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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第三章:和食食堂の開店へ

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第十五話:大繁盛の辺境食堂と、王都で起きている小さな異変

 朝の澄んだ空気が、私の部屋の窓から静かに入ってきた。

 昨日、辺境の町フロンティアで私の食堂が正式にお店を開いた。その初日は、冒険者ギルドのガンツさんたちのおかげで大成功に終わった。

 ベッドから起き上がると、足元で眠っていたハクがすぐに目を覚まして、大きな尻尾をバッサバッサと振って挨拶をしてくれた。


「おはよう、ハク。今日もたくさんのお客さんが来てくれるといいわね」


 私が声をかけると、ハクは元気よく短い声を出し、さっそく厨房の方へと走っていった。

 私も身支度を整え、清潔なエプロンを身につけてから、自分の部屋の扉を開けた。

 扉の向こうには、私が土属性魔法で作った広くて使いやすい厨房がある。

 部屋の端では、コテツちゃんがすでに待機していて、私と目が合うと大きな右手をゆっくりと上げてくれた。


「おはよう、コテツちゃん。今日もお昼の営業に向けて、たくさんのお料理の準備をしていくわよ」


 コテツちゃんは力強く頷き、かまどの前へと向かった。

 私はまず、地下室の大きな壺から大量の白いお米を器に運び出した。昨日と同じように、たくさんのお客さんが来ることを想定して、多めにお米を炊いておく必要がある。

 水受けの鉢で、お米を何度も丁寧にお水で洗う。

 シャカシャカという軽快な音が厨房に大きく聞こえる。

 濁ったお水を捨て、また新しいお水を入れる作業を繰り返し、お水がすっかり透明になったところで、巨大な土鍋の中へとお米を移した。

 お水をたっぷりと入れ、蓋をしてしばらく置いておく。こうすることでお米がお水を吸い、炊き上がりがとてもふっくらとするのだ。


「コテツちゃん、火をお願い。最初は強くして、お鍋の中のお水が沸騰したら弱くしてちょうだい」


 私の指示を聞いて、コテツちゃんは手際よく薪を並べ、火打石でカチカチと火を起こした。

 パチパチという音とともに、炎がかまどの中で元気に燃え上がる。

 その間に、私はお味噌汁の準備に取り掛かる。

 別のお鍋にお水とお肉の骨から取ったダシを入れ、市場で買ってきた葉っぱのお野菜と、甘い根菜を包丁でザクザクと切って放り込む。

 お野菜が柔らかくなるまで火にかけ、最後に地下室で完成したばかりの茶色いお味噌をお玉の中で丁寧にお湯と馴染ませていく。

 お味噌が全体に行き渡った瞬間、あの深くて心が落ち着く匂いが立ち上った。


「わふっ!」


 ハクがお味噌汁の匂いに反応して、かまどの横で嬉しそうに声を上げた。

 次はお肉の準備だ。今日も昨日と同じ『生姜焼き定食』を作る予定だ。

 私は作業台の上で、魔物のお肉を取り出し、食べやすいように少しだけ薄切りにしていく。

 トントン、トントンと包丁の音が続く。

 お肉を切り終えた後、おろし器を使って生姜を細かくすりおろす。

 爽やかな辛い匂いが、厨房の中にいっそう強く広がる。

 すりおろした生姜を大きな器に入れ、そこへお醤油をたっぷりと注ぎ込む。さらに、甘い果物の絞り汁を少しだけ加える。これで、お醤油のしょっぱさと、生姜の辛み、そして果物の甘みが一つになった最高のタレができあがる。

