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追放令嬢の和食食堂経営 ~バカにされた土魔法で最高の相棒とともに和食を作ったら、最強のもふもふが住み着きました~  作者: 速水静香
第二章:食材を求めて

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第十話:討伐報告と依頼

 冒険者ギルドの騒がしい広間を抜け、私はガンツさんの大きな背中について歩いていた。

 先ほど、深き森のダンジョンの最奥で手に入れたミノタウロスの素材をカウンターに置いた時の、ギルド中の静まり返った空気と、その後に爆発したような歓声がまだ耳に残っていた。

 王都のエヴァンス伯爵邸にいた頃、私の土属性魔法は卑しい泥遊びだと馬鹿にされ、コテツちゃんの存在は気味が悪いと嫌悪されていた。しかし、このフロンティアの町では全く違う。私の力やコテツちゃんの働きは、純粋な実力として高く評価され、多大な敬意を集めているのだ。その事実が、私の心をとても温かくしてくれていた。


 私の足元ではハクがトコトコと軽快な足音を立て、後ろからはコテツちゃんが私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いている。コテツちゃんの太い腕には、先ほどギルドの受付で受け取った、お金がぎっしりと詰まった重い革袋が抱えられていた。

 ギルドマスターであるガンツさんは、広間の奥にある通路をずんずんと進んでいく。


「この一番奥の部屋だ」


 ガンツさんが歩きながら、肩越しに私へ話しかけてきた。


「あいつは仕事の邪魔をされるのをひどく嫌う。普段なら、俺が顔を出しても文句を言うような男だ。だが、今日ばかりは文句を言わせないさ。なんたって、長年誰も最後まで攻略できなかった深き森のダンジョンを、たった一週間で踏破したとんでもない実力者が依頼人なんだからな」


 ガンツさんは楽しそうに笑い声を上げた。その大きな声が、狭い通路の壁に跳ね返る。

 私は少しだけ首を傾げた。


「そんなに気難しい方なんですか? 仕入れ屋のキースさんという方は」

「生粋の職人肌で、とんでもない皮肉屋だ。依頼人の本気度を測るために、わざと嫌な言い回しをして相手を試す癖がある。中途半端な覚悟の依頼は、どんなにお金を積まれても絶対に引き受けない男だ」


 ガンツさんの説明を聞いて、私は少しだけ背筋を伸ばした。

 でも、私にはどうしても手に入れたい食材がある。ふっくらと炊き上がった真っ白なご飯と、豊かな香りのするお味噌やお醤油。その材料となるお豆だ。

 王都の屋敷で、台所に入ることすら禁じられていた私にとって、自分の好きなように料理ができる今の環境は夢のようだった。塩味の唐揚げ風も、石窯で焼いたお肉も美味しかった。でも、私の求めている和食にはほど遠い。あの最高の味を再現するためなら、どんな皮肉を言われようと耐えてみせる。


 通路の突き当たりに、分厚い木の扉があった。

 ガンツさんはノックもせずに、乱暴に取っ手を引いて重い扉を開けた。


「おい、キース。仕事中に悪いが、とびきりの上客を連れてきたぞ」


 ガンツさんが大きな声で呼びかけながら、部屋の中へ足を踏み入れる。私もその後へ続いた。

 部屋の中は、紙の匂いと古いインクの匂い、それにどこか遠くの国の不思議なお香のような匂いで満たされていた。

 壁際には天井まで届く大きな本棚がいくつも並び、分厚い本や、くるくると丸まった大量の地図がぎっしりと詰め込まれている。棚の一部には、見たこともないような形をした魔物の骨、色鮮やかな石、そして透明な瓶に詰められた珍しい植物の標本などが所狭しと飾られていた。世界中のあらゆる場所から集められた品々なのだろう。仕入れ屋という職業の奥深さが、この部屋の景色から伝わってくる。


 部屋の真ん中には、傷だらけの大きな木の机があった。

 その机に向かって、一人の男性がペンを走らせている。

 目立たない、くすんだ色の服を着た細身の男性だ。ガンツさんのように筋肉隆々というわけでもなく、貴族のように華やかな身なりをしているわけでもない。周囲の風景と同化してしまいそうなほど、気配がない人だった。

