んで唸った。


「お嬢ちゃんの作るものだから美味いんだろうが……この黒い紙は、ちょっと食べるのに勇気がいるな。まずは、この赤い魚からいくとするか」


 ガンツさんは木製のフォークを手に取り、赤いお魚の煮付けに突き刺そうとした。


「あっ、ガンツさん。お魚を食べる時は、中に硬い骨があるかもしれないから、少しずつ身をほぐしながら食べてくださいね」


 私が注意すると、ガンツさんは「おう」と頷き、フォークの先でお魚の身を少しだけ崩した。


 ホロッ。


 お魚の柔らかい身が、ほとんど力を入れなくてもきれいにほぐれた。

 その真っ白な身に、お醤油の甘辛いタレをたっぷりと絡ませて、ガンツさんは大きなお口を開けて放り込んだ。


 その瞬間。

 ガンツさんの動きが、石像のようにピタリと止まった。


「ガンツさん?」


 私が声をかけると、ガンツさんは持っていたフォークをテーブルの上に置き、両手で顔を覆って大きく息を吸い込んだ。


「なんだこれは……!」


 ガンツさんは椅子から立ち上がりそうになるほどの勢いで叫んだ。


「お魚の身が、信じられないくらい柔らかい! それに、この黒いタレだ! お醤油とかいうやつに、果物の甘みと生姜の辛みが合わさって、魚の脂ととんでもなく合う! 口の中に入れた途端に、味が爆発するぞ!」


 ガンツさんの大声を聞いて、他の冒険者たちも一斉にお魚の煮付けを食べ始めた。


「うおおっ! 本当だ! こんなにうまい魚、食ったことがない!」

「このタレ、凄まじくうまいぞ! これだけでずっと舐めていたい気分だ!」


 客席が一気に騒がしくなる。

 ガンツさんは次にお椀を持ち上げ、ワカメのお味噌汁をズズッと大きな音を立てて飲んだ。


「……!」


 ガンツさんは言葉を失って口をパクパクとさせた。


「この汁……いつもの茶色いスープより、ずっと奥深い味がする! なんだか海そのものを飲んでいるみたいだ! それに、このドロドロの草だと思っていたやつ、口に入れるとツルッとしていて、歯ごたえがあって最高にうまいぞ!」


 冒険者たちは次々とワカメのお味噌汁を飲み、その食感と海の風味に驚きの声を上げた。


「そして、いよいよこれだな」


 ガンツさんは、黒い海苔が巻かれたおにぎりを手で持ち上げた。

 匂いを嗅ぎ、少しだけ警戒しながら、おにぎりの端っこをガブリと噛みちぎった。


 パリッ。


 海苔がちぎれる小気味良い音が、土間に響き渡る。


「……う、うまい!」


 ガンツさんは目を丸くして叫んだ。


「この黒い紙、紙なんかじゃない! ものすごく良い海の匂いがする! それに、このパリッとした歯ごたえ! 白いご飯の甘みを、この黒い紙が何倍にも引き上げているぞ!」

「中に入っている肉も最高だ! 手で持って食えるなんて、ダンジョンの探索に持っていくのにこれ以上ないくらい便利じゃないか!」


 冒険者たちは口々に海苔巻きおにぎりを絶賛し、ものすごい速さで食べ進めていく。

 お魚の煮付けの甘辛いタレを口に入れ、ワカメのお味噌汁で喉を潤し、海苔の香ばしさがお米の甘みを引き立てるおにぎりを頬張る。

 この和食の組み合わせは、彼らにとって未知の体験であり、強烈な喜びをもたらしているようだった。


「お嬢ちゃん、おかわりだ! このおにぎりってやつ、あと五個は食えるぞ!」

「俺にも魚のタレを多めにかけてくれ!」


 次々とおかわりの声が上がる。


「はい、たくさんありますからね。ちょっと待ってください!」


 私は嬉しさで顔を綻ばせながら、急いで厨房へ戻った。

 コテツちゃんと一緒に、次々と新しいおにぎりを握り、お魚をお皿に乗せていく。


 入り口のそばでは、ハクが大きな尻尾をバッサバッサと振って、美味しそうに食べるお客さんたちを満足そうに眺めている。彼も、このお店の立派な看板犬として、お客さんの足元にこぼれたご飯粒をきれいに舐めとるお仕事をしっかりこなしていた。


 ガンツさんたちの大声と、海産物の美味しそうな匂いにつられて、表の通りを歩いていた町の人たちも次々とお店の中に入ってきた。

 広い土間の客席は、あっという間に満席になり、昨日の営業日を上回るほどの大繁盛となった。


「コテツちゃん、おにぎりの追加をお願い!」

「わふっ!」


 コテツちゃんが静かに頷き、ハクが元気よく応える。


 私が作った和食が、この町の人たちにこれほど喜んでもらえる。

 この世界で誰も見向きもしなかった未知の食材、黒い海藻が、彼らを笑顔にしている。

 私は忙しく厨房を動き回りながら、お腹の底から温かい幸福感が満ちていくのを感じていた。


 辺境の町で手に入れたこの自由な厨房と、豊かな食卓。

 私のお店は、これからもっともっとたくさんの人をお腹いっぱいにできるはずだ。

 私は大きな声で「いらっしゃいませ」と叫びながら、次のおにぎりを握るために手を動かし続けた。


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