96話 北方魔術学院戦 エルディア
呟きは誰にも届かない声量だった。相手の剣は最後まで衰えなかった。技も、速さも、判断も。
人間が疲労で崩れていく過程が、まるでなかった。
倒れて起き上がってくる相手を見ながら、ライゼルトは妙な確信を持った。
(これは、限界を越えているとかそんなことじゃない。)
そして ライゼルト、は敗れる
「――しょ、勝者、北方要塞学院!
これでアーカム魔術学院!!
後がありません!!」
実況の声が、驚愕と共に響いた。
「おそらく雷属性への対策がされていた。ライゼルト選手の雷属性の一撃は確かに通っていたはずだった。
だが、中堅の相手は、まるで何事もなかったかのように、再び立ち上がってきた。」
「なるほど、その結果ライゼルト選手が優勢なように見えてダメージは入っていなかった。とはいえ……全くダメージが入っていないというのは……北方要塞学院。信じられないタフさですね。」
「……常軌を逸しているといっていいだろう。」
控え室に戻ったライゼルトは、悔しげに顔をゆがめていた。
四戦を終えて、アーカムは、ついに崖っぷちに立たされた。
「相手ズルしてますよ。先輩。」
「ちっ……。お前はどうする?『これ』に」
「いや、別になにも。
悪巧みとしては普通ですね。なので悪だくみの手本をみせてあげようかなと。今回に関してはぶっちゃけ余裕ですね。」
「――大将、アーカム魔術学院入場してください!」
実況の声が、緊張と共に響く。
エルディアは肩を回す。
「うっし、じゃあ行くか。
本当の悪巧みで凍り付かせちゃる。」
「クソ生意気な後輩だ。
悪巧みが余裕とか、なんなんだ。」
「インフラを得意とする私に番外戦術を挑むとか。
クソ笑える。」
「アーカム魔術学院、大将――エルディア選手!」
その名が呼ばれた瞬間、競技場の空気が、一変した。
歓声。悲鳴。どよめき。
温存され続けていた、あの規格外の存在が、ついに動く。誰もが、その圧倒的な光景を予感していた。
すでに会場の誰もが、理解していた。
この少女だけは、規格が違う。
「ここでお知らせがあります。エルディア選手が一回戦で使用した、ミノタウロス・オメガの使用は禁じられています。なぜなら闘技場が壊れるからだそうです」
実況の声に、観客席が、どっと沸いた。
「一応補足しますと、一回戦での使用時、ミノタウロス・オメガの一撃は、地面を半径十数メートルに渡って陥没させています。
あれを使用された場合、観客席の一部まで、巻き込まれる可能性がありました。」
その一言に、競技場が、水を打ったように静まり返った。
「事実上の規格外ということだな。時折ある。昨年もグランディアのアステル選手が大規模魔術を禁止されている。その際は修繕に凄まじい金額がかかったらしい」
「なるほど……安全のためにも、当然の措置というわけですね」
「そういうことだな」
「さて、と」
エルディアは、杖を軽く構えた。
「うふふ……」
そしてエルディアの『隣』の、黒いフードの人物がそう漏らした。
その一言と共に、競技場の空気が、これまでとはまったく違う種類の異様さに包まれていた。
がやがや。
だが、そこで審判が、慌てて割って入った。
「――待て、待った!ルール違反だ!」
「ん? 何が??」
「大将戦は、一対一のはずだ!!
お前が出た時点で、お前とは別の人間まで一緒に出てくるのは、明確な人数超過だろう!!」
審判の指摘に、観客席からも同意のどよめきが上がる。
──そりゃそうだ!