 彼が、ギルドマスターの右腕であり、どんな困難な品物でも必ず探し出すという凄腕の仕入れ屋、キース・オズボーンさんだ。


「……ガンツ。ノックのやり方を忘れたなら、表の看板にでも書いておいてやろうか。それに、上客だと?」


 キースさんは冷たい声でそう言って、ペンをインク瓶に戻した。そして、椅子から立ち上がり、私とハク、コテツちゃんの姿を順番に見て、鼻でふんと笑った。


「冗談がきついな。どう見ても、迷子のお嬢さんとペットの犬、それに荷物持ちのゴーレムじゃないか。俺は忙しいんだ。おもりなら受付の連中にでもやらせておけ」


 とても刺々しい言い方だ。ガンツさんが言っていた通り、初対面の相手に対する態度は決して良いとは言えない。

 ハクがわふぅと少し不満そうに鳴いたが、私はハクの頭を手のひらでぽんぽんと叩いて落ち着かせ、静かにキースさんを見つめ返した。


 ガンツさんは怒るどころか、面白そうに口の端を上げた。


「まあそう言うな。このお嬢ちゃんは、お前にとんでもない依頼を持ってきたんだ」

「依頼?」


 キースさんは机の前に回ってきて、腕を組んだ。


「悪いが、俺は暇じゃない。その辺の森で採れる薬草探しや、どこかの金持ちの令嬢の道楽に付き合うつもりはないんだ。お金の力で何でも手に入ると思っているなら、他を当たってくれ。俺が引き受けるのは、俺自身の職人魂を燃え上がらせるような、価値のある困難な仕事だけだ」


 キースさんの言葉は冷たく、私を値踏みするような鋭い視線を向けてくる。

 わざと厳しいことを言って、私がすぐに諦めて帰るかどうかを試しているのだ。

 私は姿勢を正し、キースさんに向かってはっきりと口を開いた。


「初めまして、キースさん。私はシャーロットと申します。道楽や遊びではありません。どうしても手に入れたい食材があるんです。そのために、莫大な資金を用意しました」


 私が言うと、キースさんは呆れたように肩をすくめた。


「食材探しねえ。料理でもするのか? お嬢さんみたいな人間が、本気で料理をするとは思えないがな。金持ちの気まぐれか何かだろ」

「いいえ、私は本気です。私は、世界で一番美味しいご飯を作るために、王都からこの町へやってきたんです。自由に料理をすることは、私の人生そのものなんですよ」


 私が真っ直ぐに答えると、キースさんは大きく息を吐き出した。


「人生そのものねえ。だとしても、俺はお金だけ積まれても心は動かない。覚悟のない依頼人の仕事を受けて、後で面倒なことになるのはごめんだからな」

「覚悟、ですか」

「そうだ。俺が動くということは、世界中の危険な未開の地へ足を運ぶ可能性もあるということだ。命がけで探し出すんだ。それだけのものを俺に探させるなら、依頼する側にもそれ相応の覚悟と、客観的なギルドでの信頼が必要だ。お嬢さんには、それがあるのか?」


 キースさんの厳しい問いかけに、私は一歩も引かずに静かに頷いた。


「はい。その信頼を得るために、ガンツさんに相談して、冒険者として登録しました。そして、たった今、困難な依頼を達成してきたところです」

「困難な依頼だと?」


 キースさんが険しい顔をしてガンツさんを見た。

 ガンツさんが大きく頷く。


「コテツちゃん、あれを机の上に出して」


 私の指示で、後ろに控えていたコテツちゃんが前に出た。そして、持っていた大きな麻袋の中から、二つの大きな物体を取り出し、キースさんの机の上に置いた。

 ドスン、という重たい音が部屋に大きく聞こえた。

 それは、先ほどギルドの受付でも見せた、見上げるほど巨大な牛の頭をした魔人、ミノタウロスの太い角と、コテツちゃんが真っ二つに折った巨大な戦斧だった。


「……なんだ、これは」


 キースさんの言葉が止まった。彼の視線が、机の上の巨大な角と戦斧に釘付けになっている。


「つい先ほど、深き森のダンジョンの一番奥で、私の相棒のハクが倒してきた迷宮の主の素材です」


 私がはっきりと告げると、キースさんは机の上の角と戦斧を交互に見つめ、それから信じられないものを見るような顔で私を見た。


「深き森のダンジョンの、迷宮の主だと? 長年誰も倒せなかったあのSランク指定のミノタウロスを、お嬢さんが……いや、その犬が倒したというのか?」

「はい。ハクが飛び上がって、足で一撃で倒してくれました。この折れた戦斧は、持ち帰るのが大変だったので、コテツちゃんに手で折ってもらったものです」

「足で一撃……戦斧を素手で折った……」


 キースさんは、金属の塊である巨大な戦斧の断面をじっと観察している。そしてその力任せに引きちぎられたようなその断面を見て、彼の表情がすっかり変わった。

 彼は戦斧の柄を両手で持ち上げようと手にしたが、重すぎて数センチしか持ち上がらなかった。それを、隣にいる土のゴーレムが紙切れのように真っ二つに折ったという事実に、彼の顔に驚きが広がっていく。

