第4話 シラフのエルフ
シラフのフィーネ回です。
目が覚めた。
床で寝たはずなのに、身体が痛くない……。
「……ん?」
ぼんやりした頭で天井を見る。
知らない天井だった。
いや。
知っている、俺は知っているぞ……。
忌まわしき酒瓶ハウスだ。
あろうことか、自分で飲み干した酒瓶で家を封鎖した哀れなエルフの家だ。
思い出した瞬間、頭が痛くなった。
「夢じゃなかったか……」
昨夜は結局、ベッド周辺だけ片付けた。
床が見えた。
机が見えた。
椅子が見えた。
人間の住居らしき部分、そう、文明が発見された。
そこで力尽きた。
たしか俺は床で寝たはずだ。
「……あれ?」
体を起こす。
ソファだった。
しかも毛布まで掛かっている。
たしか、疲れて床で寝落ちしてしまったはず。
「おはようございます」
その時、声がした。
振り向く。
知らない女がいた。
「……どなた……ですかね……?」
思わず聞いてしまっていた。
そこには朝日を背に、優雅に椅子へ腰掛けるエルフ。
金色の髪は美しく整えられ。
服装もきちんとしている。
長い耳と整った顔立ち。
昨日の酔っ払いとはまるっきり別人だった。
「ふふ、初対面ではないのに……傷つきますね」
彼女は困ったように微笑んだ。
「フィーネです」
「えっと、誰?」
「昨日お世話になったエルフです」
「誰?」
「そのフィーネです」
「まじで?」
「まじです」
嘘だろ。
信じられなかった。
昨日のフィーネは、
『お金貸してぇ』
『おんぶしてぇ』
『飲みにいこぉ!』
とか言う生き物だった。
目の前にいるのは普通に美人だった。
いや。
普通どころじゃない。
長命種らしい落ち着きというか。
妙な品がある。
「酔いは?」
「抜けました」
「じゃあ酒瓶で家を封鎖した人はあなたではなく?」
「いえ、私です」
「嘘だろ……」
「本当です」
フィーネは紅茶らしきものを口にした。
気品があり優雅だった。
昨日ドブの横でキラキラしたものを出していたとは思えないほど。
「ちなみにソファに運んで毛布を掛けたのは私ですよ」
「お前が?」
「ええ」
「意外だな」
するとフィーネは少しだけ視線を逸らした。
「昨日は色々とご迷惑をお掛けしましたから」
「色々どころじゃなかったけどな」
「それもそうですね」
あっさり認めた。
「それと」
「ん?」
「そう、あのまま床で寝るのは体を壊します」
得意げそうなフィーネに思わず吹き出しそうになる
「お前に言われたくないな」
「ふふっ」
フィーネは小さく笑った。
笑い方まで上品だった。
なおさら昨日との差が酷い。
「昨日のこと覚えてるのか?」
「ええ」
「全部?」
「もちろん全部です」
即答だった。
「死にたくならないのか」
「ええ」
「なるのか」
「昔は、なりましたね」
「今は……?」
「なんてことはないです」
フィーネは遠い目をした。
「まあ、できれば忘れていただけると助かるのですが」
「無理だ」
「そうですよね」
少し肩を落とした。
その姿は妙に可愛かった。
昨日の酒カスと同一人物でなければ。
「そういえば」
「なんでしょう」
「気になってたんだが」
フィーネは首を傾げた。
「毎回あの調子なのか?その割には街の連中、お前に全然反応してなかったよな」
「ああ」
フィーネは納得したように頷いた。
「私の隠密行動のスキルのおかげですね」
「おー、そういうのがあるんだ」
「あります」
「そんな便利な魔法が」
「正確には認識阻害魔法との併用ですね」
さらっと言った。
「見えなくなるわけではありませんが、実質的には見えてもいないでしょう」
「うんうん、そっか……」
「印象に残らなくなります」
「まあ、便利だなそう聞くと」
(突っ込むのも疲れてきた)
「便利ですよ」
フィーネは紅茶を飲む。
「お店で飲んだくれたり、道端で酔いつぶれるときに便利です」
「用途が終わってる」
「私にとってはすごく重要です」
「重要なのか」
「重要です」
真顔だった。
駄目だ。
根本は昨日のままだ。
「というかなんでそんなもの使うんだ」
するとフィーネは少しだけ困ったように笑った。
「表ではちょっとした有名人なんです」
「お前が?あの具合で?」
「おそらく」
「おそらくってなんだ」