「いや、一切ルール違反じゃないけど。」
「どこがだ!!」
エルディアは、特に慌てる様子もなく、懐からルールブックを取り出した。
慣れた手つきでページをめくりながら、目的の箇所を指でなぞる。
「第七章、出場資格に関する規定――ここどうぞ。」
「な、なんだと」
「選手として出場できるのは、各校が選出した生徒五名のみ。
使い魔・召喚体・契約対象は、選手本人に付随する"装備・道具"として扱われ、出場人数の制限には含まれない――だってさ。」
審判が、慌てて自分の手元の規定集を確認する。
「……あ、いや、待て。
これは、あくまで一般的な使い魔の話で……」
「それと、もう一つ」
エルディアは、さらにページをめくった。
「魔族の法的地位に関する条項――魔族には、この王国における人権が認められていない。すなわち、つまり契約下にある魔族は、契約者の"所有物"として扱われると解釈できる。」
「つ、つまり?」
「彼女は、『選手』じゃない。私の『持ち物』。
だから、出場人数には数えられないの。」
「彼女が人間じゃないとでもいうつもりか。」
「そういうことだね。」
淡々と告げられたその理屈に、審判は、しばらく言葉を失っていた。
「……いや、それは、あまりに、その……ずるいというか……」
「文句があるなら、規定を直してから来て。」
「いや、魔族の使い魔とするなんて前例が……
そもそも魔族だっていう証拠は?」
「だってさ。」
「かしこまりました。」
黒いフードの人物――否、それはそう名乗るには、あまりに艶やかすぎる声で答えた。
すらりと伸びた指先が、フードの端に触れる。
ゆっくりとそれが払われ、艶やかな黒髪が競技場の光を浴びて、さらりと零れ落ちる。
人ならざる、深い紫の瞳。整いすぎているがゆえに、どこか非現実的な美貌。
「な――」
観客席の何割かが、思わず息を呑んだ。
額に小さく、けれど確かに二本の角。
背には光を通さぬ漆黒の蝙蝠のような翼。
そして――くるり、と揺れる、しなやかな尾。
「お待たせいたしました、ご主人様♡」
蕩けるような、甘やかな声。
競技場が、完全に静まり返った。
「……は?」
実況の声が、掠れる。
「さ、サキュバス!?」
どよめきが、一気に競技場全体へと広がっていく。
「うわ、めちゃくちゃ美人じゃん」
「い、いや、それ以前の問題だろ!」
「魔族って、こんなにスタイルいいのか……!?」
「お前ら着眼点おかしいだろ!」
観客席の困惑と興奮が入り混じる中、審判だけが、なおも食い下がっていた。
「い、いや、確かに魔族らしいが……そんな、露骨な"証拠の出し方"が、あるか!」
「証拠出せって言ったのお兄さんじゃん。
それに露骨っていうか、露出度は低いじゃん。ビキニじゃないし。コンプラ大丈夫でしょこれなら。」
「そういう意味じゃない!!」
エルディアは、小首を傾げながら、あっけらかんと言った。
「いや、ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと確かめてもらえる?
あとで難癖付けられたらたまらないし。
確認しないなら認めるって事でよろしく。」
「そうですよね。見たいですよね、存分に確かめてください。どうぞ。」
「い、いや、結構だ!」
審判が、真っ赤になって後ずさる。
エルディアは、その様子を横目に、あくびを噛み殺していた。
なぜエルディアの所にサキュバスがいるか。
それは魔の森にショッピングモールを作る時に魔物を労働力にすると言った時の没モンスターであった!!!!!
観客席が、再びざわめきに包まれた。
「マジかよ……」
観客席の一角から、聞き慣れた声が飛んだ。
「あいつ、また規定の穴突いてる……」
やれやれ、と言わんばかりに額を押さえる青年――アルト。
隣に座るアスが、心配そうに眉を寄せる。
「で、でも、今回は流石に強引すぎませんか……?
しかもあれ……以前、労働力として没にした。ショッピングモールのモンスターの接客担当……
ルールブックも相変らず持参してる……」
実況席でも、困惑した声が響く。
「え、えー……確認しましたが、規定上、問題は……ないようです……本当に、いいんでしょうか、これ……
あ、資料が届きました。
サキュバスとは、ダンジョン等に稀に生息する魔族の一種です。
縄張りを持ち、魅了・精神干渉系の能力に極めて優れる一方、物理的な戦闘力自体は種としては強くない。」
「いや、サキュバスの解説も大事だが、彼女が本当にサキュバスかは判断しないとまずいのではないか?つまり本当に魔族なのかどうかを。」
「そこは、まあ、大人の事情でしょうがない所もあるのでしょう!!」
「それも含めて、全て計算づくなのかもしれないな。
だとすればエルディア選手、相当に、策士だぞ」
審判は、しばらく葛藤するように黙り込んでいたが、やがて、諦めたように旗を上げた。
「……試合、開始!!」
その判断に、競技場全体が、なんとも言えない空気に包まれた。
サキュバスは、その様子を見て、くすくすと笑った。
「ふふ、ご主人様は、本当にお強い方ですね。
腕っぷしだけでなく、こういうところも」
「まあね。リッチの所で畑仕事も飽きたでしょ。じゃ、頼んだよ。さっちゃん。」
※サキュバスなので。
「はい、お任せください。うふふ……」
サキュバスは、妖艶な笑みを浮かべた。
漆黒の魔法陣ではない、淡い、桃色がかった光を帯びた魔法陣が、彼女の足元に展開されていく。
「……何だ、あの魔法陣」
「これまでと、色が違う……」
完全なる桃色!!!!