 先ほどまでの皮肉げな態度は消え去り、真剣な専門家の顔になっている。


「キース、俺からも保証する」


 ガンツさんが腕を組んで口を開いた。


「このお嬢ちゃんは、一週間前に冒険者登録をして、その足でダンジョンへ向かった。そして今日、大量の高ランク魔物の素材と、このミノタウロスの討伐証明を持って帰ってきたんだ。怪我一つなくな。それだけじゃない。一週間前には、町を脅かしていた高ランクの巨大なコカトリスも、この白い獣が一撃で仕留めている」

「コカトリスに、ミノタウロスだと……」


 キースさんは私の足元でお座りをしてあくびをしているハクと、静かに立つコテツちゃんを改めてじっくりと観察した。


「ただの犬とゴーレムだと思っていたが……とんでもない力を持っているらしいな。それに、これだけの素材をギルドに持ち帰ったとなれば、誰もが認める文句なしの実績だ。……お嬢さん、あんた一体何者だ?」

「私はただの、美味しいご飯を作りたいだけの料理人です」


 私が正直に答えると、キースさんは大きく息を吐き出し、机の上の素材から手を離した。


「確かな実績と信頼、それに莫大な資金。……なるほど、お嬢さんの本気度と覚悟は嫌というほど伝わってきた。俺が間違っていた。謝罪しよう」


 キースさんは深く頭を下げた。生粋の職人肌だという言葉通り、自分の非を認めるのはとても早い。自分の仕事に対して極めて真面目で義理堅い性格なのだ。


「頭を上げてください、キースさん。私の依頼を、引き受けていただけますか」


 私が尋ねると、キースさんは顔を上げ、ニヤリと笑った。


「ああ。これだけのものを見せられて、断るわけにはいかない。俺の職人としてのプライドにかけて、お嬢さんの探しているものを必ず見つけ出してやる。未知の食材探しなんて、最高の依頼じゃないか。で、そのどうしても欲しい食材っていうのは、一体どんなものなんだ?」


 私は鞄から紙を取り出し、机の上に広げた。

 そこには、私が前世の記憶を頼りに書いた、食材の特徴が細かく記されている。


「私が探しているのは、二種類の植物です。一つ目は、白くて小さな粒のような穀物です。お水で煮ると、ふっくらとして甘くなるものです」


 キースさんは紙に書かれた特徴を見て、うなった。


「白い穀物か。麦やアワなら市場にいくらでもあるが、真っ白でふっくらと甘くなるものなんて聞いたことがないな。普通の商人では絶対に手に入らない品物だ」

「パンのようにパサパサしていなくて、噛めば噛むほど口の中に優しい甘みが広がるんです。お肉やお魚の味をしっかりと受け止めてくれる、最高の主食になるはずなんです」


 私は身振り手振りを交えて説明した。


「もう一つは、大きな茶色いお豆です。ただのスープに入れるような小さなお豆ではありません。潰して、長い時間をかけて発酵させるための大きなお豆です」

「発酵させるための豆? 豆を発酵させるなんて聞いたことがないぞ。酒やチーズならともかく、豆をどうする気だ?」

「調味料を作るんです。お豆を蒸して、塩や特別な菌を混ぜて、長い時間をかけて熟成させます。そうして出来上がった黒くてとろりとした液体は、お塩だけでは絶対に出せない、とても美味しい調味料になります。それから、固形の方もお湯に溶かすと、とても風味豊かなスープになるんですよ」


