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第3話 異世界チートの正しい使い方ではない

異世界チートといえばまずこれ。



 嫌な予感しかしない。


 その顔をするな。


 フィーネは期待に満ちた目でこちらを見ていた。


「お?お?」


「お?じゃない」


「おおお?」


「期待するな」


「えー、じゃあ期待しない……」


「そうしてくれ」


「でもでも。ほんとは助けてくれるんでしょ?」


「帰るぞ」


「ごめんなさい」


 謝罪が早い。


 反省しているとは言っていない。


 俺は酒瓶の山を見る。


 見れば見るほど酷かった。


 普通に生活していたらこうはならない。


 むしろ、どうやったらここまでなるんだ。


「女神様め……」


 そこで思い出した。


 転生する直前。


 あの神クソ女神様が最後に言っていたことを。


---------------------


『あっ、そうだ!』


『異世界の定番だから収納空間も付けとくね!』


『便利だよ!』


---------------------


 便利。


 便利か。


 なるほど。


 たしかに便利そうだ。


「……試してみるか」


 俺は目の前の酒瓶へ手を伸ばした。


 意識を集中する。


 すると。


---


収納可能です


---


 そんな文字が頭の中に浮かんだ。


「おおー…!」


 ちょっと感動した。


 まさしく異世界だ。


 こういうのは正直、テンションが上がる。


「収納」


 ぽん。


 酒瓶が消えた。


「おおお」


 もう一度。


「収納」


 ぽん。


 消える。


「わ、すごぉい!」


 フィーネがぱちぱちと拍手した。


「見た目によらず、魔法使いさんだぁ!」


「違う」


「えーじゃあ、神様?」


「もっと違う!」


 俺は手を止めず次々と酒瓶を収納していく。


 ぽん。


 ぽん。


 ぽん。


 ぽん。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


 酒瓶。


「にしても多いな!?」


「えへへ、それほどでも」


「褒めてねえ!」


「もう………ありがと…」


「だから褒めてねえ!」


 こいつ本当に会話できているのか?