 切り分けておいたお肉を、そのタレの中へ入れてしっかりと手でもみ込む。


 そうこうしているうちに、巨大な土鍋の蓋の穴から勢いよく白い湯気が吹き出し始めた。

 お米の炊ける甘い匂いが、お味噌汁の匂いや生姜の匂いと一緒になって、厨房の中はこれ以上ないほど食欲を刺激する空間になった。



 お昼時になると、私のお店には次々とお客さんがやってきた。


「お嬢ちゃん、今日も来たぜ! あの生姜焼き定食ってやつを、人数分頼む!」


 ガンツさんが昨日と同じように、冒険者たちを引き連れてお店に入ってきた。

 彼らの大声につられて、市場で働く人たちや、通りを歩いていた町の人たちも、次々とお店の中に吸い込まれてくる。

 広い土間に用意した客席は、あっという間に満席になってしまった。


「はい、すぐに用意しますね! コテツちゃん、お肉を焼くわよ!」


 私は厨房で大忙しだった。

 熱い鉄の板の上に、タレに漬け込んでおいたお肉を次々と乗せていく。


 ジューッ!


 激しい音とともにお肉の脂が弾け、香ばしい匂いが上がる。

 お肉の表面がきれいな茶色に焼けたところで、全体を大きく裏返す。

 中までしっかりと火が通ったのを確認し、器に残っていたタレを少しだけ鉄の板に追加でかける。


 ジュワァァァァァッ!!


 焦げたお醤油と生姜の匂いが爆発するように厨房いっぱいに広がり、客席からは大きな歓声が上がった。

 コテツちゃんが大きなお盆を並べ、私がご飯とお味噌汁、そして生姜焼きを盛り付けていく。

 コテツちゃんは両手に一つずつ、さらに平らな頭の上にもう一つ、合計三つのお盆を同時に乗せて、ガシャンガシャンと足音を立てながら客席へと運んでいく。

 彼の無駄のない滑らかな動きのおかげで、お客さんを待たせることなくお食事を出すことができた。


「うまい!やっぱりこの味だ!」

「この白いやつと、タレのついた肉の相性が最高すぎる!」


 客席のあちこちから、美味しいという声が耳に届く。

 ガンツさんたち冒険者は、あっという間にご飯を平らげ、すぐにおかわりを要求してきた。

 ハクは土間を歩き回り、お客さんの足元にこぼれたご飯粒をきれいに舐めとるお仕事に励んでいる。

 私はご飯をよそうために、厨房と土間を何度も往復した。

 忙しいけれど、みんなが笑顔で私の作った和食を食べてくれるこの時間は、とても幸せだった。



 お昼のピークが過ぎ、巨大な土鍋の中のご飯も残り少なくなってきた頃。

 お客さんがほとんど帰り、土間が静かになったお店に、一人の男性が入ってきた。


「あの……まだ食事はできるかい?」


 少し疲れたような顔をしたその人は、大きな荷物を背負っていた。

 服装からして、町の人ではなく、遠くから旅をしてきた行商人のようだ。


「はい、いらっしゃいませ。生姜焼き定食なら、ご用意できますよ」


 私が笑顔で迎えると、商人の男性はほっとしたように息を吐き出し、近くの席に座った。


「助かった。遠くの町から馬車で移動してきて、やっとこのフロンティアに着いたところなんだ。外までものすごくいい匂いがしていたから、引き寄せられるように入ってしまったよ」