 私はお醤油とお味噌の味を思い出しながら、熱を込めて語った。


「お塩だけの味付けにも限界があるんです。ふっくらと炊き上がった真っ白なご飯。その上に、私の魔法で作った石窯でこんがりと焼いたお肉を乗せます。お肉には、その黒い調味料……お醤油を少しだけ垂らしてあるんです。熱いお肉の上でお醤油が焦げる香ばしい匂いが湯気と一緒に立ち上り、口に入れた瞬間、お肉の旨味とお醤油のコク、そしてお米の甘みが一つになって広がります。これが私が求めている究極の食事なんです」

「……なんだか、話を聞いているだけで腹が減ってくるな」


 ガンツさんが横でポツリとつぶやいた。

 私はさらに言葉を続けた。


「そして、温かいお味噌汁です。お野菜の味がしっかりと染み出したお味噌汁を一口飲めば、どんな疲れも吹き飛んでしまいます。王都の屋敷では絶対に作ることができなかった、私の理想の食卓なんです。それをこの辺境の町で実現するためには、この二つの食材がどうしても必要なんです」

「なるほどな」


 キースさんは腕を組んで天井を見上げた。


「誰も見たことがない白い穀物と、発酵させるための大きな茶色い豆……。情報が少なすぎる。探す場所の見当もすぐにはつかない。だが、それがいい。簡単に見つかるようなものなら、俺の出番はないからな。最高の難易度だ。やりがいがある。職人としての魂に火がついたぜ」


 彼の目には、困難な依頼に対する強いやる気が満ちていた。

 キースさんは机の上の地図を指でなぞりながら、探索の計画を練り始めた。


「まずは、俺の持っている独自の情報網を使って、大陸中の商人に手紙を送る。少しでも似たような植物の噂があれば、俺自身が早馬に乗って現地へ向かおう。未開の地や、他の国との交易が少ない辺境の村も調べる必要があるな」

「資金はここにあります」


 コテツちゃんが、大きくて重い革袋を机の上に置いた。中には、ミノタウロスやその他の魔物の素材を売って得た、普通の冒険者が一生かかっても稼げないような金額が入っている。


「これだけあれば当面の探索費用には十分すぎる。情報収集から始めて、有力な情報があればすぐに俺自身が現地へ向かう。時間はかかるかもしれないが、必ずお嬢さんの元へ持ち帰ると約束しよう。すぐに調理や仕込みに使える状態で、大量に持ってくる」


 キースさんは力強く宣言したが、私は少しだけ首を横に振った。


「キースさん、お願いはそれだけではありません。私はこの町で、その二つの食材を使った食堂を開くつもりなんです。だから、一度だけ大量に持ち帰っていただくだけでは足りません。お店を開いてからも、ずっとその食材でお料理を作り続けたいんです」

「食堂を開く? ……なるほど。つまり、見つけて終わりじゃないってことか」

「はい。見つけ出したその村や現地の生産者の方々と直接契約を結んで、今後も定期的にお米とお豆を買い取って、私の食堂まで継続して運んでもらえるような太い仕入れの道を作ってきてほしいんです。資金は惜しみません」


 私の追加の要望を聞いて、キースさんはさらに目を輝かせた。


「単なるお使いじゃなく、未知の食材の独占的な流通経路の開拓ってわけだ。ますます面白くなってきたぜ。商人の端くれとして、これほど腕の鳴る仕事はない。任せておけ、お嬢さん。必ず極上の品を見つけ出し、現地の生産主とガッツリ契約を結んで、あんたの食堂に定期的に荷馬車が届く仕組みを作り上げてやる」

「ありがとうございます、キースさん。楽しみに待っています」


 依頼は無事に成立した。

 これで、お米とお豆探しは専門家であるキースさんに任せることができる。

 ガンツさんとキースさんに改めて深くお礼を言い、私たちはギルドの奥の部屋を後にした。


 広間に出ると、まだ多くの冒険者たちが私たちの話題で持ちきりだった。私の顔を見てひそひそと話している人や、少し遠くから敬意を込めたような視線を送ってくる人もいる。

 私は彼らの視線を気にせずに、真っ直ぐに出口へ向かった。


 外に出ると、夕方の空が広がっていた。

 太陽が沈みかけ、町全体がきれいなオレンジ色に染まっている。


「わんっ!」


 ハクが私の足元で元気に吠えた。お腹が空いたよ、と言っているのだ。


「わかっているわ、ハク。今日はお祝いよ。お家に帰ったら、とびっきり美味しいご飯を作りましょうね」


 私の言葉に、ハクは大きな尻尾をバッサバッサと振って喜び、コテツちゃんも静かに頷いた。


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