第6話 保証人
冒険者ギルドへやって来ました。
ヒロはまだ知らない。
隣のエルフが、思った以上に有名人だということを。
俺は歩きながらゆっくりフィーネを見る。
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(だから誰なんだお前……)
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ギルドの中は、妙な空気に包まれていた。
普段なら、冒険者たちが依頼書を眺めたり、受付に並んだり、酒を飲んだりしているのだろう。
だが、俺たちが、いや、俺の隣を歩くエルフが一歩足を踏み入れた瞬間から、空気が一変していた。
「おい、嘘だろ……フィーネ様だ」
「帰ってきてたのか」
「相変わらずお美しい……」
「本物だ……」
あちこちから、ひそひそ声が聞こえる。
横を見ると、フィーネは困ったように微笑んでいた。
「ほ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
カウンターの受付嬢がやって来た。
明らかに緊張している。
フィーネはいつもの調子で、柔らかく微笑んだ。
「彼の冒険者登録をお願いしたくて」
「彼の、ですか?」
受付嬢の視線が俺へ向く。
上から下までじっくりと見られる。
もう一度見られる。
首を傾げられる。
「……フィーネ様の………弟さんでしょうか?」
「違うよな」
「違いますね」
声が綺麗に揃った。
「し、失礼しました!」
受付嬢は慌てて頭を下げた。
こう見えて中身は三十八歳の元社畜なのに。
「では、登録ですね」
受付嬢は書類を取り出した。
「お名前をお願いします」
「ヒロです」
「姓はございますか?」
「ん-………ないなもはや」
「ない、ですか?」
「ない」
受付嬢が困った顔になる。
俺も困っている。
この世界に来てまだまもないのだ。
姓どころか住所もない。
「では、ヒロ様で登録いたします」
「できそうならそれでお願いします」
「承知いたしました」
その後も、年齢、出身地、得意なことなど、定番の質問が続く。
俺が曖昧にお茶を濁しながら答える。
年齢は十八歳くらい。
出身地はここよりうんと遠いところ。
得意なことは特になし。
書けば書くほど怪しい。
俺が自分でも不安になっていると、ふと受付嬢の羽ペンがピタリと止まった。
「あの……」
「ん?」
「身元保証人が必要になるのですが」
なるほど。
そういうものもあるのか、そりゃそうか。
俺はフィーネを見る。
するとフィーネが至極当然のように、なめらかな手つきで書類を引き寄せた。
「それでしたら、私が引き受けます」
一瞬。
ギルドの空気が変わった。
「え?」
受付嬢の顔が、恐怖に似た驚愕で凍りつく。
「フ、フィーネ様が、直々に保証人に……ですか!?」
「はい。何か問題があったりしますか?」
その言葉が引き金となり、背後の酒場スペースからざわめきが沸き起こった。
「おいおいマジかよ……!? あのフィーネ様が保証人!?」
「聞いたことねえぞ、あの人が……他人の身元を請け負うなんて……!」
「あのガキ、一体何者だよ………!? 隠れ大貴族の隠し子か、はたまた王族か!?」
そんな声まで聞こえてきた。
どうやら、ただの保証人では済まないらしい。
「そんな大げさな」
思わず言った。
昨日会ったばかりだぞ。
だが、フィーネは首を横に振った。
金髪がサラリと揺れ、真剣な瞳が俺を射抜く。
「大げさではありません」
「いや………」
「それに、ヒロは見た目よりずっと凄いですよ」
「フィーネ様が、そこまで仰るなんて……!」
受付嬢が息を呑む。
「事実です」
フィーネはさらりと言った。
「彼のすごさは、そうですね……」
そして、困ったように微笑む。
「例えば私が森の中に隠れたとしても」
「彼………ヒロなら見つけてしまうかもしれません」
「なんと………」
受付嬢の目が今日一番というくらい見開かれる。
「少なくとも、私はそう思っています」
妙に評価が高い。
困る。
受付嬢は驚いた顔のままだった。
「フィーネ様がそこまで言うなら……」
「長生きすると、勘が当たるんですよ」
フィーネはそう言って笑った。
周囲の冒険者たちは納得したような、夢でも見ているような顔をしている。
俺も同じだった。
ただ一つだけ分かることがある。
どうやら。
俺の知らないところで。
フィーネの信用はとんでもないものらしい。
「……承知いたしました」
受付嬢は深く頷いた。
「それではフィーネ様の保証があるのでしたら、登録を進めます」
「ありがとうございます」
フィーネが軽く会釈する。
その仕草は、どう見てもちゃんとした大人の女性だった。
昨日の酒瓶ハウスの主とは思えない。
いや、思いたくない。
「では最後に、簡単な適性検査を行います」
「適性検査?」
「はい」
受付嬢は机の下から、透明な水晶を取り出した。
「こちらに手を置いてください。魔力の傾向や、加護の有無を確認できます」
「おお………」
異世界っぽい。
かなり異世界っぽい。
少しだけテンションが上がった。
俺は何も考えず、水晶へ手を置いた。
その瞬間。
水晶に、淡い光が灯った。
だがすぐに、光は妙な色へ変わっていく。
それだけだった。
「……はい…?」
受付嬢の表情が固まった。
フィーネも静かに目を細める。
周囲の冒険者たちが、少しずつこちらを見始めた。
「これは……」
「なんだ?もしかすると超レア能力的な…?」
受付嬢は水晶と俺を見比べた。
もう一度見比べた。
「普通……ですね?」
「疑問形!?」
「そして憐れんだ表情を向けるのやめてくれます?」
「し、失礼しました!」
「いや、むしろ普通なら普通で良くないです?」
「それはそうなのですが……」
受付嬢は困った顔をした。
「あのフィーネ様が保証人になられるほどでしたので……」
「ハードル上げたのそっちじゃん!」
「あはは!」
フィーネが隠しもせず笑った。
「思ったより普通だったそうですね」
「嬉しいような悲しいような」
「私は安心しました」
「なんで」
「もし世界を滅ぼす素質とか出たら大変ですから」
「そんな判定出るのかよ」
「でませんよ」
「おい!」
「あはは」
屈託なく笑うフィーネは、普通に綺麗だった。
騙されてはいけない。
昨日、酒瓶で家を封鎖していた女だ。
その時の俺はまだ知らなかった。
普通と判定されたはずのそれが。
困っている奴を前にした瞬間、胃へ直接訴えかけてくる迷惑機能だということを。
次回は冒険者らしく初仕事……の予定です。
たぶん。