「それは良かったです。すぐにお持ちしますね」


 私は厨房に戻り、残っていたご飯とお味噌汁、そして最後のお肉を焼いてお盆に乗せた。

 コテツちゃんがお盆を運び、商人の目の前に置く。


「これは……見たことのない料理だ。この白いものは何だい?」

「お米という穀物です。温かい汁物を飲んでから、お肉と一緒に食べてみてくださいね」


 私が説明すると、商人は木のお椀を持ち上げ、お味噌汁を一口飲んだ。


 その瞬間、商人の動きがピタリと止まった。


「……なんだ、この深みのある味は。ただの塩味じゃない。腹の底から温まるようだ」


 商人は驚いた顔をして、次にお肉をフォークで刺し、ご飯と一緒に口の中へ入れた。


「……!」


 商人は言葉を失ったように目を丸くした。

 お醤油と生姜の香ばしさ、そしてお米の甘みが一緒になった味に、完全に圧倒されているようだった。


「美味しい……こんなに美味しい食事、王都の貴族が食べるような高級な料理よりもずっと素晴らしい味だ。いや、王都の料理なんか目じゃないかもしれない」


 商人はものすごい勢いでご飯とお肉を食べ始めた。


「王都から来られたんですか?」


 私が何気なく尋ねると、商人はご飯を飲み込んでから大きく頷いた。


「ああ、つい数日前まで王都で商売をしていたんだ。だが、今の王都の貴族たちは、なんだか色々と面倒なことになっていてね。早めに離れて正解だったよ」


「面倒なこと、ですか?」


 私が首を傾げると、商人はお味噌汁を飲みながら話し始めた。


「特にひどいのが、エヴァンス伯爵家だ。市場の商人たちの間でも噂になっている」


 エヴァンス伯爵家。

 その名前を聞いて、私は少しだけ驚いた。それは私が追い出された実家の名前だったからだ。


「どんな噂なんですか?」


 私が尋ねると、商人は少し声を潜めて教えてくれた。


「伯爵家の娘であるイザベラ嬢が、毎日のように癇癪を起こしているらしいんだ。なんでも、『最近の料理は味が薄くて不味い』と言って、腕の良い料理人を次々とクビにしているそうだ」


 私は黙って話の続きを聞いた。


「料理人たちも可哀想にな。市場で一番良い食材を仕入れて、今まで通りの料理を作っているのに、急に味が落ちたと言いがかりをつけられているんだから。王都の腕利きを新しく雇い直しても、イザベラ嬢は『昔の味に戻らない』と怒り狂っているらしい」


 商人は呆れたように肩をすくめた。


「さらに、婚約者のユリウス様という青年も、なんだか謎の体調不良に悩まされているという話だ。顔色が悪く、お腹の調子を崩してばかりで、周囲に当たっているらしい。医者に診せても原因がわからず、屋敷の中はイライラとした空気で満ちているそうだよ」


 商人はお茶碗に残っていた最後のご飯をきれいにお口の中へかき込んだ。


「それに引き換え、このお店の料理は本当に最高だ。王都の貴族たちにも、この味を教えてやりたいくらいだよ」


 商人は大満足の顔でお金を払い、お店を出ていった。



 お客さんが誰もいなくなった店内で、私は一人、先ほどの商人の話を頭の中で思い返していた。

 イザベラが料理を不味いと怒り、ユリウスが体調を崩している。

 その理由は、私にはとてもはっきりとわかっていた。


 王都のエヴァンス伯爵邸にいた頃、私は台所に入ることを固く禁止されていた。

 土属性魔法しか使えない私は、泥遊びの魔法だと家族から馬鹿にされ、料理をすることすら許されていなかったのだ。

 でも、私はどうしても美味しいものが食べたかった。

 だから、夜中にこっそり屋敷の厨房に忍び込んでいた。

 土魔法で小さな土の容器を作り、その中で大豆やお塩を合わせて発酵の実験を繰り返していた。温度を細かく調整することで、少しずつではあるけれど、お醤油やお味噌に近い調味料を作り出すことに成功していたのだ。


 私はその出来上がった少量の調味料を、屋敷にいた料理人たちに渡していた。

 おそらく、あの料理人たちは、それを使用することで、深みのある美味しい味にしていたのだろう。

 味はもとに戻っただけなのだ。


 そして、ユリウスの体調不良。

 彼は見かけによらずお腹が弱く、少しでもストレスがかかるとすぐに顔色を悪くしていた。

 私は婚約者として彼の健康を守るため、庭や森に生えている薬草を摘んできた。そのままでは苦くて飲めないので、薬効のある部分だけをきれいに取り出し、料理の材料として、これも料理人たちに渡していた。

 それを使った料理を食べることで、彼は体調を崩すことなく過ごせていた。


 私が家を理不尽に追い出されたことで、その恩恵がすべてなくなった。

 だから、料理は本来の味気ないものに戻り、ユリウスは自分のお腹の弱さに耐えられなくなって体調を崩したのだ。


 私が裏で色々な工夫をして、彼らの生活を支えていたこと。

 彼らはそれに少しでも気づいているのだろうか。

 いや、きっと気づいていないし、もし気づいたとしても絶対に認めないだろう。

 彼らはプライドが高い。自分たちが見下して追い出した私が、実は自分たちの生活を支えていたなどという事実を、受け入れることなどできるはずがない。だから、料理人に八つ当たりをするしかないのだ。