「弓のお仕事を長くしていますので」
さらっと答える。
だが。
なんとなく分かった。
このエルフ。
たぶん色々ある。
まあ変に聞くと長くなりそうだし辞めておこう。
「ところで」
フィーネはカップを置いた。
「改めて自己紹介をしておきましょう」
「ああ」
「たしかに必要だな」
昨日は酒臭かった。
会話になっていたかも怪しい。
「私はフィーネ」
フィーネは軽く会釈した。
「まあ、その、エルフです」
「それは知ってる」
「今年で二百八十七歳になります」
「思ったより年上だった、さすがエルフだ」
「そうでしたか」
フィーネは少しだけ目を細めた。
「では改めて」
「うん」
「あなたについて教えてください」
「俺?」
「はい」
「いや……」
困った。
自己紹介と言われても。
俺自身、この世界に来てまだ一日だ。
「大した話じゃないぞ?」
「構いません」
「信じてもらえないと思うし」
「それは聞いてから決めます」
金色の髪をなびかせながら彼女は微笑んだ。
「そうか」
俺は頭を掻いた。
「俺の名前はヒロだ。見た目はこうだけど」
「はい」
「昔は三十八歳だった」
「そうですか」
「驚かないんだな」
「長命種ですので」
フィーネは紅茶を飲んだ。
「それで?」
「いや、それだけなんだが」
「三十八歳から十八歳になったと」
「そう」
「魔法か何かで若返ったのですね」
「いやまあ正確に言うと違うが」
「若返ることができて羨ましいです」
「エルフだろお前」
「エルフにも悩みはあります」
あるのか。
キラキラとか。
主に酒癖とかか?
「まあ」
俺は肩をすくめた。
「正確には少し違うんだけどな」
「違う?」
「信じてもらえないと思うが」
「はい」
「俺、別の世界から来たんだ」
フィーネは黙って聞いている。
「気付いたら元の世界では死んでて」
「はい」
「神様みたいなのに会って」
「はい」
「それでここに来た」
少し沈黙。
普通なら笑われる話だ。
俺だって逆の立場なら信じない。
「そうですか」
フィーネはすこし考えるしぐさをしながらも、返事は軽かった。
「それだけか?」
「それだけですね」
「信じるのか?」
するとフィーネは少し考えるように視線を上げた。
「酔っていても、あの認識阻害は無意識に働きます」
「それに気付けた時点で、ヒロは少し普通ではありません」
「あなたは何か特別な方なのでしょう」
(認識阻害スキル、ヤバすぎるな……)
そう言われてみれば、昨日も妙だった。
路地裏で吐いていたフィーネに気付いたのは俺だった。
周囲の人間は誰も見向きもしなかった。
(いや、あれだけ目立ってたら普通は誰か声を掛けるだろ……)
「それに昔」
「うん」
「そういう方がいると聞いたことがあります」
「え?」
「外の世界から来た人」
さらっと言った。
「数百年に一人とか」
「いるのか?」
「伝承の類ですが」
「へえ……」
「真偽は分かりません」
フィーネは微笑む。
「ですが」
「ですが?」
「あなたが、ヒロが嘘をついているようには見えませんので」
あっさり言った。
なんというか。
拍子抜けする。
もっと疑われると思っていた。
「いいのか?」
「何がです?」
「そんな簡単に信じて」
「別に」
フィーネは首を傾げた。
「私からしたら」
「うん」
「十八歳も三十八歳も誤差ですので」
「ひどいな」
「二百八十七歳ですから」
「年上マウントやめろ」
「事実です」
即答だった。
「それに」
フィーネは少しだけ笑った。
「中身が三十八歳なら、まだ子供みたいなものでは?」
「エルフ基準やめてくれ」
「この世界ではそういうものです」
「覚えておくよ」
俺はため息を吐いた。
だが不思議と悪い気はしなかった。
転生のことを話したのは初めてだったが。
フィーネは変に同情もせず。
疑いもせず。
ただそういうものとして受け入れていた。
長命種だからなのか。
それとも単に大雑把なのか。
たぶん両方だろう。
ただ、この時の俺はまだ知らなかった。
昨日ドブの横でへらへらしていた酒カスエルフが。
なぜか尊敬される側の存在だということを。
そして俺が何度も「誰だお前」と思うことになるなんて。
フィーネ(シラフ版)初公開でした。
次回は街へ出ます。(たぶん)