 不安になってきた。


「お前も手伝え」


「ここで応援してるよぉ」


「そうか」


「がんばれぇ」


「じゃ、帰るぞ」


「ごめんなさい」


 謝罪は早い。育ちがいいのかもしれない。


 だが決して動かない。


 謝罪と労働は別らしい。


 最低だ。


 俺はため息を吐きながら作業を続けた。


 十分。


 二十分。


 三十分。


 ようやく玄関前が見えてきた。


「よし」


 ドアを押す。


 開いた。


「開いたぞ」


「おおおおおおー!?」


 フィーネが感動していた。


 お前の家だぞ。


「やっとおうちに入れるねぇ~~」


「最初からこうなる前に片付けてればな……」


 中へ入る。


 そして。


「おい……まだあるのか……」


 絶望した。


 玄関だけではなかった。


 廊下も。


 リビングも。


 台所も。


 全部酒瓶だった。


「ダンジョンか」


「おうちだよぉ」


「良くて酒蔵だ」


「ひどい」


 ひどくない。


 事実だ。


 むしろ酒蔵に失礼まである。


 俺は気を取り直して(あきらめて)再び収納を開始した。


 ぽん。


 ぽん。


 ぽん。


 酒瓶が消えていく。


 その時だった。


「ん?」


 脳内の一覧に妙な表示が混ざっていた。


---


酒瓶


酒瓶


酒瓶


飲みかけの酒


酒瓶


酒瓶


フィーネ


酒瓶


フィーネ


---


「待て」


「ん?」


「このフィーネってなんだ」


 フィーネが固まった。


 分かりやすく固まった。


「……」


「……」


「フィーネ?」


「たぶんそれね、開けない方がいいよぉ」


「なんで」


「なんでも」


「おおよその見当はつく」


 フィーネは露骨に目を逸らした。


 俺もそれ以上は聞かなかった。


 聞いてはいけない気がした。


 人には踏み込んではいけない領域がある。


 たぶん今がそれだ。


「忘れよう」


「うん」


「忘れる」


「それがいいと思うな」


 息ぴったりだった。


 嫌な方向に。


 俺は全力で記憶から追い出した。


 そして作業を再開する。


 すると。


 部屋の奥から、今までとは明らかに違う瓶が出てきた。


「ん?」


 綺麗な瓶だった。


 透明なガラス。


 金色の装飾。


 どう見ても高級品だ。


「なんだこれ……」


「!!!!!!」


 フィーネが飛んだ。


 本当に飛んだ。


 酔っ払いとは思えない速度だった。


「それ探してたのそこにあったのねありがとう!」


「え?」


「ついに出会えた!」


「なんなんだよ」


「百二十年!」


「は?」


「百二十年寝かせたやつ!」


 俺は瓶を見る。


 フィーネを見る。


 瓶を見る。


「管理できてないし、もう売れよそれ……」


「やだ」


「売れ」


「飲む」


「売れ」


「飲む」


「売れ」


「やだああああああああ!!」


「会話しろ」


 さらに奥から。


 同じような瓶が出てくる。


 一本。


 二本。


 三本。


 四本。


 五本。


 六本。


「……」


「……」


「お前」


「なぁに?」


「金持ちじゃねえか」


「違うよぉ」


 フィーネは胸を張った。


「お酒持ちだよぉ」


「胸を張るな」


 しかも全部高そうだった。


 俺には酒の価値なんて分からない。


 だが。


 年代物がゴロゴロ出てくるのはおかしい。


「これ一本いくらするんだ?」


「んー?」


 フィーネは首を傾げた。


「昔はそんなだけど、今はそこそこ?」


「でしょうなあ……」


 見るからに高そうなお酒。


 それがこの段階で既に六本。


 普通に小金持ちだ。


「お前、普段は何してるんだ?」


「ん-。弓のお仕事」


「弓のお仕事……」


「うん」


「そんな儲かるのか」


「結構?実入りはいい感じー」


「じゃあなんでこんな生活なんだ」


「お酒が好き!」


「お酒が命ってやつか…」


 即答だった。


 知っていた。


 むしろそれ以外の答えがあると思った俺が悪い。


「これ全部売ったら一生遊んで暮らせるんじゃないか?」


「えっ」


 フィーネが青ざめた。


「売るの?」


「売るだろ普通」


「やだ」


「なんで」


「飲むから」


「全部?」


「全部」


「死ぬだろ」


「幸せに死ねる」


「駄目だこいつ」


 思った以上に重症だった。


 働いていないわけではない。


 むしろ稼いでいるであろう。


 ただ、稼いだ金が全部酒に変換されているだけだ。


 それはそれで終わっている。


「なあ」


「んー?」


「とりあえず酒やめろ」


「やだ」


「減らせ」


「やだ」


「せめて泥酔するまで飲むな」


「そんなの辞めたら死んじゃうよ!!!」


「死なねえから!」


 フィーネは酒瓶を愛おしく抱きしめた。


 子供が宝物を守るみたいに。


「お酒は大事なんだよぉ」


「家を埋めるほどか?」


「それは……たまたま埋まっただけだもん」


「埋めたんだよ」


「結果的に?」


「結果を見ろ」


 俺は深くため息を吐いた。


 この酒カスエルフを動かす方法は分かった。


 酒だ。


 全部酒だ。


 だが、同時にもうひとつ分かった。


 こいつは働かないから駄目なのではない。


 働いて稼いだ分まで、全部酒で駄目にしているのだ。


 より悪い気がしてきた。


「とりあえず」


「うん」


「今日はベッド周りだけでも片付けるぞ」


「えー……めんどいよー……」


「お前何もしてないだろ!!そして寝る場所がないわ!」


「床でいいよぉ」


「俺が嫌だ」


「きみ、几帳面だねぇ」


「お前が雑すぎるんだよ」


 そこからさらにしばらく。


 俺は酒瓶を収納し続けた。


 フィーネは途中から、なぜか空き瓶を一本抱えて寝そうになっていた。


「寝るな」


「ふぁ……寝てないよぉ」


「目を開けろ」


「ばっちり開いてるよぉ!」


 もはや取り繕う気もなく、目を閉じたまま喋っている。


「閉じてるんだよなぁ……」


 駄目だ。


 本当に駄目だ。


 そうして、どうにかベッドの周辺だけは人が住めそうな空間になった。


 床が見えた。


 机の天板が見えた。


 椅子もかろうじて見えた。


 人間の住居らしき部分が発掘されていく。


「今日はここまでだ」


「お疲れ様ーーー、二人でいっぱい頑張ったね!」


「お前は疲れてないだろ」


「えっと……応援疲れ……」


「もいっかい収納したの出すぞ」


「ごめんなさい」


 俺はそのまま床に座り込んだ。


 疲れた。


 異世界転生初日から何をしているんだ、俺は。


 伝説の武器を手に入れたわけでもない。


 冒険者になったわけでもない。


 美女エルフと運命的な出会いをしたはずなのに、やっていることは酒瓶の片付けだ。


 しかも、その美女エルフは気が付けば酒瓶を抱えてベッドで寝息を立てている。


 綺麗な金色の髪がベッドに広がっている。


 見た目だけなら、森の奥から出てきた神秘的なエルフそのものだ。


 中身を除けば。


「……最悪だ」


 そう呟いたところで、急に眠気が襲ってきた。


 今日はもう限界だった。


 床で寝るのは嫌だったが、体が動かない。


 俺はそのまま目を閉じた。


 明日になれば、きっと状況は少しはマシになっている。


 今はただ、そう思いたかった……



酒カスエルフの家を掃除する回でした。


フィーネは働いていないわけではありません。

普通に稼いでいます。


稼いだお金がお酒になるだけです。

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