「私にはもう関係のないことね」


 私は小さく息を吐き出した。

 彼らがどれだけ不味い食事に怒り、体調を崩そうと、今の私にはどうでもいいことだ。

 私には今、このフロンティアの町という大切な居場所がある。

 私の作った和食を心から美味しいと言って食べてくれる、ガンツさんや冒険者のみんながいる。

 大好きな食べることに素直なハクがいて、いつも私を助けてくれるコテツちゃんがいる。


「コテツちゃん、ハク。お昼の片付けをしてから、夜のご飯に向けて新しいことを試してみましょうか」


 私が明るい声で言うと、厨房で待っていたコテツちゃんが静かに頷き、ハクが嬉しそうに走り寄ってきた。



 夕方になり、外の空気が少し涼しくなってきた。

 私は厨房の作業台の前に立ち、新しい和食の試作に取り掛かった。

 お昼の営業で大人気だったお米をもっと色々な形で食べられないかと考えたのだ。


「まずは、これね」


 私は新しく炊いたご飯を用意し、手をきれいなお水で濡らした。

 そして、市場で買った粗塩を手のひらに少しだけまぶす。

 温かいご飯を両手で適量取り、その真ん中に、お昼に少しだけ余っていた生姜焼きのお肉を入れた。

 両手をご飯に添え、三角形になるように優しく形を整えていく。

 強く握りすぎないように、お米とお米の間に少しだけ空気を入れるようにふんわりと形を作るのがコツだ。


「できたわ。おにぎりよ」


 きれいな三角形の白いおにぎりが完成した。

 これなら、お箸やフォークがなくても手で持って簡単に食べられる。冒険者の人たちがダンジョンへ行く時に持っていくお弁当としても、とても役に立つはずだ。


「ハク、味見をお願いね」


 私がおにぎりを差し出すと、ハクは大きなお口を開けてパクリと食いついた。

 もぐもぐと口を動かし、中の生姜焼きの味とお米の甘みを味わっている。


「わんっ! わおんっ!」


 ハクはしっぽをちぎれんばかりに振り、もっとちょうだいと前足で私の膝を叩いた。

 どうやら大成功のようだ。

 本当は、このおにぎりの外側に、黒くて薄い海藻の葉っぱを巻きたいところだ。海苔があれば、磯の香りが加わってさらに美味しくなる。今度、キースさんに海の植物を探してもらえないか頼んでみよう。


「おにぎりの次は、新しいおかずね」


 私はおにぎりを作りながら、明日のメニューについて考えていた。

 お肉のおかずは美味しいけれど、毎日お肉ばかりではどうしても飽きてしまう。

 和食の代表的なおかずといえば、やっぱりお魚だ。


 この町の近くには、きれいな水が流れる川がある。

 そこで泳いでいるお魚を捕まえて、お塩を振って火でじっくりと焼いてみたい。

 焼き上がったお魚の表面に、お醤油をほんの少しだけ垂らして、白いご飯と一緒に食べたら、絶対に美味しいはずだ。

 お肉とは違う、お魚特有のあっさりとした脂と旨味が、お米の甘みをさらに引き出してくれるに違いない。


「明日、ガンツさんがお店に来たら、川のお魚を獲ってきてもらえないか頼んでみましょう。冒険者の人たちなら、お魚を獲るのも得意かもしれないわ」


 私は次々と湧き上がってくる新しい料理の考えに、胸を大きく躍らせた。

 お味噌汁の具も、お野菜だけでなく、お魚のアラを入れてダシをとれば、もっと深い味になるはずだ。


 王都の窮屈な屋敷では絶対にできなかったことが、今ここですべて実現できる。

 私には無限の可能性がある。

 自分の好きな料理を、好きなだけ追求していくことができるのだ。


 私は、明日作る料理のことで頭をいっぱいにしていた。


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